ゲムマ後に見かける「爆死しました」への違和感
番組冒頭、Manaさんはゲームマーケットの盛り上がりをねぎらいつつ、本題を切り出します。目標としていた販売数に届いた人もいれば、思ったほど売れなかった人もいる、という前提です。
そのうえで話題にするのが、イベント後にXでよく見かける発信です。
なんかこう、「爆死しました」とか、「今回全然売れませんでした、ダメでした」みたいな、そういったXの発信をポロポロ見かけるんですね。
Manaさんは、この手の発信を見ると「それなんのために言ってるの?」と厳しめに感じてしまうことがある、と率直に語ります。
個人でインディーズで動いているので、しかもXなんて自由に発信していいかなとは思うんですけども、売れなかったとか、そういったことって言う必要がないんじゃないのかな。
以前この話題をXで発信したところ、賛否両論が起きたとも振り返っています。気持ちはわかるが、言うべきではない。その理由をここから順に説明していきます。
多くの人にとって、あなたの作品は「はじめまして」
最初の理由は、購入者側の印象への影響です。予約数などをプロモーションに使える一方で、「売れなかった」という発言は逆に働く、とManaさんは指摘します。
そもそも一度の販売で、すべての人が作品を知ることはありません。遊んだかどうかまで考えれば、多くの人はまだその作品に触れていないのです。
初めて見る方にとっては新作なわけです。新たな出会いのボードゲームなわけです。
つまり旧作であっても、初めて出会う人にとっては新しい作品です。そこに「売れなかったです」という作者自身の発信が重なると、印象が大きく変わります。
初めっから売れない物っていうレッテルが貼られた状態であなたのボードゲームを見ることになってしまいます。それってめちゃくちゃマイナスだと思うんですよね。
周りが「面白い」と言っているものは安心材料になりますが、自分にとって面白いかどうかは別です。だからこそ、実際の売れ行きをわざわざ言う必要はない、というのがManaさんの考えです。
本来は「知らなかったけど面白そう」と出会えるはずの作品が、みんなが面白くないと感じて売れなかったという色眼鏡で見られてしまう。そこにマイナスがある、と話します。
「売れた・売れなかった」は、作者だけの主観
2つ目の論点は、売れた・売れないという評価があくまで主観にすぎない、という点です。同じ販売数でも、作り手の想定によって意味が変わります。
Manaさんは具体的な数で説明します。
100個作った人にとっては100個完売というのは結構売れたなって感じだと思うんですけど、初めから1000個作っている人が100個販売したとしたら売れなかったになると思うんですよ。
実際の販売個数は同じでも、背景や作者の感じ方次第で「売れた」にも「売れなかった」にもなる。だからこそ、背景を知らない人にとってはその評価自体が関係ないのです。
1万個売れたのに売れなかったって言ってる人がいたとしたら、ちょっと何言ってんのさみたいになると思うんですよ。
Manaさん自身は、1個でも買ってくれる人がいれば「売れた」と感じる、と言います。出展のたびに1個も売れなかったらどうしようという思いで臨んでいるからです。
買ってくれた人に対して失礼になる
売れなかった発信は、既に買ってくれた人への影響も無視できません。作者が「売れてない」と発信していれば、購入者はどう感じるでしょうか。
自分が面白そうと思って買ったんだけれども、実際売れてないんだこれって作者自身が発信してたとしたら、全然売れてない人気の無いものを買っちゃったんだっていう風に思ってしまうと思うんですね。
「自由なんだから言うな、というのはおかしい」という反論もある、とManaさんは認めます。それでも「言ったからといって何が起こるのか」という点を繰り返し問いかけます。
具体的な数字を出すと、主観は他人へ広がる
では「愚痴らずに、何個売れたか事実だけ言えばいいのか」という疑問が浮かびます。Manaさんはここにも注意が必要だと言います。
売れた・売れないは主観ですが、数字を出すとその主観がより顕著になります。自分が「売れた」と言うだけなら、周りは「売れたんだね」と受け取るだけです。
ところが具体的な数字を出すと、その数字に対する主観が見る人ごとに生まれてしまうのです。
「売れなかった」と言えば、周りは「売れなかったんだね」と受け取るだけで、評価は自分の中に留まる
「50個売れました」と言うと、すごいと思う人も、全然売れなかったと思う人も出て、評価が人それぞれに分かれる
それを見る人によっては、例えば50個売れましたが、すっごい売れたんだなぁこの作品って思う人もいれば、全然売れなかったんだなって思う人もいると思います。
一方で、ゲムマ後の実績レポートのように定量的な数字を出すノートは伸びやすく、作者としては参考になる、ともManaさんは認めています。ただしマーケティングの観点では別だと考えています。
数字を出していいのは「輝かしい実績」のときだけ
Manaさんは、数字を出すべきケースを一つだけ挙げます。家電製品の「愛用者何万人」のように、誰が見ても伸びているとわかる実績になっている場合です。
その数字がプロモーションに使えるぐらいの実績になっているっていう場合は、定量的な数字を出してもいいのかなと思います。
その場合も正確な数字ではなく、「約どれくらい」とある程度丸めた言い方がよい、と補足します。盛るのは論外ですが、「123個売れました」のような精密な数字も避けたほうがいい、という立場です。
これはボードゲームに限らず、一般的な仕事の上でも具体的な数字はセンシティブな内容だ、とも述べています。
愚痴は内側で。投稿前に「何のため」を考える
結論として、売れた・売れないが主観である以上、自分が「売れた」と思うなら発信していいし、購入者への感謝を伝えるのもいい、とManaさんは整理します。
一方で、「売れなかった、慰めてほしい」という発信は公の場ですることではない、と線を引きます。
自分のサークル内で話し合って次につなげていくだとか、そういうもの、ほんと内側でやるべきかなと思います。
そのうえでManaさんは、売れなかったと発信するメリットや、具体的な数字を言うメリットがあるなら教えてほしい、とリスナーに問いかけます。
最後に伝えられたのは、投稿する前のひと呼吸の大切さです。
盛り上がったイベントの後だからこそ、ネガティブな発信はあまり聞きたくない、と個人的な思いも添えて、この回は締めくくられます。
まとめ
Manaさんは、ゲームマーケット後の「売れなかった」発信を、作品と購入者、そして自分自身のために控えるべきだと語りました。売れた・売れないは主観であり、発信の仕方一つで作品の印象は大きく変わるという指摘です。
- 多くの人にとって作品は「はじめまして」であり、「売れなかった」発信は初対面でマイナスのレッテルを貼ってしまう
- 売れた・売れないは作者の想定次第の主観で、背景を知らない人には関係がない
- すでに買ってくれた人にとって、作者の「売れてない」発信は失礼になりうる
- 具体的な数字を出すと、評価が見る人ごとの主観に分かれてしまう
- 数字を出すのは輝かしい実績のときだけにし、愚痴は内側に留めて投稿前に「何のため」を考える






