夏休みに選んだ、初めての愛媛と高知
この回でいなけんが話すのは、四連休を使って行ってきた四国旅行のことです。愛媛と高知を巡り、どちらも実質的に初めて訪れた土地だと語ります。いなけんは幼い頃に父方の祖母の実家がある香川に行った記憶はあるものの、ほとんど覚えていないと話します。そのため今回が「ほぼ人生初の四国」だったといいます。
今回は高知と愛媛だったから、今度行ってない徳島と香川ももう一回来たいなと思って帰ってきた。
関西出身のしもちゃんにとって香川は近く、うどんを食べに行ったことがあると話します。いなけんは「なんとなく旅行したい」「行ったことない土地に行きたい」という理由で四国を選んだと語ります。
二人ともペーパードライバーのため、移動はバスや電車が中心でした。パートナーと二人で、都市圏をブラブラする旅になったといいます。
ポンコツカップルやないかい、ほんま。
松山で感じた「ここ住めるな」の正体
最初に訪れたのは愛媛の松山でした。いなけんの第一印象は「ここ住めるな」というもので、想像より街が大きかったことに驚いたと話します。いなけんは、この感覚を東日本と西日本の構造の違いではないかと考えます。東日本は関東の一都三県が人を吸い込むため、周辺の土地が相対的に寂れがちだと指摘します。
一方で西日本は構造が違うといなけんは見ます。大阪に一極集中するのではなく、福岡や神戸、広島、四国の各都市がそれぞれ機能しているという見立てです。
それぞれがなんていうか、意外となんか二桁万人ぐらいの中都市圏、大都市圏があるみたいな構造になってるのが東日本と違う。
もう一ついなけんが挙げたのは、海と山がセットで近い街への魅力です。海単体でも山単体でもなく、両方が目に入る景色に本能が喜ぶ感覚があったと語ります。
東京で汚れた自分が一回リフレッシュした感覚があった。
この体験から、いなけんは東京以外に住む選択肢を持っておくべきだと直感的に感じたと話します。ただし関西については、東京と構造がそう変わらないように表面上感じてしまい、根城にするほど本能に響かなかったといいます。
『坂の上の雲』ゆかりの松山を歩く
愛媛を選んだ理由は、いなけんが好きな小説『坂の上の雲』にありました。関西出張の帰りの新幹線で読んでいた作品だと振り返ります。
『坂の上の雲』は司馬遼太郎による歴史小説で、日露戦争前後を描いた作品だといなけんは説明します。しもちゃんは日露戦争を「1904年ぐらい」と即答し、いなけんを感心させます。
物語の主役格は、松山藩で生まれ育った秋山兄弟です。兄は陸軍、弟は海軍に進み、そこから日本を切り開いていったと描かれます。いなけんは、彼らの足跡をたどりたいという思いと、松山にある「坂の上の雲ミュージアム」に行ってみたいという気持ちから、まず愛媛を訪れたと語ります。
オタクっすね、やんけんさんって結構。いなけんは、ハマったものの細部を見たくなる性分だと認めます。次の目的地である高知へと話は進みます。
高知で悟った「あと数年で龍馬が死んだ歳」
高知の偉人といえば坂本龍馬だといなけんは切り出します。土佐藩が高知の旧名称であり、坂本龍馬ゆかりの地を訪れることも旅の目的だったと語ります。
旅はほぼノープランで、坂の上の雲ミュージアムと坂本龍馬関係の2つだけをマストで押さえる計画だったといいます。
話の核心は、偉人たちの若さでした。坂本龍馬は32、33歳で暗殺され、『坂の上の雲』のもう一人の主役格である正岡子規も36歳ほどで亡くなっています。
当時の人が何歳時点でここにいたっていう足跡と照らした時に、「そんな命燃やしてるか自分」みたいな。いなけんが感じたのは、あと数年で死ぬとして本当に後悔がないか、力を出し切れているのかという自問でした。坂本龍馬ほど頑張れていない、自分にキャップをはめてしまっているのではないかと語ります。
意思は信じない——環境で自分を追い込む
ここでしもちゃんが問いを投げます。残りの余力は何が影響しているのか、どう環境を変えれば120%出せるようになるのか、という問いです。
しもちゃんは、自分の意思はあまり信頼しない方がいいと考えていると話します。代わりに、そうせざるを得ない環境を作り続けることが大事だという立場です。
もう自分の意思とかはあんま信頼しない方がいいかなと思ってる。つまり環境そうせざるを得ない状況を作り続ける。
しもちゃんは、大きな方向だけを自分でコントロールし、細部は「壁を越えないと死んでしまう」ぐらいの状況を作るべきだと続けます。
自分の決意でやり切ろうとするが、しもちゃんは信頼できないと考える
方向だけ決め、そうせざるを得ない状況に自分を追い込むいなけん
いなけんは、旅行を経て「命を燃やさないと」というところで思考が止まっていたと認めます。どう環境を変えるかまでは考えが至っていなかったと振り返ります。
現実が変わってこないですよね。
会社員にとっての現代の「脱藩」
しもちゃんが誘導したい答えは、いなけんにも透けていました。以前から言われてきた「仕事を手放せ」という提案です。
ここでいなけんは再び坂本龍馬の話に戻します。龍馬がしたのは、土佐藩から脱藩することでした。当時、自分のテリトリーである藩から出るのはご法度だったと説明します。
龍馬は土佐藩を出たことで、日本や海外という視野で物事を成し遂げていったといなけんは語ります。だからこそ日本を動かせたのだと続けます。
じゃあ俺も脱藩しろっていう。
いいね。いなけんは、時間軸は置いておくとしても、脱藩という選択はあると答えます。会社を出るときは、次の会社に行くか、個人で何かをするかがテーブルに現れると話します。
どっかの会社に行くの、ウェイトは自分の中でちっちゃくなってる気がする。
今が一番、意思決定のコストが安いいなけんは、しもちゃんが常々言う「人生の中で今が一番、意思決定のコストが安い」という考えに共感したきっかけを語ります。
それは、同じ会社の役職が上の人とランチをした時のことでした。会社に戻るエレベーターを待つ間、その人が本音を漏らしたといいます。
俺も本当はもっとちっちゃいベンチャーにいたいんだよな。
その人は、子どもや家族がいるから今からそんなチャレンジはできないという文脈で話していました。いなけんは、自分にはまだその選択肢がなく身軽だと気づきます。いなけんは、身軽なうちに選択できていないと、後に残す後悔もあるのではと沸々と感じてきたと話します。しもちゃんは、共通の知人も同じことを言っていたと同意します。
家族を優先するのはかっこいいことでもあるといなけんは認めます。ただし個人単体で見たとき、それが本当にいい選択なのかはわからないとも語ります。いなけんが至った結論は、切り札として取っておいたカードが、後の環境では切れなくなる可能性があるということです。できる選択を後に取っておいても、その切り札が生きない環境になることもあるという気づきです。
しもちゃん側の生き方に、このポッドキャストを経て寄ってってる気がする。
しもちゃんは、思ってしまったことは理論で消しても一週間後や一ヶ月後にまた出てくるのだから、思った瞬間にするのが早いと補足します。
よさこい祭りで気づいた、音と踊りの力
話題は旅行のもう一つの体験に移ります。高知のホテルが全然取れなかったのは、ちょうどよさこい祭りの期間だったからでした。
目の前でよさこい祭りを見たいなけんは、大きく2つの気づきを得たと語ります。1つ目は、踊りと音がとてもプリミティブなものだという発見です。
人間、ホモサピエンスとしての共同体を強固にする上で、ハック技だなってすごい思った。
山車のような車が大音量で通り、その後ろで各チームが振り付けに合わせて同じ動きで踊る。音に合わせて動くことは、共同体として同じ動きをすることだといなけんは解釈します。
でかい音で脳がバグって、同じ音に合わせて踊ると人間は心地よい気分になる——いなけんは盆踊りも同じ理論ではないかと語ります。
赤の他人の子に投射した、努力の足跡
2つ目の気づきは、街を練り歩くチームの中に、幼稚園や保育園のちびっ子チームがいたことでした。5、6歳の子たちが真剣に踊っていたといいます。
その姿を見て、いなけんは泣きそうになったと話します。可愛いという感情が先行し、こんなに真剣に踊れているのかと感動したと振り返ります。
可愛いとかじゃなくて、共同体の一員として頑張ってるってなったんや。
しもちゃんに突っ込まれつつ、いなけんは自分の言葉を探ります。親でもないのに親目線になったのかもしれないと語ります。いなけんは、子の発表会で親が感動する話を引き合いに出します。赤の他人の子に感情移入し、その真剣な踊りの裏にある練習量や努力の足跡を勝手に投射してしまったといいます。
努力の足跡をすごい投射してしまうというか、それを頭に思い浮かべたら感動しちゃった。
しもちゃんに「本当に泣いたのか」と問い詰められ、いなけんは泣いてはいないが感情が高ぶったと認めます。
なぜお盆の時期に祭りをするのか
祭りの面白さに引き込まれたいなけんは、帰ってから理由を調べたと話します。全国で8月中旬に祭りや花火大会が集中するのには意味があるのではと考えたためです。いなけんがAIとの対話で得た理由の1つ目は、この時期が農業の収穫が一段落するタイミングだということです。頑張ったお疲れ様会と、これから頑張ろうという中間の「晴れの日」としてデザインされたという見立てです。
2つ目の理由は、旧暦でこの時期が満月と一致していたことです。夜が最も明るい時期であり、街灯のない時代に祭りを夜に行うには都合が良かったのではないかと語ります。
これらが合わさって、日本各地で同時期に祭りが行われ、村の共同体を強める役割を担ってきたのではないかといなけんは推測します。ただし、どこまで正確かはわからないと留保します。
一周回って地元の祭りが面白くなる
しもちゃんが「どんな本質に出会ったのか」と締めに入ろうとすると、いなけんは笑いつつ、旅で得た一つの思いを語ります。
それは、地元のどんな小さな祭りにも歴史と意味があるはずで、それを掘っていくと面白いという気づきです。
我々ぐらいの年代になってくると、一周回って地元にアイデンティティが湧いてくる。いなけんは、学生時代には何とも思わなかったものが、大人になって見ると違った体験になることが往々にしてあると語ります。地元の祭りもその一つだといいます。いなけんは、祭りの由来をたどると先祖供養や慰霊の文脈があったり、男女のまぐわいの場という成り立ちがあったりと、種類によって様々だと話します。
地元のお祭りの由来を知ってみてはいかがでしょうか。
しもちゃんは、これを「多角的にものを見ようという話」だと抽象化します。二人は互いの夏休みの話として、この回を締めくくります。
まとめ
四国旅行という個人的な体験から、偉人の若さと自分の年齢を重ねる焦り、意思より環境を変えるという発想、そして祭りが共同体をつくる仕組みへと話が広がった回でした。今しか切れない選択肢を意識すること、身近なものの由来をたどる面白さが、二人の会話を通じて浮かび上がります。
- 坂本龍馬や正岡子規の若さと自分の年齢を比べ、力を出し切れているかを自問した
- 自分の意思より、そうせざるを得ない環境を作ることを重視する考えが語られた
- 会社を出ることを、龍馬の「脱藩」になぞらえ、今が一番意思決定のコストが安いと再認識した
- 音と踊りが共同体を強めるプリミティブな仕組みであることを、よさこい祭りで体感した
- 地元の小さな祭りにも歴史と意味があり、大人になって掘ると面白いという気づきに至った




