なぜ人事制度は「作ってから」が本番なのか
第8回のテーマは、人事制度を作った後の「運用」です。前回、池原さんが強く印象に残ったと話すのが「人事制度は永遠のベータ版」という言葉でした。
人事制度は永遠のベータ版っていうのがめちゃめちゃ頭に残ってて、常に見直していかなきゃいけないなって思ってますね。
一方で、作る作業そのものが大変なため、リリースした時点で「やり切った」という気持ちになりやすいという話も出ました。
作るのってめちゃめちゃ大変だから、作ったら終わったみたいな、やったできたっていう感じになっちゃいますね。
しかし2人の見立ては明確です。制度は設計よりも運用のほうが大事だといいます。
「作りましたメール」で終わらせないための伝え方
運用の入り口になるのが、制度をメンバーへどう周知するかです。宇尾野さんは、人事制度のようなルールは無機質に見えがちだと指摘します。
ただ、制度は社員自身の成長や処遇に返ってくるものです。だからこそ、無機質なまま届けるのではなく、経営者やリーダーの思いを乗せて伝えるべきだといいます。
なんでこれを今回作ったんだとか、これをどういうふうに活用してほしいんだっていうことを、少しは思いも乗せて、感情も語った上で、この皆さんへの導入の入り口を作っていただける
作りましたというメールが来て終わりにせず、なぜ作ったのか、どんな思いがあるのかを伝えることが、気持ちの入ったルールとして受け取ってもらう第一歩になります。
評価直前だけ見ても会話にならない、という運用の落とし穴
目標を設定してから評価するまでには、半年から1年の期間があります。その間に何をすればいいのか、というのが多くの現場の悩みです。
池原さんの会社では、行動目標と、全社・チーム・個人に落とし込んだ業績目標を決め、さらに毎月ワンオンワンを実施しているといいます。ただ、丁寧にやるほど上司側の負担は大きくなります。
上司側もすごく一人一人に真剣に向き合いたいので向き合っているんですけれども、なかなか時間が取れなかったりとか、評価をきちんと記録してないと、面談の1ヶ月分ぐらいしかフィードバックがない
ここで2人が問題視したのが、評価の振り返りの直前だけメンバーを見ても意味がない、という点です。
評価の振り返りの直前だけそのメンバーのこと見ても、会話にならないんですよね。
池原さんは、気づいたことをよい点も直すとよい点も含めてメモに残すようにしていると話しますが、毎日横で見ているわけではないため難しさもあると打ち明けます。
AIやツールで「セルフマネジメント」を仕組みに組み込む
日々の観察を上司の努力だけに頼ると限界があります。宇尾野さんは、SaaS系のツールを使って情報を自動でストックする方法を紹介します。
たとえば体調や気づきを毎日セルフチェックするサーベイや、ユニポス ── 社員同士が感謝や称賛のメッセージとポイントを送り合えるピアボーナスサービス。日々の貢献を可視化する仕組みとして使われる。のような感謝を送り合うサービスを使えば、情報を残す行為自体は手軽になってきたといいます。
さらに踏み込んだ工夫として、SlackやTeamsにAIのbotを毎日飛ばし、セルフマネジメントをサポートするフローを組み込む方法も挙がりました。
毎日botでAIで飛ばして、今日はどうだった、それだったらこうした方がいいよねって、セルフマネジメントサポートのフローを入れてあげたりとか。マネージャーが見なくても、情報収集は勝手に動くようなものをフローに組み込む
この仕組みに池原さんは強く反応しました。部下のSlackにbotが問いかけ、部下が書き込んだ内容を上司が収集できる形にすれば、観察の負担が下がるからです。
関連して池原さんは、パフォーマンスの高い人ほど振り返りの頻度が高いという行動特性に触れ、振り返りの癖を仕組みにすることは部下の成長にもつながると話しました。
マネージャーの「所作」と「スタンス」を言語化する
振り返りをサポートする側であるマネージャーの関わり方も、会社やチームとして決めておくべきだと宇尾野さんは言います。マネジメントには型があるようで、実は社内で統一されていないことが多いからです。
具体的には「マネジメントバリュー」として、上司がメンバーと関わるときのスタンスや心構えを言語化し、全社に開示する方法が挙がりました。
自分のリーダー、ボスってこういうスタンスで自分に関わってくれてる前提が引かれるので、逆に言うとバリュー違反をしてたらそれをマネジメント側にフィードバックできる
マネジメントバリューを作るポイントは2つです。どういう対応をメンバーにしてほしいかという「所作」と、その裏にあるメンバーへの「スタンス・姿勢」を分けて言語化することだといいます。
どういう頻度・方法でメンバーに関わるか。月1ワンオンワンなど、ビジネスプロセスと同様に体現させやすい
メンバーへの向き合い方や姿勢。会社の思想や経営者の価値観に紐付くため、より詳細な言語化が必要
宇尾野さんは、実際の事例として「自分がやられたら嫌なことはしない」というスタンスがバリューに入っていたケースを紹介します。
幼稚園で習ったやつですよね、これ。
一見当たり前ですが、これが共有されていると「あれをやられて嫌だった」といった関係性の探求が始まります。逆に所作だけが決まっていると、その所作が機械的に発動してしまうと指摘します。
だからこそ紋切り型ではなく、この部下にはどう向き合うべきか、何が嫌なのかを、関係性の中で探ることが大切だと池原さんは受け止めました。
バリューの設計では、経営層が叩き台を作った上で、マネジメントに関わる人が一堂に会して言語化するワークショップを置くことが勧められます。自分自身のマネジメントスタイルの自己認識にもつながるからです。
マネジメントが向いていないなら「外部化」という選択
池原さんが次に投げかけたのは、創業者に多い悩みです。事業が伸びて人が増えると自分がマネジメントを担わざるを得なくなりますが、そもそも向いていない、得意ではないという人もいます。
壊滅的に向いてないというか、もいると思うんですよ。好きではないとか、得意ではないとか、人それぞれ強みがあるので。
宇尾野さんの答えは、マネジメントという機能そのものを他の誰かに託すという発想です。上司・部下という位置づけではなく、機能を委ねるという考え方です。
自分がマネジメント向いてない、でもやらなきゃではなく、マネジメント向いてない、なのでこの機能をどうやって会社の中に機能させるかっていうことを考えてみる
委ね先は内部の適任者でも、外部の専門家でもかまいません。制度を作るときだけでなく、運用や定着のフェーズでも外部を頼る選択肢があるということです。
マネジメントの「所作」はある程度定型化されていて汎用性が高い一方、そこに乗る考え方や思想は各社それぞれです。宇尾野さんは、汎用的な所作と自社の思想をミックスして作ることが大事だと話します。
池原さんの会社では、キャリアについてのワンオンワンを担う社外メンターを紹介する事業を行っています。3年後どうなりたいか、管理職になる不安、悩むマネージャーの相談役などを外部から支援する形です。
外部の視点には、内部だけでは培いにくい客観性や相場感、相対感があります。まず外部を活用し、そこから徐々に内製化していくという段階的な進め方もあると2人は語りました。
「評価疲れ」が事業を止める、という本末転倒
運用フェーズでうまくいかないポイントとして、宇尾野さんが最初に挙げたのが「評価疲れ」でした。池原さんも聞き覚えがあると反応します。
みんな疲れてるかもしれない、いろんな会社の人が。
社員が増えるほど、半年や1年に一度の評価イベントにかかる時間は増えていきます。評価期間中はクマが増え、げっそりする人も多いといいます。
問題は、心血を注いだ評価で疲れ切ってしまい、事業が停滞することです。制度のために事業が止まるのは本末転倒だと宇尾野さんは指摘します。
ここで疲れてしまって、事業が少し停滞するとか、それはちょっと元も子もないっていうのはよくありがちな問題の一つ
評価疲れの背景には、半年分の情報を評価の直前にまとめて処理する構造があります。マネージャーが誰をどう評価しているかを経営メンバーに共有する機会が普段ないため、まとめてやると評価会議に3日、4日かかることも起きます。
フィードバックを「分散」させ、検討コストを下げる
評価疲れを避ける鍵は、負荷を一点に集中させないことです。宇尾野さんは、日々のなかで感じたことを都度伝え、評価の集約をライトにする方法を挙げます。
池原さんは、夏休みの最後の日にまとめて宿題をやるのではなく、ちょこちょこやっておく感覚だと表現しました。半年に一度、3ヶ月前のことを急に指摘されても、部下は納得できないからです。
評価の時に、半年に一回いきなり3ヶ月前のあれだけどさって言われても、その時言ってよってなるから。
ポイントは、フィードバックをメンバーとだけ握るのではなく、最終的に評価を統合するステークホルダーにも情報を提供しておくことです。サプライズをなくすことが評価疲れを防ぎます。
もう1つの方向性は、評価という行為をロジックで語れる状態にすることです。上司の印象や言葉だけで評価を確定させず、シンプルなロジックで出せる結果は出してしまい、検討コストを下げます。
印象とか、その人の上司そのものの持ってる言葉から評価を確定するんではなくて、なるべくシンプルなロジックで結果が出せるものは結果を出してしまう
バイアスとどう付き合うか、そして自己評価を習慣にする
評価には人間のバイアスが大きく関わります。池原さんは、評価では男女差が出なくても、登用の段階では男性だけが選ばれるといったジェンダーに関わる事例があると紹介しました。
フラットに見ているつもりでも、どこかに無意識のバイアスが入り込むという指摘です。ではバイアスは完全になくせるのか、と池原さんは問いかけます。
宇尾野さんは、アファーマティブアクション ── 歴史的・構造的に不利な立場に置かれてきた集団に対し、格差是正のために積極的な機会提供や登用を行う取り組み。のような埋め方は探求されているとしつつ、人間だからこそバイアスを持つとも捉えます。
バイアスが完全に排除されるってことは、私の感覚的に言うと、やっぱりそこがあるからこそ組織が有機的に創造的な状態になる
バイアスがあると知っておけば、評価のタイミングで振り返ることができます。組織のつながりを密にする「よいバイアス」もあると池原さんは受け止めました。
最後に宇尾野さんが挙げたのが、各人が自分をちゃんと評価する習慣です。自己評価を日々積み重ねることが、結果的に会社全体の評価コストを下げることにつながるといいます。
自分の評価を正しく認知できていることは、転職や次のキャリアを考えるときにも必要な情報です。宇尾野さんは、自分の体重を毎日測るような感覚で仕事の価値を振り返ることを勧めます。
人事制度の運用・定着というテーマは、突き詰めると一人ひとりが自分の成長を考える時間を作ることに行き着く、と池原さんはまとめました。
セルフマネジメントとセルフアセスメントしながら、それを上司と定期的にやりとりするっていう、このコミュニケーションをぜひ習慣化していただける
まとめ
人事制度は作って終わりではなく、運用でこそ差が出ます。この回では、思いを乗せた周知、日々の記録とツール活用、マネジメントの言語化や外部化、そして評価疲れを防ぐ分散とセルフマネジメントの習慣化が語られました。
- 制度は設計より運用が大事。作りましたメールで終わらせず、なぜ作ったのかを思いとともに伝える
- 評価直前だけメンバーを見ても会話にならない。ツールやAIで日々の記録・セルフチェックを仕組みにする
- マネジメントの「所作」と「スタンス」を言語化し、マネジメントバリューとして全社に開示する
- マネジメントが向いていない場合は、機能そのものを内部の適任者や外部に託す選択肢がある
- 評価疲れを防ぐ鍵は、フィードバックの分散とロジック化、そして各人が自己評価を習慣にすること







