今週のニュースと、電話室を語ってもらう理由
番組冒頭では、卯之町からの今週の予定が紹介されます。梅雨入りの時季で、曇りと晴れを繰り返す卯之町の様子から放送は始まりました。
今週の予定として、まず6月17日18時30分から、卯之町まち並み交流センターで大本先生による講座が行われることが告知されました。テーマは、災害後も続く生活の再建についてです。
もう1つの予定は、6月21日の「第8回 卯之町みんなの蚤の市」です。お散歩がてら卯之町を楽しんでほしい、と案内されています。
そのうえで、この回の音声コンテンツのテーマが説明されます。95歳のおばあちゃんに、当時の電話室の様子を聞くという内容です。
きっかけは、民具館に持ち込まれた池田屋 ── 卯之町にあった商家。今回話題になる電話室を元々備えていた家として語られる。の電話室でした。その電話室を元々持っていた家族に、当時の話を聞けたといいます。
パーソナリティは、95歳という年齢もあって聞き取りにくい部分や、繰り返し話される箇所もあると前置きします。そのうえで、その思いも含めて楽しんでほしいとして、ノーカットで届けると伝えています。
久しぶりの電話と、展示のためのお願い
インタビューは、おばあちゃんへの近況の話から始まります。あゆみ美容室のおばちゃんが、おばあちゃんを気にかけていたことなどが伝えられました。
昔は来てくれよったって言よったけど。
続いて、インタビュアーが本題である池田屋の電話の話を切り出します。事務所にあった、電話をするための場所を覚えているか、と尋ねました。
池田屋の電話するとこが事務所にあったやろ、むかし。
そのうえで、その電話室を民具館で展示することになったと伝えます。子どもたちは昔の電話を知らないため、当時の様子を再現するのに貸してほしい、という依頼でした。
やけど、昔はこういうのしよったんで、子供らは知らんけん、それを再現するのに貸してください。
おばあちゃんは、貴重なものだから展示したいという説明を受け、依頼を受け止めていきます。話は少しずつ、当時の電話室そのものの記憶へと向かっていきました。
鳴ったら人を呼びに行く、電話室のしくみ
ここから、おばあちゃんが電話室のしくみを具体的に語り始めます。電話室があり、そこに受話器が置いてあった、という記憶です。
電話が置いてあって、鳴ったら行ってから取って。
さらに、電話は取って終わりではなかったと続きます。用事のある相手を呼びに行かなければならず、そのぶん時間がかかったといいます。
鳴ったら行ってからその受話器のあれを取って、ほいで用事のある人を呼んで時間がかかるんよな。
インタビュアーは、その場でつながるのではなく交換手を介していた点を確かめます。おばあちゃんも、そのまま話せるようになったのがいつだったかは覚えていない、と振り返りました。
電話が鳴る
電話室に置かれた受話器のところへ向かう
受話器を取る
鳴った電話に出て、用件の相手を確かめる
相手を呼びに行く
用事のある人を呼びに行くため時間がかかる
嫁いできた日、電話室で流した涙
話は、おばあちゃん自身が卯之町へ嫁いできた頃の記憶に移ります。嫁いできた当時も、電話室は母屋とは別の小さな建物として建っていたといいます。
私が嫁に来た時もまだ電話室が別個にこう小さいの建っとるんよ。
その電話室で、おばあちゃんは自分の母から電話がかかってくると涙が出たと語ります。声を聞くと里心がつき、電話室で泣いていた、という思い出です。
私の母がおばあちゃんから電話かかったらしたらな、涙が出てな。電話室で泣きよった。
理由は、卯之町がまったく見ず知らずの土地だったことにあります。知った人もおらず、いよいよ寂しかった、とおばあちゃんは話します。
ここ(卯之町)いうとこ全然見ず知らずやけんな。ほんで知った人もないし、いよいよ寂しかったんや。
実家の城川にもあった、レバーを回す電話
インタビュアーは、嫁ぐ前の実家にも電話があったのかを尋ねます。おばあちゃんは、子どもの頃から実家にも電話室があり、電話機が置いてあったと答えました。
私が子供時分からちゃうと電話室があって、電話機が置いてあって。
その電話は、横についたレバーを回すタイプのものでした。まず回して交換手を呼び出し、相手につないでもらうしくみだったといいます。
最初は回して、ほんで交換手が出て、呼んでもろうてで。
おばあちゃんの父は、新しいものを取り入れる人だったと語られます。次男として実家を出て、古市という土地に土地を買い、家を建てた人だったといいます。
交換手から直通へ、便利になった実感
やがて電話は、交換手を介さずに直接つながる直通へと変わっていきます。おばあちゃんは、その変化を「便利になった」と繰り返し振り返りました。
それからこう、あの直通になり出したよな。しばらくして。
それまでは、電話局に交換手がいて、鳴った電話を人の手でつないでいたと説明されます。誰が誰にかけたかが人を介して分かってしまう点にも話が及びました。
電話局いうのがあったんよ。そこに交換手があって、ほいで電話鳴ったとこう、こうなんか。
実家の古市では直通になったことを喜んでいた一方、嫁いできた卯之町では、まだ取り次ぎ式の電話が残っていたといいます。だからこそ、母の声を聞くと涙が出た、という話に戻っていきました。
レバーを回して交換手を呼び出し、相手につないでもらう。取り次ぎに時間がかかる
直通になり、相手に直接電話がかかるようになって便利になった
見ず知らずの土地に来た当初は、家の人しか知った人がいなかったと語られます。それでも、時を経て気持ちが変わっていったこともまた語られました。
住めば都で。
夏のイベント告知とふりかえり
インタビューを終え、パーソナリティが感想を述べます。人を呼びに行かなければならなかった電話の話や、おばあちゃん自身が嫁いできて寂しかったという話に、グッとくるものがあったと振り返りました。
なお、おばあちゃんが嫁いでくる前に暮らしていた土地について、放送では城川、白川という語がいずれも語られており、正確な地名は{要確認: 実家の地名}です。
最後に、今週のニュースで触れられた夏の予定が告知されます。7月25日土曜日に、卯之町の町並みで、愛媛県が推進するアートコミュニケーターの実習が行われるとのことです。
当日は、参加者が町並みを歩いて話を聞いたり、いろいろな場所を訪ねたりする予定だといいます。ほぼ丸一日いる予定とのことで、興味のある人は卯之町を訪れてほしいと案内されました。
まとめ
95歳のおばあちゃんが語ったのは、電話が鳴るたびに人を呼びに行き、交換手を介してつないでいた電話室の時代でした。嫁いできた土地での寂しさと、直通になったときの「便利になった」という実感が、当時の暮らしごと伝わってくる回です。
- かつての電話室では、電話が鳴ると受話器を取り、用事のある人を呼びに行く必要があり時間がかかった
- 嫁いできたばかりのおばあちゃんは、電話室で母の声を聞くたびに里心がつき涙を流していた
- 実家では横のレバーを回して交換手を呼び出し、相手につないでもらう電話を使っていた
- その後、交換手を介さない直通へと変わり、おばあちゃんは「便利になった」と繰り返し振り返った
- 7月25日土曜日には、卯之町の町並みで愛媛県のアートコミュニケーターの実習が予定されている




