「人なのです」──カーンが残した言葉
この回で紹介されるのは、技術者ファズラー・ラーマン・カーンの言葉です。「人生とは芸術であり、演劇であり、音楽であり、そして何より人なのです」と語られています。
カーンは、建物の重さや風の力を受け止める骨組みの設計をする技術者です。この言葉は、1972年のアメリカの建築専門誌に掲載されました。
二棟の計画が、一棟になった理由
舞台は1960年代のシカゴです。カーンは建築家のブルース・グラハムと共に、ある高層ビルの設計に取り組んでいました。それがジョン・ハンコック・センター、100階建てのビルです。
当初の計画では、オフィスと住宅を別々の二棟にする予定でした。けれども、二つの大きな建物を並べると、敷地の大半が埋まってしまいます。
二棟にすると、互いに日差しを遮り、窓からの視線も気になります。低い階の住宅には、通りの騒音も届きます。
そこでグラハムが提案したのは、二棟を一棟にまとめることでした。下の階にはオフィスを、上の階には住まいを置く計画です。
この一棟にまとめる計画を支える仕組みを考案したのが、技術者のカーンでした。
オフィスと住宅を別々の二棟にする計画。敷地が埋まり、日差しや視線、騒音の問題が生じる
下にオフィス、上に住まいを置く一棟に。カーンが構造の仕組みを考案した
巨大なXは、なぜあの形なのか
100階もの高さになると、建物には大きな風の力がかかります。必要なのは、重さを支えながら、横から吹き付ける風にも耐える骨組みでした。
カーンは、建物の外側に並ぶ柱を斜めの鉄骨で大きく結びました。地上から見上げると、巨大なXの形がいくつも重なって見えます。
柱と鉄骨がつながることで、建物の外側全体が一本の筒のように働きます。風の力を、その筒で受け止める仕組みです。チューブ構造 ── 建物の外周部分を一体の筒のように働かせて、横からの風や地震の力を受け止める高層ビルの構造。内部の柱を減らせるのが利点とされる
外側の骨組みにその役割を持たせると、内側の柱を減らすことができます。その結果、人が使える空間が広がり、部屋の配置にも自由が生まれました。
そして大きなXは、建物を支えると同時に、このビルを一目で見分けられる特徴にもなりました。
外側の柱を斜めの鉄骨で結ぶ
巨大なXの形が重なって見える
外周全体が一本の筒のように働く
横からの風の力を筒で受け止める
内側の柱を減らせる
人が使える空間が広がり、配置も自由になる
上へ行くほど細くなる、その意味
さらに、ジョン・ハンコック・センターの形は、上へ行くほど細くなっています。これは見た目だけの工夫ではありません。
広い床が必要なオフィスと、窓の近くに部屋を設けたい住宅。そこでの過ごし方に合わせて、階ごとの広さが決められたのです。
カーンとグラハムは、骨組みと部屋の配置を一緒に考えていました。建物の形には、その中で人がどう暮らすかという工夫が重なっています。
講演のスクリーンに映っていたもの
当時の記事には、カーンの講演の様子も記されています。スクリーンには、高層ビルの歴史や新しい構造を説明する写真が映されていました。
やがて映るのは、混み合った街でした。そして次に現れたのは、木々や噴水があり、人の集まる広場だったといいます。
カーンは、高く建てることで、地上に人が使える場所を残そうとしていました。技術を語る講演の中にも、街を歩き、そこで過ごす人たちが登場していたのです。
Xの内側にある、一人一人の日常
100階のビルを支える大きなX。その内側には、働く場所があり、帰ってくる部屋があります。
カーンにとって建物を支えることは、そこで続く一人一人の日常を支えることだったのかもしれません。冒頭の言葉が、その姿勢と重なって響きます。
まとめ
ジョン・ハンコック・センターの巨大なXは、風に耐える構造であると同時に、内側で暮らす人の空間を広げるための工夫でした。技術者カーンのまなざしは、いつも「人」に向いていたと語られています。
- カーンとグラハムは、当初二棟だった計画を、一棟にまとめて設計した
- 外側の柱を斜めの鉄骨で結ぶことで、外周全体が筒のように働き風を受け止める
- 内側の柱を減らせるため、人が使える空間が広がり、部屋の配置も自由になった
- ビルの形は用途に合わせて上へ行くほど細くなり、暮らし方が形に反映された
- カーンにとって建物を支えることは、一人一人の日常を支えることだったと締めくくられる






