五味醤油の6代目は、なぜ街のことを考えるのか
思考旅行は、経営者の願いや葛藤から、企業や地域に眠る文化資本を掘り起こすことを掲げるポッドキャストです。ただホストの井上匠さんは、冒頭の紹介文は入り口としてわかりやすく書いているだけで、無視してかまわないと話します。
今回の対話相手は五味仁志さんです。井上さんは普段から五味さんを「五味兄」と呼んでいて、この回もその呼び方で進みます。
山梨県、県庁所在地の甲府市で五味醤油っていう会社の6代目で、家業を継いで代表になって今10年ちょっとかな。
五味醤油は社名に醤油と付いていますが、現在は味噌や麹の販売、体験型の味噌づくり教室などを手がけています。五味さんは最近、家業そのものより、住んでいる街のことを考える時間が増えているといいます。
いかに今残ってる、いい商店が多いから、(それが)どういうふうに残ってくのかなって、すごいおせっかいなんだけど、そういうのも考えてます。
井上さんは五味さんと酒の席で会うことが多く、蔵を案内してもらった経験もあります。一方で、照れ隠しで話をはぐらかす五味さんの「マジな話」に触れる機会は少ないと感じていました。
そこで井上さんは、この回の「裏ミッション」を、五味さんという人をもっと知ることだと宣言します。そのために、あえて迂回しながら話を進めていく構成です。
言い出せない一言。近所の銭湯をめぐる葛藤
最初のテーマは「葛藤」です。五味さんが具体例として挙げたのは、近所にある、同級生の父親が営む銭湯でした。
五味さんによると、甲府の銭湯はすべて温泉です。ただ冷泉なので沸かす必要があり、料金が決まっている銭湯にとって、燃料代の高騰は大きな負担になっています。
なんかもうちょっとイケてれば街の案内所みたいになるし。
五味さんは、この銭湯がもっと良くなればいい、誰かが事業承継してもいいのではないかと思いながら、店主のおじさんに言い出せずにいます。井上さんが「どこでブレーキがかかっているのか」と尋ねると、意外な答えが返ってきました。
これね、結構多分自分のことで、そういうこと言うとやる側になるかもなっていう。
五味さんは家業ですでに借り入れがあり、ボイラーを直して掃除だけでもと考えると600万円ほどかかると試算してしまいます。さらに車で10分から15分走れば、熱々の源泉が出る温泉がたくさんあることも、踏み切れない理由になっています。
一方で、宿を営む井上さんのような立場からすれば、歩いて10分で行ける銭湯は観光客にとって魅力的です。五味さんは、良くなればいいとは思いつつ、自分事として頑張るほどではないという揺れを正直に語りました。
井上さんがその冷静さを指摘すると、五味さんは、これまで収支を考えずに始めたプロジェクトが多かった反省が生きているのだろうと振り返ります。そして逆説的に、そろばんを弾いてしまう時点で、そこまでやりたくないのだとも話しました。
手伝うと決めたツアーを、なぜやめたのか
井上さんは、勢いで始めたものの、後から「こんなにやりたくなかった」と気づいた経験はあるかと尋ねます。五味さんの答えは「あるある」でした。
最近の例は、仲のいい年上の友人が企画した、醸造蔵や味噌屋、酒屋を回るインバウンド向けツアーです。五味さんは「めちゃめちゃいいじゃないですか、手伝います」と引き受け、テストツアーも4、5回実施しました。
実際始めてみたら、そのなんか予定が埋まるごとに何かテンションが下がってって。
子どもの演奏会と日程が重なることもあり、五味さんは「これきついわ」と本人に伝えて手を引きます。自分でも「子供みたいな話」だと苦笑いしています。
続くものと続かないものの違いを問われると、五味さんは、苦しいことがあっても「やりたい」が強いものは続くと答えます。例に挙げたのは、ネタに追われながらも10年続けているラジオでした。
ただ、続くものと続かないものを並べて俯瞰すると、その境目は自分でもまだよくわかっていないといいます。わかっていればツアーにも最初から協力していなかったはずだ、というのが五味さんの率直な答えです。
他人が認められると嬉しいのはなぜか
井上さんは、五味さんが嬉しいと感じる瞬間について尋ねます。返ってきたのは、自分の成功ではなく、面白い人が世の中に認められる瞬間でした。
俺の見立てが良かったって意味じゃなくて、この人はもう世の中のために必要な才能だなみたいな人がいて。
(その人が)評価される瞬間とかはすごい嬉しいな。
井上さんは、他者の喜びが自分の喜びになっている点に注目し、自分と他者の境界をどう感じているのかを聞きます。五味さんは、境界は「ちゃんとある」と答えました。
五味さんは最近観た映画我々宇宙人だの子ども時代の場面に深く共感し、作者と同じように自分にも他者との境界があると感じたそうです。それでも井上さんの指摘を受け、見返りがないのに喜べるのは、相手のことが自分事になっているからかもしれないと考え直しています。
タイの留学生と小倉ヒラクさんから受けた影響
他者を喜べる感覚は子どもの頃からかと聞かれ、五味さんは20代から30代にかけての出会いを挙げます。強く影響を受けた人が何人かいるといいます。
1人目は、五味さんが新卒でタイに3年住んでいた頃に出会った、妹の友人です。その人はタイの大学に留学していて、社会人の五味さんよりずっと時間がありました。
留学生の友人は古本屋で見つけた小説をよく五味さんに渡してくれました。五味さんは本を読まない人でしたが、暇だから読むうちに読書の習慣がついたといいます。夜はクラブに行くなど、寝る間も惜しんで遊んでいた時期でもありました。
2人目が、発酵をテーマに活動する小倉ヒラク ── 発酵デザイナーとして知られ、発酵文化に関する著書や展示企画で知られる人物。日本各地の醸造の現場を取材していますさんです。五味さんはヒラクさんの影響でブログを書くようになり、温泉に行っては、これまでやったこととこれからやりたいことを語り合ってきました。
井上さんは、憧れでも単なる真似でもなく、相手の影響を「ニュルっと」受けられる五味さんの柔軟さが不思議だと話します。
五味さんは、ヒラクさんの新書『僕たちは伝統とどう生きるか』の冒頭に、自分が登場していることを明かします。家業の味噌屋をやめて駐車場かマンションにしたほうがいいのでは、という冗談めいた場面です。
なんかすごく大きな目標がないとダメなのかなとか。でもなんか「なんとなく日々楽しいからいいのかな」みたいな話をしてたのが、割とその本の内容になってて。
銭湯での普段の会話が本という形で返ってきた経験から、五味さんはヒラクさんとの関係を、憧れというより仲間として対等に影響し合うものだと捉えています。
自分の店に来なくていい。「形はどうでもいい」という発想
井上さんが「飽き性ですか」と尋ねると、五味さんはあっさり認めます。井上さんは、五味さんは学習意欲が高く、新しい興味と出会うときに興奮するタイプに見えると指摘しました。
井上さんの仮説は、新しい興味が生まれ続けるものは続き、自分の中にすでにあるものを消費するだけのものは続かない、というものです。五味さんは、そこまで明確ではないがそれはあるかもしれないと応じます。
ツアーの件も、毎回同じことを繰り返すのがつまらなかったのが大きいといいます。五味さんは企画した友人のキャリアを生かし、自社に来るのは年1回でいいから、いろいろな蔵元を回って相談に乗る仕事にしたほうがいいと提案しました。
井上さんは、普通にビジネスをするなら「うちにどんどん来て」と言うはずなのに、なぜ他の蔵元を勧めるのかと問います。五味さんがたどり着いた答えは、家業の「残り方」に対する考え方でした。
元味噌屋がポッドキャストで1000万稼いでますっていう状態でもぶっちゃけいいんだけど。誰かの役に立ってれば。
五味さんは、味噌を売る行為はやめるかもしれないとしつつ、発酵や醸造、麹の世界は奥が深いのでやめないと話します。麹屋のノウハウを生かしてラボにする道もありうるといいます。味噌屋がなくなるより、麹を使う人が困るほうが問題だという見立てです。
作れる量に限りがあるから、他の味噌も買ってほしい
井上さんは、以前自分が関わるプロジェクトで五味醤油の味噌を仕入れた際の会話を思い出します。味噌は仕込みから出荷まで時間がかかるため、届けられる客の数が限られる、と五味さんは話していました。
いや、マジ思ってる。
五味さんはそのとき「他の味噌を買ってほしい」と言っていました。今も本当にそう思っているといいます。客が増えすぎると、これまでの客が買えなくなってしまうからです。
井上さんは、この制約があるからこそ純粋に「他の味噌も買って」と言えるのだと考えます。そして、東京都の仕事で高校生とイベントをつくるなかで感じている、逆の傾向と対比しました。
高校生と話していると、選べる可能性のある選択肢をどれも削りたくない、という声を聞くそうです。たとえば就活しないと「新卒」という枠を失う、という話です。
何かを選んでるってことは、本当は何かを選んでないはずなんだけども。
井上さんは、選択肢を失いたくない気持ちが、動けなさにつながっていると見ています。その対比を整理すると次のようになります。
どれも失いたくないため、変われない・選べない・動けない状態になりやすい
無理な選択肢を捨てて考えるため、動きも変化も早く、捨てる判断も早い
ただ五味さんは、作る量を減らして丁寧に届けるという考えを同業者に真剣に話しても、なかなか伝わらないと明かします。多くの蔵は生産量がいっぱいではなく、稼働率が50パーセントなら上げようという発想になりやすいからです。
五味さんの考える「いい状態」とは何か
井上さんは、銭湯やツアーの話に通じる、五味さんの言う「いい」とは何かと問います。五味さんはまだ模索中だとしつつ、無理のない状態がいいと答えました。
あんま売れなくて経済的にいまいちだったら良くないし、忙しすぎてお金あっても意味ないから。
五味さんが「いい」と感じるのが、甲府の街の商店です。八百屋は全滅してしまったものの、魚屋、肉屋、米屋、豆腐を作る豆腐屋がそろっていて、我慢して買うのではなく、ちゃんといい店だといいます。
ただ、各店が経済的にいい状態なのかはわかりません。五味さんは最近、松本の藤原印刷 ── 長野県松本市の印刷会社。書籍などの印刷を手がけ、つくり手との対話を重視した取り組みで知られていますの知人と東京から帰る電車で隣に座り、1時間ほど街の話をしたそうです。
その会話から出てきたのは、商店街の人ともっとコミュニケーションを取ればいいという答えでした。いきなり困りごとを聞くのではなく、買い物のついでに少しずつ話すのがポイントです。
普段の買い物
日常的に店を利用する
ちょっと声をかける
買い物のときに一言添える
少しずつ話す
会話を重ねて関係をつくる
本音が自然に出る
冷蔵庫が壊れた、跡取りがいないといった話が聞ける
五味さんが日曜日に銭湯へ行ったのも、この流れでした。銭湯が好きだとは一言も言わず、おじさんとただ話すことが、今のところの「作戦」であり遊びでもあるといいます。
井上さんはその姿を、土壌に入り込んで少しずつ整える菌のようだと表現しました。
「いらっしゃいませ」を言わない店が挨拶を増やす理由
井上さんは、自身が営むおやき屋「HELLOWORLD」の話をします。道に面したテイクアウト専門のスタンドで、窓を開けっぱなしにして営業しています。
うちの店1個だけ明確に決めてることがあって、「いらっしゃいませ」って言わないんですよ、絶対。
HELLOWORLDでは、店に来た人ではなく、道を歩くすべての人に挨拶をすると決めています。通勤や通学の人、病院へ向かう人、ときには車にも「こんにちは」と声をかけます。
最初は返事がなくても、7回目ぐらいで返事が来るようになり、8回目、9回目には「すごい挨拶してくるから来ちゃったよ」と店に寄る人もいるそうです。恥ずかしがっていた高校生が、やがて自分から挨拶してくることもあります。
井上さんは、2つの挨拶の違いを次のように説明しています。
一方向的な挨拶で、相手は返事のしようがない
返事が返ってきて、ラリーが生まれる
知らない人が道で急に挨拶すると怖がられますが、店の側なら何者かがわかるため、挨拶を増やしやすいと井上さんは考えます。挨拶が多い店が増えれば、街のコミュニケーションも増えるという発想です。
井上さんはこの役割を、返事の有無や声色で様子を見るコミュニティナース ── 地域に入り込み、住民と日常的に関わりながら心身の健康や暮らしを見守る活動、またはその担い手。医療行為より関係づくりを重視しますに近いと話します。五味さんが銭湯でおじさんの機微を感じ取るのも同じで、「医療をやらないお医者さん」のようだと表現しました。
他社の社長がドライバーに。コッペさんという存在
井上さんは、五味さんがいろいろな場所に連れて行ってくれると話していたコッペさんの話題を出します。コッペさんは五味さんの家でよくお茶をしますが、そこには大体誰かが訪ねてくるといいます。
翌週、五味さんは兵庫に呼ばれて話をしに行く予定で、コッペさんが「暇だから行こうよ」と車を出してくれることになっています。井上さんが「他社の社長をドライバーにするんですね」と驚くと、五味さんは、目的があるから楽しいのだと答えました。
五味さんは以前、新田本家 ── 書き起こしで言及された酒造関連の事業者。イベント出店の売り子を探していたという文脈で登場しますがイベント森、道、市場で売り子を探していた際にコッペさんを紹介しました。コッペさんは売り続けて、大きな売り上げを出したそうです。
学園祭とか好きなんだろうね。なんかその与えられた5倍とか10倍やるんだよね。
コッペさんは日本茶の事業も構想していて、食べ物と合わせるならおやきだと考えていたといいます。おやきと日本茶の店を営む井上さんに、ティーソーダなどのアイデアを教えてくれたそうです。
五味さんたちは飲み会の最後にお酒をやめてお茶を飲み、12時近くになったら切り上げるようにしているとも話しました。翌日に残らず楽だという理由です。
暇な若者が街をうろうろしているといい
最後の質問として、井上さんは五味さんの関わり方を「ケア」と捉え、そういう人を増やしたいかと尋ねます。五味さんの答えは、ケアとは少し違う角度からのものでした。
ケアまでいかないけども、なんか暇そうな若者が街でうろうろしてるのはいいなと思って。
可能性が広がるじゃん。成し遂げなくてもいいけど。
五味さんは20代後半でヒラクさんと出会った頃、お互い暇で街をよく歩いていたと振り返ります。若い頃は変な強気もあり、おじさんたちにどんどん話しかけていたそうです。
井上さんも、10年ほど前に出会った磯川さんと、ひたすら暇だった時期があったと話します。お金もなく、目的のない旅をしながら、とにかく人と話していた時期こそ、いろいろなことが動いていたと気づいたといいます。
五味さんは、ガラス作家のコマキさんとも、作家活動を一度やめて戻った暇な時期に出会いました。今は整理券を配るほど人気ですが、売れている時期だったら一緒に売り込みに行くこともなかったはずだと話します。
井上さんも、暇だった3、4年の間に出会った豪輝さんたちが、今はみな売れっ子になったと語ります。豪輝さんは会社員をしながら手と手と食堂を営んでいた頃、お金に関係なく料理を作りに来てくれたといいます。
五味さんは、売れっ子になるのはちゃんとやっていれば当然だとしつつ、早いうちに出会っておくのとは全然違うと話しました。井上さんは、ここ最近は自分が一番暇から遠のいていたと振り返ります。
コロナ禍に気づいた、忙しすぎる日常
締めくくりに五味さんは、コロナ禍は忙しくなくて良かったと話します。10月は子どもの運動会や地区の運動会が重なり、こんなに忙しかったかと感じていたそうです。
ワイワイするのは嫌でもないんだけど、忙しいって、なんか忙しすぎるよね、日本人ね。
井上さんは、忙しいこと自体は好きで、余白の大切さも頭ではわかっていたと話します。それでもこの1、2年は暇な時間の優先度が低く、暇なときのほうが圧倒的に調子も気分もいいと、この日に納得したといいます。
五味さんも来年まで予定が埋まっているため、なんとか暇をつくりたいと話します。井上さんも自分の時間の使い方を考えようと語り、この回は終わりました。
まとめ
五味仁志さんの葛藤や喜びをたどると、家業の形にこだわらず、街の商店や人が無理なくいい状態で続くことを願う姿が見えてきます。その関わり方を支えているのは、普段の小さな会話と、暇な時間に生まれる出会いだと二人は確かめ合いました。
- 銭湯の再生に踏み切れない葛藤は、自分が「やる側」になる現実を冷静に計算した結果でした
- 五味さんは家業の形にこだわらず、麹の世界や誰かの役に立つことを軸に残り方を考えています
- 味噌の生産量に限りがあるからこそ、「他の味噌も買って」と言える姿勢が生まれています
- 買い物のついでの声かけや「こんにちは」の挨拶が、街のコミュニケーションを増やす手段として語られました
- 暇な時期の出会いこそが人や物事を動かしてきたと、二人は自身の経験から振り返りました





