ローマ人のためのローマから、みんなのローマへ
ポンペイウスを倒してローマに戻ったカエサルは、ここから一気に帝政ローマの設計、いわばアーキテクチャーを作っていきます。深井さんによれば、独裁官と執政官(コンスル)を兼ねるなどしながら、10年間の独裁官、最終的には死ぬまで独裁官という終身独裁官になっていきました。
カエサルの改革の柱の1つが、元老院議員を900人まで増やし、政務官の数も倍増させて、新しい勢力をどんどん入れることでした。楊さんが補うように、入ってきたのは属州出身の、それまでローマ人ではなかった外国人たちです。
そう、外国人を政府中心にバンバン入れていく。これがなんか冒頭言ったあの外部リソースを使うのがうまいっていうあれなんですけど。
ローマっていうのをいろんな人たちが運営する状態に持っていって、ローマ人のためのローマから、なんかみんなのローマみたいにしていくんですよ。
深井さんは、この開放がなければ帝政ローマ以降の繁栄はなかったと見ています。楊さんも、ローマ人というアイデンティティに固執していたら帝国はそこまで大きくなれなかったと応じ、属州の人々にとってローマに仕えることが魅力的だったことも指摘します。
ローマ人のためのローマ。元老院を中心に、ローマ人が国家を運営する
みんなのローマ。属州の外国人や平民出身者も政府の中枢に入る
カエサルは平民を貴族にしたり、少し前まで戦っていたガリアの人々をローマの中心に連れてきたりもしました。内戦で政治家が大勢死んだという事情もあったようです。一方で、保守的な元老院議員からは「めちゃくちゃ嫌われたでしょうね」と深井さんは話します。
ガリア遠征の際、北イタリアのローマ市民権を持たない人々は、遠征で最も大変な食料の面で大きく支えてくれました。カエサルはその恩に報いるため、北イタリアの人々全員に市民権を与えています。ガリアからは貴族など一部だけを呼び入れたのとは対照的です。
ケルンも元は植民市? コロニアと共通規格の整備
カエサルはコロニアと呼ばれる植民市をたくさん作り、ガリアで各地に赴いた人々をそのまま現地に住まわせました。楊さんによれば、ローマの貧しい人やホームレスを植民市へ移すことも行われています。
ちなみにその時のもともとコロニアだったっていうのが、今の有名な都市とかでめちゃくちゃたくさんありますよね。ケルンとか。
深井さんは、コロニアには生活の拠点だけでなく軍事拠点の機能もあったと説明します。徴税や法律などの政治はほぼ自治として現地の有力者に任せ、ローマは軍隊だけを置かせてもらう、という形です。
さらにカエサルは、各コロニアからローマまで当時の高速道路にあたる街道を引き、ユーロのような基軸通貨も整えました。楊さんは、征服したヒスパニアで金や銀が採れたことが貨幣の流通を後押しし、経済が伸びやすい条件が整っていたと補足します。
もう1つが、365日で4年に1度うるう年を置くユリウス暦 ── 紀元前46年にカエサルが制定した太陽暦。のちにグレゴリオ暦へ改良され、現在の暦の土台になっていますの制定です。エジプトの天文学者とギリシャの数学者を招いて作り、強制はしないものの共通の暦として使おうとしたといいます。
| 施策 | 内容 | ねらい |
|---|---|---|
| コロニア | 植民市を各地に作り、軍を駐在させ政治は現地に任せる | 生活拠点と軍事拠点 |
| 街道 | 各コロニアからローマまで道を引く | ローマと属州をつなぐ |
| 基軸通貨 | ヒスパニアの金銀を背景に貨幣を流通させる | 経済の活性化 |
| ユリウス暦 | 365日、4年に1度のうるう年 | 共通の暦を持つ |
深井さんは、属州までをローマとして数えるときに必要な制度を整えたこの動きを、始皇帝の政策に近いと見ています。楊さんも「共通の規格を作った」と応じ、樋口さんはEUのようだと感想を述べます。
新生ローマの礎をまさにここで制度上を整えていってる。で、これは今までの元老院派が絶対にやらないやつですよね。
天才は調子に乗る? 帝王学を持たなかったローマ
こうした改革を進めながら、カエサルは「調子に乗っていきます」と深井さんは切り出します。英雄ポンペイウスを倒し、並ぶ者のいない権力を得たうえ、自分の政策を理解している人がほとんどいない状況だったからです。
でも人間って調子乗るんで。
(カエサルからしたら)めっちゃ自分がダントツで頭いいわけ。それで作ってて、やっぱりちょっと調子乗ってきちゃう。
楊さんは、権力者が調子に乗らないための帝王学という学問が中国などにはあるものの、カエサルにはそのピースが欠けていたのではないかと話します。
深井さんはこの視点を帝政初期のローマにも広げます。初代皇帝アウグストゥスの後、カリグラやネロといった問題のある皇帝が出てきたのは、ローマがずっと共和政で王を嫌ってきたため、帝王学が育っていなかったからだという見立てです。その揺り戻しとして五賢帝 ── 1世紀末から2世紀にかけて続いた5人の皇帝。ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスを指しますが現れ、パクス・ロマーナの栄華に至ります。
システムに人間がまだ追いついてないというね。
なんか評価制度を導入したけど、誰も評価者が評価できないみたいな。すごい優れた評価制度を導入したのに、誰もそれを運用できないみたいな。よくあるやつね。
深井さんは、優れた仕組みがあっても運用できる人間が育っていない状態を、会社の評価制度にたとえています。システムに人間が追いつかないという構図は、現代の組織にも重なる話として語られます。
自尊心の暴走、そして元老院での暗殺
カエサルの調子の乗り方として、深井さんは真偽が定かでない記述も含むと前置きしたうえで、自分を王と呼ぶ人を逮捕したこと、護民官を元老院から追放したこと、さまざまな称号や名誉をすべて受け取ったことなどを挙げます。
楊さんは、凱旋式で、敗れたポンペイウス派の人々を描いた絵を飾ったという記述にも触れます。相手は蛮族ではなく同じローマ人であり、反感を買ったとされます。
深井さんは、自尊心の強いカエサルは上に誰かいる間はバランスが取れていたものの、トップになってそれを止めるものがなくなり、暴走したのだろうと見ています。終身独裁官を短期間で返上したスッラ ── カエサル以前のローマの政治家・軍人。独裁官として改革を行った後、その地位を自ら退きましたとは違い、カエサルは返上する様子を見せませんでした。
なんかね、今後私に話をかける時は、今まで以上に慎重に考えるように、私の言葉は法律だとかね、そういうことを言い出しちゃうんですよ。
むっちゃ調子に乗ってんじゃん。
ただし深井さんは、カエサルが仕事そのものはストイックにこなしていたとも強調します。元老院を600人から900人に増やした後の運営や属州統治の制度は、まだ最初の案を作っている段階でした。その仕事に着手し始めた頃に、カエサルは暗殺されます。
暗殺は、終身独裁官になった翌年の出来事です。元老院へ向かう途中、嘆願を装って近づいた十数人の暗殺者に、カエサルは23箇所をめった刺しにされました。
改革
外国人登用や共通規格で新しいローマの制度を作り始める
慢心
称号や名誉を受け取り、終身独裁官を返上しない
反感
王のような振る舞いが保守派の反発を招く
暗殺
終身独裁官になった翌年、元老院へ向かう途中に襲われる
深井さんは、寛容と慈悲を意味するクレメンティアのブランディングは成功していたのに、最後の一線を越えられなかったと振り返ります。樋口さんの「心の内を読み切れなかった」という言葉に、深井さんは暗殺されるとまでは思っていなかったのだろうと応じています。
カエサルの失敗を学んだアウグストゥスと、その後のローマ
カエサルが後継者に指名していたのが、オクタウィアヌス、のちのアウグストゥスです。深井さんによれば、アウグストゥスは称号で、もとの名前がオクタウィアヌスです。初代皇帝となった彼は、カエサルの失敗を踏まえて調子に乗りすぎないことを徹底しました。
だからカエサルも僕は過渡期だと思ってて。結局みんな立派だからさ、前の人の失敗を踏襲して踏襲して踏襲してやっていったんだっていう話だと思う。
楊さんは、無名で若いオクタウィアヌスを指名したカエサルの目を評価します。樋口さんも、事業承継として人類史の中でも最も成功した例の一つではないかと話しています。
その後のローマについて、深井さんは大まかな流れを紹介します。アウグストゥスはアントニウスとの内戦に勝って皇帝となり、元老院との関係を規定します。混乱を経て、トラヤヌスやマルクス・アウレリウスらの五賢帝の時代にヨーロッパの礎が築かれました。
深井さんは、カエサルが独裁権を握った期間は意外なほど短いと指摘します。楊さんは5年ほど、深井さんはローマに戻ってからだと2年ほどと見ています。樋口さんの問いに対しては、建前上はあくまで独裁官で、王にはなっていないと確認されています。
楊さんは、カエサルを暗殺したブルートゥスたちの気持ちが少しわかると話します。民主主義の社会に、例えばヒトラーのような超権力者が現れようとしていたら、多くの日本人も怖いと感じるはずだという理由です。
普通の日本人が日本で超独裁政権が成立する直前の状況を見たら絶対怖いと思うんですよね。
シリーズを貫いたキーワードは「外部リソース」
エンディングでは、過去最長かもしれないカエサル編の感想が語られます。深井さんは、ローマの成り立ちから共和政・帝政への移行、人間関係まで、会社経営と重なる学びが多すぎて1つに絞れなかったといいます。
その中でも深井さんが最も面白かったと挙げるのが、室越さんとの会話で出た「外部リソースを使うのがうまい人が権力を握り、主流になっていく」という見方です。ポンペイウスに対するカエサルの勝利、元老院の敗北、王政が共和政に負けた理由も、この見方でかなり説明できると深井さんは話します。
俺も外部リソースっていう言葉は全編通して一番印象に残った言葉ですね。
深井さんは、外部リソースを活用できるメンタリティーと状況を保つことは、ベンチャーやスタートアップでもまったく同じだと考えています。
深井さんの解釈では、カエサルはブランディングによってさまざまなリソースを集中させた人物です。樋口さんは、カリスマや弁の立つ力で人の心を動かしたことが強さだったのかもしれないと応じます。深井さんは、属州の使い方のうまさと、それを生かすという考え方があったからこそ、帝政ローマは強くなったと話しています。
深井さんはさらに、共和政期の元老院議員から見れば、カエサル以降のローマはもうローマではなく、一度滅びたものだったはずだと指摘します。後世の人がローマを史上最高の帝国として覚えていることとの落差に、何によって組織や個人を規定するかは人によって違う、という面白さを見ています。
なぜ「ローマを出た側」が賊軍になったのか
樋口さんが印象に残ったのは、ポンペイウスたちがローマから逃げた時点で、ローマ側ではなくなってしまったという話でした。実際に政治を担っていたのはポンペイウスたちなのに、場所を離れただけで正統性を失ったことに、場所が持つ意味の大きさを感じたといいます。
深井さんは、当時はそういう法律で運用されていたため、決まりに従うと官軍がカエサルの側になったと説明します。楊さんも、元老院が開かれたところがローマだという定義があったと補足します。
樋口さんの「全員で移動して、ここが新しいローマだと開いてもよかったのでは」という疑問に、楊さんは、彼らは遊牧民ではないのでその発想がなかったのではないかと答えます。
あと過去彼らは一回ローマを捨てようとして辞めて成功した経験があるんですよ、歴史上で。
深井さんによれば、ポンペイウスたちにローマを捨てるつもりはなく、あくまで軍隊のいるところに移動しただけでした。それが結果的に捨てたことになってしまったのです。
このカエサルの強さについて、深井さんは法律の使い方を挙げます。カエサルは弁護士と同じ思考方法で、法律に基づいた合法的な攻撃を政敵に仕掛けていました。弁論の天才で、その分野で留学もしていたといいます。
カエサルはなぜここまで頑張れたのか
樋口さんは、アレクサンドロスやカエサルが「なんでこんなに頑張るのか」がわからないと率直な疑問をぶつけます。困っている人を救おうとしたガンディーや、知りたい欲求を持っていた源内とは違い、動機が見えにくいという問いです。
めっちゃ想像なんですけど、彼は合理的じゃないものにあまり美しさは感じなかったんじゃないかなと思います。
深井さんは完全に想像だと断りつつ、合理的でない元老院のシステムを、自分の知力で何とかしたいという欲があったのではないかと話します。樋口さんは、高輪での自分の活動も「もつれているのが見えるからほどきたい」という感覚だと語り、カエサルに親和性を感じたといいます。
深井さんはもう1つの理由として、父祖の遺風 ── 祖先から受け継いだ慣習や価値観を尊ぶ、古代ローマの規範。ラテン語でモス・マイオールムと呼ばれますを挙げます。古代ローマ人は全員が同じ方向を向いており、父祖の遺風に従い、それを増やす方向に生きればよかったのです。
そこに何の迷いなんてないわけ。そこに迷うようなのは俺らだけなんですよ。
樋口さんは、お家やメンツを重んじる感覚に武士道や極道を連想したといいます。深井さんは、その背景には軍国主義があり、日本の武士と同じく、普段は農業や政治をしていても戦争が起きれば皆が軍人になる点が、プライドを大切にするルーツだと見ています。
死生観にも話は及びます。カエサルには来世を否定するような言葉が残っているとされ、原子や物質で世界を捉えるエピクロス派 ── 古代ギリシャで生まれた哲学の流派。世界を原子の運動として説明し、死は感覚の消滅にすぎないので恐れる必要はないと説きましただったのではないかという説も紹介されます。
ローマ人のドライさについては、ギリシャ人との違いとして語られます。ギリシャ人の論理性が個の単位であるのに対し、ローマ人は公の単位で目に見えるアウトプットを重視し、より実利的だという見方です。中国の孫子や韓非子にも通じる実利性として話が広がりました。
論理的で、哲学的なことを重視する。論理は個の単位で働く
実利的で、目に見えるアウトプットを重視する。論理が公の単位で働く
国は滅ぶときに滅ぶ。諸行無常をどう受け止めるか
楊さんの感想は、国は滅ぶときに滅ぶのだという「地味な」ものでした。歴史を課題解決に生かすことは全然ありだとしつつ、楊さん自身は破滅思想を抱いており、今回の学びでそれを改めて味わったと話しています。
深井さんは、属州統治に入ったことで共和政と元老院がそのままではいられなくなったように、組織でも「このままではいられない」ことは必ず起こると話します。人間は基本的にこのままでいたいのに、状況は容赦なく変化を求めてくるのです。
元に戻ろうとしてるけど、多分無理なんだよね、もう。そう、その悪あがきだと思います。
深井さんは、アメリカの「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」を例に、歴史上で変化に抗えた人はいないと話します。貴族だった人が貴族でなくなるのはしょうがなく、次にどうするかを考えるしかないという、諸行無常の感覚です。
樋口さんが、年を取るほど対応力が下がり若い人が価値を出しやすい時代だと話すと、深井さんは年齢は本来関係ないと返します。同じことを繰り返して固定化されているだけで、変革が好きな人は年を取っても変わり続けられるという考えです。
深井さん自身は、共和政が維持できればよかったと考えています。共和政はよくできた現代的なシステムでしたが、都市国家型だったため、ローマが成長したことで維持できなくなりました。スッラでさえその限界を見抜けなかったといいます。
そこから深井さんは、変わる覚悟と同時に、変わることに失敗したときは誰にも恨み言を言わずに滅んでいく覚悟も持っておきたいと語ります。ガリアの指導者ウェルキンゲトリクス ── カエサルのガリア遠征に抵抗したガリアの指導者。アレシアの戦いで敗れ、降伏しましたの覚悟だと深井さんは表現しています。
深井さんは、社会問題で今までできていたことができなくなることが悪いことのように語られるが、長いスパンで見て本当に悪いかはわからないと話します。過渡期に失意のうちに死んだ人生も、それはそれで一つの完成した人生ではないか、というのが歴史を学びすぎた深井さんの実感です。
結果はコントロールできない、だからやりきる
楊さんは、そこに幸せがあるとすれば、エネルギーを出し尽くした人だろうと話します。深井さんも同意し、やりきったかどうかが大事だと応じます。
起業家とかは社会を変えるとか言うけど変えれねえから。無理です。人間に社会を変える力なんてありません。
影響は超与えれます。けど、なんていうかな、好きなようにコントロールするなんてことは絶対にできない。
深井さんは、社会を変えるという概念で向き合うと苦しみが大きいと話します。楊さんは、何百年後にその行為がどう評価されるかもわからないと付け加え、樋口さんは「KGIを成果に設定しちゃダメだと」とまとめます。
深井さんは、結果はコントロールできないという実感が、資本主義や起業家のデフォルトの考えと逆行していることに気づき、そのギャップ自体を面白がっています。
収録の最後には、深井さんが最近の回は詰め込みすぎてカジュアルさがなくなってきたと振り返り、吉田松陰回の初回のノリを思い出して少しライトにする「揺り戻し」をしたいと話します。あわせて月額サポートプランの特典と、特典メールが届かない場合の問い合わせについての案内がありました。
まとめ
カエサル編最終回は、外国人登用や共通規格の整備で「みんなのローマ」の礎を築いたカエサルが、自尊心の暴走の末に暗殺されるまでを描きます。エンディングでは、外部リソースを集める力、変化に抗えない諸行無常、そして結果をコントロールできない人間の限界が、現代の組織や生き方に引きつけて語られました。
- カエサルは外国人や属州の人々を中枢に入れ、コロニア・街道・通貨・ユリウス暦で帝政ローマの制度的な礎を築いた
- 権力の頂点で自尊心を止めるものがなくなり、終身独裁官になった翌年に暗殺された
- 後継者アウグストゥスはカエサルの失敗に学び、調子に乗りすぎないことを徹底した
- 深井さんは、外部リソースを集中できた人が主流になるという見方で、ローマ史の勝敗を説明できると語った
- 変化には抗えず、結果もコントロールできないからこそ、固執せずやりきることが大切だと語られた





