服もメガネも被った、初のビデオポッドキャスト
「ハートに火をつけろ」は、創業期のスタートアップに投資するベンチャーキャピタルANRIの代表・佐俣アンリさんが、起業家精神を持つゲストの「熱」を掘り下げる番組です。今回は番組初のビデオポッドキャストで、ゲストはアル株式会社代表のけんすうさんです。
収録場所は、ANRIのオフィスで投資先の起業家がロングミーティングに使う景色のいい部屋です。ところが二人が並ぶと、服がまるごと被っていました。
まずメーカーが同じだし、なんならそのロールアップシャツっていうシリーズも同じで、同じ柄持ってるけど、ギリギリ無地の方にしたっていう。
ブランドは、佐俣さんいわく「割とマイナーで被るブランドじゃない」ポータークラシックです。メガネの形も、すぼまるタイプのパンツもほぼ同じで、佐俣さんは以前上下完全に被り「お前らなんでペアで来てるんだ」と言われたこともあると明かします。
けんすうさん自身が「多くの人にとってはどうでもいい話」と笑うこの導入を経て、本題は「ビデオポッドキャストを始めた番組を今後どうしていくか」という作戦会議に移ります。
なぜ今、テキストの王様が「音声」なのか
けんすうさんは現在、限界突破ライフハック、幻会議など自身が関わる番組を5つ持ち、そのうち4つが週次更新、1つは週4回更新です。さらにポッドキャスター向けサービス「Pody」を開発しており、全ての時間をこの2つに集中させているといいます。
佐俣さんは「みんな絶対勘違いしてるけど、ポッドキャスト事業なんだよね」と補足します。けんすうさんも趣味ではなく事業だと強調し、その先には日本のメディアが衰退していくことへの危機感があると話します。
テキストメディアやコミュニティの専門家だったけんすうさんがなぜ音声なのか、という佐俣さんの問いに、けんすうさんは「テキストが読まれない」ことは認めつつ、音声推しというわけでもないと答えます。
やっぱ音声を元にすると、テキストとかショート動画とか、いろんなものがめちゃくちゃ作れるっていう(のが大きい)。
佐俣さんはこれを、ジャンプで漫画が出るとゲームも出せるように、コンテンツの起点が音声だと理解します。けんすうさんによれば、YouTubeは動きに頼る部分がテキスト化しにくい一方、音声ならテキストにできるといいます。
音声
専門家が1時間ほど得意なことを話す
記事化
Podyで高品質な記事に変換する
展開
テキストやショート動画などに広げる
Podyはポッドキャストを読み込むと高品質な記事を作れるサービスで、招待制の段階ですでに4000〜5000記事ほどになっているそうです。けんすうさんが以前運営したメディアは、必死に作って最終的に10万記事ほどでした。
音声の強みは、農家が農業を語る、オペ室の人がオペを語るといった、今までなかったコンテンツが生まれる点にあります。佐俣さんも、BCG元日本代表の杉田さんとファーム経営の話だけをした回を例に挙げます。
喋るんだったら1時間ぐらい人は喋れるけど、ファーム運営について記事書けって言われても、めっちゃ大変な上に、読む人3000人だと、やらなくていいやになっちゃう。
ただ、音声を高品質な記事にするのは非常に大変でした。佐俣さんが「ChatGPTがいるだけじゃダメなの?」と聞くと、けんすうさんはプロンプトが全部で10万文字以上あり、日々修正していると答えます。
9年ほど前からアルに投資している佐俣さんは「いまだによくわかってない」と笑いつつ、ANRIのXをPodyに手伝ってもらった結果、日本のVCで一番見られるほどになり、投資先の採用などの応援にもつながったと語ります。
「やりたい情熱×国内トップ」の掛け算にたどり着くまで
けんすうさんは、投資先の面白い情報が社内に眠ったまま出せていない状況を解決したいという欲求が強すぎて、これは天職かもしれないと話します。
やりたい情熱があるのと、自分がめちゃくちゃ多分これ国内トップでできそうだなっていうのの掛け算でないと、スタートアップうまくいかないんだろうなっていうことにようやく気づきました。
市場、戦略、やり方といった要素を重視して遠回りした結果、自分の性質とやりたいことの掛け算が最大でなければ成功しない厳しい世界だと気づいたといいます。
けんすうさんは漫画を例に挙げます。漫画好きとしては100点でも、漫画サービスを作ると70点しか出せないとき、市場の大きさやグローバル展開を理由にやるべきだと思い込んでしまう失敗をしてきた、と振り返ります。
佐俣さんは、令和トラベルの「旅バカ」やNOT A HOTELの「ホテルバカ」に投資していると応じます。漫画スタートアップのオレンジでは、他の株主が反応しない『鉄拳チンミ』翻訳の意義を説明する「翻訳の仕事」をしているそうです。
数字を見るのをやめた番組は、このままでいいのか
ここで佐俣さんは本題の相談に入ります。「ハートに火をつけろ」を2年以上続けるなかで、始めて半年ほどでアナリティクスなどの数字を見るのをやめたといいます。
私が会いたい人と私がしたい話をしようと。さらに言うと、やっぱアナウンサーじゃないし、聞くプロじゃないから、その丁寧に聞くみたいのやめようと。
けんすうさんはこの方針を「めちゃくちゃ正しい」と評価します。リスナーを意識して「そもそもポッドキャストとは」から聞き始めると、調べればわかることに時間を使ってしまうからです。
(そんなのは)調べりゃいいし、時間使うのもったいないから、よりそのアンリしか引き出せないレベルの話をしないと意味がない。
けんすうさんは、LINEヤフー元会長の川邊さんのイベントでファシリテーターに呼ばれることが増えた理由も、普通の司会者だと「AIで人はどう変わりますか」といった浅い質問になりがちだからだと話します。
たとえばYahoo!のSNS「Yahoo!Days」はFacebook対抗と言いつつ中身はmixiだった、という所まで聞かないとつまらない、とけんすうさんは言います。担当した人物がのちにFacebookの日本副代表になったという話もマニアックすぎて広げなかったと笑いますが、そういう表に出ない話にこそ価値があるという見方です。
「内容は分からなくていい、熱を感じろ」という聴き方のルール
とはいえ佐俣さんは、プロに制作してもらっている以上、もう少し多くの人に聴かれたいとも感じています。全回聴いているという限界突破ライフハックがなぜあれほど聴かれるのか、けんすうさんに尋ねます。
要は限界突破の話をするが、この中身についてはわかんなくていいと。思考のプロセスを聞いてほしいみたいな設定にしてるから、ちょっと数字が出やすいっていう。
佐俣さんは、どのチャンネルにも初期のルールがあると気づきます。幻会議も冒頭に「1週間で消える」「誹謗中傷すると66万円取る」という呪文のようなルールがあり、その世界観の中では何でも話せる設計です。
誹謗中傷訴訟の経験がある二人によれば、66万円は和解するとそのくらいになる現実的な額で、500万円だと逆に「払わせる気がない」と思われるそうです。
けんすうさんは、ビデオ化したこのタイミングで、番組の冒頭にどういう心持ちで聴けばいいかを毎回伝えることを提案します。
佐俣さんは即座に「それでいこう」と応じます。業界にどハマりしたプロがなぜそれを熱いと思うのかは、聞き手の佐俣さん自身にもわからない、でもそれが楽しいのだといいます。
事業には興味がない、見たいのは「言語化される前の世界」
佐俣さんは、起業家と会っても事業そのものには興味がないと言い切ります。事業に興味があったら、芸能事務所とホテルと薬とAIに同時に投資などしないという理屈です。
事業はその人が一番詳しいので、私たちはわからないなりに勉強して聞きますと。ただ、あなたが見ている世界線の中で、まだ言語化すらうまくできてない世界に何があるのか。
けんすうさんは、それをリスナーにもおすそ分けすればいいと応じます。NOT A HOTELがなぜうまくいったかという過去の説明より、未来に何を考えているか、それがうまくいくとどうなるかまで聞く方が価値がありそうだといいます。
佐俣さんの例は、NOT A HOTELの濵渦さんから聞いた「名もない富裕層が凄まじい勢いで増えている」という実感です。統計ではなく、最先端を触る現場の感覚としての話でした。
佐俣さんはその背景として、韓国や台湾の半導体産業で儲かった人々を挙げ、朝鮮戦争期の日本でソニーやトヨタの下請けのオーナー企業が儲かった現象に近いと話します。
さらに、都内のキャバクラでどんな客が増え、コンサルや不動産が減ったかといった話も、統計に出ない「何が儲かっているか」のシグナルになるといいます。けんすうさんは、UUUMに投資していた頃の佐俣さんが、大人が誰も知らないYouTubeの盛り上がりを早くから語っていたと振り返ります。
強化学習されてるから、自分の好みに寄り添うのは見えなくなるんだけど、やっぱその最先端を触ってる人たちとかが見えてる世界が、僕は一番面白くて。
「ポッドキャストは来年来る」は今度こそ本当か
けんすうさんは、ポッドキャストは確実に来年来ると断言します。2018年頃から10回ほど言われてきた話なので誰も信じてくれないと笑いつつ、始めなければと言う人の量が非常に多いのが根拠だといいます。
広告を大きく使う一流の会社から、AIのコンサル依頼かと思いきや「ポッドキャスト広告を出さなければならないがどうすればいいか」と相談されることも増えているそうです。
けんすうさんはドイツを例に挙げます。ドイツでもなかなか来ないと言われていましたが、番組数がどんと増えた瞬間から広告が回り、リスナーも増えたといいます。小さな国では、政治への影響力が大きすぎて規制が必要かという話まで出ているそうです。
「アメリカは車文化だから」という定番の説明について、けんすうさんは根拠は薄いと見ます。日本人も電車でAirPodsをつけるからです。むしろノイズキャンセリングで外でも聴きやすくなったことが大きく、若者はすでによく聴き、40〜50代も増え始めているといいます。
ビデオの価値と、コテンラジオ・鶴瓶さんに見る「準備」
ビデオ化については、けんすうさんは「あった方がいい」とします。動画があると一瞬だけ見られ、人がちゃんと話していると伝わること、そしてYouTubeに置けば対談番組としても機能することが理由です。限界突破ライフハックもYouTubeで1本10万再生に届くことがありますが、主戦場はポッドキャストだといいます。
対照的なのがコテンラジオ ── 歴史を題材に、膨大な調査をもとに語る人気ポッドキャスト。運営する株式会社COTENは「世界史を体系化する」ことを掲げていますです。けんすうさんが出演した回は原稿に1年半かかり、深井さんの表現が事実と違えば無線で修正が入るほどだったそうです。
佐俣さんは、あの緻密さは会社だからできることで、趣味の人には真似できないと言います。けんすうさんも、ゆる言語学ラジオのように調査と構成を作り込む形がベターとしつつ、それを目指して続かない人を多く見てきたと話します。
一方で佐俣さんは、笑福亭鶴瓶さんと富澤さんのライブを見た体験を話します。2時間ほぼ台本がなく、進行表はA4の1枚だけだったのに、数千人を笑わせて帰らせていたといいます。この番組の台本も自己紹介と締めの一言しかなく、それさえ無視されていると二人は笑います。
コテンラジオやゆる言語学ラジオのように作り込む。ベターだが続かない人も多い
プロが話せることを引き出し、世の中になかった情報を出す
リスナーには「応援の仕方」を伝える
けんすうさんが最近気づいたのは、聴いている人に応援の仕方をはっきり伝えた方がいいということです。コムドットのやまとさんに聞いた話では、チャンネル登録かコメントかシェアか、実はみんなわかっていないといいます。
だってしたら嫌かもしれないじゃん。目立ちたくないっていう人もいるかもしれないから、やっぱ怖いんだよね。聞いてる人たちは。
コテンラジオが毎回「コテンクルーに入ってほしい」と伝えているように、シンプルな行動をはっきり言うことが大事だと二人は確認します。けんすうさんは「ハートに火がついたら、自分が何をしようと思ったかをXでつぶやいてほしい」といった頼み方を例に挙げます。
表のコンセプトと「裏面の偏愛」、時計オタクの話
佐俣さんの家では、Y Combinatorを率いたポール・グレアムが時計オタクだという話がブームだといいます。スタートアップの話の合間に、価値がまだ認められていない時計こそ買うべきだ、という相当マニアックな投稿をしているそうです。
これを聞いたけんすうさんは、番組に「裏テーマ」を作ることを提案します。
裏コンセプト的に、その人がまだ話してない気持ち悪い話を引き出そうみたいな。
火がついている人の話を聞き、内容はわからなくても熱を感じてもらう
その人がまだ話していない「気持ち悪い」ほどの偏愛を引き出す
実はけんすうさん自身も時計好きです。時計メディアHODINKEEから記事執筆を打診されたものの、業界の人に申し訳ないと断ったほどです。この日はパテック フィリップのノーチラスをつけており、「めちゃくちゃ鼻につくやつ」だが2周回って良いと思っていると話します。
佐俣さんの人生初の時計は、ヴァシュロン・コンスタンタンのヒストリーク・アメリカンです。普通はオーバーシーズから見るところを、店で5分ほどで選んだといいます。
佐俣さんは、変革者たちの偏執性が好きで、その偏執性を周りが愛でて伸ばし、すごい人になっていくのを見守りたいと語ります。
世界に33本しかないやつを、それを作った人から2次流通で買うとかしてます。別にそんなに評価されてるわけでもないっていう。
けんすうさんが時計に惹かれるのは、機能では1000円の時計と同じなのに、謎のロジックを積み重ねて値段を上げていく点です。リシャール・ミルの「20Gまで耐えられる」という説明に、佐俣さんは「20Gにまず俺らが耐えられない」と返します。一方、普段の佐俣さんは1250円のチープカシオを愛用し、最近は夫婦でお揃いにしたそうです。
「人を殺してしまったら最初に誰に相談するか」という問い
けんすうさんは、表面と裏面をちゃんと聞く構成を勧めたうえで、別のポッドキャストで知った問いを紹介します。人を殺してしまったら最初に誰に相談するかを聞くと、本当に信頼している人がわかるというものです。
僕、箕輪さんだったんですよ。なんか引かないでくれそうみたいな。
佐俣さんの答えは、人生で困ったことを全部解決してくれるANRIの経営陣2人でした。けんすうさんは、仕事の右腕ではない人が挙がることも多くて面白いと話します。
佐俣さんも「あと3ヶ月しか生きられないとわかったら何をするか」という問いをよく考えるといいます。好きなことしかしないはずだからです。けんすうさんは、自分ならポッドキャストをひたすら更新しそうだと答えます。
作品にもプロダクトにも興味がない、という支援スタンス
佐俣さんは3ヶ月の問いへの答えとして、最近の決断を明かします。高校生・大学生向けに続けてきたMakersUniversity ── 佐俣さんが関わる、高校生・大学生などの若い起業家を育成・支援するプログラムのうち、運営が厳しくなった高校生向けを、自分一人がスポンサーとなって続けることにしたそうです。
世の中でまだ価値を認められてないけど、素晴らしい偏愛とか才能を持った人たちが、みんなが認められるところになるまでの応援がやっぱ面白くて。
佐俣さんは、アンダーバリューされた人が適切な評価に届くまでが自分の生きる道で、その仕組みを作るのが好きだといいます。3年目になる写真のアワードでも、6人ほどのスタッフを抱え、選ばれた人の写真集と写真展のコストを全て負担しています。
けんすうさんは、佐俣さんが支援は好きでも、べったり相談に乗るタイプではないと指摘します。佐俣さんは「究極、作品すら興味ない」と認めます。
気持ちが形になったでしょ。形になったらもう用はないよ。
実際、けんすうさんがPodyの記事化の成果を送ったときは「まさかのスルー」だったそうです。熱には興味があり、仕組みづくりも好きなのに、中身には興味がないまま、うまくいくと興味を失う。けんすうさんはこの組み合わせを「どう考えてもVCに向いている」と面白がります。
「VCというビジネスモデル」への感謝と、お金の切り分け
佐俣さんは最近、自分がお金に本当に興味がなく、儲けることが下手すぎると発見したといいます。だからこそ、金融としてモデルが完成しているVCに拾ってもらえて良かったと語ります。
このビジネスモデルの中で頑張ると、一定ちゃんと生活が保証されるっていうモデルなんですよ。金融としてモデルができてるから。
資産運用にも興味がなく、親の勤め先だったみずほ銀行の普通預金口座にずっと全額を入れていたそうです。佐俣さんは、ゴールドマン・サックスに勤めていても商売がうまいとは限らないように、業務としてできることと人間の興味は別だと考えています。
ファンドは金融の枠組みの中で10年という尺でしか動けません。そこで佐俣さんは、それ以前の段階にある高校生・大学生・研究者の支援を会社や個人で担うように切り分けています。
| 主体 | 対象 | 基準 |
|---|---|---|
| ファンド | ビジネス寄りになっていく投資 | 金融フォーマットの中で約10年の尺 |
| 会社 | ファンドの手前の段階 | 最終的に投資につながりそうなもの |
| 個人 | さらに手前の段階 | まだ投資につながると証明できないもの |
佐俣さんはこの形に14年ほどかけてたどり着いたといい、ポッドキャストも個人と会社の間くらいの位置づけでやっていると話します。漫画家やスポーツ選手の話を聞き、業界ごとの熱の持ち方を知るのが面白いのだといいます。
犯罪の才能から「天職」の話へ
けんすうさんは冗談まじりに、絶対に番組には呼べないが、オレオレ詐欺のように人を騙す仕組みに熱を注ぐ人の話も聞いてみたいと言います。佐俣さんも、犯罪業界にはクリエイターのような層がいると聞き、倫理上会えないが興味はあると応じます。
けんすうさん自身、Xで人を騙す方法をいくらでも思いつくと自覚しています。「面接官がAIだった」という偽動画を作ればバズりそうだと思いつきつつ、やらなかったそうです。二人は具体的な話は手口を広めてしまうとして切り上げます。
そこからけんすうさんは、「天職を見つける」が番組のキーワードになり得ると提案します。熱の在りかを聞く流れで、なぜその人は天職を見つけられたのかを掘れば、他では語られていない話になるかもしれないといいます。
ポッドキャストを記事化するのめっちゃ天職だと思ってるけど、こんな職業多分3年前には存在しないっていう。
ただし振り返れば、けんすうさんはログミーの立ち上げに関わり、IVSの講演を書き起こして「貴重な情報が出ている」と楽しんでいました。当時は大変すぎた書き起こしが、AIでできるようになったという流れです。
佐俣さんも、大学生の頃にCNETで学生起業家をつなぐ企画をしていた記事が今も残っていて、それが今のVCの仕事とほぼ変わらないと話します。
「わかった」の意味と、中身を聞かずに投資する理由
けんすうさんは、数ヶ月前に資料と共にPodyの事業を説明したのに、この日の佐俣さんの反応が「そうなんだ」だったことに驚きます。佐俣さんは、そのとき言った「わかった」の意味をこう説明します。
「あ、これは自分の中で腹がちゃんと据わってやるっていう気持ちなんだな」っていうのが伝わって、それをわかったと解釈してる。
けんすうさんも、論理で説明してやった方がいいと言う程度の話だったらバレていただろうと納得します。佐俣さんは「言葉は聞いてなくて」と言い、けんすうさんは別のセンサーの判断力がすごいのだろうと評します。
佐俣さんは10年前にディープテック投資を始めたとき、PhDもない自分でいいのか悩んだそうです。そこで「別にインターネットサービスも興味ないんだからいいじゃん」と言われ、プロダクトが出る前からでも投資できると腑に落ちたといいます。現在は尿からがんを検出するCraif(マイシグナル)などに投資しています。
けんすうさん自身も、最初の投資のときに事業説明を止められた記憶があるといいます。佐俣さんは今、内容をきちんと理解するパートナーの河野さんに不安なときに相談し、NOT A HOTELには即答で背中を押されたそうです。
AIの合理的な判断を跳ね除けて投資できるか
ANRIでは最近、「AIがもっと発達していたら、NOT A HOTELへの投資を決断できただろうか」と議論しているそうです。出資の時期は、コロナでロックダウンされた直後でした。
あの時期にAIに聞いてた時のバイアスを跳ね除けてまで意思決定できたかって、結構難しいかもね。
当時は、ワクチン開発の歴史上の最短が5年ほどだったため、少なくとも5年は人に会えない世界が続くという見方が、過去のエビデンスからは正しかったといいます。それをmRNAワクチンが覆しました。
金融のルール上は資金を凍結して待つべきだとAIにきちんと言われたら、跳ね除けられたか自信がない、と佐俣さんは率直に話します。けんすうさんは、そのヒントは「AIには熱がない」ことにあると見ます。
何言われても、「いや、でも絶対あった方がいいんだけどな」みたいな。
佐俣さんはCOTENにも投資しており、深井さんとは何度話しても金融の話では通じ合わない一方、思想としてはよくわかるといいます。その状態を含めて投資を決めたのは悪くない意思決定だった、と振り返ります。
「短期の非合理、長期の合理」に投資機会がある
佐俣さんは社内や出資者に向けて、ANRIの投資の考え方を言葉にしています。
佐俣さんによれば、金融は短期の合理で物事を分解するのが上手すぎ、AIを使えばさらに分解できてしまいます。正しいものの積み上げが変な方向に行っても、金融の人はそれを自己否定しにくいといいます。
数字で分解し、合理を積み上げる。突き詰めれば全額ETFのような結論にもなりうる
今は非合理に見えるが長期で合理になるもの。投資の世界でアンダーバリューされている
けんすうさんの言葉を借りれば、本当にアンダーバリューされたものは、その道とは違うルートでないと見つかりません。佐俣さんは、儲けだけなら別のやり方もあるが、リターンを出すことと自分たちがやらなければならないことの2軸を考えるのがANRIだと話します。
日本で一番硬いという出資者たちも、一生懸命説明すると意外とわかってくれるそうです。「再現性がないのでは」と問われても、組織全員がこの意思決定のやり方をできるので再現性はあると答えたといいます。だからこそ映画『NothingNew』のような投資もできた、と佐俣さんは語ります。
話は脱線しつつ、けんすうさんが会社を存続させるため、推薦できるものに限って本の帯などの割のいい仕事を受け、そこから3000万〜4000万円ほどの売上があることも明かされます。中長期合理性を語る深井さんの財布に600円しかなかったという逸話に、二人は「愛らしい」と笑います。
天職のメッセージと、妥協できないこだわり
番組名を「天職見つけラジオ」にするかという冗談は即座に却下されますが、けんすうさんは「天職を見つけられる」というメッセージがあるといいと話します。
句読点ここに1個入るのがどうしても気に食わなくて、深夜までずっとプロンプト直しちゃうのはなぜかとか。
けんすうさんは、妥協できない何かがなければ天職のレベルにはならないと考えています。佐俣さんも、よくわからない人の支援に異常な情熱と時間とお金を使っていて、個人の支出はほぼそれだけ、年間3000万円ほどに届くかもしれないと明かします。
佐俣さんは、世の中でアンダーバリューされた人が心安らかに情熱を持ったことへ没頭できれば良し、それを運営する人たちを応援できればより良し、と自分の価値観を言葉にします。
熱が冷めた起業家には「旗を下ろす選択肢」を差し出す
佐俣さんは半年ほど前、けんすうさんに「もう会社辞めたら?」と言ったことがあります。やりたくないのかもしれないと思ったからです。けんすうさんの話を聞き、本当にやりたいのだとわかったといいます。
VCとしては損になっちゃうから、やらないでほしいだろうことを、めちゃくちゃ自分がどうしたいかを聞いてくれて。
けんすうさんは、他社でやる道なども含めた提案を受け、自分でも本当にやりたいのだと再確認できたと振り返ります。
佐俣さんがこの姿勢をとるのは、責任感だけで続けている起業家は、こちらから言わないと旗を下ろせないことが多いからです。
「応援してるよ」と言い続け、辞められずにボロボロになる起業家を見てきた
あえて旗を下ろす選択肢を示し、「今が最高」と返ってくるなら続けてもらう
けんすうさんは、佐俣さんのために時間をかけて資料を作ったものの、この場面で重要だったのは中身ではなく熱だった、という点を示唆深いと受け止めます。佐俣さんにとっては、本当にやりたいことが別にあるのに続けさせてしまうことの方が申し訳ないのです。
安すぎる見積もりと、リスナーへのお願い
佐俣さんは改めて、番組づくりを正式な仕事としてけんすうさんに依頼します。ところがけんすうさんの見積もりが安すぎて、佐俣さんは怒ったそうです。けんすうさんは「倍にしたんですよ」と苦笑します。
それはどっか末端の誰かが、まあ本人に無理が来るから。
最後に、けんすうさんの助言どおり、佐俣さん自らリスナーへの応援のお願いを伝えます。アカウントのフォロー、コメントを添えたシェア、そしてシェアするときに自分がどんな情熱を持っているかを教えてほしいという内容です。
けんすうさんは、トップの人の情熱だけだと「自分とは違う」と感じてしまうため、普通の人が「最近これを頑張っています」と共有することが、ほかの人の勇気になると補足します。
みんなそうやって偏愛とか持ってっていいんですよ。っていうのをシェアしたいんで。みんなの偏愛を聞かせてください。
まとめ
番組の作戦会議として始まった対談は、内容の理解より熱を届けること、表の顔の裏にある偏愛を引き出すこと、そして中身ではなく熱で投資を判断するVCの本質へとつながっていきました。
- 音声はテキストや動画に展開できるコンテンツの起点であり、けんすうさんはポッドキャストが来年来ると見ている
- 番組冒頭で「内容はわからなくていい、熱を感じて」と聴き方を伝え、リスナーには応援の行動を具体的に頼むのが有効
- 表のコンセプトに加え、ゲストがまだ語っていない「裏面の偏愛」を引き出す裏テーマが提案された
- 佐俣さんは「短期の非合理、長期の合理」にこそ、AI時代の投資機会があると考えている
- 熱が冷めた起業家には、あえて旗を下ろす選択肢を示すのが佐俣さんの14年間の反省から生まれた姿勢







