なぜ「断ったほうが信用が貯まる」のか
番組は、玉置さんが主宰するキャリア逆転塾ヒトハタの根っこにある「幸せに働く人を増やしたい」という思いから始まります。
仕事と幸せは反比例するものと捉えられがちだと玉置さんは言います。我慢して耐える仕事と、充実したプライベート、という分け方です。
そうではなく、働くこと自体の中でなるべく幸せに働くために、能力もスキルも考え方も必要だ、というのが出発点だと話されています。
入塾者との面談を重ねるなかで、玉置さんは「断れない」ことに起因してつらい思いをしたり、不利な状況に陥ったりしている人が多いと感じるようになりました。
断れない人って、体を拘束されて「イエスと言え」って脅されてるわけではないんですよ。事実的に断ってないんですよ。
断らないだけで、断れないわけではない。それでも本人の中では「断れない」になっている、と玉置さんは指摘します。
断れない人が想起する6つのマイナス
そのマイナスとは何か。玉置さんはAIとのディスカッションを通じて、およそ6つに集約されると整理しています。
1つ目は関係性へのマイナスです。断ると嫌われる、相手の機嫌を損ねる、信頼を裏切る、といった想起で、子どもの頃からの人間関係に根ざしていると話されています。
2つ目は将来の機会へのマイナスです。次は誘われないのではないか、話が他の人に持っていかれるのではないか、「どうせ断られる」というラベルを貼られるのではないか、という不安です。
3つ目はチームやコミュニティでの立ち位置です。「協力しない人」「私たち側じゃない人」と見なされ、群れから外されることへの怖さです。
ここまでが関係性や機会の話で、ここからは自分寄りの話になります。
4つ目は自己像へのマイナスです。「いい人でありたい」「引き受ける人でありたい」という自己イメージを持つ人は、断ると罪悪感を覚え、相手を失望させたくないと感じます。
5つ目は断ること自体のコストです。断る理由を考える手間、気まずい空気、後で会ったときの気まずさ。断ることがカロリーの高い行為になってしまっている状態です。
6つ目は可能性を閉ざすことへの後悔です。引き受けていたらいいことがあったのではないか、という欲張りな心理だと玉置さんは言います。
これらは条件反射的に浮かぶ思考の癖であって、じっくり考えた結論ではない、と玉置さんは前置きします。
嫌われるのは「断ったから」ではなく「断り方が雑」だから
関係性へのマイナスを解像度高く見ていくと、玉置さんの見方は明快です。
普段からチームワークを大事にしている人が一件断ったからといって、いきなり「チームワークを無視するやつ」とはならない、と玉置さんは言います。
普段の行動で信頼残高が積み上がっているからです。100万円の信頼残高があれば、そこから1マイナスになっても大した話ではありません。
仮に信頼残高が減ったとしても、それを超える信頼を積めばよい。つまり関係性のマイナスは、ほぼほぼ幻想だと話されています。
岡島さんは、極端な例で応じます。結婚式の誘いに「だるい」と返したり、飲み会に「意味ないでしょ」と返したりすれば、それは確かに嫌われる、と。
一方で「ごめん、その日はちょっと」「本当は行きたいんだけどね」といった断り方には作法がある、という点で2人は一致します。
断り方ってもう作法があるので、そこだけちゃんとやってれば。
最悪の断り方は「行けたら行きます」
玉置さんが最悪の断り方として挙げるのが「行けたら行きます」です。
「私は断っていない、最大限努力する人間だ」とアピールしながら、幹事や他の人のことを考えていない言葉だと玉置さんは言います。
岡島さんは、自分が誘う側になることが多いと明かします。店の予約人数や、誰を呼べるかの調整など、あらゆる場面で困らされるのが「行けたら行きます」だと共感します。
本当に行きたいイベントに「行けたら行きます」とは答えない。学生の頃は言いがちでも、社会人では避けたほうがいい、というのが2人の結論です。
では、本当に忙しくて来られるか分からない人はどうするのか。岡島さんの問いに、玉置さんは具体例で答えます。
6時半まで取材の予定があって長引くかもしれない。何もなかったら行かせてください、でもご迷惑だったら行かないで処理してくれて大丈夫です、みたいにすごく丁寧に説明してくれるんですよ。
ここまで誠実に説明されると、断られても嫌な気はしない。むしろ「誠実な人だ」と感じ、次の場を設定しようという気持ちになる、と話されています。
自分を守る言葉。幹事は人数を読めず困る
予定と条件を丁寧に伝える。断られても好印象で次につながる
何でも引き受ける人が、なぜ雑に扱われるのか
断れない人は「次は声がかからないかも」と恐れますが、玉置さんによれば、誠実に対応する人にはむしろ次も声がかかります。
逆に、頭数合わせでも喜んで引き受ける人は、雑に扱われる可能性があると指摘します。
玉置さんは自身の経験も語ります。ジェンダーギャップの激しい時代、女性の数合わせで「おじ様たちの集まり」に誘われることがあったといいます。
そうした誘いに次も声がかかってほしいかといえば、かかってほしくない。だったら断って「呼んでも来ない人」と思われたほうがいい、というのが玉置さんの立場です。
だからこそ、断る相手が自分をどう扱っているかを見たほうがいい、と玉置さんは言います。誰でもいいから投げているのか、あなたにやってほしいのか、その違いを見極めることです。
「いい人」の定義を書き換える
自己像へのマイナスについて、玉置さんは「いい人」という定義そのものを見直すよう促します。
何でも引き受ける人が「いい人」なのか。本当にいい人とは、相手に誠実に向き合う人ではないか、と問いかけます。
いい人でいたい人は、相手の価値観の中で生きて消耗してしまう。自分のキャパシティを超えてまで相手を優先する理由は、ほとんどの場合ないと話されています。
無理な約束をして果たせなくなれば、誰も幸せにならない、と玉置さんは言います。
岡島さんもここで、社会人1年目の反省を語ります。営業が取ってきた仕事を「やるやつ枠」として抱え込み、他の担当がいなくなって「僕しかできない」と言われた末に、自分がパンクした経験です。
営業が「せっかく取ってきたんだから、これやんないとダメだからやれよ」っていうのに対して、「できる範囲でしかできないんで無理です」って言わないといけなかったんですけど、言えなかったんですよね。
課題の分離――それは本当にあなたの課題か
当時断れなかった理由について、玉置さんは「課題の分離」を考えるべきだったと指摘します。
上司が「お前にやってもらわなきゃ困る」と言っても、それはもともと部署の課題であり、部長の課題です。引き受ける義務はない、というのが玉置さんの見方です。
そういう体制を作ってる管理側の時点での課題なので、僕が責められる謂われは多分全くなく。
ただし「私は知りません」と突き放すと、そこはもうチームではなくなってしまう。だからギリギリのラインは、仕事を振る人と自分の共通の課題として扱うことだと玉置さんは言います。
自分から100%引き受けに行くのではなく、共通の課題として一緒に解決策を考える立ち位置に立つ。それが望ましい姿勢だと話されています。
玉置さんは、罪悪感を持つ人ほど断ることのコストを重く見がちだとも指摘します。相手の課題を引き受けてしまう人は、頑張らないと押し戻されるため、断るのに大きなエネルギーを要するのです。
だからこそ、断る技術や型を持っておけばカロリーが下がる、と玉置さんは言います。
この人の言うことは断らない、と先に決めておく
6つのマイナスの多くが幻想だと分かったうえで、玉置さんはもう一つの判断軸を提案します。
本当に忙しい人ほど、この基準で動いている、と玉置さんは言います。断らないと決めて動く人は信頼でき、結果的に断られても嫌な気がしません。一生懸命推進しようとしてくれたことが伝わるからです。
一方で注意すべき相手もいます。罪悪感を刺激してくる人や、断ると自分を加害者のように扱ってくる人です。
相手のことを考えずに支配しよう、思い通り動かそう、自分が利益を取ろうとしてる人の典型的な動き方なので、そういう人とはもう付き合わなくても大丈夫です。
玉置さんは、こうした相手をギバーではなくテイカーと表現します。どう思われようが構わない、ノーと言ったほうがいい相手だと話されています。
断り方の技術――まず自己定義を書き換える
ここから玉置さんは、うまく断るための具体的な方法に入ります。最初にやるべきは、テクニックではなく自己定義の見直しです。
ここを見直さないと罪悪感が芽生え、頼む側はその罪悪感につけ入る、と玉置さんは言います。
「頼まれたら断らないのがいい人」「断らないのがプロ」といった定義に反するから罪悪感が生まれる。この定義を書き換えるのです。
断らないのがいい人/断らないのがプロ/みんなと仲良くするのが大人
自分のキャパに誠実な人が本当にできる人/何を受け何を断るか選ぶ力がプロ/誰からも好かれるわけじゃないと知るのが大人
新しい定義にすれば、断ることで自己肯定感が上がる、と玉置さんは言います。誠実な行い、プロにふさわしい行動をした、という結果になるからです。
この書き換えを先にやらないと、テクニックでその場をあしらっても罪悪感が残り、翌日に過剰に謝ってしまう、と話されています。
相手の自尊心を傷つけない断り方の順番
自己定義を整えたうえで、玉置さんは断る技術をコミュニケーションの基本だと位置づけます。
言いづらいことを言う時こそ、やっぱり技術が必要になってくる。断るっていうのはやっぱその中の割と最大のものだと思うんですね。
ポイントは、相手の自尊心を傷つけないことです。「バカなことをした」「迷惑をかけた」と相手に思わせないように断る、と玉置さんは言います。
まず、声をかけてくれたことへの感謝や受け止めを伝えます。「思い出してくれて嬉しい」と相手の意図を汲むところから始めます。
次に、すぐに明確な断りの意思を示します。「今回はお受けできません」ときっぱり伝えることです。
玉置さんが避けるべきとするのは、「ちょっと難しいかもしれなくて」ともごもご言うことです。押せばいけると誤解させてしまうからです。
理由は断った後に、短く述べます。先に理由を話すと言い訳がましく聞こえるためで、方針・優先順位・物理的な制約など、相手も納得できる基準で説明するとよいと話されています。
理由を長く話さない、謝りすぎないことも鉄則です。「すみません」を繰り返すと相手が悪者になり、聞いている側は被害者のポジションを持ってしまう、と玉置さんは指摘します。
代替案を添えれば、断っても信頼は増す
最後に大事なのが、断るだけで済ませず代替案を添えることだと玉置さんは言います。
自分は残業超過で引き受けられないが「誰々さんなら余裕があるのでは」と示す。全面的には無理でも「この部分だけなら責任を持てる」と切り分ける。こうした提案です。
食事の時間は取れなくても、電話での相談なら乗れる、次の機会にぜひ声をかけてほしい、といった別の軸での協力姿勢も示せます。
- 他の余裕のある人を紹介する
- 引き受けられる一部分だけ切り分けて担う
- 次の機会や別の形での協力を提案する
このステップで誠実に話せば、断ることでかえって信頼関係が増す、と玉置さんは言います。
ここまで言って断られて怒ってきたら、もう大人じゃないとしか言いようがないじゃないですか。
一方でやってはいけないのが嘘をつくことです。嘘を話すときは自分が自信を持てず、誠実な印象がつかないからだと話されています。
謝りすぎ、話しすぎ、そして「検討させていただいて」といった曖昧な先延ばしも信頼を失う。はっきりダメと伝え、未来の関係性を残すほうがよい、というのが結論です。
断ることと、背伸びして成長することのバランス
岡島さんは、この40分ほどの話で自分の中の考えが変わったと振り返ります。受ける・受けないを選んで断れるほうがプロである、という言葉が特に響いたと語ります。
玉置さんも、自分が信頼するのは明確なラインを持って断れる人だと重ねます。断れる人のほうが、頼んだ仕事は確実にやってくれると知っているからです。
断れない人は、どこかで相手が崩れたときに自分が加害者扱いされることを知っているから頼みにくい、とも話されています。
いつも「頑張ります、やります、大丈夫です」って言ってたら、体を壊しても気づけないですよね。
ただし玉置さんは、断ることとセットで覚えてほしい点を付け加えます。許容範囲を狭く取りすぎると成長に鈍くなる、ということです。
岡島さんは、決定的な崩壊は避けつつ、全体のキャパを見ながら少し怪しい仕事にも挑戦していくバランスだと言い換えます。
育てようとする上司は、部下がどこまで背伸びできるかを見て仕事を任せることもある。だからこそ「この人の言うことは信じてみる」と決めたら一旦信じてみるのもありだ、と玉置さんは話します。
むやみに何でも断ればいいわけではない。ただ、断れずに自分を消耗するのが一番いけないので、そこでは断りましょう、というのがこの回のまとめです。
まとめ
断ることのマイナスは、じっくり考えるとその多くが幻想です。嫌われるのは断ったからではなく断り方が雑だからで、自己定義を書き換えれば罪悪感なく断れるようになります。そのうえで、感謝・明確な意思・短い理由・代替案という順番で誠実に断れば、断ることでむしろ信頼は積み上がります。
- 「断れない」は事実ではなく思い込みで、その裏には6つのマイナスの想起がある
- 嫌われる原因は断ることではなく断り方の雑さ。普段の信頼残高があれば一件断っても揺らがない
- 何でも引き受ける便利屋は雑に扱われる。相手が自分をどう扱っているかを見極める
- 「いい人」「プロ」の定義を書き換えれば、断ることで自己肯定感が上がる
- 感謝→明確な断り→短い理由→代替案の順で、自尊心を傷つけず信頼を積む
- 断ることと、少し背伸びして成長することのバランスを自分で見極める




