義父の介護、自宅か病院かは誰が決める?
最初の相談は、脳梗塞で倒れた義父の介護をめぐるものです。長男の嫁である相談者は、自宅で介護するか近くのリハビリ病院に入れるかで迷っています。
長男の嫁です。脳梗塞で倒れた義父を自宅で介護するか、近くのリハビリ病院に行かせるかで迷ってます。義母は自宅介護希望。義理の兄弟は遠くに暮らしていて手伝うぐらいのスタンスです。近くにいるのは旦那さんと私です。身内は自宅介護、私は病院希望です。
カオル さんからの質問
番組のAIの結論は「病院にすべきです。決める権利は希望を口にする人ではなく、実際に毎日世話をすることになるあなたにあります」。
このAIの結論に、箕輪さんは「全くそう思います」と即答します。箕輪さんが問題にしたのは、誰かのために我慢を始めることでした。
全ての決断は、最終(的に)自分が納得すればいいんですけど、誰々のためにやってるという我慢が始まった瞬間、後でこじれるんで。
で、自宅(介護)をどうしてもってなら、じゃああなたがやってください。以上です。
けんすうさんは、自身の会社で介護の研修をした経験を紹介します。詳しい人に話を聞いた結果、自宅介護は家族が持たないため「相当アンチパターン」だとわかったそうです。
けんすうさんによると、つらいのは急に介護が必要になったときです。何年も前から準備しておけば、働いている人なら2日か3日だけ介護の時間を取り、あとは行政に任せられるくらい制度が整っているといいます。
箕輪さんは、突っぱねると家族がバチバチになるので、みんなで調べて「全員が幸せになるのは行政に頼ること」だと論理的に納得してもらうのが大事だと話します。施設に入れることを「逃げ」と考えるのは思い込みで、その常識はもう変わっていくはずだという見方です。
悪くなっていく一方で家族が持たず、こじれやすい。2人とも「一人で背負うのはやめた方がいい」と口をそろえる
早めに調べれば仕事を続けながら任せられる。地域の問い合わせ先から詳しい人に入ってもらう手段もある
けんすうさんは、「自宅か病院か」の二択で考えている時点で、知識が足りないまま決めようとしている危険があると指摘します。育児と違って介護はだんだん手がかからなくなるものではない、という点も2人は確認し合っていました。
30代後半になると友人関係はこんなもの?
2つ目の相談は、学生時代の友人と数年ぶりに集まる予定が、直前の欠席や遅刻で崩れたという話です。
学生時代の友人と数年ぶりに集まる予定だったんですが、直前で来れない人や遅刻する人が増えました。みんなで集まるのは久々だったので楽しみにしてた自分としては結構ショックでした。30代後半になると友人関係ってこんなものなのでしょうか。
ノネズミ さんからの質問
番組のAIの結論は「こんなものです」。続けて「友情は放っておいても薄れるものであり、30代後半は薄れるに任せる人と薄れないように自分から手を打つ人に分かれる年齢です」と答えています。
言い切ったAIに対して、けんすうさんは「お前に何がわかるんだよ」とツッコミ、箕輪さんも「お前学生時代の友人いねえだろ」と乗っかります。そのうえで箕輪さんは、ドタキャンや遅刻が起きる理由を語り始めます。
箕輪さんは今でも小学校、中高、大学の友達とそれぞれ年に2、3回は会う側だといいます。その経験からの答えは、友達と久しぶりに遊ぶことを優先順位の上位にできる人は本当に少ない、というものでした。
他の人は例えば家庭、子供、仕事、いろんなものがあって、そういうものが全部クリアされて初めて友達とバーベキュー行けるみたいな。
忙しそうに見えても自分で優先順位を決められるので、遅刻せず行ける
すべてクリアされて初めて遊べる。30代後半は多くの人がこちら
話している途中で箕輪さんは「普通にAIが書いてることと同じこと言ってる」と気づき、恥ずかしがります。けんすうさんは「AIクラスってことですよ」と笑って返していました。
けんすうさんは、30代後半は子供が小さい人、いない人、大きい人とばらつきが大きい年代だと付け加えます。箕輪さんは、子供が熱を出すようなどうにもならない事情を抱えた人が多いので、それを友情が薄れたと受け取るのは不器用すぎると話します。
でも友人関係ってそんぐらいのことを許容するから居心地がいいものであって、これが仕事だとかしたら困りますよっていうのはあるかもしれないけど、そもそも遊びに行くわけでしょ?
けんすうさんは、来られる人だけ来ればいい、二次会だけでもいい、という緩さを提案します。30代後半になると、ゆるい友情関係も現れるといいます。
その例が、音楽評論家の宇野維正さんとの関係です。けんすうさんは宇野さんと4回ほど会っていて、そのうち2回は特に好きでもない餃子を食べに行ったそうです。2回続くと3回目も餃子なら宇野さんかな、となる。そんな謎のゆるさが心地いいと、2人は共感し合います。
ドタキャンを責める友達とはもう遊べない?
箕輪さんは、遊びの集まりをドタキャンしたときに「それだったら先に言って欲しかった」と言われたら、もう二度とその人たちと行きたくないと思ってしまうと話します。
その基準でゆるい飲み会を要求してくれるなら、俺はあなたのことをまた傷つける可能性があるからやめときますってなっちゃう。
その対極として箕輪さんが挙げたのが、リハック ── 政治や経済などを扱うYouTubeの番組・メディア。出演者同士の飲み会なども開かれていることが、番組内で話題になっていますの飲み会です。忙しい人たちが当日誘われても参加するのは、逆にドタキャンしても誰も怒らないからだといいます。
(リハックの飲み会は)あれだから成立してるのであって、あれを1週間前とかに企画書送ってきてだったらもう無理だもん。
けんすうさんも、リハックは台本がしっかりしていなくても全部許せる緩さが統一されていて、お互いにやりやすいと話します。
一方で箕輪さんは、熱量のズレで失敗した経験も明かします。テレビタックル ── テレビ朝日系の討論バラエティ番組。政治や社会問題をテーマに、出演者同士が議論する番組として知られていますへの出演を4日前ほどに断ったところ、本業優先と事前に伝えていたにもかかわらず、キャスティング担当から「貸し一と考えてください」という長いお怒りが届いたそうです。
箕輪さんは、テレビの「番組に呼んであげている」という発想と自分の価値観が違っただけで、どちらがいい悪いではないと振り返ります。
当日誘っても行ける、ドタキャンしても怒られない。お互い強制しない薄い関係で成り立つ
数日前の辞退が「ありえない」とされ、強い怒りにつながった。本気度の認識がずれていた
けんすうさんは、このPodcastの収録も箕輪さんが来ない可能性を常に60%ぐらいに見ていて、それでも全然OKだと笑います。時間が空いたら新しいことができる、くらいのスタンス同士のほうがやりやすいという話です。
2人の結論は、どちらがいい悪いではなく集まりの熱量をそろえることが大事だ、というものでした。
謝られたとき、どう返せば相手に響く?
3つ目の相談は、謝られたときの返し方です。
私はごめんと謝られた時に相手からの謝罪に満足してるような雰囲気を醸し出してしまいます。相手が悪い状況で謝られた時に、相手に本当に悪かったと思わせるようなうまい返しはありますか?
イエルム さんからの質問
番組のAIの答えは「うまい返し方はなく、相手に本当に悪かったと思わせるのは、許す前に何に困ったかを1つだけ具体的に言うことです」。
けんすうさんは、怒るのはリスクがあり自分が悪者になりかねないので、やりたくない人は多いと話します。そこで最近よく見かけるというのが「びっくりしちゃって」という言い方です。
いや、全然怒ってるわけじゃないんですけど、びっくりしちゃってって言われた時に、こちら(謝った側)も何も言えないっていう。
箕輪さんは、本当に悪かったと思わせるとは「許しているが、被害は回復していない」と伝えることだと整理します。けんすうさんはそれを「許す限度額を使っちゃったので、足が出てますよ」と言い換えました。
ただこっから私は仕事があります。ただ、あなたにもはや、力を借りることはないです。
箕輪さんによると、こう言われると相手は何もできないうえに罪悪感が残ります。「膨大な負債がまだあるけど、僕一人で返します」と思わせる返し方です。
相手が100%悪いとき、責めきると何が起きる?
けんすうさんは一方で、相手が100%悪いときに、その有利な状況をすぐ手放したくない人が多いと話します。徹底的に怒って取れる分を取ろうとすると、恨みを買ってしまうという指摘です。
箕輪さんも、やりすぎると「そんぐらいでそんなに怒んの」と逆ギレされる可能性があると同意します。けんすうさんは、今回は相手が謝っても、次に自分がミスしたときに同じことをされると付け加えます。
だから本当にいいのは、相手に本当に悪かったと思わせても、あんまりいいことはないんで。
箕輪さんの考えは、「本当に大丈夫。むしろそういう気持ちにさせてごめん」と言いつつ、大変な思いをしたことはどこかで伝わるようにする、というものです。けんすうさんはそこに「第三者を経由して伝えてもらう」というアイデアを足します。
けんすうさんの例では、周りから「あの後ミノさん大変だったらしいよ」と伝わり、本人は「いや適当なこと言ってんだよ」と否定してみせます。自分の評価を下げずに大変さだけを伝える方法です。
ここまでに出た、謝られたときの返し方は次のとおりです。
- 何に困ったかを1つだけ具体的に言う(番組のAI)
- 「びっくりしちゃって」と伝える
- 「ここからは私一人でやります」と伝える
- 大変だったことは第三者から伝えてもらう
数億円のミスを笑って許した前澤さんの器
箕輪さんは、前澤さんの家やヨットに招かれたときの話を始めます。シャンパンを注ぎ続ける人がいて、こぼしたら何億円もの絨毯やソファが待っているため、みんな怖がってグラスを置いてしまうそうです。
箕輪さんは果敢に飲み続けるタイプで、まだ壊したことはないものの毎回ギリギリだと笑います。そこから、もし10億円のものを汚したら、という想像を語ります。
でも逆に前澤さんが「いいよいいよ、ミノワくん」みたいな。「やっとくから」つって。後から「あれ10億だったらしいよ」って聞いたら、一生頭上がんねえって。
箕輪さんは実際のエピソードも紹介します。前澤さんのアート担当の部下が、頼まれたものとは全く関係ない5、6億円ほどのアートを間違って買ってしまい、クビを覚悟して報告したそうです。
「もしかしたら好きになるかもしれないから、一応写真を送っといて」って言って、写真を送ったら、その後、「何回も見たけど好きになんないわ、括弧笑い」で済ましたわけよ。
箕輪さんによると、ここで「お前の生涯年収でも払えないよ」と責められたら、部下は「それなら自分で買えや」と思ってしまうこともあるといいます。笑って済まされたからこそ「一生ついていこう」となる、という見方です。
「お前どうすんの?」と責められる。相手には嫌な気持ちだけが残り、反発も生まれうる
「好きになんないわ(笑)」と笑って許される。相手は一生かけてでも返そうと思う
短期で勝って長期で負けないために必要なこと
けんすうさんは、ある起業家が省庁とやり合った話を紹介します。法律の解釈で担当の官僚を詰めて要望を通したものの、省庁のメンツが潰れ、その後ミスがあるたびに重箱の隅をつつくような対応をされるようになったそうです。
けんすうさんは、この話を「短期で見ると勝ったけど、長期で見るとずっと負けた状態」とまとめます。箕輪さんは、AI時代こそ正解かどうかより、中長期で得をする人間関係を作る力が大事だと応じます。
けんすうさんは、リソースがない人ほど取り立てようとしてしまう問題があると指摘します。箕輪さんも、あまり詳しくは言えないとしたうえで、側近が箕輪さんのお金を横領していたと告白してきた経験を語ります。
そしたら「なあ、お前が、有名になってくれたら返してね」みたいな。
箕輪さんは、お金がない時期なら「今すぐ返せ」「訴える」と言っていたはずだと振り返ります。そう言われた側は「有名になったら返そう」と思うし、ピンチのときには頭が上がらなくなる、という話です。
ただし箕輪さんは、それは余裕があるからできることだと認めます。けんすうさんが「100万円取られたらやばい」状況なら怒ってしまうと言い、箕輪さんも5億円ならブチギレて、ライブ配信のスパチャでその日のうちに回収しようとすると笑いを取りました。
この一言にけんすうさんは「BLEACHみたい」と反応しますが、すぐに「適当言いました」と白状し、回は笑いのうちに終わります。人に優しくできるのは余裕があるからという締めくくりでした。
まとめ
今回の3つの相談に共通していたのは、目の前の正しさや損得より、関係を長く保てるかどうかを見るという視点です。介護も友人関係も謝罪も、無理な我慢や取り立てがあとでこじれを生む、と2人は話しています。
- 介護は「誰々のため」の我慢を背負わず、早めに調べて行政や地域の窓口を頼る
- 30代後半の友人関係では、ドタキャンを許し合える緩さと、集まりの熱量をそろえることが大事
- 謝られたときは、責めきらずに「困ったこと」や大変さを角を立てずに伝える方法がある
- 相手を許すと「この人に協力しよう」と思われ、長期では得をする。ただしそれには余裕が必要





