前回の「場所」をおさらいすると何が見えてくるか
西田幾多郎編は第10話に入り、二桁の話数へ突入します。前回のテーマは「場所」という新しい概念でした。
タッシーは、この場所が「我々が普段思っている場所と合ってそうで合っていない」難しさがあったと振り返ります。
前回の整理はこうです。人にはそれぞれ「自分の場所」があります。一人称のカメラ視点の自分だけでなく、その自分を含んだドーム空間のようなものが、それぞれの人の場所だという捉え方でした。
そしてその場所は、どんどん抽象化していくと一つにつながります。しながわとタッシーは「男性である」「人間である」「動物である」「生物である」と抽象度を上げていくと、最後にはすべての場所が一つにつながる、という前回の話を確認します。
もしかするとここが最難関かもしれないですね。やっぱり大事な概念だけあって、僕らの普段の常識とも違うと思うので、この場所がね。
しながわは、場所が転換点・ターニングポイントになる概念だとして、この第10話ではもう少し「場所」をイメージしてもらうための回にしたいと話します。
なぜ「場所」は「無」と言い表されるのか
しながわはまず、西田自身が論文「場所」の中で書いた言葉を紹介します。アリストテレス ── 古代ギリシャの哲学者。ものごとを「主語」に何かを述べる形で捉える論理を築いた。西田はこれを「主語の論理」として引き合いに出している。の論理を踏まえた表現です。
(西田は論文で)我とは主語的統一ではなくして、述語的統一でなければならない。
つまり「私」というのは物ではなく場所でなければならない、というのが西田の主張だとしながわは説明します。前回でいう第一段階の場所、「私」というドームの中であれこれが起きている感覚にあたります。
そのうえでしながわは、この場所は「無」と言い表すことができると西田が述べていると紹介します。
今度は無ですか。
しながわによれば、「無」や「絶対無」は京都学派 ── 西田幾多郎を中心に京都大学から生まれた哲学の潮流。「無」「絶対無」といった概念をよく用いた。のなかでよく出てくる重要ワードです。ここでいう無は、「あるとかないとか」という意味の無ではありません。
この無っていうのは、あるとかないとかも全部含めた、ひっくるめた無だよ。
わかりにくいこの無を、しながわはたとえで説明します。いろいろなものの根源につけたラベルが「無」だという捉え方です。
(無というのは)スターウォーズのフォースとか、元気玉の元気に、「無」っていう言葉を当てましたっていう、もうラベルとして。
たとえば「元気玉がそこにある」も、述語の論理でいえばこの無の中に含まれます。「元気玉というものはない」という言葉も、同じ論理で無の中に含まれます。何かがある/ないをすべてひっくるめたものが無であり、それを「無の場所」と呼ぶのだとしながわは整理します。
述語の論理をどんどん遡っていくと、最後に何かわからないものへ行き着きます。しながわは、その行き着く先に「無の場所」という名前をつけたのだと説明します。
なぜ「ある」ではなく「無」なのか。しながわは、「何かがある」と言うとアリストテレスの主語の論理に近づいてしまうためだと話します。座禅の禅にも通じていた西田が、最も得体の知れないものを表す言葉として「無」「絶対無」を選び、それが京都学派のシンボルになっていったと語ります。
「絶対無」は英語でどう訳されているのか
タッシーは、西田の「無」が海外でどう訳されているのかを尋ねます。訳語から逆に理解が深まらないか、という問いです。
(英語などで)どう訳されてるかで、なんか分かりやすいみたいなことないかなみたいな。
しながわはその場で調べ、スタンフォード哲学百科事典を引いた結果として、絶対無は「Absolute nothingness」だと紹介します。
「無」は nothing ではなく nothingness、つまり「ないということ」を名詞にした形だとしながわは受け止めます。そのnothingnessから、いろいろなものが起こっていく点が難しいところだと補足します。
西田は東洋思想を語りながら、あくまで西洋哲学と戦っていた
前回タッシーが「西田哲学は世界で有名なのか」と質問したことを受け、しながわは西田が哲学者の一人としてきちんと認められている理由を掘り下げます。
一つの理由は、西洋哲学の常識をひっくり返した点です。デカルト ── 「我思う、ゆえに我あり」で知られる近代哲学の祖。すべてを疑ったうえで、疑う自分の存在は確かだとした。やカントに代表される近代の西洋哲学では、まず絶対的な観察者としての自分がいて、その自分が客観的な事物を観察・分析・活用していく、という前提がありました。
しながわは、西田の「場所」という概念がこれとまったく違うと指摘します。絶対的な観察者としての自己がいないうえ、場所としての私はこの世界とつながっているという感覚だからです。
私とは何かっていうと、それはこの一番下にある根源的なものが私として現れてるみたいな、それくらいの感覚なんですよね。
存在や認識、実体とは何かといった西洋近代の問いに対し、西田はまったく違う世界の説明の仕方を提示しました。しながわはこれを世界観の逆転と表現し、大きな功績だと評価します。
ここでしながわは、自分の説明の仕方を振り返って注意を促します。西田を「東洋思想だよね」「道教だよね」と軽く流してしまいがちですが、西田はあくまで西洋哲学の文脈でこれを語っている、という点です。
すごい恐ろしいこと言ってるというか、なんか全然違うことを言ってるっていう感じで捉えられたからこそ、(西田は西洋の思想史でも)一目置かれた。
タッシーは、それまでの西洋哲学の「暗黙のルール」を言い換えます。ちゃんと私がいて主客が分離している、という前提です。
その暗黙のルールぶっ壊して、そもそも主客って分離してるの?分離してない、一緒なんじゃないの?ってところから、そっから疑って世界を説明したってことですね。
しながわは、この出発点がデカルトとほとんど同じだった点を思い出させます。西田もまた「徹底的に疑っていくとどこに行き着くのか」という問いから始めました。
しかし分岐が生まれます。デカルトは、疑い抜いて最後に残った「精神としての我」はもう疑わず、そこから世界を観察・説明していきました。西田は、その「疑えない」と思われた我こそ違うのではないか、というところから説明を始めます。
パラレルワールドみたいな感じになってるわけですね。同じ世界見てるはずなんだけど。
徹底的に疑い、最後に残った「精神としての我」は疑わない。その確かな自己が世界を観察・分析・活用していく
その「疑えない我」こそ疑う。絶対的な観察者としての自己を置かず、場所としての私が世界とつながっていると考える
「絶対無の場所」はどこへ行き着くのか
タッシーは「なんとなく」ながら場所の感覚をつかめたと話します。しながわは、感覚として理解できれば十分で、その感覚を必死に言葉にしたのが西田の努力だと応じます。
これ(場所の感覚)をとにかく言葉に頑張って頑張ってしてるのが西田の努力なわけですよね。
続いてしながわは、絶対無の場所へと話を進めます。イメージのコツは、西田の思索が「どんどん下へ潜っていく」感覚で捉えることだと言います。
述語の論理で「包まれている」「含まれている」と遡ることは、底へ底へと掘り進めていく感覚にあたります。その極限で最後に突き当たるのが「絶対無の場所」です。
しながわは、この絶対無が老子・荘子 ── 古代中国の道教の思想家。ものごとの根源にある「道(タオ)」など、形をもたないものを重んじる思想を説いた。の道教思想とつながっていると、西田研究の本でも言及されていたと紹介します。
具体的には、中国・北宋時代に書かれた『太極図説』の言葉「無極よりして太極となる」との関連です。何かわからないエネルギーのようなものが、極もない「無極」でありながら「太極」でもある、という感覚とつながるのではないか、と解説の本で書かれていたとしながわは語ります。
まさにこの東洋思想の粋みたいなところから、ここから無を取ってるのかもしれないです。
「形なきものの形を見、声なきものの声を聞く」——西田の狙い
しながわは、論文「働くものから見るものへ」の序文にある有名な一節を紹介します。西田がこの時期に東洋・西洋という言葉を明確に語り始めた箇所です。
西田はまず、形あるものを実体とみなすヨーロッパの学問(体制文化)に学ぶべきものは多いと認めます。そのうえで、数千年の歴史をもつ東洋文化の根底には別のものが潜んでいるのではないか、と続けます。
西田は「我々の心はこのごときものを求めて止まない。私はこのような要求に哲学的な根拠を与えてみたい」と述べています。しながわはこの一節を、西田のやりたいことが凝縮された部分だと読み解きます。
つまり、形がなくても何かがそこにある、声を発していなくても声を発しているものがある——余白や侘び寂びに意味を見出す東洋文化の価値観を、西洋哲学の文脈でちゃんと説明しきってやるというのが西田の狙いだった、というわけです。
「場所」でようやく自分の哲学を持てた——借り物からの脱却
しながわは、この「場所」によって西田がやっと自分の思想を持てた感覚があったのではないか、という指摘を紹介します。ここで、それまでの概念が借り物だった経緯が語られます。
たとえば「純粋経験」は、もともとアメリカのプラグマティズムの哲学者ジェームズが使っていた言葉でした。意味は違うものの似た面があり、それを鈴木大拙が西田に教え、西田が言葉を借りてきたものだとしながわは説明します。
「自覚」という言葉もフィヒテ ── ドイツ観念論の哲学者。西田は彼の「自覚」という概念を自分の思索に取り入れていた。から取ったものでした。西田はアメリカやドイツの哲学から言葉を借りて、自分の直感を説明してきたのです。
しかし、どれもピンとこず、バチッと当たらなかった。そこでたどり着いたのが「場所」でした。場所という語自体はプラトンのコーラ ── プラトンが用いた「場所」を意味する概念。ものが生成する受け皿のようなもの。西田は語自体をここから借りつつ、独自の論理を組み立てた。から借りているものの、その論理はかなりオリジナルだと西田自身も自覚していたはずだ、としながわは語ります。
だからこそ、おそらく西田哲学っていうふうに言われるようになった。
西田は「自分自身になりたい」「我が道を行きたい」という思いが強い人でした。しながわは、その感覚をようやく得たのが京都大学を退官する数年前で、それが「絶対無」という概念によって出てきたと話します。
タッシーは、この流れで西田の言葉の意味がかえって深まったと応じます。日本人・東洋人が共通してもつ「見えないけれど何かを感じ取る」価値観を、西洋哲学のロジックで説明したかったのだ、という理解です。
何か見えないけども、何かをあると(感じる)、何かを感じ取るみたいな価値観って日本人多分全員持ってるような。
しながわは自分の説明を補足します。純粋経験や自覚を語った40代の段階では、根本的なエネルギーとのつながりが前面に出ていたわけではありませんでした。「場所」という概念で、やっとすべてが根源とつながっていると明確に言えるようになった、というのが西田の思想をたどるうえで大事な点です。
絶対無とラスボス——身近な作品で腑に落ちる瞬間
タッシーは、絶対無の場所を聞いて「地下に潜ったラストダンジョンにラスボスがいそうなイメージ」が湧いたと語り、ゲームやアニメを例に理解を深めていきます。
しながわが思い浮かべるラスボスはクッパのような「いかつい生命体」ですが、タッシーはファイナルファンタジーなどの例を挙げます。シリーズによっては、ラスボスが物質ではなく「意識の集合体」や「暗闇の雲」のような存在になっている、という指摘です。
(FFの最後のボスは)何かの意識の集合体とか、あの暗闇の雲とか、そんな感じなんですよ。
タッシーは、自身が在籍したバンド Aqua Timez が主題歌を担当したアニメ『BLEACH』も例に挙げます。劇場版『BLEACH MEMORIES OF NOBODY』の主題歌を歌った経験からの連想です。
『BLEACH』でも、ラスボス的な存在が単なる生命体ではなく、人間の強い感情や怨念といったものの集合体が形になったものだったとタッシーは振り返ります。一つの生命体ではなく、意識や気の集まりを描く感覚が東洋人にはあるのではないか、という見立てです。
しながわは、この連想を西田の思想に引き戻します。絶対無の場所まで意識をたどらせていくと、西田は宗教的な回心が起こると述べているというのです。
『善の研究』の頃は、純粋経験も道徳も宗教もほぼ一体でした。しかし絶対無という概念まで至ると、人間が本当に自分と向き合い、宗教心が起きてくるとしながわは説明します。西田の場合は、浄土真宗や親鸞 ── 浄土真宗の開祖。阿弥陀仏の救いを信じる教えを説いた。西田の宗教観はこの教えに近づいていくとされる。の教えに近づいていったといいます。
タッシーは、「無」だけではわからなかったが、「絶対無」とつくことで感覚として腑に落ちたと話します。何か絶対的なもの、わからない集合体のような存在と自分がリンクしたとき、宗教的な悟りや回心の感覚を得るのだろう、という理解です。
タッシーの頭の中にちゃんとインストールされてますね。(絶対無という)言葉として。
哲学と宗教はどう違い、どこでつながるのか
しながわは、西田が哲学と宗教は分かれていると明確に述べる点を補足します。両者は違うものだ、という立場です。
ただし、哲学をどんどん推し進めていくと絶対無に行き当たり、その絶対無はある意味で宗教的な経験ができる場所でもある、と西田は考えていたとしながわは説明します。だからこそ、タッシーの感覚は近いと評価します。
そのうえでしながわは、「場所」の大きさをあらためて整理します。この概念によって、西田が感じていた西洋哲学とは違う感覚が、単なる主観の話ではなく、他者や世界とつながる入り口に立てたものとして示された、という点です。
やっとここで、この一番底の方にあるエネルギーと、この私ってものは繋がってるんだっていう感覚、この場所っていうところがようやく明確にできた。
「躍進」の最終章から、次は「濁流」へ
しながわは、京都大学にいた時期の思索が「場所」でひとまず区切りを迎えると話します。次回は西田が京大でどんな生活をしていたかを扱う予定です。
その後、話は「場所」から先へと進みます。1930年代後半から40年代にかけての時代を背景に、戦争を経験した日本という国の歴史と、西田の人生・哲学・思想が混ざり合っていく第4部「濁流」へと入っていきます。
タッシーは、まさに躍進した一つの概念が「場所」であり「絶対無」だったとまとめます。しながわも、これは西田の究極的な作品と言っていいかもしれないと応じます。
最後にタッシーは、身近なゲームやアニメの世界観にたとえることで理解度が一気に上がったと振り返ります。しながわも、そうした作品と西田の思想が意外なほどつながっていると同意して回を締めくくります。
まとめ
西田の「場所」は、あるとないをひっくるめた根源としての「無」、そして「絶対無の場所」へと深まっていきます。この回は、西田が西洋哲学の文脈で東洋思想を説明しきろうとした到達点を、対話とたとえで追いかけました。
- 「場所」は転換点となる概念で、抽象化を遡ると最後は一つ、すべてを含む「無」に行き着く
- 西田の「無」は「ある/ない」ではなく、それらをひっくるめた根源につけたラベルで、英語では nothingness と訳される
- 西田はデカルトと同じ「疑い」から出発しながら、疑えないはずの「我」を疑い、主客の分離という西洋哲学の前提を覆した
- 「形なきものの形を見、声なきものの声を聞く」東洋文化の価値観に、西洋哲学の文脈で根拠を与えることが西田の狙いだった
- 借り物の概念からの脱却として「場所」「絶対無」にたどり着き、ここで西田はようやく自分の哲学を持てた




