テストプレイはなぜ「何回やっても多すぎない」のか
この回のテーマは、ボードゲームのテストプレイで作者が何を見ているのか、という点です。テストプレイとは、アートワークもできていない段階から、実際にゲームとして遊べるのかをプレイして確認していく工程だと説明されます。
一度も遊ばずに発売してしまうと、思わぬルールのミスや説明書の漏れ、そもそも面白くないといった事態に陥る可能性があります。それを可能な限りなくすために、テストプレイは重要だと話されています。
まず思いついた段階では、自分一人で手を動かし、頭の中でAさん・Bさん・Cさんと役割を決めてシミュレーションします。ただ、それだけでなく、別々の人が集まって実際に遊んでみることがまず重要だとされています。
最初のテストは「イメージしやすい人数」から始める
多くの場合、作者の中には最適なプレイ人数のイメージがあります。2人から5人まで対応できるゲームでも、頭の中でイメージしやすい人数があるという指摘です。
そこで、まずは自分がイメージしやすい推奨人数でプレイすることをすすめています。その後で、3人ならどうか、2人ならどうかとテストプレイを展開していく流れです。
なぜ最初のテストプレイでは説明書を配らないのか
テストに参加してくれる人が集まったあと、Mana(マナ)さんは説明書やメモ書きを配りません。配ってしまうと、説明書の出来によって参加者の理解度が変わってしまうからです。
この段階で見たいのは、ゲームの仕組みがちゃんと回るのかと、面白くなる可能性があるのか、という2点です。そのため、まずは自分で口頭でインストを行います。
この段階では説明書、自分のメモ書きであろうが配りません。配ってしまうと、説明書の出来によって理解度といったものが変わってきてしまうからです
自分でインストをする理由には、インストの経験を増やしたいことに加え、対面で人に説明する中でルールの漏れに気づけることもあると話されています。
インスト後の質問から、何を読み取っているのか
インストをした後、参加者からどんな質問が来るかを重視しています。質問が来るということは、説明が漏れていたり、ルールが理解しにくかったりするサインだからです。
一方で、質問をしない人もいます。そこで、質問した人としなかった人で、実際のプレイ時に理解度の差が出るのかを観察します。
むしろ、理解度の差は少しあった方がいいとも考えられています。実際に遊ぶ場面でも、全員が同じ理解をしているとは限らないからです。
理解度の差がちょっとあった方がいいとも思っております。実際でボードゲームで遊ぶ際も、みんながみんな同じ理解をしているとは限らないからです
質問会は、ルールの穴を徹底的につくような質問を促すことはせず、質問が途切れたらそこで終えます。遊ぶために必要な質問だけを受け止めて、実際のプレイに進みます。
作者はプレイに参加しない、その理由
テストプレイでMana(マナ)さんが徹底しているのは、自分はプレイに参加しないという点です。自分が参加すると、どうプレイングするかに頭が割かれ、周りの状況を見きれなくなるからです。
実際にプレイした場合の展開は、一人で試している段階で十分把握しています。そのため、自分が参加する意味は薄いと考えられています。
さらに、ルールも戦略も知っている作者が加わると、経験者が一人紛れ込んだ状態になり、ゲームバランスが崩れてしまいます。だからインストだけを行い、みんなが遊ぶ姿を観察することに集中します。
観察の第一のポイントは「作業になっていないか」
遊ぶ姿を観察するとき、最初に見るのは、ただの作業になっていないかという点です。過去には、つまらないテストプレイになってしまった経験もあると振り返られています。
何かを目指すための選択肢がない、無駄な動きばかりがある、といった遊びにくさや単調さがないかを強く見ます。作業になってしまうと、それはそもそも遊びではないという考えです。
関連して、各プレイヤーが自分で思考を巡らせているかも重要です。それはプレイ中の表情、プレイング、会話から見えてくるとされます。
自分ならこう動くという想定はテストプレイ前に出来上がっているため、各人がなぜその動きをしたのかを観察します。最善手を狙っているのか、よく分からずとりあえず打ったのか、まだ戦略を詰められていないのか、といった状態を見分けていきます。
序盤の作業感から、終盤の「悔しさ」へ
序盤はみんなルールがまだぼんやりしていて、ゲーム的にも準備をしている段階です。中盤になると理解度が増し、終盤に向けて勢いのつく転換期に入ります。
ここでちゃんと盛り上がり、勝ちに向けた考え方を持てるようになるかが重要だとされます。この転換にはまらないと、最後まで作業で終わってしまう可能性があります。
そして終盤の決着では、序盤から中盤のラグのために、思ったようなプレイングができないまま終わります。その時に「もうちょっとああすればよかった」という後悔を持ってもらえるかを見ています。
この後悔がリプレイ性につながると考えられています。「OK、お疲れ様」で終わるのではなく、感想戦が自然に起こり、「もう一回やってみよう、今のは練習ね」となる状態を目指しています。
あ、これだったらあの時ああやった方が良かったよねだとか、そういった会話とかが自然と起こる
ルールミスをあえて許容する2つの狙い
テストプレイではルールミスも当然発生します。インストしてすぐ遊んでもらうため、ルール違反も起こります。ゲームが崩壊するようなミスはその場で指摘しますが、それ以外のミスには寛容だと話されています。
これはあえてです。ミスをしても他でカバーでき、ゲームとして成り立つかという、ゲームの耐久度を測る狙いがあります。
もう一つの狙いは、参加者が自然と本来と違うルールに沿っていく現象を見ることです。作者から見れば明らかなミスでも、そちらの方が遊びやすかったり、新しい発見があったりします。
意外とみんなそっちの方が遊びやすかったりだとか、そういう発見があったりするんですね
ミスが連発するのは、インストを聞いた人にとって理解しやすく、プレイングしやすく、考えが繋がりやすい動きだということでもあります。遊び終わった時に、自分が思っていたルールとは違うゲームになっている場合もあり、それ自体が気づきになります。
作者の思いを押しつけず、みんなが遊びやすい方向を考えると、そちらへ寄せた方がいいこともあります。後で本来のルールを伝えてもう一度遊んでもいいですし、良いと感じればブラッシュアップに反映していきます。
感想は鵜呑みにしない、表情と会話から読み解く
観察に加えて、会話や表情から読み解くことも重視されています。その前提として、人は嘘をつくものだという見方が語られます。
これは意図の有無に関わらず、自分の感じたことを言語化して正確に伝えられる人自体が稀だ、という意味です。関係性や、波風を立てたくない性格から、面白くない・こうした方がいいという本音は言われにくいとされます。
そのため感想は聞くものの、それを話し合うきっかけとして扱い、言われた感想そのものはダイレクトには受け取りません。感想戦の中の表情や話す内容から、本当に楽しんでもらえたのかを判断します。
正しいルールを共有すると、こうした方がいいというアドバイスや否定的な意見もたくさん飛んできます。予想通りのこともあれば、意外な意見もあります。
改善のためのアドバイスは、時間があればそのルールで試すこともあります。ただ、最終的にどのルールを採用するかは作者自身が決めるべきだと考えられています。人の意見に流されるだけでは、芯のあるゲームにならないからです。
人の意見に流されているだけですと、なかなか自分が狙ったような芯のあるゲームといったものはできなくなります
何事も鵜呑みにせず、遊んでいる姿を見て自分が何を感じたのかを重視します。それが自分の与えたいものでなければ、与えられるように改善していく必要があると話されています。
ルールが固まったら、説明書だけで遊べるかを試す
ここまでは、口頭インストによってゲームの耐久度や面白さを確かめ、ルールを完成させていく過程のテストプレイでした。この段階では説明書にする必要はないとされています。
これを繰り返してルールが完成したら、今度は自分がインストしなくても遊べる状況を作る必要があります。販売後は全員の家に作者が行けるわけではないため、ここで説明書が重要になります。
そこでルールが完成したら説明書を一気に仕上げ、次は自分が一切インストせず、説明書だけで楽しく遊んでもらえるかをテストします。
この素読みのテストは、普段そのジャンルを遊ばない人にやってもらうのが良いとされます。よく遊んでいる人は脳内で補完してしまい、説明書が正しくても違う解釈をする場合があるからです。
口頭インスト期
説明書を配らず作者が口頭で説明。仕組みが回るか、面白くなるかを確かめてルールを固める
素読み検証期
ルール完成後に説明書を仕上げ、作者がインストせず説明書だけで遊べるかを検証する
経験者にも素読みしてもらうことは、誤った解釈を潰すために重要です。ただ、最初に説明書の理解度を測るには、そのジャンルを普段遊ばない人が一番だと考えられています。それでも求める体験を与えられた感触が得られて、ようやくテストプレイは成功と見なされます。
なぜアートワークなしの「雑な状態」で持ち込むのか
よく聞かれる質問として、コンポーネントをどの段階でテストプレイすべきか、という話題が挙げられます。Mana(マナ)さんは、最初はアートワークや世界観なしでプレイしてもらうと答えています。
紙にマークだけ、点数だけ書かれているといった、遊べる最低限の状態です。そうする理由は、サクッとできるスピード感に加え、余計なノイズを発生させず、ゲームの仕組みとルールに特化して検証できるからです。
正直あのテストプレイしてる人たちは全然ワクワクしないし、そんなもの、またこういうテストプレイのやつなのかよって思われるのかもしれないですが、ほんと雑な状態で持っていきます
この雑な状態で、まずゲームの仕組みとして面白いのかを徹底的に叩きます。アートワークや世界観は、その上に乗ってくるものだという位置づけです。
アートワークの役割は、没入感の演出だけでなく、遊びやすさの調整にもあります。得点が認識しやすいか、手札で持ったときに情報が隠れないか、といった点を整えるのがアートワークの作業だとされます。
世界観は、なぜそのルールになっているのかを下支えし、没入感に寄与するために重要です。そこまで到達すれば作者としては狙い通りで、テストプレイというより、プロトタイプによる試遊の段階に移った方がいいと話されています。
プロトから製品へ、テーマや世界観が変わっていく面白さ
ゲームシステムだけに特化した状態でテストプレイするため、協力した人は最終的な製品を見て驚くことが多いといいます。想像と全然違う世界観やアートワークになっているからです。
前半のインスト時になんとなくのテーマを話すこともありますが、それがそのまま製品になることはほとんどありません。最終的にはテーマや世界観も変わっているとのことです。
Xでもこういう世界観で作っていると発信することがありますが、その話をしなくなったら、没になっているか、全く違う世界観の別作品として発表されているパターンもあると明かされています。
なんか最近その話しなくなったなって思ったとしたら、没になっているのか、実は全然違う世界観で違う作品として発表されている、そういったパターンもあったりします
今後は、プロダクト化までのヒストリーをまとめられたら面白いと構想が語られます。プロトの段階と実際の製品を見比べる楽しみもあるためです。締めくくりとして、テストプレイはこだわってしっかり観察してやっていくべきだと改めて強調されました。
まとめ
テストプレイは、ゲームの仕組みが面白いかを固める口頭インスト期と、説明書だけで遊べるかを確かめる素読み検証期の2段階に分かれます。作者はプレイに参加せず、作業になっていないか、終盤に悔しさが生まれるかを観察し、感想は鵜呑みにせず表情と会話から本音を読み解くのが要点です。
- 最初のテストは説明書を配らず、作者が口頭でインストして理解度と質問の出方を観察する
- 作者はプレイに参加せず、作業感の有無や各人の思考、終盤の盛り上がりと後悔を見る
- ゲームが崩壊しないルールミスはあえて許容し、耐久度と「遊びやすい方向」の発見材料にする
- 感想はきっかけとして扱い、最終的にどのルールを採用するかは作者自身が決める
- 序盤はアートワークなしの最低限で仕組みを検証し、ルール完成後に説明書の素読みを試す





