唐突に思い出した「ぶっちぎりステージ」
今回の「みやほんや」は、ノープラン・ノー脈絡で始まります。みやさんがさっき唐突に思い出したのが、子供の頃に見ていたアニメの話でした。
テレビ東京で夕方にやっていた「バックスバニーのぶっちぎりステージ」というアニメ。みやさんは、その中の「ロードランナーとコヨーテの追いかけっこ」がとにかく好きだったと振り返ります。
ロードランナーっていう鳥。すごく足の速い鳥。
ロードランナーは足の速い鳥……のはずなのですが、みやさんは話しながら疑問を持ち始めます。
鳥だよね。鳥だけど、あれ(ロードランナー)飛んだの一回も見たことないな、俺。鳥じゃないのかな、あいつ。
圧倒的すぎて捕まらないロードランナー
そのロードランナーを延々と追いかけているのがコヨーテです。捕まえられたら食べられてしまうので、コヨーテにとっては命懸けのはず。でも、みやさんが覚えているのはそこじゃありません。
ロードランナーがあまりに圧倒的で、足も速く、頭も良くて、まったく捕まらない。それでもコヨーテは「次こそは」「今度こそ」と追い続けます。
(コヨーテは)本気でやってんだけど、でもなんかユーモラスな感じで。とにかくロードランナーが圧倒的すぎて捕まらないのよ。
命懸けの追いかけっこなのに、ロードランナーはいつも涼しい顔。必死さを感じさせない、ユーモアあふれる感じが印象に残っているそうです。
番組の他の内容はほとんど覚えていないのに、その追いかけっこが面白かったということだけは、みやさんの中に残っています。
「好きな番組」を言うのが恥ずかしかった小学生時代
小学1年生ぐらいの頃、学校で「好きなテレビ番組はなに?」という話題になったそうです。みやさんの答えは「バックスバニーのぶっちぎりステージ」。
ただ、この「ぶっちぎりステージ」という響きが、みやさんには少し引っかかりました。「みんなのうた」や「おかあさんといっしょ」のような、日常にある番組名とは違うからです。
僕はぶっちぎりステージが好きですって先生に言うのが、なんか恥ずかしかったのよ。
それでも、子供なんだから許されるはずだ、という生意気な気持ちとともに、みやさんは「ぶっちぎりステージ好き」と言っていた記憶があるそうです。ちょっと恥ずかしかった、と繰り返し語られます。
原題を調べたら「ぶっちぎり」がなかった
さっき、その恥ずかしかった記憶を唐突に思い出したみやさんは、実際にアニメのことを調べてみました。
「バックスバニーのぶっちぎりステージ」はアメリカ・ワーナーのアニメ。もともと日本の作品ではないので、「ぶっちぎりステージ」というのは絶対に訳語のはず。原題が何だったのか、誰がこの名前をつけたのかが急に気になったそうです。
(原題は)バックスバニーのショーみたいな。バックスバニーズショーみたいな。
調べてわかった原題は、シンプルに「バックスバニーのショー」のようなもの。「ぶっちぎり」というニュアンスは、もともとの原題にはなかったのです。
バックスバニーのぶっちぎりステージっていう名前にしたんかいと思って、日本版製作者が。
自分が恥ずかしい思いを抱えながら口にしていたあの番組名は、単純な訳ではなく、誰かが原題にないニュアンスの言葉をわざわざ足したものだった――そのことに、みやさんは驚きます。
なぜ「ぶっちぎり」を足したのか
なぜ日本版で「ぶっちぎり」という言葉を足したのか。みやさんは、その理由を話しながら考えていきます。
アメリカでは「バックスバニー」というだけでおなじみのキャラクターかもしれません。でも日本では、バックスバニーと言われても、人参が大好きなウサギ、というくらいで、イメージがつきにくい。
そこ(イメージ)を補完するものとして、ぶっちぎりステージってつけたのかな。
新聞のテレビ欄に「バックスバニーショー」とだけ書いてあっても、何のことかわかりません。そこに「ぶっちぎりステージ」とつくことで、子供番組らしさが伝わり、目立つ効果もあったのだろう、とみやさんは推測します。
ただ、目立つからこそ、それをわざわざ口にするのに恥ずかしさが生まれたという面もあったのかもしれない、と当時の気持ちを振り返ります。
「バックスバニーのショー」のような、キャラクター名中心のシンプルなタイトル
「ぶっちぎりステージ」という言葉を足し、内容の勢いとインパクトを補ったタイトル
BSで見ていたアニメの記憶
話は、みやさんが子供の頃に見ていた他のアニメへと広がります。BSの夕方、衛星アニメ劇場という枠のことです。
その周辺では、昭和の仮面ライダーやウルトラマンエースといった再放送もやっていて、みやさんは面白がって見ていたそうです。
そして6時から6時半あたりの衛星アニメ劇場で放送されていたのが、「ガジェット警部」と「ニルスのふしぎな旅」。この2本は特によく覚えていて、大好きだったと語ります。
(ガジェット警部は)いろんな秘密のガジェットが自分の体の中に仕組まれてて、それを駆使して事件を解決するっていうのがガジェット警部。
「ニルスのふしぎな旅」は、ニルスという子が小さくなってしまい、ガンの群れとともに冒険していく話。みやさんはストーリーよりも、ガンの群れが集団で飛行するときの雄大なBGMが好きだったそうです。
(ニルスの音楽は)JASRACに文句言われたくないから歌いませんけど。
「要約できない」からこそ良かった
「ぶっちぎりステージ」がどういう話だったか、みやさんは要約できないと言います。単に覚えていないだけかもしれませんが、その「要約できない感じ」が良かったんじゃないか、とも感じています。
要約できない感じが良かったんじゃねえかなとかって思うね。
ここでみやさんは、最近話題の「ちいかわ」を引き合いに出します。リハックという番組で、ちいかわを大真面目に特集していたことに驚いたそうです。
いつもなんか違うこと話してる人たちが、ちいかわのこと話してるよと思って。ああ、すごいんだな、やっぱりちいかわって。
いつもは政治などを扱う人たちが、下妻市長選の討論会と並んでちいかわを真面目に語っている。子供のものだけではなくなっている状況に、みやさんは感心します。
一方で、当時の「ぶっちぎりステージ」には、まだ「子供だけのものにするのはもったいない」といった空気はなかったよね、と時代の違いにも触れます。
海を越えて届けられたものへの思い
わざわざ海を越えて日本にやってきて、日本語版として放映する。そこには、それだけの価値があると思って動いた人が何人もいたはず、とみやさんは考えます。
その後、カートゥーンネットワークのようなCSでも放送されていた記憶もあるそうです。子供のために、あるいは経済的な側面もあわせて、人が動いていたのだろう、と話します。
絵本の話にもつながります。みやさんは今度、町のライブラリーで絵本のイベントをやることになり、当時好きだった絵本を見返しているところだそうです。
日本の絵本はすごいらしい、海外の絵本もすごい。自分の国かどうかにこだわる必要はないけれど、身近なところで作られたものが海外の人にも良いものとして見てもらえていたら、やっぱり嬉しい――そんな素直な気持ちが語られます。
他の国のものでもしっかりすごいって思えて、面白いものがちゃんと見られているっていうこと自体が、なんかすごいし、それがいいなって思う。
雨の中の狭山一周
最後は、今日の出来事へ。みやさんは雨の中、狭山を一周してきたそうです。
ここ2、3日ずっと雨続きで、今日はもういいか、と思いながらも歩いてしまったとのこと。
でもあの偉いもんで、誰とも会わないことはなかったね。歩いてる人みたいなのは何人かいたね。
わざわざ話すほどのことでもなかった、と笑いながら、みやさんは「お疲れ様でした」と締めくくります。
まとめ
子供の頃に好きだった「バックスバニーのぶっちぎりステージ」の邦題を調べてみたら、原題に「ぶっちぎり」の要素はなかった――そんな小さな発見から、記憶やアニメ、絵本、そして海を越えて届けられるものへと広がっていく、みやさんのひとり語りでした。
- 「ぶっちぎりステージ」の原題は「バックスバニーのショー」のようなもので、「ぶっちぎり」は日本版で足された言葉だった
- 「ぶっちぎり」は、日本では馴染みの薄いバックスバニーのイメージを補い、目立たせる工夫だったのではとみやさんは推測
- 目立つ番組名だからこそ、当時それを口にするのに恥ずかしさも生まれたと振り返る
- 要約できないからこそ良かった、という感覚や、ちいかわ・絵本など「子供のものの広がり」にも話が及んだ
- 身近で作られたものが海外でも良いものとして見てもらえていたら嬉しい、という素直な思いで締めくくられた





