フジロック最前列8時間、Massive Attackが投げた問い
90年代編の本題に入る前に、福の神さんが安藤さんに尋ねたのはフジロックの感想でした。安藤さんは8時間最前列に陣取り、Massive Attackを目の前で観たといいます。
多分ね、もしかしたらね、人生ナンバーワンに入るかもしれない。マッシブアタックの(ライブの中で)。めちゃくちゃ良かった。
安藤さんは16年前にフジロックに来たときのMassive Attackも観ています。福の神さんは冷房の効いた部屋から配信で観ていたそうですが、こちらも「めちゃくちゃ良かった」と絶賛しています。
2人が驚いたのは、ゲストボーカルたちの健在ぶりでした。72歳前後とされるホレス・アンディ ── ジャマイカ出身のレゲエ歌手。高く伸びる独特の歌声で知られ、Massive Attackの作品に長く参加してきましたも高い声のまま歌っていたといいます。
安藤さんによれば、Massive Attackはメンバーが入れ替わりながら役割を交代していく「サウンドシステム形態」をとっています。そのためゲストボーカルが多く、ダブの重鎮も参加しているそうです。
ライブの内容について、安藤さんはAIによる監視や世界の軍事費といったステートメントが映像と一緒に示され、問いを投げるだけで終わる構成だったと振り返ります。メッセージが重く、途中で離脱する観客もいたそうです。
最後の一番有名なティアドロップっていう曲があるんですけど、これが流れた時にステートメントから一切全部流れなくて、バンド演奏だけになるんですよ。
福の神さんは、戦争の生々しい映像を流しながら音楽はとにかく美しい、そのコントラストに打たれたと語ります。安藤さんも、自分の生き方を問い直された気持ちになったと話しています。
80年代の復習クイズ、音楽の聴き方を変えたものは?
恒例の「やわらぎクイズ」80年代編では、福の神さんが「80年代に音楽の視聴方法が大きく変わった出来事は何か」と出題しました。
テレビでいう視覚情報が入ってきた。これがこれまで聴覚情報だけにとらわれていた音楽と、消費者の楽しみ方が変わる1つの断面だったと。
和さんの答えは正解です。続く「きっかけを作った放送局は?」という問題では、TVer、Netflix、MTVの3択を出され、和さんはMTVを選んで見事に正解しました。安藤さんからは「80年代マスター」と認定されています。
なぜ1991年は「名盤ラッシュ」と呼ばれるのか?
90年代は和さんが生まれた年代でもあります。和さんは1995年生まれで、福の神さんは「もうカート・コバーンはいなかったか」と反応しています。
安藤さんは、前回の80年代編で見た「明るい表と暗い裏」という二層構造が、1991年にすべてひっくり返ると説明します。その象徴が、いわゆる名盤ラッシュです。
安藤さんが挙げた1991年の作品は、ロックからクラブミュージック、ヒップホップまで幅広いジャンルにまたがります。
ほかにもSmashing Pumpkins、Metallica、Guns N' Roses、レッチリ、KLF、Orbital、De La Soul、Cypress Hillなどの名前が続き、和さんが思わず「多くない?」とつぶやくほどでした。
音楽を語る上の基本言語と言ってもいいかもしれませんね。
安藤さんも、音楽の教科書に載るレベルの作品が1991年に一斉に出た、とんでもない年だとまとめています。
冷戦の終わりが崩した「大きな物語」
1991年の音楽を理解する背景として、安藤さんがまず挙げたのは旧ソ連の消滅です。その少し前のベルリンの壁崩壊とあわせ、資本主義対共産主義という対立構造が終わりました。
安藤さんは、西側にとって「対立に勝てばユートピアが来る」という物語が崩れていったと説明します。日本でもバブルが崩壊し、それまでの日常が崩れるタイミングだったといいます。
和さんは冷戦期のアメリカ映画を例に、「アメリカが正義、ソ連が悪」という勧善懲悪がわかりやすかった時代から、価値観が揺らぎ始めたと語ります。
桃太郎が鬼を退治するのはいいことだって言ってるけど、鬼にも家族いるよなみたいな話になってきて。
和さんはさらに、仰々しい商業主義の音楽に「自分たちとは違う世界だ」「リアリティがない」と感じる若者が増え、その受け皿としてインディーレーベル ── 大手レコード会社に属さず、独立して運営される小規模なレコード会社。作り手の志向を反映した作品を出しやすいとされますが活発化したと整理しました。
冷戦の終結
ベルリンの壁崩壊、旧ソ連の消滅、日本ではバブル崩壊
大きな物語の崩壊
勝てばユートピアが来る、という前提が揺らぐ
商業音楽への違和感
売れ線の曲にリアリティを感じない若者が増える
インディーの活発化
自分たちでレーベルをやろうという動きが名盤を生む
和さんは、その流れの1つとして前回も登場したハシエンダ、マンチェスターのファクトリー・レコードにも触れています。
ジェネレーションXとはどんな世代だったのか?
安藤さんは、90年代の音楽を聴いた世代を「ジェネレーションX」と呼ぶと説明します。語源はダグラス・クープランドの小説で、カリフォルニアの砂漠を歩いて「答えはなかった」と終わる、ロードムービーのような作品だといいます。
親世代には、努力していい学校、いい会社に入ればうまくいくという物語がありました。一方でジェネレーションXは、低成長のなかでアメリカの離婚増加を経験し、片親家庭や放課後を1人で過ごす鍵っ子が多い世代だったと安藤さんは語ります。
大きなストーリーで世の中を変えられると信じ、努力すれば報われる物語があった
何をやっても変わらない空虚感。無気力、シニカル、疎外感が文化の背景に
福の神さんは、ジェネレーションXは今の「Z世代」のように世代で物事を語り始めた最初の例だと話します。当時は関連書籍が多く、同名の映画まで作られたといいます。
自身もX世代だという福の神さんは、X JAPANにかけて「紅だ!」と叫び、安藤さんに「それ言いたいだけじゃないですか」と突っ込まれていました。
カート・コバーンがマイケル・ジャクソンを抜いた日
ジェネレーションXの典型例として安藤さんが紹介したのが、Nirvanaのカート・コバーンです。和さんは名前に聞き覚えがなく、検索したとたん最期の情報が目に入ってしまいました。
安藤さんによれば、カートは離婚家庭の不安定な環境で育ち、10代は親戚の家を転々としていました。今でいえば裏アカウントで悪口を書くタイプで、注目されたくない性格だったといいます。
そんなカートのモヤモヤを吐き出すバンドが急上昇します。『Nevermind』は年の後半にリリースされ、ビルボードチャートでみるみる順位を上げ、年明けすぐにMichael Jacksonの『Dangerous』を抜いて1位になりました。
SNSのない時代にどう広まったのかという和さんの疑問に、安藤さんはMTVやラジオでじわじわ火がついたと答えます。体育館で撮った低予算の「Smells Like Teen Spirit」のPVに、多くの人が雷に打たれたといいます。
福の神さんは、NMEのような音楽誌の表紙や、感度の高い編集者の後押しも大きかったと補足します。
福の神さんが注目するのは服装です。シアトルの木こりが着ていたネルシャツや破れたジーンズという普段着が、やがてアイコンとして神格化されてしまいます。
これも後々繋がってきちゃう悲劇の1つではあるんだけど、普段着のその格好がアイコンになっちゃって、神格化されちゃう。
ボロボロの服を形容して、このジャンルはグランジ ── 「汚れた」「薄汚い」を意味する英語に由来するロックのジャンル。シアトル周辺のバンドを中心に90年代初頭に広まりましたと呼ばれるようになりました。それまでのバンドが衣装や様式美を守っていたのに対し、以降は普段着で出るアーティストが増えたといいます。
Guns N' Roses対カート・コバーン、対立の時代の幕開け
カートのライバルとされたのが、Guns N' Rosesです。安藤さんは、80年代ロックの遺産を煮詰めたような「企業ロックの頂点」だと表現します。
福の神さんは、ボーカルのアクセル・ローズの金髪ロン毛にバンダナ、袖のないジージャンという姿を挙げ、当時の日本のメジャーアーティストにも意識する人が多かったと話します。
企業ロックの頂点。着飾ったスタイルで「俺についてこい」と引っ張るロックスター
普段着でステージに立ち、個人的なモヤモヤや虚無感を歌う。注目されたくない
2人の仲の悪さを象徴するのが、1992年のMTVアワードの舞台裏です。カートの妻コートニー・ラブが皮肉まじりに子どもの名付け親を頼み、怒ったアクセルが「その女を黙らせろ」と言っても、カートは無視したといいます。
安藤さんは、90年代はメディアが「何対何」という対立を徹底的に煽った時代で、その先駆けがこの2人だったと位置づけます。
ぽっと出のスタートアップがトヨタ抜くみたいな話なんですよ。
ただし福の神さんは、カート本人は目立ちたくなかったことが問題だったと指摘します。個人的なことを歌っていただけなのに、大衆に祭り上げられていったのです。
ポップなのに内省的、カートの音楽と最期
Nirvanaは、既存ロックの代替を意味するオルタナティブロック ── 主流の商業ロックに対する「もう1つの選択肢」として生まれたロックの総称。80年代のカレッジラジオやインディーシーンから広がりましたのバンドの1つです。安藤さんは、メタルのような攻撃性を持ちつつ、技術より荒々しさで勝負する音楽性だと説明します。
福の神さんは、攻撃性を速さに頼らなかった点を高く評価します。緩いリズムで重さを受け止めながら、メロディーは口ずさめるほどポップだといいます。
なんか大衆性も持ちつつ、個人的なものも表現できてるっていうバランスがすごくいいのが、ちょっと違うかもしれないけど、ジブリ的ではあるんですよ。
1993年11月のMTVアンプラグドでは、ヒット曲をほとんど歌わず、古い歌やマイナーな曲を選びました。会場は花を並べた葬式のような演出で、ノイジーだったバンドがアコースティックギターで現れたといいます。
安藤さんは、ロックスターに祭り上げられたことへの逆張りに加え、自分たちと相容れないマッチョなファンが増えた居心地の悪さもあったのではないかと推測しています。福の神さんも、商業主義に飲み込まれまいと戦っていたと語ります。
精神的に追い詰められ、ドラッグの問題も抱えたカートは、1994年に自宅で猟銃により27歳で命を絶ちました。安藤さんは、番組でもたびたび登場する「27歳の死」として、殉教者のように語られることが多いと話します。
私、大学に入って初めてキャンパスに行った日かなんかが、それぐらいの時にカート・コバーン死んだって聞かされて。授業全部すっぽかして、みんなで海に行きました。
福の神さんは、90年代は売れたアーティストに対してもリスナー側が「生きてくれるか」と心配する時代だったと振り返ります。
イギリスでも同時に起きた「内向き」の音楽
福の神さんは、同じころイギリスでも普段着で等身大のバンドが現れていたと話を広げます。その象徴がOasisとBlurです。
安藤さんによれば、1994年ごろに両者は同じ日にシングルを出し、メディアがどちらが売れるかを煽りました。労働者階級出身のOasisと中産階級出身のBlurという、わかりやすい対立構図でした。
福の神さんは、ブリットポップ ── 90年代半ばのイギリスで流行した、英国らしさを前面に出したギターポップ。OasisやBlurが代表格として知られますを、商業主義への違和感からビートルズを見直し、イギリスらしい音楽を志向した流れだと説明します。
その前にはシューゲイザーというジャンルもありました。歪ませたギターをエフェクターに通してゆっくりしたビートで騒音のように鳴らし、そこに美しいメロディーを乗せる音楽です。
名前の由来は、内向的な気持ちをつぶやくように演奏し、足元の靴を見つめていたことだといいます。安藤さんは、音で壁を作ることで内省的な音楽になっていったとまとめます。
何かに反対する「アンチ何とか」。強さや反抗を打ち出す
自分の中の自分と向き合い、気持ちを吐露する。アメリカでもイギリスでも同時多発的に
安藤さんは、RadioheadのCreepやBeckのLoserのように、居場所のなさや「負け犬」という自虐を歌う曲が出てきたと続けます。弱さを吐露するロックが、ジェネレーションXに強く響いたという見立てです。
福の神さんは、日本では就職氷河期も重なり、目指すものを自分で探さなければならない空気のなかで、もがく音楽に共感が集まったと語ります。安藤さんは、今の起業家にこの世代が多く、Oasisの再結成ライブの投稿が並ぶのも頷けると話しています。
「求められる自分」の話に、和さんの波形が振り切れた
収録が40分近くに及んだところで、福の神さんは和さんの誕生日が1月26日だと確認します。カートの死から1年ほど後に生まれたことから「生まれ変わりの可能性を探ろうとしていた」と冗談を飛ばします。
そこで和さんが口を開きます。序盤は反応が薄かったものの、カート・コバーンの話がこれまでで一番刺さったかもしれないというのです。
和さんは、市場で買ってもらいやすい商品として自分を最適化し、本当の自分を忘れることを多くの人は無意識にできていると語ります。カートはその対極にいて、耐えきれずにさまざまな形でにじみ出し、周りに染まれなかったのだと受け止めています。
福の神さんも、スケールの差はあれ「求められる自分」と「そうじゃない自分」の間でチューニングを合わせる悩みは、どの世代の誰もが抱えるものだと応じます。
初めてやわらぎさんの波形が振り切れてる。
和さんは「体重が乗りました」と認め、結末が猟銃自殺だったことに「悔しい」と漏らします。福の神さんもその悔しさに共感し、「生きてくれなかったか」という思いがあったと語っています。
デイヴ・グロールが広げたカートの魂
安藤さんは、同じシアトルから出てきたバンドたちがそれぞれ違う苦悩を抱えながら同時代に存在していたことに、また別のエモさがあると話します。
福の神さんが挙げたのは、Nirvanaのドラマー、デイヴ・グロールです。次に別のバンドで世界を取り、安藤さんによれば、手伝ったり引き上げたりしたバンドがまた世界を変えていったといいます。
だからカートの魂がいろんなところで生きていくみたいな。ダイナミズムがね。
デイヴ・グロールは底抜けに明るく、徹底的にいい人物で、カートの死で沈んだ気持ちを救ってくれたと福の神さんは語ります。今も現役でアルバムを出しているそうです。
次回は90年代をもう1つの入口から。ロックを離れ、ハシエンダを起点にクラブミュージックの世界へ向かう予定です。
まとめ
1991年の名盤ラッシュの背景には、冷戦の終結で大きな物語が崩れ、商業音楽にリアリティを感じられなくなったジェネレーションXの存在がありました。カート・コバーンは普段着のまま弱さや居場所のなさを歌い、頂点に押し上げられた末に命を絶ちます。「求められる自分」との葛藤は、30年後を生きる和さんにとっても自分の問題として響いていました。
- 1991年はロック、クラブミュージック、ヒップホップまで、全ジャンルで名盤が一斉に出た年だった
- 冷戦終結とバブル崩壊で「努力すれば報われる」物語が崩れ、ジェネレーションXが生まれた
- Nirvanaの『Nevermind』がMichael Jacksonの『Dangerous』を抜き、ロックの主役が交代した
- 注目されたくないカート・コバーンが大衆に祭り上げられた矛盾が、悲劇につながっていった
- アメリカでもイギリスでも、ロックは反抗から内省へ、強さから弱さの吐露へと向かった




