初の車中収録、長野へ向かう道中で何を話した?
あげみさんとふくしまさんは、収録依頼を受けて長野へ向かう道中に、番組として初めての車中収録をしています。動画も回していて、ふくしまさんは初のビデオポッドキャストになるかもしれないと話しています。
今回の宿泊先では、二人が感じたことを体験談として伝える予定だそうです。写真や動画など、残せるものは何でも残して臨むつもりだといいます。
途中で、同じ場所を二人がどう撮るかを見比べる「写真バトル」も構想されました。あげみさんは、ふくしまさんの写真から学ぶ写真教室にしたいと話しています。
インスタライブもちょっと候補に挙がったけど、フォロワーが1000人満たしてないから…
あげみさんは、インスタライブはドキドキするうえ、見る側も巻き込まれた感じがして苦手だと話しています。ふくしまさんも、SNSは好きなときにこっそり覗くくらいがちょうどいいと共感しました。
AIに話しかけるのは嫌?リスナーからのお便り
「こみちやまみち」さんから、家の中でAIに話しかけることへの違和感を綴ったお便りが届きました。お二人はこの方を、番組の友人の「やまじくん」だと受け止めています。
友人宅でAlexaなどのAI音声アシスタントを使っているお家をよく見かけます。自宅ではスマートリモコンを使っていますが、音声操作機器は導入していません。家の中で機械に向かって声を出すことが、スイッチを押す手間よりも私には抵抗があるからです。映画『her』を見た時から違和感を感じていました。
昔の家では和室の照明や換気扇も紐を引いてつけるものが多かったと思います。それが壁のスイッチに置き換わり、今後は音声操作に置き換わっていくのかもしれません。紐を引く、スイッチを押すといった小さな所作には、暮らしの感触のようなものがあったのかもしれません。お二人はそういう所作がなくなっていくことをどう感じていますか?
ふくしまさんは、お便りをきっかけに映画『her』を見たそうです。約12年前の映画なのに、今の世の中にとても近いと感じたといいます。
ChatGPTのGPTライブが、かなり声でのやり取りがナチュラルになっていて。すごい話しやすいんですよ。AIやのに。
フィラーとかがバンバン入ってたりして、すごく存在を感じるというかね。
なぜ家でAIに聞かれている感じが嫌なのか
あげみさんは、家の中にAIがいる状況について、一人暮らしならまだ受け入れられそうだと話しています。家族など他の人がいる空間では嫌だと感じるそうです。
アレクサって呼んだら反応するけどさ、呼んでない時も絶対聞いてるやんって思ってしまうの。
あげみさんは、カメラ付きのメガネをかけた人が目の前にいる状況も同じように苦手だといいます。記録されているような感じが息苦しさにつながると話しています。
ふくしまさんは、『her』では主人公が帰宅すると、呼びかけなしで部屋の電気がつく描写があったと振り返ります。AIが暮らしを見守り、求める環境を自然に整える未来になりそうだと話しています。
やっぱ家はこう社会と断絶できる場所やとは思うんですよ。世の中から離れて個人に帰れる場所っていう。
家が社会から離れて個人に戻れる場所であってほしい、という点で二人の考えは重なりました。
紐を引く所作は失いたくない?便利さの境界線
あげみさんは、掃除のしやすさを突き詰めた家は色気がないという、以前のふくしまさんの話を挙げました。紐のついた電球やペンダントライトのように、懐かしさや思い出の拠り所になる所作もそれに近いと考えています。
ただ、五右衛門風呂から自動の湯沸かしへ、洗濯機の自動化へと、便利になって淘汰されたものも多くあります。どこに境界線を引くかは難しい問題だと二人は話しました。
白か黒かじゃないんよなと。グレーなんやけど、どっち寄りのグレーかっていうところですね。
ふくしまさんは、カーテンを朝の時刻に自動で開ける仕組みは今でも作れるものの、その手間は失いたくないと話します。あげみさんも、車の中が全部タッチパネルになると故障しても直せないと例に挙げ、シンプルな作りには人が関わる余地や工夫のしがいがあると語りました。
全部が自動になると、暮らしを手に入れるのではなくサービスを受けているような、ホテルのような状態になりそうだという話にもなりました。
スイッチや紐を自分で操作し、工夫の余地や手触りがある
空間に受動的にいて、ホテルのようにサービスを受ける感覚になる
AIは体があるように振る舞ってよいのか
ふくしまさんは、技術でアナログ感を演出する例として、iPhoneの押した感覚を挙げました。物理的には動いていないのに、押した感触が高精度に再現されているといいます。
『her』には、身体を持たないAIが、体があるかのように振る舞ったり、別の体を介してつながろうとしたりする場面があります。ふくしまさんはそこで一気に興ざめしたと話しています。
ないものをあるかのように扱うとかっていうのは、すごくやっぱ違和感はあるな。
一方、主人公の職業は手紙の代筆です。ふくしまさんは、誰が書いたかより受け手がそこに書き手を感じられるかが大事な世界観だったと読み解いています。AIの身体も実際はどうでもよく、想像が大事だということのようです。
AIの答えをどこまで信じる?便利さの怖さ
あげみさんは、AIとは「そうかと思える」くらいのちょうどいい距離感でいたいと話しています。人への相談なら意見のひとつとして考えられますが、機械の答えは思い込みになりやすいと感じるそうです。
この前その試験勉強しててさ、返ってくる答えに対して、あれ僕覚えたのと違うぞってなった時に、本当にそう?って聞くと、違いましたって言うからさ。
あげみさんは、AIの答えを鵜呑みにする人が増えるのが怖いと言います。さらに、AIに作為が混ざったらもっと怖いし、パーソナライズが進めば人間は簡単に操作されるかもしれないとも話しました。
ふくしまさんは、ショート動画やSNSでも意識や感性は今すでにコントロールされていると指摘します。AIに限らず、自分以外のものとどう関わるかというスタンスが問われると考えています。
AIの秘書は信用できる?人に任せることとの違い
ふくしまさんは、AIを秘書のように扱うエージェントが出てきていると紹介しました。AIのデメリットは懸念されがちですが、人間の秘書にも同じようにリスクがあるのに、何が違うのかと問いかけています。
あげみさんは、懸念して使わないより、便利さで爆発的に使われている以上は距離の取り方が大事だと答えました。使ってから考えればいいのでは、とも話しています。
手に負えないことをどう受け止める?個別解と全体の最適解
ふくしまさんは、政治に絡めて、自分の力ではどうにもならないものを嘆くより、目の前の世界を楽しむ感覚があると話します。AI開発者も人間が支配される世の中は望んでいないと信じ、リスクを抱えつつ恩恵を受けたいそうです。
あげみさんは、自分がマイノリティ側にいるため、ビザの問題など大変な思いをしている人たちのことは言わざるを得ないと話しました。ふくしまさんは、声を上げることも大事だと考えています。
二人とも、世界の捉え方は人それぞれだと確認し合いました。ふくしまさんは、手に負えないことは無理に手繰り寄せないほうが精神的にいい、とまとめています。
AIが当たり前の子どもたちはどう育つ?
ふくしまさんは、今の子どもたちの世代にはAIがない世界は存在しないと指摘します。あげみさんは、ガラケーからスマホへ変わった世代の違いと同じだと重ねました。
自分の子供のことを考えた時に、考えられる人になっててほしいなと思うよな。何でも答えてくれるっていうスタンスで、AIと付き合って欲しくないなとは思う。
ふくしまさんは、iPhone3GSのころに買った広辞苑などの辞書アプリを見つけたそうです。辞書の一覧性と検索しやすさのバランスがよく、今のAIから見ればそのアプリでさえ、まだアナログに感じると話しました。
あげみさんは、検索がAIに変わり、作業そのものを手放し始めた今、建築の仕事でどこを大事にするかを考えなければならないと語りました。
手間が省けた先、人は身体性に戻るのか
ふくしまさんは、手間が省かれた先に人間には暇が与えられ、最終的には身体性に戻っていくと考えています。その先の社会にはワクワクするそうです。
もしかしたら本当にローカルな街並みっていうのがまた復興してくるかもしれん。その地盤で取れる材料の価値があるというかね。
どこでも同じ体験ができるようになるからこそ、その場所でしか得られないものが求められる、というのがふくしまさんの見立てです。そこから、ヴァナキュラーな街並みや建築が未来にありえるという話につながりました。
あげみさんは、技術にはアンテナを張りつつも、技術はあくまで手段だと言います。残るのは身体性であり、だからこそポッドキャストのような温度感や質感のあるものに意味があると話しました。
紙の本もその一例です。ページをめくる感触や持ち歩く喜び、匂いまで含めて本を読むことだと、あげみさんは話しています。
自由になるほど制約がほしくなる?暇を使いこなす力
ふくしまさんは、自由を与えられると、かえって制約を求めたくなると話します。何もない広い敷地で自由に家を建てるよう言われると、手がかりがほしくなるのと似ているそうです。
電子書籍でいつでも何でも読めても、鞄に1冊だけ入れた本のほうがいい、という感覚も同じだといいます。
暇を作った方がいいし、暇をどう自分で扱うか、どうやって埋めるかっていう、その訓練は今のうちからしておいた方がいい気がしてます。
あげみさんは、育児で仕事ができなかった2年ほどの経験を振り返りました。子どもは可愛いのに、持て余す感覚があったそうです。生産的でありたい欲求を、普段は仕事で代替していたと気づいたといいます。
あげみさんの周りには、仕事の合間に服を作ったり畑をしたりして、やりたいことで時間を埋めている人もいます。暇を持て余したくはなく、時間を埋められることが大事だというのが、二人の一致した考えです。
暇そうにしている人に価値が生まれる?
ふくしまさんは、AIやエージェントが手間を肩代わりする未来では、暇そうにしていることに価値が出るかもしれないと話しました。暇の状態そのものがポテンシャルになるという考えです。
今はスキルをどれだけ持ってるかっていうことがポテンシャルかもしれんけど、その余白みたいな余力、遊びみたいなのをどれだけ持ってるかっていうのが、その人のポテンシャルに変わっていくような気がする。
あげみさんは、ただ暇なだけでは面白いことは起こらず、何かを持っている必要があると返しました。普段の本業と別のことを楽しむ人は、あえて余白を作って場所を空けているのだと、ご自身の周りの例を挙げています。
プルスイッチは最高になる?照明と子どもの習慣
ふくしまさんは、お便りに戻って、プルスイッチを推奨していこうと話しました。一度なくなっても、いつかプルスイッチが最高になる世界がまた来るだろうと言います。
あげみさんの家では、お子さんが蓄光の紐を引いて自分で電気を消しています。消えたら寝るという習慣が、物理的な身体の動きとともに身につく点がよいと話しました。
一方でふくしまさんは、夜に向けて照度が自動で落ちていく仕組みは、体にとってありかもしれないと語ります。白い光で仕事モードが続く今の状態こそ不自然で、動物に戻る手助けになる可能性もあるそうです。
あげみさんは、夜は暖色の電球やスタンドライトで足りる気がするとしつつ、自動調整にはかごの中にいるような感じもあると話しました。
スマートホームの行く末とホログラムの家具
ふくしまさんは、SiriやHey Siriに話しかけることには違和感があって使っていないと話します。それでもGPTライブには普通に話しかけられたため、音声操作への壁はこれから溶けていくと考えています。
あげみさんは、SiriやAlexaは暮らしへの溶け込み方、つまり入り口が合っていないのだと分析しました。
あげみさんは、全部の家具をホログラムで投影する世界を描いたアニメとして、PSYCHO-PASSを挙げました。そうなると所有の感覚が薄れ、人はリアルなものに向かうのではないかと話します。
杉の床材みたいなさ、そういうことに価値は出そうな気するけどな。
悩むことの価値は残る?判断がなくなる未来
ふくしまさんは、床材や壁の色、食事のメニューなど、あらゆる判断が無価値になっていく気がすると話しました。後で何とでもなる世界は、つまらなそうだといいます。
どうにもならないから今なんとか決める。その限られた中で決めて形にしていくっていうことにこそ、なんか宿る感じはする。
あげみさんは、悩む中で癖が出たりオリジナリティが生まれたりすると話します。悩むことが少なくなるのが、先々の課題かもしれないと考えています。
ふくしまさんは、自分でルールを設ける縛りプレイのような形になると想像しました。悩みがないことが悩みになる人も出てきそうだと、二人は笑いながら話しています。
AIの過渡期にPodcastを始めてよかった
あげみさんは、AIが暮らしを大きく変える過渡期に、ポッドキャストを始めて1年が経ったことが良かったと話しています。ふくしまさんも、自分の中に蓄積されたものや変化したものが残っていると応じました。
収録は約1時間半に及び、ドライブ収録はガチンコな内容になりました。ふくしまさんは、前を見ているせいか先の未来の話ばかりになったと振り返っています。
まとめ
初の車中収録は、リスナーのお便りをきっかけに、AIと暮らす未来の住まいを語る回になりました。便利さの先で何を残したいのかが、二人の共通の問いでした。
- AIに家の中で常に聞かれている感覚は、家を社会から離れて個人に戻れる場所と考える二人にとって、違和感の大きな理由でした。
- 紐を引く、スイッチを押す、カーテンを開けるといった所作に宿る手触りは、失いたくないものとして語られました。
- AIとはほどよい距離感を保ち、答えを鵜呑みにしないリテラシーや、自分で考える力が大切だという話になりました。
- 手間が省けた先には暇が生まれ、暇を使いこなす力や身体性、場所性の価値が高まるとふくしまさんは見ています。
- あらゆる判断が簡単になる未来でも、制約の中で悩み、決めて形にすることに価値が残るという考えで、二人は一致しました。




