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休みの日、気づけばスマホだけで一日が終わっている。それを「自分の意志が弱いから」ではなく、人類が定住を始めた1万年前からの話として考える回です。退屈の正体と、目の前のものをちゃんと受け取るための"訓練"の話まで。
今回は川地さんが『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎/新潮文庫)を紹介します。
▼今回の話の流れ
うさぎ狩りに行く人は、うさぎが欲しいわけじゃない/欲しいのは、追いかけている時間の方/暇は外側の条件で、退屈は心の状態/退屈の始まりは、1万年前の定住だった/氷河期が終わって、狩りだけでは食べていけなくなった/蓄えを持った瞬間、動けなくなった/移動していた頃は、五感も頭もフル稼働だった/余った力の置き場がないのが、退屈の正体/祭りや工芸は、その受け皿として生まれた/トイレは定住のあとに生まれた文化で、本能じゃない/生き物はそれぞれ違う世界を生きている(環世界)/ダニが感じ取れるのは、匂いと体温と手触りの三つだけ/入園したての子の拒否反応も、環世界の引っ越し/情報を受け取る「消費」には満足が来ない/物を味わう「浪費」は、どこかで満ち足りる/だから「贅沢を取り戻そう」という結論/ちゃんと味わうことにも訓練がいる/ラッセルは「教育とは楽しむ能力の訓練」と言った/忙しくても「もっとこうしたいのにできない」なら、それも退屈/今日あったことを言葉にするのは、誰にでもできる
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