新米CAの毎日はブートキャンプ?
サンフランシスコ・ベイエリアから届ける「Beyond Home」は、海外で活躍する日本人の人生を深く聞いていく番組です。今回のゲストは、Mikaさんがシンガポールで働いていた頃の元同僚、河谷若枝さんです。
河谷さんは神戸、シンガポール、コペンハーゲン、東京、ニューヨークと各地を渡り歩き、{placeholder}年前、50歳を目前に主婦から未経験でアメリカ系エアラインの客室乗務員(CA)に転身しました。現在はニュージャージーを拠点に、アメリカ人の夫と娘さんと暮らしながら世界中を飛んでいます。
収録は河谷さんのフライトが休みの日に行われました。緊張しているという河谷さんに、Mikaさんが「すぐに素の若ちゃんが出る」と声をかけると、河谷さんは飛行機らしい言い回しで応じます。
ちょっとはい、エンジン吹いていきますね。
じゃあテイクオフしましょう。
河谷さんはまだ採用されたばかりの新人で、最初のうちは急な欠員に備えるスタンバイ要員です。1回アサインされると最低でも2日、長いと4日間ほどの旅に出て、1日に2〜3時間の短い便を何本も飛ぶこともあるといいます。
河谷さんが受けた訓練は7週間でしたが、そこで教わりきれない内容は現場で身につけるしかありません。河谷さん自身はこの下積みの日々を「ブートキャンプ」と表現しています。
(訓練では)カバーしきれない内容っていうのはもう現場で叩き込まれる感じですね。
「ここアメリカよ」で年齢の壁が消えた
河谷さんにとってCAは、もともと「なんとなく」憧れていた職業でした。同世代の女子にとって花形の仕事であり、特にシンガポールにいた頃はシンガポール航空 ── シンガポールのフラッグキャリア。民族衣装サロンケバヤを基にした客室乗務員の制服で広く知られていますの制服を見て素敵だと感じていたそうです。
ただし、河谷さんは自分が実際にCAになれるとは思っていませんでした。転機になったのは、アメリカに来てから日本への帰国便で、のちに勤めることになる航空会社を利用していたことです。
やっぱりクルーさん見たらなんでこんなにきついのかなとか、怖いなみたいなイメージがあって。
アジア系エアラインの洗練されたCA像とは違い、アメリカ系のクルーは愛想がなく見えたといいます。河谷さんは「これなら自分でもなれるのでは」と、本人いわく「ちょっと勘違い的な発想」を持ちました。
女子が憧れる花形の職業で、制服も素敵。自分には「お呼びでない」と感じていた
きつくて愛想がないようにも見えたが、多国籍で個性が伸びる環境だと感じた
河谷さんは乗るたびにクルーと仲良くなり、「なってみたらいいのに」と言われるようになります。さらに同じマンションに住む、その会社の現役クルーからも直接すすめられました。
一瞬「え?年齢制限とかないの?」とか言って聞いたら、「何言ってんのあんた。ここアメリカよって。そんなあるわけないじゃない」って言われて。
河谷さんは子どもと過ごす夏休みが明けてから転職活動を始めようと考えていました。そのタイミングで携帯に募集が表示され、すぐに申し込んだといいます。
河谷さんは、アメリカ系の会社なら自分がいても違和感がなく、多国籍軍の一員として個性が伸びる環境だと考えました。
「They need you.」夫のひと言が背中を押した
河谷さんが日本語を話せる人材の求人を探していたところ、見つかったのがこのCAの仕事でした。ただ、応募には不安もありました。アメリカに来てすぐ専業主婦になったため、仕事には10年近いブランクがあったのです。
もう言ったら履歴書にもホコリ被った状態だし、アップデートされてないし。
アメリカの就職活動ではカバーレター ── 履歴書に添える送付状。応募の動機や、そのポジションに自分が合う理由を自分の言葉で伝えるもので、欧米の就職活動では重視されますを書き、すべての職歴を並べるのではなく、なぜそのポジションに向いているかを1枚でアピールする必要があります。河谷さんは、日本で慣れた履歴書の書き方との違いに泣きながら取り組んだといいます。
不安で自信もなく、どこから手をつけていいかわからない河谷さんを支えたのが、アメリカ人の夫の言葉でした。
(夫に)「You don't need the company. They need you.」って言われたんですよ。
河谷さんの夫は、河谷さんの職歴だけでなく、家での性格や人柄を良いところも悪いところも含めて知っています。そのうえで、この仕事が河谷さんに向いていると考えていたそうです。
別にね、働かなくても今まで専業主婦だったんですし、落ちてもね、痛くも痒くもないでしょと。
河谷さんの夫は「受かったら、会社が一番求めている人材に近いということだから行ってこい」と送り出しました。「褒めて伸びるタイプ」だという河谷さんは、その言葉で応募に踏み切れたそうです。
見切り発車でいい?忘れかけていたアメリカ精神
Mikaさんは、夫の後押しにはアメリカ人らしいメンタリティーが表れているのではないかと問いかけます。河谷さんは「受けるのはタダ」と答え、二人は「失うものは何もない」という考え方に共感しました。
受かってから考えればいいと。もう見切り発車ね。
河谷さんは、やってみてから考える姿勢をアメリカの文化だと捉えています。そうしなければ前に進まない、とも話しています。
Mikaさんは、「ここアメリカよ」という隣人の言葉も含め、河谷さんの話に久しぶりにアメリカらしさを感じたといいます。
すごいあの若枝さんの話聞いて、「そうだ、ここアメリカいるんじゃん、私」ってちょっと今改めて思ってた。
河谷さんも、長く住むうちにこうした気持ちは忘れがちになると応じています。
孫6人のおばあちゃんも受ける、多国籍な採用試験
アメリカのエアラインの採用は狭き門です。書類選考を通過したあとも選考試験やバックグラウンドチェックが続き、最終面接の日に合否がわかります。訓練所で再会するはずだった人が来ないこともあり、途中で落とされていたことに気づくそうです。
受験者の顔ぶれもさまざまです。高校を出たばかりで自分の子どもに近い年齢の人もいれば、孫が6人ほどいるという70歳近い女性もいたといいます。訓練中に同室だったルームメイトは、育児が一段落した60歳手前の女性でした。
応募資格は1年以上のカスタマーサービス経験で、学歴は問われません。そのため、同期にはバーテンダー、レストラン従業員、小学校の先生、警察官、看護師などの経験者がいたそうです。
河谷さんは、応募者が多い理由に福利厚生を挙げます。接客業で福利厚生が付くのは珍しく、医療面が厳しいアメリカでは大きな魅力になるからです。Mikaさんも、勤め先によって受けられる保険が決まるのはアメリカならではだと補足しています。
河谷さんがクルーの中で仲良くなる相手は、9割がLGBTQの人たちだといいます。河谷さんは、自分が引き寄せているのかもしれないと笑います。
(多国籍軍の)一員として誇り持ってますね、私は。
面接官に受けた話と「前の彼氏」の教え
狭き門を突破できた理由について、河谷さんは面接でのエピソードを振り返ります。面接ではエピソードを語る質問があり、どれだけ準備していてもパニックになることがあるそうです。
もう落ちたと思ったんですよ。その瞬間。なんでこんな話したんだろうと思ってね。でも向こうはすごい受けちゃって。
河谷さんが後から調べたところ、最初の人事面接では正解を答えることより、どう切り抜けて答えるかが重視されていたようです。答え方のトーンや雰囲気、言いにくいことの伝え方、緊張しているお客さんを安心させる力などが見られているといいます。
河谷さんは、ユーモアのセンスがある人のほうがクルーと協調しやすく、感じのよさや好かれやすさも評価されていたのではないかと考えています。
河谷さんは、年齢を重ねると頑固になりがちな中で、未経験で素直なことは「教えがいがある」と受け取られたのではないかとも話します。実際、経験者のほうが訓練で落ちていたそうです。
誰も前の彼氏のことなんか聞きたくない。
今僕が彼氏なんだと。
これは河谷さんが教官から言われた言葉です。前の会社のやり方ではなく、今の会社のやり方を吸収してほしいという意味だといいます。
河谷さんによると、アメリカの大手航空会社はそれぞれ社風が違い、人事も自社のカラーに合う人を探していると考えられます。河谷さんは、そこで自分がマッチしたのかもしれないと話しています。
50歳でCAになれる?日米で違う年齢の意識
Mikaさんは、河谷さんから突然「サンフランシスコに行くことになった」と連絡を受け、CAになると聞いて真っ先に年齢のことを尋ねてしまったと明かします。Mikaさんは、自分のマインドセットが「ガチガチに日本」だったと振り返ります。
一方で、アメリカのエアラインには定年がありません。河谷さんによると、勤続40年や50年で会社から表彰されるクルーもいて、最近一緒に働いた女性クルーは76歳だったそうです。
でもね、見た目は若いです。やっぱり。ずっと現役っていうのがあるので。
Emikoさんも、最初に話を聞いたときは「50手前で新米CAになれるの?」と思ったと話します。周りの友人を見ていても、「もうすぐ30だから」「40になっちゃった」のように、年齢がキャリアの枕詞として語られがちだと感じていたそうです。
年齢とキャリアが一緒に語られがちで、「50はこうあるべき」という空気を肌で感じる
CAに年齢制限も定年もなく、70代の現役クルーもいる。年齢より個人として見られる
ファビュラス50と、美容院がバグる理由
河谷さんは、アメリカで50歳を迎えられたことを前向きに受け止めています。
河谷さんは、もし日本でずっと専業主婦をしていたら、周りのプレッシャーで行き詰まっていたかもしれないと話します。アメリカでは英語が話せれば、年齢や人種より先に個人として見てくれると感じ、とても生きやすいそうです。
河谷さんの50歳の誕生日には、SNSで「fabulous fifty」というメッセージが多く届きました。20代の若い同僚たちが、年上の先輩へのリスペクトを込めて「こんな50になりたい」と言ってくれたといいます。
Mikaさんも、アメリカのママ友とは年齢を聞き合わず、同年代だと思って話しているだけだといいます。河谷さんは、ファッションも日本とは違うと応じます。
多分ね、(日本の美容院の)向こうバグってると思うんですよ。
日本の美容院では年齢層に合わせた雑誌が出されますが、河谷さんはミセス向けにもキャピキャピした系統にも当てはまらないそうです。結局グルメ雑誌が置かれ、「無難ね」と思ったと笑います。
次回は、CAの実際の仕事内容や、河谷さんが海外を渡り歩いてきた理由を聞く予定です。
まとめ
河谷若枝さんは、周囲の後押しと夫の「They need you.」という言葉に支えられ、50歳を目前に未経験でアメリカ系エアラインのCAになりました。年齢より人柄や個性を見るアメリカの環境が、河谷さんの挑戦を可能にしたと考えられます。
- 隣人の「ここアメリカよ」というひと言で、年齢制限という思い込みが消えた
- 10年近いブランクがあっても、「落ちても失うものはない」と考えて応募に踏み切った
- 採用現場には10代から70歳近い人まで多様な人が集まり、面接では正解より伝え方やユーモアが見られていた
- 未経験で素直なことが、むしろ強みとして評価された可能性がある
- 年齢をキャリアの枕詞にしがちな日本に対し、アメリカでは50歳が「fabulous」と祝福される





