給与制度は何を決めるルールなのか
今回の「おいしい組織」のテーマは、給与制度の悲喜こもごもです。制度を作ろうとしている段階の会社と、作った後の運用に悩む会社、その両方に向けた話が展開されます。
池原さんは、創業者にとって給与設計はメンバーが増えてから避けて通れなくなる作業だと切り出します。それまでは「鉛筆なめなめ」で決めていたものを、そろそろちゃんと作らなければならなくなるタイミングがあると話します。
まず作る時の作り方って、意外にあんまり教科書とかに載ってないなと思うんですけれども。
宇尾野さんは、これまで事業人で数多くの人事制度を作ってきた経験から、給与設計の思想を「会社の中での利益の分配をどう考えるか」だと説明します。
平たく言えば、誰の給与をもっと増やし、誰の給与を調整するかを決めるルール設計だといいます。だからこそ、給与を決めることは会社の方向性を決めることとほぼ同義になると語られました。
制度は「作って終わり」ではなく育てるもの
話は、池原さんの会社の実例に移ります。社員が少ない頃は給与制度がありませんでしたが、増えてきたので知り合いに声をかけて制度を作り、今ちょうど運用の1周目だと明かします。
1年半ぐらい前に作って、今1周回しているところですと。
池原さんは、評価のあり方やプロセスが自社に合っていないと感じても、給与に関わる運用はすぐには変えられない部分が多く、他社の社長からも難しさを聞くと話します。
これに対し宇尾野さんは、運用は変えられる前提で設計するし、運用開始後も会社の変化に合わせて変わっていくものだと期待値を置くと説明します。
制度が変わってないってこと自体は、会社の変化が止まってるとも言えるんで。
そのため宇尾野さんは、人事制度は作って終わりではなく、みんなで一緒に育てるものだという期待値を初期に伝えると話します。伝えきれていなければ、もう一度語り直すこともあるといいます。
不利益変更は「やってはいけない」ものではない
池原さんは、運用は変えられても、制度そのものは不利益変更になる部分があるので変えにくいのではないか、と論点を整理します。
宇尾野さんは、そもそも不利益変更自体はやってはいけないものではないと応じます。大事なのは、変更するときのコミュニケーションの仕方とプランニングだと話します。
不利益変更自体はやっちゃいけないものではないので、(大事なのは)そのコミュニケーションの仕方とか、それのプランニングです。
相談の場面でも、「制度を変えづらいんだけど」という前提を、まず「本当にそうですか」と問い直すところから入ることがあるといいます。
激変緩和措置という現実的な打ち手
宇尾野さんは、不利益変更の痛みを和らげる具体策として「激変緩和措置」を挙げます。会社全体の原資は変えずに、分配の仕方だけを変えたいときに使える考え方です。
たとえば同じ給与の人を2つのパターンに分け、一方は給与が増える、もう一方は調整される、という設計を考えます。増える人は嬉しい一方、調整される側にとっては不利益変更にあたり、不満が生まれます。
そこで、調整される人には一定期間はこれまでの水準を維持し、新しく入る人には新しいルールを並行して適用する、という運用が可能だと説明します。
激変緩和の期間も、一律に据え置くだけでなく、95、90、85、80と半年ごとに徐々に下げていくやり方もあると話します。期間も3年に限らず、1年や半年に設定するケースもあるといいます。
意外にできます。で、意外に知らないところもありますよね。
池原さんも、やってはいけない・できないと思い込んでいる人がとても多いと同意します。宇尾野さんも、その思い込みは多いと重ねました。
給与とは「活動を正しく分配する」こと
池原さんは、そもそも給与とは会社の活動における利益を社員に正しく分配することだと言い直します。頑張っている人には多く払い、パフォーマンスが下がっている人は調整されていく、というシンプルな構造です。
宇尾野さんは、働く側からすれば急な変更は生活や会社にいる意味を毀損しかねないと補足します。だからこそ、辞めてほしいのではなく分配の仕方を変えたい、というメッセージとともにフォローする姿勢が大切だと話します。
激変緩和措置の期間中に、下がる側になりうる人が逆に上位へ行くことも可能だと宇尾野さんは強調します。そのための足場を会社が一緒に作り、みんなで高い給与を目指そうと伝えることがポイントだといいます。
八十になるリスクももちろん当然あるんですけど、百二十になるための足場もちゃんとあるので、そこを一緒にみんなで(高い給与を)作っていこうぜ。
宇尾野さんは、制度は固定化してはいけず、環境によって変わることを社員と認識合わせできているかが重要だとまとめます。ルールを変更可能にしても、受け取る側に納得感がなければ非難の的になるだけだと話しました。
前触れなく発表して説明会が荒れる失敗
池原さんは、どれだけ丁寧に説明しても受け手と届け手の期待値はずれると指摘し、宇尾野さんに失敗事例を尋ねます。
宇尾野さんが挙げたのは、制度は変わるものだと伝えないまま運用を始め、1年から2年後に変更しようとしたケースです。固定化されていると思っていた社員に、前触れなく制度変更が発表される形になります。
(前触れもなく)制度発表だけがバーンと来て終わったら、すごい喪失感みたいなことは。
結果として、リリースはしたものの説明会が荒れ、その制度変更自体が一度塩漬けになってしまう、という失敗が起きると宇尾野さんは語りました。
納得感を生む「手続き的公正性」
池原さんは、リリース前に「そろそろ制度を変える」と頭出しをすることは珍しい気がするが、した方がいいのかと確認します。
宇尾野さんは、詳細を決める手前から「そろそろ人事制度がアップデートされるらしい」という前触れを出しておくと答えます。プロジェクトの途中で、経営から発信してもらうこともあるといいます。
そのうえで宇尾野さんは、人事制度は受け手にとって「納得感の一言に尽きる」と話します。いきなり言われるのか、前々から気配を知っているのか、プロセスに自分が関与しているかで、納得感が大きく変わると説明します。
そのプロセスの中に自分たちも一部関与してるかどうかっていうのが、すごく納得感に影響するので。
池原さんは、これを「フェアプロセス」という言葉で聞いたことがあると応じます。何かを変えるときは必ず賛成派・反対派・中間派がいるため、一旦聞いた上で決めるものは決めるプロセスが重要だと整理しました。
物価高への対応はベースアップか、一時金か
話題は物価高への対応に移ります。賃上げや春闘が話題になる中、経営者は上げたい気持ちがある一方、利益が出ていなければ会社が潰れてしまうというジレンマを抱えています。
宇尾野さんは、固定給を上げるベースアップという発想もあると前置きしつつ、物価のように上下しうるものには一時金で対応する手もあると話します。
たとえば日経平均や為替が一定の条件になったら今期だけ一時金を払う、というように、定額で恒久的に払うのではなく一時的に手当てする方法です。
池原さんは、これは社員への分配を固定費にするか変動費にするかの話だと整理します。固定費は売上が下がっても比率が上がりリスクになり、変動費は調整が利くという違いがあります。
恒久的な賃上げ。安定するが、売上が下がると固定費比率が上がりリスクになる
条件付きの一時的な手当て。波のある物価高などに柔軟に対応できる
宇尾野さんは、どちらを選ぶにせよ、経営と働き手の対話で決まっていくと話します。一時金で対応したいという判断に納得感を持たせられるかは、普段の会話で作られる関係性次第だとまとめました。
透明性は「どこを開き、どこを開かないか」
宇尾野さんは、手続き的公正性のもう一つのポイントとして透明性を挙げます。ただしすべてを見えるようにしろという話ではなく、社員が知っておくべき部分と、議論の中で決める見せない部分を区別できることが大事だといいます。
池原さんは、尊敬する上場企業の経営者の例を紹介します。その会社では全社員の売上と利益率を毎月全公開し、給与も全公開しているといいます。
もう一人一人の利益率まで全部丸分かりなので、それはそれですごく透明性があるなっていう気がしました。フェアですよね。
宇尾野さんは、それができる職種のバランスや、社員が高い給与を目指したくなる空気まで含めて設計されているのだろうと評価し、一つの見本になるかもしれないと話します。
公開すると不満になる?透明性の研究
一方で宇尾野さんは、透明性については研究が進んでいるものの、まだ一定の結論が出ていない領域だと指摘します。
10年ほど前の研究では、給与を全公開したとき、中央値より下の人は不満につながりやすく、中央値より上の人はプラスもマイナスもあまりない、という結果があったといいます。つまり公開はマイナスの作用しか起きにくいという見方です。
一方で宇尾野さんは、縦の透明性と横の透明性という別の切り口も紹介します。横の人の給与が見えると不平不満につながりやすいのに対し、縦の透明性はキャリアの指針になるといいます。
池原さんは、自分の成績が良ければ気にならないが、少し悪いと居心地が悪くなる、と実感を述べます。宇尾野さんも、仕事内容がわかる相手の差は説明がつくが、離れた部署の差は説明できず不満につながると補足しました。
同僚同士の給与が見える状態。中央値より下の人の不満につながりやすい
上位の人の給与が見える状態。「あの人のようになればこうなる」とキャリアの指針になる
さらに池原さんは、全公開によって、フィットせず成果を出しづらい人が自分で気づけるため、リテンションにもつながると経営者が話していたと紹介します。
宇尾野さんは、透明化は世界的な潮流だとしつつ、どこまで開くかは透明化だけで1時間語れるテーマだと話します。自社のプラス・マイナスを統合して開き方を決めることがポイントだとまとめました。
役員報酬という、また別のテーマ
池原さんは、次に扱いたいテーマとして経営者自身の役員報酬を挙げます。給与と役員報酬は法律的な扱いも異なり、まったく同じものではありません。
宇尾野さんも、役員報酬をどうすべきか経営者から直接相談されることが多いと話します。従業員向けの人事制度とは別に、報酬を個別に相談する場を持つこともあるといいます。
さらに宇尾野さんは、上場を目指していくと、役員報酬が個人のプライベートな設計から公開されるものへと変わっていくと指摘します。この論点は、また別の回で掘り下げたいとしました。
人事制度は環境とともにアップデートし続ける
宇尾野さんは、給与の話はアルゴリズムのように科学的・工学的に語れる部分もある一方、どんな人が働いているかという環境によって大きく変わるものだとまとめます。
だからこそ、それぞれの環境を加味したうえで、最後にどう届けて納得してもらうかが大事なポイントだと話します。そして人事制度自体も、環境の変化に合わせてアップデートし続けるものだと捉えてほしいと語りました。
池原さんは、普段触れづらいテーマをポイントとともに扱えたと振り返り、自身の会社の運用にも生かしていきたいと締めくくりました。
まとめ
給与制度は作って終わりではなく、環境に合わせて育て続けるものだという一貫したメッセージが語られた回でした。不利益変更や透明性といった扱いにくい論点も、進め方と納得感が鍵になると整理されました。
- 給与設計とは、利益の分配をどう考えるかというルールメイクであり、会社の方向性を決めることに近い
- 不利益変更は禁じ手ではなく、激変緩和措置などで痛みを和らげながら進められる
- 制度変更は前触れと関与によって手続き的公正性を確保すると納得感が高まる
- 物価高対応は、恒久的ならベースアップ、波があるなら一時金と、固定費か変動費かで考える
- 透明性は全開示が正解ではなく、横は不満・縦はキャリア指針という作用を踏まえて開き方を決める







