なぜ「理想」の前に「ありのまま」を見るのか
第3回のテーマは「社内のありのままの姿を知る方法」です。宇尾野さんは、前回話した理想の組織像を置いたとしても、現場のリアルはもっと手前にあることが多いと切り出しました。
宇尾野さんによると、理想を描いても、自分では理想に近いと思っていた組織が、実はもっと手前の段階にいることが組織づくりの現場ではよくあるといいます。
この発射台としてのスタートを、今どこにいるのかを知った上で、じゃあどうやって登っていくかを会話できるといいんだろうなと思って、このテーマを選ばせてもらいました。
池原さんも、理想があっても現状を知らなければ、その間のギャップの埋め方はわからないと応じます。理想に近いのか程遠いのかで打ち手が変わる、という点で二人の認識は一致していました。
部下は上司に本音を言わない。1on1で現状は把握できるのか
池原さんはまず、心理学の「沈黙効果」を挙げ、部下は上司に本音を言わないものだと指摘しました。評価する側とされる側という関係性の傾斜があるためです。
自分も部下だった頃に、上司に本音を話してと言われても、なかなか言わないよねと。
その前提を踏まえた上で、池原さんが取り組んでいるのが、メンバーへの月1回の1on1です。この1ヶ月どうだったか、何が良かったかを言葉で聞くだけでなく、表情や疲れの様子といった情報も集めようとしていると話します。
一方で、全員と1on1をしていても、それだけで現状を把握できているかは難しいと池原さんは正直に認めます。宇尾野さんはここで、コミュニケーションのスタイルの差によって、社員の気持ちや言葉が届いていないこともよくあると補足しました。
組織の空気を言語化する「エスノグラフィー」という手法
現状把握の手法について、宇尾野さんはまず1on1やサーベイを挙げつつ、自身が好きな手法としてエスノグラフィーを紹介しました。もとはマーケティングなどで使われる観察の手法です。
宇尾野さんによると、エスノグラフィーは対象をじっくり観察し、その瞬間の判断がなぜ生まれたのかを細かくインタビューしながら、組織で今何が起きているのかを言語化していく手法です。
この組織で今何が行われて起きているのか、感情は何が生まれているのかを見える化する、言語化することは、結構意識的にやったりしますね。
この観察は外部の専門家が入る場合もあれば、人事やHRBPが担う場合もあると宇尾野さんは説明します。宇尾野さん自身も、職場をぶらぶら歩きながら人間関係やチームの雰囲気を現象として捉えに行くことを意図的にやっていたといいます。
「組織の匂いを嗅ぐ」海外大学院での実習体験
宇尾野さんの話を受けて、池原さんは会社員時代に通った海外の大学院での実習を思い出しました。クラスメンバーである経営者らの職場に3日間張り付くという内容だったといいます。
そこのタイトルが、まさに「組織の匂いを嗅ぐ」というテーマの演習で、ずっと壁にくっついて職場を観察するんです。
池原さんは当時「なんだこれ」と思っていたそうですが、今になってその意図がようやくわかったと振り返ります。訪れる人がどういう人たちなのか、どんな空気感があるのかを観察する実習でした。
宇尾野さんは、匂いという五感をフル活用して感じ取る経営者もいれば、異なるアンテナを持つ人を社内に置くケースもあると応じます。さらに、社外の人に聞く方法として、受注したクライアントに、その時の営業担当のコミュニケーションに何を感じたかを聞きに行く例も挙げました。
まず手軽に始めるならサーベイ。ネガティブな声にどう向き合うか
訓練が必要なエスノグラフィーに対し、もっと手軽に始められる方法を池原さんが尋ねると、宇尾野さんは声を直接聞く手法として、アンケートや組織サーベイを挙げました。エンゲージメントを調査する一般的な項目に答えてもらう方法です。
宇尾野さんは、全社イベントやキックオフへのアンケートから、批判的な声や賛成の声、別の捉え方をしている人を探しに行く方法もあると話します。何かしらのフックを探す動きです。
ネガティブな声が出た時にどこまで対策が必要かという池原さんの問いに、宇尾野さんは内容の深さやまずさによると答えます。氷山の一角で、その人が代表して言ってくれている可能性もあるといいます。
その声を出してくれた人にどう向き合うかが、どれぐらい深いのかを探りに行く、最初のスタートだと思います。
宇尾野さんは、サーベイやアンケートで声が出ても、経営者が見ていなかったり、見てもそのままにしているケースが多いと指摘します。その上で、根本にあるのは姿勢の問題だと語りました。
ネガティブな風土は伝播しやすい。早めに摘みに行く理由
池原さんは、ある経営者が社員サーベイの感想として「みんな役員は傷つかないと思ってるのかな」とこぼしていたエピソードを紹介しました。声を受け取る側にも感情があることを示す言葉です。
さらに池原さんは、研究で見た知見として、ネガティブな風土はポジティブな風土よりも伝播しやすいと述べます。文化圏による違いもあり、アジア系の文化を共有する人はネガティブなものの伝播がより早いといいます。
ネガティブなものが出た時に、初期の段階からやっぱり摘みに行かないと、組織があっという間にネガティブになってしまうんですよね。
宇尾野さんは、早めに見立てることに加えて、そのネガティブな声が何から生まれているのかが見えてくると、ありのままがどこから生まれているかにも気づけると応じます。
池原さんは、原因が採用時のフィットのズレなのか、その人のライフイベントによる一時的な疲れなのかで、見直すべきポイントは全然違うと具体例を挙げました。
なぜ経営者は「ありのまま」を見られないのか
宇尾野さんは、組織づくりの最初のスタートであるはずの現状把握が、経営者にとっては見えにくい状態に置かれやすいと指摘します。前を走っていたり、組織の現実を見たくない気持ちもあるからです。
意外に、このありのままを見れていない環境に置かれやすいというのが、経営者の一つの状態かなと思いますね。
見なければならないとなった時の王道として、経営者自身が向き合う覚悟を持ち、時間を作り、声を拾うことを池原さんは挙げます。宇尾野さんはもう一つ、経営会議に組織への感度が高い人を入れておくことの重要性を加えました。
ただし宇尾野さんは、そうした人は従業員代表のように映って煙たがられたり、アンテナ機能に終始してアクションが伴わないと見られやすいとも指摘します。それでも、アンテナとしての機能を置いておくことはすごく大事だと語りました。
社外メンターだから引き出せる「本音」の価値
池原さんは、自社が提供する社外メンターの導入にも、まさにその現状把握の機能があると話します。直の上司には話しにくく、斜めの先輩でも同じ会社だから言いにくい本音を、社外のメンターが引き出すといいます。
池原さんによると、お客様には見せない本音シートには、社内では収集しきれない声が書かれています。それらを総合し、組織の課題として報告書で経営に戻す仕組みだといいます。
直の上司だと喋りにくい、斜めの先輩でも同じ会社だから言いにくい。社外のメンターが、本当に本音を引き出すんですよね。
宇尾野さんは、社内の人には言いづらいことも、外の個室なら言えるという感覚に共感します。ただし、本音をそのまま渡すと信頼関係が崩れるため、きちんと編集して戻す動きが大事だと付け加えました。
理想への複数ルートを描く。シミュレーションの効用
現状を把握した後、すぐに採用などに向かいがちな傾向について、宇尾野さんはまずシミュレーションをしてほしいと語ります。理想と現状の差が遠い時に、一気に変える組織改革と、穏便に段取りを組んで進める方法という複数の道を想定しておく発想です。
宇尾野さんは、どうすれば理想にたどり着けるのか複数のルートを作り、どれを選ぶか、選ぶ理由、選ばない理由を対話しておくことを勧めます。ルートは一本道で作りがちだからこそ意味があるといいます。
さらに宇尾野さんは、途中でAパターンからBに近づいたり、Bを選んだはずがCに向かっていないかを立ち返ることも重要だと話します。ルートをイメージしておくだけで、今どこにいるのかを認識でき、安心して前に進めるといいます。
理想と現状の差が遠い時に、一気に組織を改革する進め方
ここを丁寧に固めながら、段取りを組んで着実に進める方法
変化への抵抗をどう超えるか。フェアプロセスと文化
池原さんは、リーダーから見れば変わるべきでも、従業員にとっては現状維持が心地よく安全だと指摘します。メリットを言われても変わるのは面倒だと感じるのが人間だ、というのが池原さんの見立てです。
一般的なメンバーにしてみると、「なんで変えるんですか」という不安や不満が、そこで結構出やすいんじゃないかなと思うんです。
宇尾野さんは、理想がバラ色の方向とは限らず、危機管理としてどちらを選んでも苦しいこともあると応じます。現状維持を望む社員にどう向き合うかという姿勢自体が、一つの組織文化だといいます。
これを受けて池原さんは、意思決定の方法として「フェアプロセス」を紹介しました。リーダーが結論を持っていても、いきなり伝えず、まずみんなの意見を聞いた上であえて最後に出す、というワンステップを挟む考え方です。
宇尾野さんも、フェアプロセスに沿う形が一定スムーズだろうと同意しつつ、いつまでにやるかによって選べる選択肢の幅は変わると補足します。明日なんとかしなければならない危機管理の場面では、温度感も含めてどう現場に伝えるかが大事だと語りました。
平時に有事の備えを。組織状態を経営アジェンダに
池原さんは、組織が平時なのか有事なのかの見極めが大事だと述べ、アメリカ海軍のリーダーシップの例を挙げました。有事の際にみんなの声を聞くことはできない、という前提の話です。
平時の時にみんなの声を聴くコミュニケーションをしていくと、いざ有事が来た時に、あっち行けと言ったらザーッと行く組織ができると聞いたことがあるんです。
宇尾野さんは、対話や目線を合わせる場を組織のインフラとしてやれている会社は、変化に強く、文化の浸透も高いと応じます。平時のコミュニケーションが、いざという時の協力を生むという見立てです。
池原さんが変化の失敗事例を尋ねると、宇尾野さんは、変革しようとしても経営者が現状に引っ張り戻される例をよく見てきたと答えます。社長がたくさんの人の話を聞き、採用した責任もあるために、社員を守った結果、動けなくなるケースです。
組織規模が大きくなってくると、その分引っ張られる力や抵抗も強いので、社員の人を守った結果、こっち側に持っていけなかったという話は結構ありますね。
池原さんは、優しさだけではダメで、未来を見据えたクールな目で社内を見つつ、シミュレーションして実行していく強さも必要だとまとめます。宇尾野さんは、最終的にどういう状態に持っていくかのイメージを持てないと、対話を通じて現状の景色に引っ張られると応じました。
宇尾野さんは、組織が大きくなるほど自分が引っ張られていくため、個人一人で引っ張るのではなく、経営チームやマネジメントメンバーで引っ張る体制をどう作るかも重要だと締めくくりました。
まとめ
理想の組織を描く前に、まず社内のありのままの姿を知ることが出発点になります。1on1やサーベイ、エスノグラフィー、社外メンターなど手法は複数あり、大切なのは現状を見に行こうとする姿勢です。その上で複数のルートをシミュレーションし、変化への抵抗と向き合いながら進むことが、理想への一歩目を確かなものにします。
- 理想と現状のギャップを知らなければ、打ち手も一歩目も変わってしまう
- 現状把握には1on1、サーベイ、エスノグラフィー、社外メンターなど複数の手法がある
- ネガティブな風土は伝播しやすく、初期段階で摘みに行くことが重要
- 変化への進め方は複数ルートを描き、選ぶ理由と選ばない理由を対話しておく
- 平時に対話のインフラを整えておくことが、有事の協力と変化への強さを生む



