焼き餃子協会アワード大賞の授与式
公開収録は、小野寺さんからパラダイス山元さんへの表彰状の贈呈から始まりました。
一般社団法人焼き餃子協会の会員投票で選ばれた、第1回焼き餃子協会アワード大賞の授与です。
あなたは餃子の美味しさ、楽しさ、つながりを広げる活動に精励し、業界発展に貢献くださっています。
山元さんは、20年ほど前に別の賞をフリフリの衣装で受け取り、浮いてしまった思い出を語りながら、今回の受賞を喜びました。
嬉しいなぁ。賞状をもらったのはね。
続いて、小野寺さんが焼き餃子協会の活動を説明します。
日本各地で生まれた焼き餃子文化を、店ごとの味や顔として正しく知ってもらうことが目的だと話しました。
全国各地でお店が一生懸命頑張ってるのに、なぜか餃子ってすごく雑な扱いされてませんか。
ラーメンはお店ごとに味があると分かるけど、餃子はなんか違いってあるの、みたいな。
この日、小野寺さんが着ていた甲冑にも由来がありました。
元はSNS上でCGとして作られたものを、後から実物として製作したものです。
餃子と甲冑、何の関係があるのかずっとわかんなかったんですけど、でもこれがあるとやっぱりわかります。
餃子を束ねる第三者の役割
山元さんは、餃子業界には全体を束ねる人がいないと指摘します。
店が発信すると、どうしても自店の宣伝になってしまうためです。
やっぱり餃子をなんか束ねる人ってね、いないんですよ。
その数少ない成功例として挙げたのが宇都宮餃子協会です。餃子店のしがらみがない人物が協会を作り、店を束ねてイベントを重ねたことで勢いがついたと振り返ります。
そのうえで、店をやっていない第三者だからこそ、発信に客観性と信頼性が生まれると話しました。
客観的に、自分は別に餃子屋さんやってませんよっていう人が何か言ったことっていうのは、やっぱり信頼性というか信憑性もそこにある。
宮崎餃子4種と焼く油の使い分け
この日焼いたのは宮崎餃子4種です。宮崎は家計調査の餃子支出金額で2年連続1位となり、注目を集めていました。
用意されたのは、餃子の聖地とされる高鍋町の高鍋餃子と餃子の馬渡、ニンニクを強めにしたラーメン紅葉の餃子、宮崎県産の食材を集めたJAフーズみやざきの宮崎ブランド餃子です。
最初に焼いたのは高鍋餃子です。宮崎の中でも薄皮で、口溶けのよさが特徴だと紹介されました。
焼く油について、小野寺さんは油ごとに焦げ始める温度が違うと説明します。
精製度が高く白い油ほど焦げにくく、スーパーで手に入る中ではこめ油が焦げにくいと勧めました。
いろんな不純物が入ってると、その分焦げやすいんですよ。だから白い方がよくて。
一方で山元さんは、あえて焦げ目がつきやすい濃いごま油を仕上げに使うと話します。焼き方に流派があることがうかがえました。
加熱に向かない油についても触れられました。アマニ油のように常温で口に入れる前提の油は、加熱するとすぐ酸化してしまうためです。
スーパーで手に入る中では焦げにくく、胸焼けもしにくいとされる
精製度が高く、こめ油と並んで焦げにくい
山元さんが仕上げに使う。焦げ目をつけやすい
エクストラバージンより加熱向き
常温で口に入れる前提。加熱すると酸化しやすい
家計調査の裏側と餃子を好きになったきっかけ
話題は、宮崎が家計調査で1位になった仕組みに移ります。
この調査は家庭で食べる生餃子が対象で、外食や観光での消費は含まれません。宇都宮が長く1位だったことを、山元さんは不思議に感じていたと言います。
だから宇都宮がずっと一位っていうのはすごい不思議な現象だったんですよね。
調査は家計全体の支出を細かく分けていく中で、部分的に餃子が現れるものだと小野寺さんは説明しました。
サンプル数についてもやり取りがありました。宮崎や宇都宮クラスの都市では40人ほどだと話され、山元さんは信頼性に疑問を投げかけます。
四十人。急に餃子好きで気が狂ったように食べたらもうすぐドーンですよ。
なお、番組の補足では、宇都宮市と宮崎市のサンプル数は100世帯程度だったと訂正されています。
ここで山元さんは、自身が餃子を好きになったきっかけを語り始めました。
札幌で育った子ども時代、カニやイクラが当たり前に食卓に並ぶ一方で、餃子を作る日は特別な高揚感があったと振り返ります。
学校から帰ってくると、しいたけを水に戻してると、あ、今日もしかして餃子かもしれないっていう。
ひき肉を叩くのが自分の役目だったことも、餃子好きの原点になったと話しました。
餃子で全教科を教える「餃育論」
山元さんは、以前から食育ならぬ「餃育」を提唱していると語ります。
餃子は野菜や肉を切り、混ぜ、包み、焼き、食べ方まで工夫する、調理のあらゆる工程を学べる料理だという考えです。
これ多分ね、世界的に見てもこんなに面倒くさい料理多分ないんですよ。
そこから2人は、餃子で全教科を教えるアイデアで盛り上がります。
社会の授業では、宮崎の食材から産地や地理へ話が広がるとされました。宮崎県の形が餃子に似ているという話も飛び出します。
今日宮崎の餃子食べてるじゃないですか。宮崎ってどこなのかなって、その瞬間ちょっと考えるじゃないですか。
餃子はクリエイティブな料理という視点
餃子成型機の話から、餃子はクリエイティブな料理だという議論に発展します。
小野寺さんは、餃子は異業種どうしをつなぐ交差点のような存在だと話しました。居酒屋やラーメン店など、異業種から餃子に入ってくる例が多いためです。
なんかいろんなところとの餃子ってコラボレーションするための交差点みたいな。きっかけみたいなところがあって。
山元さんは、自分が餃子を極めたのはミュージシャンだったからだと語ります。
料理の目標から始めた人の料理はオーソドックスな範囲を超えにくく、むしろ無関係な世界から来た人のほうがアイデアが凝縮されるのではないかという見方を示しました。
全く関係ないことやってた人のこととかの方が、多分ね、いろんなアイデアとかが凝縮される気がするんですよね。
毒入り餃子事件と徹底した安全性
続いて、餃子ブームと安全性の話題に移ります。
小野寺さんが研究を始めた10年ほど前、最初に来たのは餃子女子ブームだったと振り返ります。餃子をおしゃれにワインやシャンパンで楽しむ流れです。
その前には、大きな転機となった毒入り餃子事件がありました。
山元さんは、当時の取材で自らの体験を語ったことを振り返りました。
もう毒入り餃子食べてた人って知らないじゃないですか。でもしっかり私が出したばっかりの本の。
この事件を境に、国産の材料を使うなど、日本の餃子は安全性を大きく高めたと小野寺さんは話します。
だから今日本の餃子はめちゃくちゃ安全。
山元さんは、味の素の工場を取材した経験も語りました。当初は工場見学を断られたものの、交渉して立ち入りが実現したと言います。
キャベツは外葉を剥き、芯を使わずに飼料に回し、肉は職人が手でカットして金属探知機を通すなど、徹底した工程に驚いたと話しました。
宮崎餃子ツアーと餃子の戦国時代
後半は、店で食べる餃子と持ち帰り用の違いから始まりました。
餃子の馬渡では、通販や持ち帰り用は機械で作り、店頭では手包みが続いているといいます。老舗の黒兵衛をルーツとする三角形が特徴です。
高鍋町は人口2万人ほどながら、餃子を食べられる店が17店舗あり、高鍋派と馬渡派に住民が二分すると紹介されました。
2万人で17軒の餃子つって。
小野寺さんが宮崎に肩入れする理由は、宇都宮と浜松の2強時代を終わらせることでした。
めちゃめちゃシンプルで、宇都宮と浜松の時代を終わらせるためです。
宮崎が食い込むことで三国時代のようになり、さらに全国が戦国時代のように盛り上がることを期待していると話します。
一方で、宮崎餃子はまだ宮崎の名物として広く認知されていないという課題も語られました。県外の人に食べてもらう戦略が必要だと小野寺さんは指摘します。
最後に、2人は宮崎や鹿児島を巡る餃子ツアーの実現を約束し、収録を締めくくりました。
もう南九州ダービー作りますんで。
まとめ
受賞式から始まった公開収録は、ホットプレートで宮崎餃子を焼きながら、焼き方のコツ、家計調査の仕組み、餃育論、業界の未来までを軽やかに行き来する内容になりました。餃子を通して人の行動が変わっていくことを、2人は面白がっていました。
- 焦げにくいこめ油や仕上げのごま油など、焼く油の使い分けが焼き餃子の仕上がりを左右する
- 家計調査の餃子支出はサンプル数が限られ、外食を含まないなど、数字の背景を知る必要がある
- 餃子は全工程を学べる料理であり、山元さんは「餃育」として教育に生かす価値を説く
- 毒入り餃子事件を境に、日本の餃子は国産材料や徹底した検査で安全性を高めた
- 小野寺さんは宮崎を推すことで宇都宮・浜松の2強を崩し、餃子の戦国時代を生み出そうとしている

