東京は「悲しい街」?満員電車で感じた違和感
雑談から入ったこの回で、しもちゃんが持ち出したのは東京への嫌悪感でした。仕事で東京に行った帰り、あらためて感じたことがあると話します。
やっぱクソみたいな街やなと思ったっていう話で。
悲しいよ俺は。東京好き。
しもちゃんによれば、人が多く、ぶつかってくる人もいて、助け合いもない。何か特別な事件があったわけではなく、朝の満員電車で人の多さそのものに参ったといいます。
ほんまに悲しい街っすよ、東京。マジで悲しい街。
象徴的だったのが満員電車の光景です。駅員に押されてギリギリ乗れた次の駅で、また同じくらいの人が入ってこようとする。そこに「おかしいでしょ」と感じたと話します。
いなけんは、自分は東京しか経験がないとした上で、第二の都市である大阪でも同じことは起きないのかと尋ねます。しもちゃんは、大阪はそこまでひどくはないと答えました。
人が多いと、人への意識量が薄まる
しもちゃんは、東京の問題はすべて人口の多さに起因すると考えています。人が多いほど、一人ひとりに割く意識の量が減っていく、というのがその見立てです。
人一人当たりに使う一人間の意識量って下がっていくと思うんですよ。
1平方メートルあたりに入れる人の密度が違うから、意識下に置ける人の数も変わる。その結果として、接客が定型化したり、困っている人を助けなかったり、席を譲らない人が出たりするのではないか、というのがしもちゃんの説明です。
自分が自分が自分がっていう思いが相対的に強いと思うんですよね。日本の四十何都道府県の中でも。
これに対しいなけんは、しもちゃんがうがった見方をしているから、そういう場面が目につきやすいだけではないかと切り返します。
しもちゃんがそういううがった見方をしてるから、そういうシーンが目につきやすいだけ説もない?
しもちゃんは、そうかもしれないと認めつつ、他の街より東京でそれが目立って見えるなら、少なからずそういう傾向はあるはずだと引きません。
いなけんは、日本国内で接客のホスピタリティがそこまで変わるのか、地方も東京を後追いして都市化しているのではないかと疑問を重ねます。それでも変わると思う、としもちゃんは答えました。
いなけんは、この議論が結局は関西と東京の二項対立になっていて、同じ話を繰り返しているとも指摘します。第三の都市を知らない以上、それ以上は雑になるという理由で、この話題は一度切ることになりました。
東京は「欲望の街」?アクセスのよさは諸刃の剣
東京にポジティブな面はあるかと問われ、しもちゃんは即座に「ある」と答えます。東京は欲望の街だ、というのがその評価です。
東京はね、ほんまに欲望の街やなっていうのは思ってて。
今は一時的に実家のある田舎に戻っているというしもちゃん。コンビニまで徒歩10〜15分、最寄り駅まで15分という環境と比べると、東京は徒歩3分でコンビニがあり、飲食店も多く、営業時間も遅くまで開いています。
時間も遅くまで開いてるから、アクセスしやすすぎるんすよ、あらゆるものに。
田舎は物理的・構造的に行けないから「今日は自炊しよう」と自然になるが、東京はアクセスがよすぎて、自制が効かないと自分のリソースがどんどん食われていく。しもちゃんはそう感じたと話します。
いなけんは、それはネガティブに寄った見方だと受け止め、裏を返せばアクセスのよさそのものはポジティブな面でもあると整理します。
ポジティブ側を制約できないと諸刃の剣だよねっていう。
だから楽しいっすよ、東京は。そういう意味ではね。まず人が多いところ除けば楽しい。
「生活しづらい」を因数分解する
いなけんは、自分も大人数の場所は得意ではないと前置きしつつ、なぜしもちゃんがそこまで人の多さに反応するのかを掘り下げようとします。渋谷のスクランブル交差点を雨の中歩いた体験を挙げ、それでも「仕方ない」と受け入れているといいます。
生活しづらいからじゃないですか。
いなけんは「生活しづらい」を因数分解しようと促します。並ぶのが当たり前で時間がかかること、接客の気持ちよさが少ないこと、そして家賃の高さ。しもちゃんはそれらを挙げていきます。
家賃が高いのも、人が集中して過密になっているからだ、としもちゃん。いなけんは、需給バランスで生活コストが上がり、その結果として生活しにくくなっているという論理的な帰結だと受け止めます。
生活コストが上がって生活しにくいって話か。確かに。それは論理的な帰結やな。
タワマンは「養鶏場」?都市の効率をめぐる攻防
話はマンション、とくにタワーマンションに移ります。しもちゃんは、あれは気持ち悪くないかと問いかけ、言い方は悪いがと断った上で、ある比喩を持ち出しました。
同じような部屋ぶわーって並べて、高くして、そこに「うわ、すごい高いよ」って言って人呼んで、で、何十人も何百人も住むんでしょ。
卵を産みやすいよう狭いスペースに最適化された養鶏場 ── 多数の鶏を効率よく飼育する施設。ここでは、狭い空間に人を効率的に詰め込む都市の集合住宅の比喩として使われているのようだ、というのがしもちゃんの見立てです。一軒家の方がいいのではないかと言います。
いなけんは、ChatGPTに一軒家とマンションを比較させた話を持ち出します。都市部では、広さや自由よりも、管理されている感や入り口で一段守られる防犯性に価値があり、それを含めて買っているのだと紹介しました。
一方で、田舎の一軒家は鍵をかけない文化もあると対比します。結局は田舎の一軒家か東京のマンションか、どちらを取るかの話だと整理しました。
しもちゃんは、マンションにヘイトを向けているわけではないと補足しつつ、心からマンションに住みたいと思っている人がいるのかと問い返します。
え、ほんまにマンション住みたいって思ってる人います?心から。マジで。
いなけんは、その比喩は飛躍しすぎではないかと受け止めつつ、限られた都市空間を最適に配分しようとすれば上に伸ばすしかない、という都市の構造そのものは説明できると応じます。
しもちゃんは、京都のように高さ制限のある街ならいいが、東京は効率性が一定の閾値を超えすぎていると批判します。「そこまでしてお前ら住みたいか」という感覚です。
ビルが風を止める?高さと快適さの関係
ここでいなけんは、しもちゃんのロジックに乗れる観点を自分から持ち出します。マンションだけでなくオフィスビルも同じで、資本主義を詰め込んだ高い建物が並ぶと、ある問題が起きるといいます。
か-風をさ、ブロックするわけじゃん。要は高い構造物が。風が吹き抜けないというか。
近年の猛暑で風が吹き抜けないと体感的に気持ちよくない。高い建物が並ぶ街は構造的に風の抜けが起きにくいから、体感として気持ち悪く感じやすいのではないか、というのがいなけんの「包み込むロジック」でした。
しもちゃんは、自然なものを排除し続けた結果、問題が出たら今度は自然を人工的に生み出そうとするループになっていると受け止めます。埋め立て地に高いビルを建て、日当たりや地盤の問題まで抱える構造に疑問を投げかけました。
もうそうじゃなくて、住むの手を離せよと思って。そんな自然なものが欲しいんやったら。
なぜ人は東京に集まるのか、そして地方移住
東京生まれ東京育ちだといういなけんは、ないものねだりかもしれないと断りつつ、人が東京に集まる理由を整理します。仕事や経済性、欲へのアクセスのしやすさが混ざり合い、そこを選ぶ方が合理的だから、人が人を呼ぶ状態になっていると言います。
同時に、人が集まるからこそ嫌悪感を覚える確率も上がる。だからしもちゃんのような反応が出るのだ、とも整理しました。
東京で稼ぐ金額を、生活を地方で担保できる、ないしはそれ以上に勝てるのであれば、割と地方移住は俺全然ありだなという。
一方で、地方に踏み切れない人が多いのは、実際に地方の方が経済的にダウンサイズになる可能性が高いからだとも言います。ただしそれもメリットとデメリットの帳尻の話で、今の自分は地方に足を踏み入れるには至らない、というのが現時点の感覚でした。
しもちゃんは、それなら可処分所得 ── 収入から税金や社会保険料などを引いた、実際に自由に使えるお金ベースで見るとどうかと投げかけます。家賃や物価が高く、さらにアクセスのよさゆえに、とりあえずカラオケや飲みに行くといった欲求のはけ口が多い分、そちらにお金を使っているのではないかと指摘しました。
初手でとりあえずカラオケ行くかってさ、自分がカラオケ行ってるからやんって俺はちょっとめっちゃ思ってしまった。
しもちゃんは、東京はお金でストレス解消まで簡単に片づけられてしまうと続けます。だからこそ、東京に住む人で瞑想をやっている人の割合は低いのではないか、という推測を口にしました。
AI時代に中学受験は必要か
ここで話題が変わります。いなけんは、田舎育ちで東京に家を買い根付くことがほぼ決まっている同世代から、教育について相談された話を持ち出しました。
その人はまだ子どもがいるわけではないものの、これから子どもを考えていて、東京の教育事情が気になっているといいます。とくに、中学受験が異常に過熱している現状への戸惑いがありました。
もう塾ずっと通い続けて、小六の受験のシーズンは教室からみんないなくなる。要は受験に行ってるから。
公立出身の自分は私立のお受験の是非を問われても、心から実感のこもった意見は言えなかった、といなけん。これに対ししもちゃんは、まず子どもを前提に生活を選ぶこと自体に引っかかると反応します。
なんで子供を前提にまず、いやそれはいいねんすけど、そんな、授かってから考えろよって思っちゃった。
いなけんは、それは自分が当事者ではないからだと返します。家を買うことは居住環境を選択的に縛る重い意思決定で、その土地に根差すと決めた以上、子どもが生まれてその土地で育つ可能性が高い。だから先まで見据えて動くのは自然で素敵なことだと感じたといいます。
しもちゃんも自然だとは認めつつ、AIが出てきた時代に、勉強的な賢さがどこまで人間の価値として残るのかには懐疑的だと述べます。
勉強的な賢さって、じゃあどこまで人間がその積み上げて価値を残すものなのかって、懐疑的やなと思うんですよね。
受験は「コミュニティを買う」行為でもある
いなけんは、AIをめぐって相反する2つの感覚を同じ熱量で持っていると語ります。優秀な先生がAIとしてカスタマイズされて与えられるなら、お受験の環境に行かなくても自然に育てるという考えが一方にあります。
もう一方には、AIにドライブされるからこそ、お受験的な環境に行った方がいいという考えもある。中学受験は勉強という軸よりも、コミュニティを買う行為でもあるのではないか、というのがその理由です。
知識だけを切り取れば教師の代替はAIになるだろう。しかし学校には友達や教室の作り、制服、校則といった要素が内包されていて、それが自分にしっくりくるかどうかで選ぶ話ではないか、といなけんは考えを進めます。
しもちゃんは、それなら子どもがどちらも選べる状態にしておくのが一番いいのではないかと応じます。子どもも別の人間なのだから、望むなら行ける状態にしてあげればいい、という整理です。
リクルート式っすよ。「お前はどうしたいんや?」って問い続けたらいいと。
一方でいなけんは、自分に子どもができたとして、いざ「どうしたいの」と問うたときに意志がなかったら、自分はキレてしまうかもしれないと本音を漏らしました。
しもちゃんは話を戻し、それでもなお、子どもまで考えているなら授かる前に家を買おうとする意思決定が理解しづらいと重ねます。いなけんは、家を買う判断と子どもの判断は本来別軸で、年齢的にたまたま時期が重なっているだけだと説明しました。
最終的に2人は、当事者にしかわからないことに外野があれこれ言っても仕方ない、という点で落ち着きます。
怒りや不安に名前をつける、ラベリングの話
しもちゃんは、人の目を気にするから悩んだり不安になったりするのだと続けます。無視すればいい、という感覚です。
無視しときゃいいんすよ。「ああ、ゴキブリおるな」とか、「あ、鳥おるな」と一緒。
ここでいなけんが、締めに向かいかけた流れに一つ話を挟みます。ささいなことで怒る人は、怒るスイッチが起動しやすくなっているのではないか、という観点です。
ある事象に対して、無視するのか、無感情でいるのか、怒るのか、笑うのか、いろんな態度が取れる。前に話した「不安な状態に不安とラベリングすると、不安がより増強される」という感覚に近い、といなけんは言います。
その例として、引っ越した町のイメージキャラクターの話を挙げます。ずっと同じ道を歩いていたのに、そのキャラクターの名前を最近知ってから、ポストなど町の至る所に書かれた名前が急に目に入るようになったといいます。
俺はずっとその道通ってたんだけど、ただの風景でしかなかったわけ。
名前や定義を与えると、それまで風景でしかなかったものが認識されるようになる。裏を返せば、ある状態に定義づけをしなければ、繰り返しのループを断ち切れる面もあるのではないか、というのがいなけんの見立てです。
ウォーリーを探せと一緒っすよね。もう見つけた瞬間に「あ、そこウォーリーや」みたいな。
ラベリングの難しさと、コントロールしないという選択
しもちゃんは、感情の話は難しいと応じます。「これが不安という感情だ」と一度ラベリングしないと、感情を認知できず適切に扱えないとも言えるからです。
赤ちゃんのままでいるわけにはいかず、社会と関わる以上は知識をつけてコントロールしていく必要がある。しかし「これは不安だ」と認識した上でその不安をコントロールするのは、とても難しいとしもちゃんは指摘します。
これに対しいなけんは、コントロールしようとするから難しいのではないか、とヒントを返します。まずは一旦受け入れるところが必要で、その中で不安を消せない時もあるといいます。
コントロールしてもいいし、しないトレーニングというか。
選択的に対処しようとすると、かえって不安になる時もある。コントロールしてもいいし、しないでいてもいい、という構えの話に着地しました。そしてここから、自分の状態をスキャンして理解しやすくなる手段として、瞑想の話につながります。
これ、そっか。やっぱ瞑想しようって話ですよね、みんな。
瞑想チャンネルだ、と2人は笑い合いつつ、受け入れたり自分の状態をスキャニングしたりするのに瞑想はいいのではないか、という点で一致しました。
「東京はいい街」で締める
話が長くなってきたところで、しもちゃんがまとめを求めます。いなけんが口にした「本質まとめ」は、ここまでの東京批判をやわらげるものでした。
いや、でもとはいえ、東京はいい街だと思いますよ。
東京とひとくくりにされるのは嫌だ、と東京出身のいなけん。しもちゃんも「いい街です」と受け、東村山のような場所もあると付け加えて、この回は締めくくられました。
まとめ
東京への嫌悪感を出発点に、人口密度が人への意識を薄める構造、都市の効率化への違和感、AI時代の教育、そして感情へのラベリングと瞑想まで、話が地続きに広がった雑談回でした。最後は「東京はいい街」と着地しています。
- しもちゃんは、東京の生きづらさの多くを人口の多さと過密に起因するものと捉えている
- アクセスのよさは楽しさでもあり、自制が効かないとリソースを食う諸刃の剣でもある
- 受験は勉強だけでなくコミュニティを買う行為でもあり、AI時代にその意味が問い直されている
- 当事者にしかわからないことに外野が口を出しても仕方なく、人の目を気にしすぎないことが不安を減らす
- 感情はラベリングして初めて扱えるが、無理にコントロールせず受け入れる構えとして瞑想が挙げられた


