ゲスト回の最終回は「これから」の話
自然と地域とあいだラジオは、自然を生かした地域づくり、いわゆる地域循環共生圏 ── 環境省が提唱する考え方で、地域が自然や資源を生かして自立しつつ、他の地域と補い合いながら循環する社会像を指しますに関わる人や物事に焦点を当てる番組です。今回は杉山泰彦(マギー)さんのゲスト回の3回目で、一応の最終回にあたります。
江口は、第1回・第2回で現在の取り組みを聞いてきたことを踏まえ、今回は特に「これから」の部分と流域経済圏の話、そして根羽村を含めた将来ビジョンを聞きたいと切り出しました。
村が好きだからこそ触れられなかった林業
杉山さんの原点は、移住してきた根羽村が好きで、住んでいる村が心地よく、面白い場所であり続けてほしいという思いです。この思いは移住当初からずっと変わらないといいます。
そのうえで杉山さんは、移住したときから「根羽村は林業が元気になれば元気になる」と考えてきました。根羽村は村長が森林組合長を務める村で、かつては何年か住むと森がもらえたため、全世帯が森林組合員だったそうです。
なので全世帯が森林組合員の村だったんですよ(っていうぐらい、林業が)血筋にグってちゃんと根付いてるんです。
ただし林業はとても大変な産業で、かつて大きく儲かった時代の記憶を持つのが今の70代・80代です。成功体験と誇り、先祖代々が植えてきた森への思いが重なり、杉山さんにとって林業は「一番大事なのに一番タッチしづらい領域」でした。
そのため杉山さんは、林業以外の移住、教育、コミュニティといった分野から「村心地の良さ」をつくってきました。その積み重ねで根羽村は勢いづき、ある年には人口増になり、消滅可能性都市からも脱却したと話しています。
移住
根羽村が好きで移り住み、林業が元気になれば村も元気になると考える
迂回
林業は触れにくい領域だったため、移住・教育・コミュニティから村心地を高める
地域の魅力向上
人口増や消滅可能性都市からの脱却など、村の勢いが増す
林業への挑戦
県のモデル地域選定を機に、新しい森林経営に取り組む
県のモデル地域選定から「新しい森林経営」へ
転機になったのは、2024年度に長野県が始めた「輝く農山村地域」事業です。良い資源を持ち、磨けば世界でも輝けるポテンシャルのある地域をモデルに認定し、3年間の補助金と県職員1人の出向を付けるという、大胆な事業でした。
根羽村はそのモデル地域の一つに選ばれます。杉山さんは選定後に役場から声をかけられ、「何をしたらいいと思うか」という壁打ちから関わり始めました。
役場は当初、満遍なくいろいろ取り組もうとしていたといいます。杉山さんはそれでは何も生まれないと考え、選定理由でもあった林業に絞ることを提案しました。
じゃあもうこれは新しい森林経営のあり方にチャレンジするっていうところに挑むのがいいんじゃないですか。
議論の末に始まったのが、林業の新しい森林経営モデルをつくるプロジェクトです。いきなり成果を出すのではなく、関係者へのヒアリングやコンセプトづくりから根っこを育てる進め方は、地域循環共生圏の取り組みと共通しています。
プロポーザルを経て、伊那市で林業とデザインに取り組む会社、やまとわが加わりました。やまとわとの対話から、流域で森の問題を解決することこそ根羽村が生き残る道だという結論に至り、流域経済圏づくりのプロジェクト「nebane」が生まれます。
800人で100万人の川を守る構造的限界
nebaneの出発点は、林業の厳しい現状です。杉山さんは、かなりざっくり言うと「50年育てた木を切っても赤字」というのが林業の現状だと説明します。
一方で森の恩恵は根羽村だけのものではありません。森から生まれる水や栄養素、そこから育つ生態系は、下流の流域に暮らす人々みんなが受け取っています。
100万人が使っている川を人口800人の人で源流を守るっていうのはもう構造的限界が来てるので、構造の見直しから一緒に考えませんか。
nebaneは、この提案から始まり、1年半から2年ほど活動を続けています。根羽村と流域のつながりは以前からあり、安城市は根羽村に森を持ち、トヨタ系企業のアイシンは数十年にわたり毎年根羽村で森の活動をしてきました。
杉山さんは、こうした単発の関わりを「点」のままにせず、線にして面にしていくことがnebaneの役割だと話します。関わりたい人の力とリソースを集め、つながりを強めることで、流域で実感を持って活動できる状態をつくろうとしています。
安城市やアイシンなどが、それぞれ単発で根羽村の森に関わる
関わりたい人の力とリソースが集まり、流域全体で線や面としてつながる
nebaneのホームページについて、杉山さんは、林業のサイトは森を引いて撮った空撮のような神秘的なデザインになりがちだと紹介します。やまとわの奥田さんは「森はその姿だけじゃない」と考え、杉山さんのテイストをイメージしてデザインしたそうです。
消費ではない自然との関わりを、どう都市と共有するか
江口は、「流域」は色んなところで使われている言葉でもあるとしたうえで、nebaneは林業の次の形を考える中で、川が支える人口と源流の人口を比べ、経済的なつながりにまで踏み込んでいる点が新しいと指摘しました。
杉山さんは、SDGs、カーボンオフセット、そしてTNFD ── 自然関連財務情報開示タスクフォース。企業が自然環境への依存や影響、そのリスクを把握して開示するための国際的な枠組みですのような流れを挙げます。人間は自然を消費して経済を生み出してきたが、消費では資源が疲れていくため、消費ではない関わり方が社会の大きなテーマになっているという見立てです。
ただし都市に住む人がいきなりそう言われても、何をすればいいかわからず、「森なら植林か」となりがちだと杉山さんは話します。
いやもうやめてくれ植林みたいな。こっちは。
だからこそ杉山さんは、貢献したいという思いが表面的なところで着地しないよう、上流に住む側も都市側とフラットに並び、一緒に企画を考えることが大切だといいます。それだけでも新しいことが色々生まれると見えてきたそうです。
貢献したいが何をすればいいかわからず、植林を思い浮かべる
表面的な貢献で終わらないよう、フラットに立って一緒に企画を考える
合宿型勉強会「Forest College」で交わった人たち
清水さんの問いを受け、杉山さんはnebaneで開いているイベント「Forest College」を紹介します。流域で森を捉えることをテーマにした2泊3日の合宿型の開かれた勉強会で、答えを探すインプットをイベント化し、全国から仲間を集める場です。
第1回は今年3月、第2回は9月に開催されました。第2回では、上流側が下流域を学ぶため、下流域の人たちと打ち合わせなしのトークセッションを実施し、流域と聞いて何を思い浮かべるか、住む地域でどんな課題があるかを語り合ったといいます。
あらかじめ伝えたのは、これ(トークセッション)綺麗に結論まとめなくていいって思ってて。
杉山さんが面白かったのは、違う地域で違う仕事をする4人が何を見ているかを共有するという設定そのものでした。さらに、そこで初めて会った2人が早速プロジェクトの打ち合わせを始める動きも生まれています。
具体的には、安城市で農業や物流に取り組む人と、西尾市で海の家を営むイベント系の人がテントづくりの打ち合わせをしていたそうです。また、岡崎市内で完結する流域(矢作川の大きな支流)での取り組みをしてきた方は、自分が捉える流域の範囲が広がったと話していたといいます。
「流域」は誰でも愛着を持てる共通言語
杉山さんは、これまで交われたのに交わってこなかった人たちが、「流域」という言葉一つで集まったことに大きな可能性を感じています。800人の根羽村が「根羽村」という言葉だけで動き出すのと同じことの流域版だといいます。
だから僕としてはやってることは変わらなくて、ちょっと主語が大きくなっちゃっただけなんですけど。
だって仮に僕が琵琶湖の何かしませんか?って清水さんに言われても、1ミリも興味湧かないです。
社会貢献や環境の分野では、想像力の豊かな人がこれまで動いてきました。杉山さんは、そこまで想像力がない人でも動きやすくなるのが「矢作川流域」のような具体的な言葉だと話します。誰もが生活の中でどこかの川の水を使っているため、愛着が湧きうるキーワードになるという考えです。
20年かけて寄り道しながら進むプロジェクト
清水は、数年後にアーカイブを聞き返せるよう、未来への宣言を置いていってほしいと頼みました。杉山さんは「あまり未来の宣言はしないタイプ」と断ったうえで、nebaneはゆっくり進めるプロジェクトだと答えます。
杉山さんによれば、森のことは良かったかどうかが50年ほど経たないとわからず、20年でも短いくらいです。人間の時間軸や、ベンチャー的に一気に進める姿勢では成し得ないと考えています。
もう一つの理由は、nebaneが興味のない人にも興味を持ってもらうためのプロジェクトだという点です。急ぐと、興味のある人しかついてこられなくなってしまいます。
nebaneっていうものは結構、ゆっくりですね、いっぱい寄り道しながら、迷いながら進んでいきたいなっていうのが、最近思っているんですよ。
杉山さんは、10年後もまだ模索しているかもしれないとしつつ、取り組みはじわじわ広がっていると感じています。11月には流域沿いの企業の新卒研修を受け入れ、これで3年目になります。
その企業は社員が1000人を超え、根羽村の人口800人を上回ります。新卒90人が訪れ、地域の学校の子どもたちとも交流する予定で、杉山さんはこうした都会と田舎が入り乱れる取り組みが色々な形で生まれることを期待しています。
2040年の里山コンセプトマップと「森のディズニーランド」
杉山さんがもう一つ挙げたのが、安城市と根羽村が取り組む矢作川水源の森の2040年ビジョンマップ「里山コンセプトマップ」です。今年7月に策定され、2040年までにどんな森にしたいかを宣言しています。
里山コンセプトマップでは、約50ヘクタールの森をエリアごとに特徴を踏まえて名付けています。「集い考える森」「作る森」「土壌を作る岩と苔」「見せる森」などがあり、マップは根羽村側のホームページにも掲載されています。
清水は、流域や根羽村、共生圏など、何を共通言語にするかという工夫が散りばめられていると受け止めました。杉山さんは、この森をディズニーランドのようにしたいと話します。
ディズニーランドってそれぞれのアトラクションにスポンサーついてるのわかります?
たとえば「集い考える森」に、コミュニティ系の事業をする会社がパートナーとして付くような形です。杉山さんは、行政予算だけでコツコツ森をつくるのもいいが、いろいろな人のお金と関わりで森をつくる方が面白くなると考えています。
僕はなんかどこまで行っても面白くする担当で。森の木の樹種は一生覚えらんないですね。
身の丈から円を広げる。村の経営から流域の経営へ
杉山さんは、地域循環共生圏の取り組みがnebaneに今も繋がっていると強調しました。清水さんは、哲学の言語化から目指す方向の共通言語をつくり、手段が自然と生まれ、最後はビジネスにつながる進め方は、共生圏に関わる人にとって参考になると話します。
役場の経営、村の経営、なんか流域の経営って感じですよね。
杉山さんはこれに同意し、少しずつ円が大きくなっているだけで、やっていることは変わらないと答えます。いきなり流域から始めていたら、できなかっただろうといいます。
杉山さんは、格好良さや流行、インパクトを求めて安易に大きく始めると、取り組みが空洞化すると話します。清水もこの話には言いたいことがいくらでもあると応じ、杉山さんはそちらに行きたくなる気持ちもわかるが、そこはぐっと我慢だと続けました。
冬は構想の季節、nebaneは来年度法人化へ
配信は10月末ごろの予定です。告知を尋ねられた杉山さんは「告知はないです」と答え、山はもう冬眠に近づいていると話しました。根羽村は豪雪地ではないものの寒く、農業は冬に静かになり、林業は冬に作業をする時期です。
杉山さんは毎年、冬に他の地域を見てインプットし、来年度の構想を練るリズムで1年を計画しています。清水はこれを「心地よい村のリズム」と表現しました。
nebaneは今年度で助成金が終わるため、今年度中に法人を立ち上げ、来年度から法人として動きます。関わりたい人は矢作川流域に限らず、他の流域の人や、流域沿いではない企業でも歓迎だといいます。根羽村には時計メーカーのシチズンも関わっているそうです。
清水が見た「ノリに見えて設計された」地域づくり
3回のゲスト回を終えて、清水は杉山さんの「まとめ方のうまさ」が印象に残ったと話します。集落も街も情報や共通言語が散らかり、縦割りも残る中で、杉山さんは10年近くかけてそれを整理し、言語化しながら土台をつくってきたという見立てです。
偶然と思いきや、結構設計もうすでにされてるから、プラスアルファのボーナスは発生してるけど、大筋描けてる話が順序よく形になっているなみたいな印象なんで。
清水はさらに、補助金をお金としてではなく、強制的に形にするために使っている点にも注目しました。nebaneの法人化も1年目から描いていたはずで、ノリで動いているように見えて設計されているところに、ローカル側にいる自分との共通点を感じたといいます。
杉山さんは、話すことで考えが整理され、自己紹介や最初の話を通じて初心に帰れたと振り返ります。初心だけは失いたくない、それがなくなったら終わると考えているそうです。
まとめ
杉山さんの取り組みは、村が好きだという変わらない思いから始まり、役場から村、そして矢作川流域へと少しずつ主語を広げてきました。nebaneは林業の構造的限界に向き合いながら、都市や企業とフラットに森の価値を分かち合い、20年以上の時間をかけて進むプロジェクトです。
- 根羽村の林業は「50年育てた木を切っても赤字」という構造に直面し、800人で100万人の川の源流を守る限界が来ている
- nebaneは単発の関わりを線や面にし、都市側とフラットに企画を考える流域経済圏づくりに取り組んでいる
- 「流域」は、誰もが川の水を使う生活者として愛着を持てる共通言語になりうる
- 森の成果は50年単位でしか見えないため、最低20年かけて寄り道しながら進めることが掲げられている
- 大きく始めるのではなく、地域に合った適切な大きさから円を広げることが空洞化を防ぐ鍵とされている






