起業の成功物語ではなく、自分を取り戻す物語
まとめ回の後半で、Mikaさんは最初に挙げていた2つ目の論点を持ち出します。紗耶さんの話は、起業家としてのサクセスストーリーだけではなく、ご本人の回復と挑戦のライフストーリーだったのではないか、という問いです。
Emikoさんも、紗耶さんの話を単なる起業の成功談として受け取ってほしくないと話します。前半で語った「システムの罠」の中で一度孤立し、自分には価値がないと感じた紗耶さんが、少しずつ感覚を取り戻していく話だったと捉えています。
いいこと言う。今何つった?私は私として存在していい。
Emikoさんは、どん底にいた頃の紗耶さんを想像すると胸が締めつけられたといいます。それだけに、紗耶さんが自分を取り戻していく様子が嬉しかったと語ります。
I'm backみたいな感じでさ、さやis back。
Emikoさんの見方では、紗耶さんにとって起業そのものは結果にすぎません。社会的な成功と、自分が自分として納得して生きられる感覚は別物だと、Emikoさんは強く感じたそうです。
起業しなかったEmikoさんが気づいた「必要なかった」という感覚
Emikoさんがこの点に強く反応したのには理由があります。Emikoさん自身も、駐在帯同の生活の中で何か始めなければと思い、数年前に起業を考えたことがあったのです。結果として、起業はしませんでした。
さやさん、こんなにね、しなやかに起業してすごいなぁ、それに比べて私は全然できなかったなって。結構ざわついたんだよね、内心。
インタビューの最中、Emikoさんの心はざわついていました。しかし全部の話を聞き終え、その気持ちをMikaさんに聞いてもらう中で、ふと腑に落ちたことがあったといいます。
なんか私に必要だったのって、別に起業そのものじゃなかったんだなって、こう思えたというか。
Emikoさんは、今でも人と比べたり、これでいいのかと迷ったりすることはあると認めています。それでも以前より、何が自分を苦しくするのか、自分は何を大事にしたいのかといった「自分の扱い方」が少し分かってきたそうです。
だから諦めるとか妥協とかそういうんじゃなくて、ただ自分には必要なかったっていう感覚。
Emikoさんは、この「必要なかった」という感覚が、本当の意味での自己理解につながっているように感じると話しています。
海外に出ると丸裸にされる。強制リセットの先に残る問い
自己理解の話の流れで、Emikoさんはもう一つの気づきを挙げます。海外に出ると、自分が何に支えられて生きてきたのかがはっきり見えてくる、という点です。
すごいわかる。もう丸裸にされるから。
身一つであなた何者ですか?みたいなことを問われていくというか。
Emikoさんによれば、日本にいた頃は肩書き、所属、評価、日本語が通じることなど、さまざまなものに無意識に支えられていました。Mikaさんも、それらは空気のように当たり前にあるものだと思っていたと振り返ります。
肩書き・所属・評価・日本語が通じる環境に、無意識に支えられて生きている
支えが一度ゴソッと剥がされ、「私は何者か」「本当は何が欲しいのか」という問いが残る
Emikoさんは、海外に出ることを「強制的にリセットボタンを押される感じ」と表現しました。一度は「終了」と言いかけたものの、Mikaさんは、また始められるのだから「リセット」のほうがしっくりくると応じています。
めっちゃ難しいなぞなぞ出されるからね。
わかんないよっていう問いにずっと向き合っていかなきゃいけないんだよね。
こうした問いに向き合うのはしんどい作業です。それでもEmikoさんは、そのプロセスを通ることで、自分が何者なのかが前より見えてくる感覚があると話しています。再生とも、回復とも、成長とも呼べる「自分を取り戻していくプロセス」だといいます。
Emikoさんの駐在帯同生活は、シンガポールで3年、アメリカで4年を過ごし、8年目に入っています。今だからこそ言葉にできるようになったと感じる一方、ここまで来るのに7年かかったともいえます。Mikaさんは、自身は10年よりもう少しかかり、30代後半から40代をほぼこれに費やしたと笑い交じりに振り返りました。
「仕事ってこんなに楽しい」紗耶さんが過去の自分に贈る言葉
Mikaさんは、インタビューの後に紗耶さんへ「インタビューを受けてどうでしたか」と尋ねていました。ご本人の了解を得たうえで、その返事の一部が紹介されます。
紗耶さんの言葉は「鬱々としていた過去の自分に、『仕事ってこんなに楽しいものなんだよ。誰かの日常や心の余白を支えることがあなたの天職なんだよ』って教えてあげたいです」というものでした。さらに「自分には働くことが向いてないと思ってましたが、人生の中でこんなにも仕事が楽しい、もっと仕事がしたいと思ったことは初めてです」と続きます。
Mikaさんは、一度は適応障害 ── 環境の変化などの強いストレスが原因で、気分の落ち込みや不安などが生じ、日常生活に支障が出る状態を指しますで仕事が怖いと言っていた紗耶さんが、仕事が楽しいと語っていることに心を動かされたといいます。
紗耶さん自身は、新しい自分に生まれ変わったというより、今までのことが全部つながっていたと話していたそうです。MikaさんとEmikoさんは、それを「リスタート」や「仕切り直し」という言葉で受け止めました。
で、これからもしかしたらまた壁にぶつかったりとか、またもやもやってすること多分あると思うのよ。
で、でもさ、きっとこの経験をバネに、またこう自分を上げて上げていくことができるんじゃないかなって思うし、まあ私たちもそういうことを繰り返してきてるじゃん。
Mikaさんは、紗耶さんもこれで「上がり」だとは思っていないはずだと考えています。上がったり下がったりを繰り返しながら進むのは、MikaさんとEmikoさん自身も同じだと語られています。
紗耶さんのキャリアを貫く軸は「人に伝える」か「人のために」か
Mikaさんは紗耶さんのキャリアを振り返り、日本語教師、ITコンサル、現在の仕事は一見ばらばらでも、一貫しているのは「人に伝える」ことではないかと指摘します。
一方のEmikoさんは、同じキャリアに「人のために」という軸を見ていました。2人の見方を並べると、同じ経歴が別の角度から浮かび上がります。
| 仕事 | Mikaさんの見方(人に伝える) | Emikoさんの見方(人のために) |
|---|---|---|
| 日本語教師 | 日本語という言葉を伝える | 相手の役に立ちたいという思い |
| ITコンサル | 文字・図・資料でお客さんに伝える | 数字や組織の求めるものとぶつかった可能性 |
| 今の仕事 | 自分の全部を使って日本そのものを伝える | 人のためにがそのまま仕事になり評価される |
だから仕事って楽しいとか天職って思えるのは、なんかこう、全部の自分を丸ごと生かしきってるみたいな。
Emikoさんは、過去の仕事では「人のために」を貫こうとしても、安定的に稼ぐことや営業成績など、組織の求めるものとぶつかる部分があったのではないかと推測します。今は大事にしているものと仕事や生き方が喧嘩しなくなったから、天職と呼べるのだろうと話しています。
自分が大事なことを大事なままできるみたいなさ。
Mikaさんは、人のキャリアは最初から目標を決めて向かうより、一つひとつ積み重ねた結果いつの間にかそうなっているものだと、面白さを感じていました。
仕事が自分そのものだったMikaさんの「闇落ち」
自己一致の話題を受けて、初回のまとめということもあり、Mikaさんは自分自身のことを語り始めます。Mikaさんは30代半ばまで仕事中心の生活で、仕事内容も働くこと自体も好きでした。
もう自分のアイデンティティイコール仕事みたいな。完全に自己一致してたタイプの人で。
ところがアメリカに来て、Mikaさんは突然専業主婦になります。働きたくても働けない状況を、自分の能力不足や周りのせいにして、ずっと「闇落ち」していたといいます。
でもまあなんかこのまま嘘の偽りの自分でいて、で、主婦の自分の方が既成事実になっていっちゃうっていうのがやっぱり受け入れがたくって。
働きたいのは贅沢な悩みで、家族の調和が最優先だと、Mikaさんは何度も自分に言い聞かせてきました。それでも諦めきれず、今も「終わらぬ旅の途中」だと話しています。
「働いていない自分には価値がない」は誰が決めたのか
最近のMikaさんは、「主婦だけではダメ」「働いていない自分には価値がない」という考えが、そもそも誰が決めたのかわからないものではないかと感じ始めています。10年や20年でころころ変わる時代の価値観に振り回されるのは、少し馬鹿らしいという気持ちも芽生えてきたそうです。
Mikaさんは、社会で良しとされる女性の働き方が世代ごとに変わってきたことを例に挙げます。
Mikaさんは、選んで主婦を楽しんでいる人もたくさんいると断ったうえで、自分の場合は肩身の狭さを感じてしまうと語ります。Emikoさんは、この「私の場合は」という前置きが大事だと応じました。
でも特に私の場合は自分の意思じゃなくて、まあ夫の帯同みたいな形でうっかり、こう。
Mikaさんは、社会のメインストリームではない側になったと感じた途端に生きづらくなったといいます。同時に、そもそもメインストリームとは何なのか、そちら側にいないとダメだと自分で思い込んでいるのは変ではないか、とも問い直しています。
なんか限られた手持ちのカードで一生懸命戦っててもそれでいいじゃんって。
誰かに「十分立派だよ」と言ってほしいという本音に対し、2人は「自分たちで言っていくしかない」と笑い合います。Mikaさんは、この悩みは駐在妻に限らず、介護や子どもの不登校などで今まで通り働けなくなった人にも通じるかもしれないと話しています。
自己一致できてますか?
海外で暮らす日本人がどう折り合いをつけ、あるいは戦っているのか話を聞きたいと、2人は口をそろえます。ただ、手持ちのカードが限られている以上、諦めや妥協の感覚が出てしまうのも事実だと率直に認めています。
日本の当たり前が、海外では高付加価値なサービスになる
まとめ回の3つ目のテーマは、紗耶さんが日本の強みをビジネスチャンスに変えている点です。Emikoさんは、日本人の家事力や気配り、丁寧さは日本では当たり前とされがちでも、海外に出ると高度なホスピタリティだったと気づくことが多いと話します。
紗耶さんのサービスは単なる家事代行ではなく、日本品質のホスピタリティをビジネスとして届ける仕組みです。紗耶さん自身も「これはハウスキーピングじゃない」と語り、コンシェルジュとして位置づけていたことが振り返られています。
2人が暮らすベイエリア ── アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコ湾岸地域の通称。シリコンバレーを含み、多様な人々が暮らしていますでは日本食の人気が高く、アメリカ人家庭でもうどんや巻き寿司を作るほど身近になっています。Emikoさんは、日本食が特別でなくなったからこそ、次の段階として「日本人が作る日本の家庭料理」へのニーズが生まれていると分析します。
日本食の普及
ベイエリアでは家庭でも日本食が作られ、特別なものではなくなった
次のニーズ
日本人が作る日本の家庭料理を食べてみたい
続けやすさ
日本食はバリエーションが豊かで、お客様が飽きにくい
競合の少なさ
家で料理してもらうサービスは、アメリカではプライベートシェフになってしまう
Emikoさんにとって特に「アハ体験」だったのは、家に来て料理するサービスがアメリカではプライベートシェフ扱いになるという点でした。Mikaさんも、そこまで本格的でなくていいという需要に頷いています。
Emikoさんは、紗耶さんがお客様だけでなく、働く従業員の満足や成長まで両輪で考えていることにも紗耶さんらしさを感じています。Mikaさんは、輝く女性を生み出したいという思いが事業のきっかけだったことを挙げ、スタートアップでの経験やエリアマネージャーへのキャリアパスがある点を評価しました。
日本代表というか、日本のアンバサダーみたいな感覚でこう働いてる感じもすごく想像できて。
Mikaさんが特に印象に残ったと挙げたのは、調味料のボトルのエピソードでした。油が飛んだボトルを一本一本拭いたところ、お客様に驚かれたという話です。窓のサッシの砂埃を拭くといった小さな仕事も、気づいてもらえるとチップを弾んでもらえることがあります。2人は、チップが自分たちの仕事を認めてくれた証として嬉しいものだと話しています。
日本にいると気づけない当たり前と、子どもに伝えたいこと
Mikaさんは、日本を訪れた外国人観光客が感動するのは、小さな当たり前の積み重ねが日本の社会を作っているからではないかと考えます。外から来た人を丁寧に迎えることも、相手の期待に応えようとすることも、他の国では当たり前ではないと話しています。
そう、だからなんか私、子供たちにもさ、掃除してくれる人がいるから、自分で落としたゴミでも拾わないみたいな、なんかそういう子には絶対になってほしくないわけ。
Mikaさんは、自分で落としたゴミは自分で拾うといった小さなことを、子どもたちに口うるさく伝えているそうです。Emikoさんも、それが日本人だからと同意しています。
Emikoさんは、当たり前のことに気づく難しさを紗耶さんから教わったと振り返ります。日本人として持っている当たり前を素敵だと思え、誇りを感じられたことから、紗耶さんの回が大好きだったと締めくくりました。
番組の最後には、次回のゲストとして「50歳の新米キャビンアテンダント」が予告されています。
まとめ
まとめ回の後半では、紗耶さんの歩みを起業の成功物語ではなく、自分を取り戻す回復の物語として捉え直しました。そこからMikaさんとEmikoさん自身の自己一致の悩み、そして海外で気づいた日本の当たり前の価値へと話が広がっています。
- 紗耶さんの話は、社会的な成功よりも「私は私として存在していい」感覚を取り戻す物語として語られた
- Emikoさんは、起業しなかった自分について、諦めではなく「必要なかった」と腑に落ちたと振り返った
- 海外に出ると肩書きや所属が剥がされ、「自分は何者か」という問いに向き合うことになる
- Mikaさんは、働いていない自分に価値がないという考えも、時代とともに変わる価値観ではないかと問い直した
- 日本人の家事力や気配りは、海外では高付加価値なサービスになり、日本の当たり前の素晴らしさを教えてくれる






