モロッコグラスと「作家物」の楽しみ方
今回はおつまみがないということで、まずはグラス紹介から始まります。使っているのは、ナギちゃんが今日買い足してきたモロッコグラスです。
博多駅から徒歩10分ぐらいのライトイヤーズっていうお店があるんですけど、モロッコから輸入した商品を置いてるお店で、今日ラグを買ったんですよね。
そのついでに、もともと持っていたモロッコグラスを買い足したそうです。値段は今日は見ずに買ってしまったそうですが、ネットだと1000円前後で、結構安いとのこと。
ナギちゃんによると、現地の職人さんが吹きガラスで作っているので、気泡の入り方など一つ一つに個性があるのだそう。あまり綺麗すぎるものより、個性が入っているほうが好きだと話します。
ナギちゃんと買い物に行くとさ、同じ商品の個性を一つ一つ本当に吟味して、この個性でこの子は可愛い、この子は可愛くないみたいなのがたまにあるよ。
何がちゃうねんと思いながら。
個性が入ってるほうが好きというナギちゃんの選び方は、こうした作家物ならではの楽しみ方かもしれませんね。
今日のテーマは「子供時代の勉強方法」
番組の乾杯とオープニングを挟んで、今日のトークテーマが決まります。最初は「若い時の勉強方法」という案でしたが、ナギちゃんの「今若くないの?ってなっちゃう」というツッコミを経て、「子供時代の勉強方法とは?」に落ち着きました。
このテーマを思いついたきっかけは、ナギちゃんがたまに行く福岡のパン屋さんでの出来事だったそうです。
そこの店員さんたちに、「ナギちゃんってちっちゃい時、いつから本気で勉強しだした?」って聞かれまして。
その質問から子供時代を思い出し、そういえば旦那さんがどんな勉強をしていたのかは意外と知らないな、と気づいたことが、今回のテーマにつながったといいます。
自分たちにも子供が生まれ、教育について考える機会が増えたことも背景にあります。ゆーちゃんは、教育は答えのない世界だと話します。
どう教育することが正解かって、多分誰も分かってないのに、自分の受けてきた教育とかやってきたことが、あたかも一つのモデルになる。
だからこそ、お互いのやってきたことを共有するのは意味があるんじゃないか、というところから本題が始まります。
「勉強しろ」と言われ続けた夫の子供時代
まず口を開いたのはゆーちゃん。ただし、これが正しい勉強法だと言いたいわけではなく、あくまで「自分はこうだった」という前提での話だと念を押します。
自分はこうだったという、あくまでその前提なんだけど。誰かに再現するべきとも思ってないという前提で喋る。
ゆーちゃんの1つ目の特徴は、勉強しろと言われ続けてきたこと。自分はかなり怠惰な人間なので、母親に口うるさく言われたからこそ勉強してきたタイプだと振り返ります。
俺の場合は結構勉強しようって言われてきた。だから勉強しろって言われなかったら本当に勉強しなかったなって気はする。
これに対してナギちゃんは、パン屋さんの店員さんが聞きたかったこととつなげます。言ってもやらない年頃の子が、どこかでスイッチが入ってやり始めるから今がある、その「どうやったのか」が気になる質問だったのでは、と分析します。
「勉強しなさい」と言われたら、逆にやりたくなくなる子も多いのに、なぜゆーちゃんはやっていたの?
(ナギちゃん) さんからの質問
一つには、家にそもそもやることがなかったから、というのがゆーちゃんの見立てです。
テレビもゲームもない家。周りと話が合わなかった
ゆーちゃんの家は、テレビをほとんどつけない家庭だったそうです。バラエティはほぼ見ず、テレビゲームもなかったといいます。
NHKしか見ない家だったから、ニュースを見るぐらいの感じで、バラエティはほぼ全く見ない。テレビゲームもなかったんよ。
見ていたのは大河ドラマと、たまに金曜ロードショーくらい。漫画も限られたものが少しあった程度で、結局「やることがなかった」ことが勉強につながっていた、というわけです。
その結果、当時流行っていたテレビ番組の話題に全くついていけなかったといいます。同級生が話していた「夜もヒッパレ」という番組も、ゆーちゃんは一度も見たことがありませんでした。
俺めちゃめちゃ浮いてたんだと思うよ。(テレビの話には)通じないからしないっていう話だったのかな。
話題のテレビを見ていなかったので、その手の話にはほとんど加わっていなかったそうです。今のおしゃべりな姿からは意外な、子供時代のエピソードですね。
何百回も音読した英語の教科書
「勉強しなさい」と言われて具体的に何をしていたのか。ゆーちゃんの家では、英語の教科書を声に出して何度も読まされたそうです。
料理作ってる母親にずっと「はい、読んで」って言われて。ひたすら読む。
その回数は何十回どころではなかったといいます。当時は英語の教科書を一から十まで全部覚えていたほどでした。
何十回とかじゃなくて何百回とか。当時はほんと英語の教科書全部一から十まで全部覚えてたもん。
ちなみにお母さんは数学の先生だそうで、なぜそこまで英語の音読だったのかは、ゆーちゃん本人もよくわからないまま。ほかの教科で何をしていたかは、ほとんど覚えていないと話します。
ゆーちゃんによれば、自分は人生のほとんどを記憶していないタイプなのだそう。何百回もの音読は苦行だったはずと振り返りつつ、それでも続けられた理由を探っていきます。
夫を動かしていたのは「できない自分が嫌」という性格
なぜ嫌にならずに続けられたのか。ゆーちゃんは、三人兄弟の末っ子で上の二人もやっていたこと、そして自分の性格を理由に挙げます。
それなりに嫌いではなかったんだろうね。わかってく感覚みたいなのは。解けた時。
キーワードは負けず嫌い。ただし、それは友達に勝ちたいということではないといいます。
勝ちたいとかじゃないけど、できないのは嫌だみたいなのはあった気がするな。
この感覚には、ナギちゃんも強く共感します。できないことがあるのが嫌で水泳を習ったものの、全然泳げなくて一瞬でやめた、というエピソードを明かしました。
話しているうちに、ゆーちゃんは環境だけでなく性格の影響が大きかったのでは、と気づきます。
そしてこの姿勢は、今の仕事に対する向き合い方にも通じるところがある、とゆーちゃんは話しています。
「自分でまとめないと気が済まない」妻の勉強法
続いて、聞き手にまわっていたナギちゃんの番です。ゆーちゃんとは対照的に、「勉強しろ」と言われたことはほとんどなかったといいます。
「勉強しろ」って言われたことなくて。暇つぶしで学校の宿題を自分でアレンジしてた。
たとえば理科の実験のまとめ課題を、ただプリントを埋めるだけでは飽き足らず、A4の紙で新聞形式に作り直していたそうです。教科書のわかりやすいバージョンを、自分で作っていたイメージですね。
さらにそれを、提出用ノートにしれっと挟んで出していたといいます。誰かに見てほしかったからです。
「先生が見てくれればいいな」ぐらいの。そしたら次の授業の時に全員に配られるっていう。
ここからナギちゃんの勉強法の核心が見えてきます。それは、自分でまとめないと気が済まないというスタイルです。
どんなに分厚い参考書を渡されても、読むだけでは頭に入ってこない。だから全体図を見渡し、章ごとに1ページずつ自分でまとめていく。その作業自体が勉強になっていたといいます。
ノートは「頭の中で解く」ためのシミュレーション
ナギちゃんの「まとめる」勉強法は、日々のノート作りから始まっています。数学の授業では、先生の板書を写す時点で自分なりのオリジナリティを出していたそうです。
右側に数センチの線を縦に引いといて、ノートを分割しとくのよ。左側に板書を書きつつ、ポイントだと思うところを右の枠にまとめていくの。
自分ルールでまとめていくと、その時点で覚えてしまう。だからテスト勉強も独特です。何度も解き直すのではなく、前日の夜や当日の朝に時間を決めて、自分のノートを見返しながら頭の中で解くのだそう。
もう絶対書かない。頭の中で解く。で、当日、それをそのままやる。
自分でまとめたノートを「情景」として覚えているので、忘れかけても、あのページのここに書いてあった、という形で再現できるというわけです。
声に出して何百回も音読して覚える。できない自分が嫌という性格が原動力
自分でまとめ、頭の中で解いて覚える。人がまとめたものは頭に入らないタイプ
ナギちゃんはさらに、教科を分けない「何でもノート」を常に持ち歩いていたといいます。目に優しい水色のペンで、好きな場所に好きな教科のことを書いていたそうです。
受験直前には、その中から選び抜いた3冊だけを持っていき、空き時間はそれしか見なかったといいます。自分が「覚えにくい」と思って書いたものこそ、最後に効いてくるからです。
ゆーちゃんは、二人の勉強法の共通点をこうまとめます。
自分なりにまとめたりとか書き出した、そのアウトプットしたことが、自分なりに試行錯誤しながらだった気がする。
宿題を出さない「ギャル先生」の衝撃
ここでナギちゃんが、今でも忘れられないという先生の話を始めます。国語は大嫌いだったものの、中3のときに通った塾の国語の先生がとても良かったのだそうです。
その先生は、背が高くスラッとした「ギャル」のような見た目で、喋り方もギャルだけれど、すごく頭が切れる女性だったといいます。印象的だったのは、その課題の出し方でした。
「古文単語のテストするから。みんな勉強しといてね。以上。じゃ、おしまい」ってなるのよ。
範囲も宿題も示されない一言に、当然クラスはざわつきます。「範囲はどこですか」「宿題は?」と戸惑う生徒たちに、先生はこう返したそうです。
「受験に出る古文単語だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
この言葉に、ゆーちゃんも「かっこいいね」と反応します。ナギちゃんにとっても、そうあるべきだなって思った、大きな衝撃だったそうです。
人によって合う勉強法は違うのに、画一的な宿題を出されても、それが本当に身になるとは限らない。だから宿題も自分で考えるべきだ、という考え方の原点になった出来事のようです。
忘れないための「衝撃エピソード語呂」の作り方
ギャル先生の授業をきっかけに、ナギちゃんは苦手なものは全部語呂で覚えるようになります。ただ、世間で作られた語呂は逆に覚えられなかったといいます。
「世間が作った語呂なんか覚えられない」みたいな。人が作ったもの見ても覚えられない。
そこで相談したのがお父さん。教わったのは、音ではなく「意味」で語呂を作るという方法でした。他の教科でも効果があったので、全部この方法にしたそうです。
たとえば「1」で始まる年号は、すべて「飯田さん」に置き換える。そして前半と後半を分け、その要素を組み合わせた突拍子もないエピソードを作るのだといいます。
飯田さんが国ごと燃やしたみたいな。国が大火事、飯田さんによって大火事になってるみたいな。
ポイントは、どうでもいい話ではなく、「は?」と思うような自分の中の衝撃を作ること。夢に出てくるくらいのエピソードにすれば、情景ごと忘れないのだそうです。
そして、あのギャル先生のテストには続きがありました。自己採点のあと、先生はこう言ったそうです。
100点取れなかったやつは、自分の勉強法を見直せ。以上。
99点でも関係ない。100点でなければ自分の勉強法を疑え、というメッセージです。人によって合う勉強法は違うのだから、宿題も勉強法も自分で考えるべき——ナギちゃんの勉強観を象徴するエピソードとして、この回は締めくくられます。
まとめ
正反対に見える二人の勉強法ですが、根っこには「自分に合うやり方を、自分なりに試行錯誤して見つける」という共通点がありました。勉強との向き合い方は、価値観の違いを楽しむネタとしても面白いテーマですね。
- ゆーちゃんは「勉強しろ」と言われ続け、英語の教科書を何百回も音読して覚えるタイプだった
- 原動力は「できない自分・わかっていない自分が嫌」という性格で、今の仕事の姿勢にも通じている
- ナギちゃんは「勉強しろ」と言われず、自分でまとめ、頭の中で解くことで覚えるタイプだった
- 中3の塾のギャル先生の「宿題は出さない、100点を取れる勉強をしてきて」が勉強観の原点になった
- 苦手なものは、音ではなく意味で、衝撃的なエピソードにして語呂を作ると忘れにくい



