なぜレーシングスーツの話が「セーター」から始まるのか?
今回のテーマは、MotoGPライダーが着るレーシングスーツです。タイトルにある「セーターから始まったウェアの進化」を、女性ホストは「釣りでは?」と疑いましたが、男性ホストは事実だと説明しました。
紹介されたページによると、1900年代のバイク黎明期から1920年代にかけて、ライダーは厚手のニットに乗馬用パンツ、編み上げブーツという姿でした。レザージャケットは簡単には買えなかったようです。
当時はバイクに乗ること自体が珍しく、おしゃれをしてデートやピクニックに出かける人もいたそうです。男性ホストは、今の時速350キロとは違うものの、長袖、長ズボン、グローブにヘルメットという装備には心配が残ると話しています。
バイクレースが始まった当時はウールのニット、つまりセーターを着ていたようです。
この回は、そのセーターが高機能なレーシングスーツになるまでを、時代順に追っていきます。
レザーからワンピースへ、そして義務化へ。背中のコブの意外な出自とは?
最初の転換点は1928年です。ニューヨークのアービング・ショットが、世界で初めてバイク専用のレザージャケットを作りました。
1930〜40年代には、厚手の牛革のジャケットとパンツを上下セパレートで着るようになります。1950年代には、当時の世界チャンピオン、ジェフ・デュークのために世界初のワンピースのレザースーツが作られました。
ただ、この時点では着用はまだ義務ではなく、着たい人が着る段階でした。GPレースでワンピースのレザースーツの着用が正式に義務化されたのは、1970年代後半です。
1972年には、イタリアのダイネーゼが創業しました。ダイネーゼは、背中のコブも生み出したブランドです。
女性ホストは、コブは空力のためだと思っていました。しかし1988年に登場したコブは、最初は背骨(胸椎)を守るプロテクターの発展形でした。
その後、コブ付きのスーツを着た選手が、高速走行中に頭のブレが減り、首の筋肉の疲労が軽くなることに気づきます。1990年代半ばにかけて、風洞実験でコブの形が空力的に最適化されていきました。
生まれと育ちが違うって、なんだか人間っぽいですね。
ケブラーから2007年のエアバッグへ。コブの役割はどう増えたのか?
1990年代は、素材が大きく変わった時代です。ケブラーをはじめとする新しい繊維素材が導入され、最初期の安全規格も整備されました。
規格を詰める過程で、肩・肘・膝などの関節は硬いプロテクターでピンポイントに守り、筒状の腕や足は、あえて曲がることを許して衝撃を分散させる、というゾーンごとの設計ができあがりました。
2002年には、2ストローク500ccクラスが4ストローク化し、今のMotoGPという名前になります。そして2007年に、ダイネーゼが世界で初めて統合型のエアバッグシステムを導入しました。
現在の最新スーツでは、コブの中にエアバッグの制御ユニット、加速度センサー、ジャイロセンサーといった電子機器が入っています。コブは、プロテクターから空力パーツ、そして電子機器を収める部屋へと役割を増やしてきました。
MotoGPでは使われていませんが、耐久レースでは、コブを水筒代わりのウォーターバッグにして、チューブで水分補給をすることもあるそうです。
1988年
背骨(胸椎)を守るプロテクターの発展形として登場
その後
頭のブレや首の疲労を減らす効果が見つかり、風洞実験で形を最適化
2007年以降
エアバッグの制御ユニットやセンサーを収める
2018年には、MotoGP、Moto2、Moto3の全クラスでエアバッグの搭載が義務化されました。ダイネーゼが初めて開発した2007年から、11年後のことです。
翌2019年には、日本のクシタニがMoto2、Moto3クラスへの提供を始めます。クシタニは1947年に静岡県浜松市で創業した老舗で、MotoGPクラスに日本のつなぎメーカーとしてフル参戦するという夢を長年持っていたそうです。2019年の参入は、その一歩でした。
ザルコとアレックス・マルケスの事故から、今のスーツの限界と成果を探る
現在のスーツを考えるために、男性ホストは今年5月のカタルーニャGPでの二つの事故を取り上げました。いずれも怪我の詳しい説明は避けています。
LCRのヨハン・ザルコ選手は、ライダー生命を脅かすほどの事故に遭いながら、先週のアラゴンGPで復帰し、レースでいきなり速さも見せました。
男性ホストによると、エアバッグは投げ出されるタイプの衝撃には強い一方、部分的な保護であり、足がバイクに巻き込まれてねじられるような力には効果が少ないといいます。技術が進んでも、まだ守れない種類の事故があるという話です。
グレシーニのアレックス・マルケス選手は、入院してレースを欠場しました。ただ、衝突してから投げ出されて転がるという、脊髄損傷など最悪の事態につながりやすい衝撃パターンの中で、致命傷は避けられています。
アレックスの場合は、現在のハイテク化した安全装備が機能したパターンで、怪我をゼロにすることはできなくても、致命傷は防ぐことができたと言えると思います。
女性ホストは、今の安全装備は完璧ではないけれど、確実に助けにはなっていると受け止めました。
足がバイクに巻き込まれてねじられるような力には、エアバッグの効果が少なく、守れない種類の事故がある
衝突後に投げ出されて転がる最悪になりやすいパターンでも、安全装備が機能して致命傷は避けられた
転倒していないのに、なぜエアバッグが作動したのか?
男性ホストは冒頭の「スーツ自身が判断して形を変える」という話を回収しました。今年8月、イギリスGPのスプリントレースで、マルク・マルケス選手がリアタイヤの大きなスライドを起こした場面です。
このときエアバッグは作動しましたが、転倒はせずに踏みとどまっていました。
四輪車では、センサーが強い衝撃を検知した瞬間にエアバッグが作動するようです。しかし二輪車では、センサーが衝撃を検知した時には、すでに人体も衝撃を受けていることがあります。
そこで背中のコブの電子機器が転倒を予測し、衝撃を受ける前にエアバッグを作動させます。男性ホストは、マルク選手の場合は人間の能力がスーツの判断を超えた例かもしれないと話しました。
センサーが強い衝撃を検知したら、瞬時にエアバッグが作動する
衝撃を受ける前に、コブの電子機器が転倒を予測して作動させる
転倒しなかったのに転倒と判断した条件のデータは集められ、スーツのバージョンアップにつながります。ザルコ選手やアレックス選手の事故からも、改良が進められるといいます。
小椋藍選手とクシタニは、エアバッグ対応スーツをどう育てたのか?
小椋藍選手とクシタニの関係は、2017年、Moto3昇格前のシーブ・レプソルを指していた頃に始まりました。
あるインタビューで、なぜMotoGPでクシタニを使うのかと聞かれた小椋選手は、日本製だからという意識は特にないと答えています。無名だった頃から支えてくれた存在と、いつか世界の大きな舞台で一緒に走りたいと漠然と思っていたことが、MotoGPで実現して嬉しいという理由でした。
男性ホストは、ずっと寄り添ってくれるパートナーのような存在だと感じたそうです。女性ホストは、損得ではなく恩返しだと受け止めました。
2018年にエアバッグが義務化され、2019年にクシタニがMoto2、Moto3へ提供を始めたため、クシタニはエアバッグ対応スーツを用意する必要がありました。持っていなかったクシタニはエアバッグ内蔵スーツを開発し、実戦で最初に使ったのが小椋選手です。
そこから、スーツとエアバッグのフィッティングを一緒に改良していきます。エアバッグは膨らむので、スーツには余裕が必要です。しかし、レースは0.01秒を競う世界で、ブカブカだとライディングの邪魔になります。
普段はタイトでありながら、エアバッグが作動した時にはそれに合わせて膨張する。それを一つのサイズで実現する必要がある。
ほかにも、エアバッグが内蔵されてから転倒時に地面に触れる部分が変わり、破れないように革の縫い合わせ位置を変えました。内側の内装の素材も、エアバッグに合わせて変更したそうです。
こうして実戦で改良を重ねたスーツは、市販品の「ネクサス3」として登場しました。小椋選手が着ているものと同じものを買えるそうです。男性ホストは、レースの現場と市販品が行き来しながら育っていると話しています。
本田宗一郎の「走る実験室」は、今も生きているのか?
最後に男性ホストが紹介したのは、本田技研工業の創業者、本田宗一郎の言葉です。1967年にホンダの社内報に載ったもので、F1は勝負や宣伝のためだけでなく、走る実験室として出場し、そこで生まれた知恵を次の車に取り入れていくものだと語っています。
男性ホストは、この言葉を昔話のように受け取っていたそうです。しかし、レーシングスーツの歴史を調べて、実は今でも走る実験室は残っていると気づいたといいます。
レースは勝ち負けだけの場所じゃない。そこで得られた知恵が、レースを見ていない人の安全にも確実につながっている。
女性ホストも、走る実験室という言葉の重みが違って聞こえると話し、実験しているのはスーツだけではないとも指摘しました。レースの見方が変わりそうだ、という感想で締めています。
まとめ
レーシングスーツは、セーターから始まり、レザー、ワンピース、エアバッグへと進化してきました。その歩みは、レースで得た知恵が市販品や安全に生かされる「走る実験室」の姿そのものだったと、この回は伝えています。
- 黎明期のライダーは、ウールのニット(セーター)を着ていた
- 1928年にショットが初のバイク専用レザージャケットを作り、1950年代にワンピース、1970年代後半に義務化へ進んだ
- 背中のコブは、プロテクターから空力パーツ、電子機器の収納へと役割を増やした
- エアバッグは2007年にダイネーゼが導入し、2018年に全クラスで義務化。転倒を予測して作動する
- 小椋藍選手とクシタニの開発は、市販品「ネクサス3」につながり、レースの知恵が市販品に生きている






