PMFって結局「形にしただけの作業」なのか
この回は、PMFの話か浮気の話かで迷った末、PMFを選ぶところから始まります。パーソナリティ2がPMFの意味を尋ね、パーソナリティ1が概念を説明します。
パーソナリティ1は、PMFを「作りたいものではなく、求められているものを作りましょう」という話だと整理します。市場のニーズに合わせるという一点に尽きるという理解です。
要は作りたいものじゃなくて、作ってほしいと思ってる、もらえるものを作りましょうって話やと思うんですよね。
最近読んでいるstileの栗原さんの書籍も、半分読んだ時点で言っていることは同じだったと話します。失敗例はパターンの違いにすぎず、核は「市場のニーズに合わせたプロダクトを作る」だけだといいます。
パンチラインって、この1行2行でもう詰まってるよね。
CPA3分の1、成果は「業界に詳しくなっただけ」
パーソナリティ1は、実際にPMFを体感した仕事の話を持ち出します。現職である特定の業界向けにセミナーを行ったところ、これまでの実績の3分の1のCPAで集客できたといいます。
その成果の理由を、パーソナリティ1は「業界について詳しくなった、つまり情報の受け取り手について詳しくなったから」の一言で説明できるといいます。
そのターゲットの業界の人に刺さってたってことだよね。
具体的には、面談した営業へのヒアリング、録画動画やその文字起こしの確認、院長やオーナーへの質問、自社ソリューションの効能の聞き込みを重ねたといいます。やったのは、それを形にする作業だけだったと振り返ります。
マジでただ形にしただけの作業。だからPMFって多分形にしただけの作業っていう風に表せると思うんですよね。
書道も絵画も、うまい人ほど「意思を消している」
ここからパーソナリティ1は、PMFの話を書道や絵画に広げます。書道でとてもうまい人は、筆を置いているだけで、自分では書いていないという見立てです。
意思が入っちゃったら、それって自分が作りたい作品になっちゃうから。極限まで意思を消してると思う。
絵画についても、先日行ったゴッホ展で感じた美しさを例に挙げます。なぜ美しいと思うのかを考え、それは作者個人の美しさを超越しているからだと解釈します。
美しさの本質って、全員誰が見ても美しいと思う、その範囲やと思うんですよ。
さらにパーソナリティ1は、絵を描く行為を「最初に筆を置く視点が決まれば、あとは全部決まる」ものだと語ります。描き手は自分の描きたいものではなく、人の本質のようなものを描いているから、目や鼻の位置が直感的にわかるのだといいます。
そのうえで、ゴッホの後期の絵が崩れていてもすごいと言われる理由を、視点を決めて一寸の狂いもなく終点まで描き切っているからではないか、と推測します。
自殺は「作品の完成」なのか、生と死をめぐる話
ゴッホの話から、話題は生と死に移ります。ゴッホが精神的に不安定で最後は自殺したという流れから、パーソナリティ1は自殺する人の気持ちがわかるといいます。
作品の完成じゃないですか、やっぱ。殺すって。だからやと思いますよ。
パーソナリティ1は、生と死を二項対立のように語ることに違和感があるといいます。抽象度が合っておらず、死は生という概念に含まれているという見方です。
死があるからこそ生になると思うんですよ。でも生があるからこそ死にはならないと思います。
その理由として、生きるとは生まれてから死ぬまでのすべてであり、死はその一部にすぎないと説明します。だから死に対する恐怖もあまりないといいます。
パーソナリティ1は、これをマラソンにたとえます。ゴール地点だけを見て身構えるのはおかしく、スタートからゴールまでの全体がマラソンだ、というわけです。
ゴール地点だけ見て「マラソンや!」って意味わかんないです。そっからの全体がマラソンやと思うんですよね。
パーソナリティ2は、この比喩を受けて言い換えます。走っている行為そのものがマラソンに内包されているように、死というゴールに向かう生きている時間も、死という全体の中に内包されているという理解です。
死っていうゴールに向かってるから、生きてるこの間っていうのも、死っていう全体の中に内包されてる概念だよねっていう。
パーソナリティ1は、自分が見ていた情景をそのまま言語化されたと応じ、パーソナリティ2の思考の柔軟性の高さを評価します。
iPhoneも馬車も「ニーズを形にしただけ」
パーソナリティ2は話をPMFに戻し、2つの反例を投げかけます。1つはiPhoneがガラケーの延長線上になかったこと、もう1つは、人々が馬車の速さを求めていても、その延長に車という発明はなかったことです。
世の中の人は馬車をどれだけ速く走らせるかっていうのを求めてた。その延長には車っていう発明はなかった。
これに対しパーソナリティ1は、簡単だと即答します。ニーズを捉えているか、手段を捉えているかの違いにすぎないという説明です。
ジョブズも別にニーズを作ったわけじゃないですよ。元々あったニーズをただ形にしただけ。だからこれってPMFと一緒なんですよ。
パーソナリティ2は、受け取り手は「ものがないからニーズとして言葉にできないだけで、なんとなく頭の中にはある」ものを形にしただけだ、と整理します。パーソナリティ1もそこに強く同意します。
パーソナリティ1は、ニーズには段階があるといいます。馬車があるからこそ「もっと速く行きたい」が生まれるのであり、そもそも高速で移動できる概念がなければニーズも生まれないという見方です。
馬車をどれだけ速く走らせるかを改良する。馬の速さに限界があり、行き詰まる。
A地点からB地点へ速く移動したいという欲求そのものに応える。手段は馬車でなくてよい。
パーソナリティ2は、求めているのは馬車を速くすることではなく速くたどり着くことなので、馬車という手段にこだわらなくてもニーズは叶えられる、とまとめます。そしてそれこそがイノベーションだと言い添えます。
最後にパーソナリティ1は、事業を成功させる最善の方法として「とにかく人と話すこと」を挙げます。顧客とも社員ともエンドクライアントとも話し、世界を俯瞰して見たいといいます。
まとめ
この回は、PMFという言葉を「求められているものを形にするだけの作業」と捉え直し、そこから書道・絵画・生と死・イノベーションへと連想を広げていく雑談でした。作り手の意思を消してニーズを形にするという一貫した視点が、話題をまたいで通底しています。
- PMFは、作りたいものではなく求められているものを形にする作業だと語られた
- 業界の受け取り手に詳しくなった結果、CPAが3分の1になった体験がその実例として挙げられた
- 書道や絵画も、うまい人ほど自分の意思を消してニーズや本質を形にしているという見立てが示された
- 生と死は二項対立ではなく、死は生に内包されるという考えが、マラソンの比喩で語られた
- iPhoneも車も、既存のニーズを形にしただけであり、その飛躍がイノベーションだと整理された





