牛にいじめやボスはいる?今日の質問はここから
この回で取り上げるのは、TikTokのリスナーから届いた質問です。牛の世界にもいじめやリーダーはいるのか、というテーマを、川上さんが以前より深く掘り下げていきます。
牛っていじめがあるんですか?ボスみたいなやつがいるんですか?みたいなね。そんな質問が来ておりますので。
質問をくれたのは、TikTokネーム「猫と暮らすINFJのうし」さん。牛同士のいじめや、ボスママ的なリーダーがいるのかを知りたい、という内容でした。
僕、ボスママっていう言葉を知らなかったんですけど、あるんですね、ボスママなんていうものは。
川上さんはまず、結論から答えを示します。ただし「いじめ」という言葉をそのまま使うのは慎重にしたい、と前置きします。
結論から言うとですね、あるのはあるんですけど、今日はちょっとね、言葉を分けて考えてみるとですね。
この回では、牛の世界の「強い・弱い・リーダー」を、人間の学校や会社とはちょっと違う目線で見ていきます。
牛にも順位はある。でも一番でかい牛がボスとは限らない
まず、牛に順位があること自体は研究でも確認されています。群れで飼うと、牛同士のあいだにドミナンスハイアラーキー(優劣順位関係)ができあがります。
たとえば餌場で牛Aが食べているところに牛Bが来て、頭や体で押します。するとAが場所を離れる。この「追い除け・場所の交代」を、ディスプレイスメントと呼ぶそうです。
誰が誰をどかすのかを繰り返し観察すると、その牛群の社会的な関係が見えてくる、というわけですね。
では、一番大きい牛がボスなのかというと、そう単純でもありません。研究では、社会的順位に年齢・体格・群れにいる期間などが関連すると報告されています。
牧場でも、体の大きな経産牛が強かったり、昔からいる牛が強かったり、若い牛や新入りが遠慮して見えたりします。ただし、一番大きい牛イコール必ず1位、というわけではありません。
この牛がうちの牛舎の社長ですみたいな、単純な話ではないんですね。
牛にいじめはある?「餌場でいつも譲る牛」がヒント
質問の核心である「牛のいじめはあるのか」について、川上さんは人間と同じ意味のいじめと呼ぶのは慎重にした方がいい、と話します。
ただし、特定の牛が他の牛から頻繁に追いかけられることはあります。餌場で強い牛が来て弱い牛が避け、また別の強い牛が来て避ける、という状況です。
こうなると順位の低い牛は、餌があるのに自分の食べたいタイミングで食べられないことが起こります。実際、社会的順位の低い牛ほど餌場から追いやられることが調査されています。
そして、餌場が混雑するほど競争が激しくなることも報告されています。だからこそ、餌場のスペースがとても大事になってくるんですね。
餌場のスペースを広げると、弱い牛の餌のとりやすさが変わる
この話は「牛にもスクールカーストがある」で終わる雑学ではなく、牛舎の管理そのものに関わってきます。餌場が狭かったり、牛が多すぎたり、休む場所や水場が足りないと、牛同士が同じ資源を取り合うことになります。
実験でも、餌場のスペースを狭くして競争を高めると、追いかけられる行動が増えることが示されています。
逆に、餌場を広げたり、牛同士を隔てる仕切りを設けたりすると競争が減り、特に順位の低い牛の餌へのアクセスが改善されました。
つまり酪農家が考えるべきは、意地悪な牛をどうするかより、弱い牛でも生活できる環境になっているかということですね。
新しい牛を群れに入れると荒れる。数字でも見える変化
もう一つ、牧場でよくあるのが、群れを組み替えたり新しい牛を入れたりすると、しばらく落ち着かなくなることです。これはリグルーピング(群れの組み替え)として研究されています。
ホルスタインを既存の群れに一頭ずつ入れた研究では、移動した当日に餌場で追いかけられる回数が増えました。
この回数はその後、徐々に減っていきます。研究では、当日の食べる行動や横になる行動にも変化があり、乳量も一時的に低下しました。牛を飼っている人なら、経験としてうなずける話かもしれませんね。
ボスは群れのリーダーなのか?優位性と先導は別もの
ここで区別したいのが、ドミナンス(優位性)と、リーダーシップ(群れの移動などを先導すること)です。同じように見えて、実は違うものだと川上さんは言います。
一番強い牛が「私についてきなさい」と群れを率いているように想像しがちです。でも動物行動学では、社会的に優位であることと、群れの行動を先導することは同じ概念ではありません。
餌場などで他の牛をどかせる強さ。順位の高さに表れる
群れが移動するときに先頭に立ち、方向を導くこと
だから、餌場で一番強い牛が群れの絶対的リーダーとは言えません。ここは、牛の社会を人間っぽく見せすぎないために大事なポイントです。
牛群にボスは一頭だけ?じゃんけんのような関係
そもそも牛群にリーダーやボスが一頭だけいるのか、という点もあります。人間だと社長・部長・課長のような縦の組織図や、クラス委員長と副委員長のような形を想像しがちですが、牛にはそういう仕組みはありません。
餌場ではこの牛が強く、この牛が来るとあの牛は避け、この組み合わせではこっちが強い。そんな個体間の関係の積み重ねとして見る方が、実態に近いそうです。
じゃんけんみたいな形になっているということですね。グーがいっぱいいる群れの中ではやっぱパーが強いんですけど、その中もやっぱりチョキがいるんですよね。
だから、牛群には必ずボスママが一頭いて全部を支配している、と説明するのは正確ではない、というわけですね。
牛は争ってばかりじゃない。毛繕いという社会的な接触
牛の社会というと、角で突いたり追い払ったりする順位争いばかり想像しがちですが、競争的な行動だけではなく、社会的な接触もあります。
その一つがアログルーミング、つまり他の牛への毛繕いです。面白いことに、群れを組み替えた研究では、新しい群れに入った日にこの毛繕いを始める回数も大きく減りました。
つまり牛群は、強い牛が弱い牛を攻撃するだけの世界ではありません。競争もあれば距離を取ることもあり、社会的な接触もある。思っている以上に複雑な社会の中で暮らしているんですね。
追いかける牛は「牛舎の問題を教えるセンサー」
毎日同じ牛を見ていると、この牛は強いな、この牛はいつも餌場を先導するな、この牛を別の群れに入れると揉めるな、といったことがなんとなくわかってきます。
つい「この牛は性格が悪い」と思ってしまうこともありますが、そこで終わらせない方がいい、と川上さんは言います。牛を追いかける行動が多いのは、牛が悪いのではなく、環境の問題かもしれないからです。
餌場が狭すぎないか、水場が混んでいないか、牛床が足りているか、群れの組み替えが多すぎないか、弱い牛が逃げられるスペースがあるか。追いかける牛の行動は、牛舎の問題を教えてくれるセンサーにもなるということですね。
助けてくれっていう、こっちを見つめてる奴いますよね。よく観察してみてください。
今回いちばん覚えてほしいのは「強い牛より弱い牛を見る」
今回リスナーに一つだけ覚えてもらうなら、ここだと川上さんは言います。牛群を見るとき、一番強そうな牛を探すのも面白いのですが、酪農家として大切なのは、いつも譲っている牛を見ることです。
餌を食べようとすると追い出される、水を飲もうとしても避ける、横になりたいのに落ち着かない。そういう牛がいたとき、「弱いから仕方ない」で済ませないことが大事だといいます。
弱い牛でも普通に生活できる環境になっているかを考える。競争条件が厳しくなるほど、順位の低い牛への影響が大きくなり得ることは、研究からも示されています。これはアニマルウェルフェアを考えるうえでも重要です。
ついつい牛舎にたくさん牛を入れると生産性が上がるように思いがちですが、それで逆に生産性が落ちている場合もある、というところに気づいてほしいと話します。
質問へのまとめ「いじめ」と「ボスママ」への答え
最後に川上さんが質問へまとめて答えます。牛には社会的順位があり、押したり突いたり追い払ったり、餌場からどかしたりする闘争的な社会行動があります。ただし、人間と同じ意味のいじめと断定するのは適切ではありません。
そして、順位の低い牛ほど、競争の激しい環境では不利になりやすい。ボスママについては、強い牛(社会的順位の高い牛)はいるものの、強い牛イコール群れ全体を率いるリーダーとは限らない、というのが答えです。
だから、ボスママがいて取り巻きがいていじめられっ子がいる、と人間社会そのままで考えるより、牛同士には社会関係があって、限られた餌・水・休息場所をどう共有するかで関係が表に出てくる、と考える方が科学的に近いそうです。
もし牛舎を見学する機会があれば、牛を一頭ずつ見るだけでなく、牛と牛の関係性を見てほしい、と川上さんは提案します。誰が来たら誰が避けるのか、誰と誰が近くにいるのか、餌場でいつも譲っている牛はいないか、という視点です。
酪農家の仕事はですね、その順位をなくすことではなく、順位が低い牛でもちゃんと食べて飲んで休める牛舎を作ることです。
そしてこの回で残したい問いとして、川上さんはこう投げかけます。この目線で牧場を見ると、アニマルウェルフェアの見え方も少し変わるかもしれません。
まとめ
牛にもいじめやボスママはいるのか、という質問から、牛の社会的順位と牛舎環境の関係が見えてきた回でした。人間の物語に当てはめすぎず、弱い牛でも食べて飲んで休める環境を考えることが、酪農家の役割として語られました。
- 牛には順位があるが、一番大きい牛が必ず1位というわけではなく、年齢や群れにいる期間なども関わる
- 順位の低い牛ほど餌場から追いやられやすく、餌場のスペースを広げると弱い牛の餌へのアクセスが改善される
- 優位性(ドミナンス)と群れを先導するリーダーシップは別もので、強い牛が絶対的リーダーとは限らない
- 新しい牛を群れに入れると当日は追いかける行動が増え、乳量も一時的に下がるなど、組み替えは群れを乱す
- 大切なのは順位をなくすことではなく、順位が低い牛でもちゃんと生活できる牛舎を作ること


