ほとんど全部が三元豚なのに、なんかいい
スーパーで売っている豚肉に、「三元豚」というシールが貼ってあることがありますよね。響きもいいし、なんだか良さそうに見えます。
ところが、日本国内で流通・消費されている豚肉は、9割以上が三元豚らしいんです。
それなのに「三元豚のロースカツ」「三元豚の生姜焼き」と書かれると、すごく良さそうに感じる。これってすごいな、と思ったんです。
調べてみると、三元豚は特定の銘柄名やブランド名ではなく、3品種を掛け合わせた交配方法を指す言葉でした。日本で一般的なのは、ランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種の組み合わせです。
条件を満たせば、どの業者の豚肉でも三元豚と呼べます。Wikipediaによると、交配種は発育の早さや病気への耐性、肉質の良さなど各原種の優れた形質を受け継ぐので、生産効率と品質のバランスが取れているそうです。
ちなみに欧米では、4品種を掛け合わせた四元豚が主流なんだとか。
事実なので、嘘ではありません。優良誤認表示 ── 商品やサービスの品質などを、実際より著しく優れていると見せかける不当表示。景品表示法で禁止されていますにも当たらず、偽装にもならない訳です。
それでいまだにスーパーにバリバリ並んでいる。すげえよな、と思います。
ノーコストで単価を上げる、業界ぐるみのブランディング
言葉の響きがいいからなんですかね。言葉が一人歩きして、自然にプレミアム感が演出できているのがこの現象のミソだと思います。
日本人って、三要素みたいなものが好きじゃないですか。響きもやっぱりいいんです。
じゃあ実際に差別化できているかというと、多分違いますよね。豚肉の質を左右するのは、三元交配かどうかではなく、具体的な品種の配合や比率、何を食べさせているか、ストレスがあるかといった飼育内容、独自の交配技術やストーリー性のはずです。
そうなんだけど、毎日食べる豚肉にそこまでのストーリーや配合がいるかと言われたら、そうでもない。
ブランド名っぽいし、中身はわからないけどなんとなくいい感じがする。日常使いにちょうどいいネーミングで、うまい言葉選びなんですよね。
これって業界的には万歳だなと思ったんです。業界全体として、ノーコストで単価を底上げできる効率のいいブランディングが成立しています。
食品ブランディングの成功事例をまとめたサイトでは、情緒的な価値をうまく訴求できたブランドは、粗利率で10〜30%の向上が見込めるとされていました。
三元豚の場合、新しい設備投資も特別な飼育コストもいらない。それで長年この効果に近いものを得てきたとすれば、費用対効果は突出している訳です。
あるベーカリーが食パンの表記を「天然酵母使用低温長時間発酵食パン」に変えただけで売上が1.8倍になった、という事例もあるそうです。商品を変えずに見せ方だけで価値の意識を引き上げるフレーミング効果 ── 同じ内容でも、表現の仕方によって受け手の判断や印象が変わる心理的な効果は、食品業界で繰り返し実証されているテクニックらしいです。
さらに三元豚がユニークなのは、業界全体が得する構造になっていることです。普通のブランディングは特定の企業や商品だけが利益を得ますが、業界共通用語になっているのは類を見ない気がします。
お米の『あきたこまち』のような名前もありますが、あれは特定の品種や産地を指す個別ブランドです。三元豚は、交配方式の技術用語が偶然プレミアムになった。質が全然違うんですよね。マジでなんなんだこれ、と。
気づかれても怒られない、でも疲弊はしそう
AIと話しながら調べていたら、AIは「唯一のリスクは消費者が実態に気づいたとき。プレミアム感が一気に剥落する」と言っていました。
でも、別にそんなことなくね?と思ったんです。優良誤認表示でもないし、「え、国内のほとんどって三元豚なん?」くらいの雑学で終わる話です。
「騙された、俺は三元豚だから食ってんだぞ」とはならない。炎上や不信につながらない、怒られない仕組みになっているのが不思議なんです。
ただ、業界全体が勝手に使えるフリーライド型のブランディングだと、逆に三元豚のシールをつけないと劣って見える現象がありそうです。個社が特別儲かる訳でもないので、下手したら業界全体が疲弊していく可能性もあるな、と思いました。
実際、プレミアムの訴求で四元豚が出てきているそうです。シグナリングがだんだんインフレしていく訳ですよね。
でも、四元豚って言われてもね、と。より良くなったから何なんだ、毎日食うもんじゃろ、という違和感はずっとあります。
四元豚も、個社が投資しても占有できない構造は同じはずです。多少手間はかかるんでしょうけど、手間以上のプラスを出すかと言ったら、そうではない気がします。
だとすると、次に行ける場所はもう高付加価値化しか残されていないのかな、と思ったんです。
日用品の需要曲線を思い出してみた
ここでふと思い出したのが、日用品の需要曲線ってどんなんだったっけ、ということでした。
中小企業診断士の試験には経済学もあります。受験生向けのサイトでは「実務では使いません」なんて話もありますが、市場の全体感を見るときには有用なんじゃないかと思い至った訳です。
日用品の需要曲線は非弾力的です。価格弾力性が1より小さく、価格が変わっても需要量はあまり変わらない、傾きの急な右肩下がりの曲線になります。
生活に不可欠なので値上がりしても買わない選択をしにくい一方、めちゃめちゃ下がってもそんなに量は増えません。
これは裏返すと、高付加価値化が効きにくいということなんです。ブランディングで単価を上げることは一定程度できても、需要量が大きく伸びる訳ではないはずです。
しかも豚肉は代替品が豊富です。価格を上げすぎると、鶏肉や加工肉に逃げられてしまう。多少上げてもついてきてくれるけれど、一定を超えたら需要が激減するはずなんです。
ということは、業界全体でラベルをインフレさせてもパイは広がらず、価格の付け替え合戦に終始するゼロサムゲームに近い構造になってしまうんじゃないか。
業界全体が疲弊する、というなんとなくの雰囲気は、経済学的に見ると合理的に説明できる訳です。
ブームと中途半端な高付加価値化の危うさ
これをもとに考えると、一時的なブームで業界が潤っても、その果実を追って中途半端な高付加価値化に乗り出すと、投下した経営資源が回収できない可能性があります。
きちんと調べた訳ではないですが、タピオカ、高級食パン、から揚げのように、食品のブームには常に栄枯盛衰がありますよね。
ブームは需要曲線を一時的にシフトさせるだけなのに、設備や人材への投資は長期回収が前提の固定費です。ここにミスマッチが生まれてしまうんです。
高級食パンのブームでは、多くの店舗が行列の勢いに乗って出店を拡大し、収束後に固定費だけが残る構造に陥ったそうです。
ジャンルは違いますが、脱毛サロンもブームに乗じて大量出店し、初回価格を下げてキャッシュフローが危なくなって大量に倒産した、というのは2、3年前に聞いた話です。
需要曲線が一時的にシフトしているだけなのか、本格的に伸びているのか。市場分析では、商品自体を調べるだけでなく、経済学的に需要曲線の状態を裏付けることも一定可能なのかなと思いました。
やっぱり、中途半端な高付加価値化が一番危険ですよね。フルコミットでも撤退でもない中間的な投資は、強みにも弱みにもならない。
三元豚に当てはめると、パッケージや専用ロゴにお金をかけて、飼料や血統といった本質的な差別化に踏み込まなかったり、マーケティング費用だけ先行させて機能的な裏付けが伴わなかったりすると、疲弊してしまうんじゃないかと推測できます。
特にフリーライド型なので、リスクは高いのかなと思います。全員が三元豚を主張するだけの投資合戦になれば、みんな疲れて終了してしまう。このくらいのラインなら消費者は買ってくれる、という見極めが必要なんですかね。
それにしても、誰でも使えるのに「なんかいい」って、すごいですよね。偶然だろうけど、そういうブランディングができるのはめちゃめちゃいいことだと思います。
経済学の勉強にはあまり食指が動かないかもしれませんが、こんな形で使える場所もあるかもしれません。視座を高めるためにも、実際に使ってみてはいかがでしょうか。
まとめ
三元豚は国内の豚肉の9割以上を占める交配方式の名前なのに、響きだけでプレミアム感が出ている、業界ぐるみの珍しいブランディングです。ただ日用品の需要曲線から考えると、ラベルのインフレや中途半端な高付加価値化は業界を疲弊させかねないと僕は考えています。
- 三元豚は銘柄名ではなく3品種を掛け合わせた交配方法の名前で、嘘ではないので表示上も問題がない
- 業界全体がノーコストで単価を底上げできる、フリーライド型のブランディングになっている
- 日用品は需要が非弾力的で代替品も多いので、ラベルをインフレさせてもパイは広がりにくい
- ブームに乗った中途半端な高付加価値化は、投資を回収できないリスクが高い





