育児は「仕事そのもの」?パーフェクトヒューマンから盗みたいこと
今回のテーマは「仕事ができる人は育児家事もできるのか」です。ヒヤマさんは、育児が不確実性の塊で、2人育児をしているとなおさらそう感じると切り出します。
家事はある程度ルーティンで回せても、子どもが昼寝しなかったり、上の子が幼稚園休みで2人見ることになったりで、日々バタバタしてしまうのがヒヤマ家の実態だといいます。
育児やっぱり不確実性の塊で、今2人育児してるとなおさらそうやなって思うんですよね。
さらに予防接種や保活といった中長期の予定も組み込まないといけないと考えると、短期も中長期もある育児は「もう仕事そのものやな」と感じるとヒヤマさん。
ガントチャートでも作ってほしいなと思いながら、日々走りきるみたいな。
平日は仕事、土日は子どもと遊ぶ時間があり、仕事・育児・家事・遊びを何並列で回すのかという話に。ばたこさんも、急に「今日は電車で行きたい」と言われて予定が全部組み替えになる大変さに共感します。
仕事、育児、家事、遊びみたいなのをもう何並列で回すのよっていうのって、もうAI使っても無理でしょって思うわけですよ。
そこでヒヤマさんが盗みたいと挙げたのが、昔一緒に仕事をした「パーフェクトヒューマン」。子ども3人を奥さんと分担して育てながら共働きし、土日はサッカークラブのコーチまでやっていた人だそうです。
今回はこの人が持っている要素を分解して、仕事で活かせるスキルを育児家事に転用しようという回になります。ばたこさんは、男性でそういうイメージが湧く人はあまりいないものの、同世代には目指す人が増えている気がすると話します。
スキルではなく「心技体」というフレームワークへ
ヒヤマさんの仮説は、しごできの人は仕事を通じて不確実性をコントロールする力が長けている、というもの。ただ、スキルだけだと「仕事はできるけど家庭はポンコツ」という人が説明できないので、他の要素もありそうだと考えます。
ばたこさんがパッと挙げたのは、夫婦ですり合わせてやる姿勢(マインド)と、想定していないだろう発想として「体力」でした。
体力ないとさ、仕事終わって帰ってきて、寝かしつけとか全部やって、さあ家事しようってなっても無理じゃん。
体力こそが一番の土台ではないか、という話になったところで、ヒヤマさんが「心・技・体」というフレームワークを思いつきます。マインドが心、スキルが技、体力が体と、きれいに整理できると2人は盛り上がりました。
技その1・2:段取り力と仮説検証は家に持ち込めるか
まずは「技」=スキルから。ヒヤマさんは、いろんなやることをどの順番でいつまでにやるかというプロジェクトマネジメント(段取り力)は、仕事と育児家事に共通すると話します。
ところがばたこさんは、自分の夫を例に、仕事の段取り力を最初は家に持ち込めなかったと打ち明けます。仕事脳と家がすっぱり分断されていたそうです。
仕事でこれやってるでしょ。いやだって家と違うじゃんみたいな。
段取り力が重要だと理解した上で、それをいかに家庭に持ち込んで転用するかもまたスキルだ、というのがばたこさんの結論。ヒヤマさんは、その分断は体力や「家では緩くていい」という心の問題かもしれないと補足します。
逆に、仕事経験が少ない専業主婦でも、子どもの送り迎えや習い事、洗濯、食事の段取りで相当鍛えられているはずだと2人は指摘します。ただ、当の本人は「自分に仕事で使えるスキルなんてない」と過小評価しがちだといいます。
そういう仕事で私が持ってるスキルなんてないんでって、ある意味で過小評価しちゃうというかね。
続いての技は「仮説検証」。ヒヤマさんは、探索的なアプローチが取れる人は育児にも向いていそうだといいます。離乳食を食べないときに原因を考えて打ち手を試す流れは、仕事とよく似ているそうです。
ばたこさんは、子どもの観察も探索的アプローチだと補足します。疲れてそうだから今日はゆっくり過ごそう、といった判断も子育て力に生きると話しました。
技その3:報連相は家庭でこそ盲点になる
ヒヤマさんが育休を取って地味に大事だと感じているのが、基本の基本である「報連相(報告・連絡・相談)」です。仕事では当たり前でも、家庭ではできていない人が意外と多いのではと問いかけます。
育休中で妻が働いているヒヤマ家では、結果的に報告をよくするようになったそう。しかも報連相の相手が多いことに気づいたといいます。
- 幼稚園の先生と子どもの体調などを情報連携する
- かかりつけ医に離乳食の様子や発疹などを相談する
- パートナーへの日々の業務連絡をする
特にパートナーへの報連相を怠ると、育児家事の連携がギクシャクして、「それ言っといてよ」という喧嘩の原因になるとヒヤマさん。SNSでもよく見る光景だとばたこさんも同意します。
仕事できるやつやのに、なぜか家やと報連相できないやついるんじゃないかって。
ばたこ家では、この報連相を仕組みで解決していました。家事を全部見える化し、誰が何をやるかを決めて、察してではなく「これをやったら寝れる」というタスクリストにしているそうです。
察してとかじゃなくて、もう全部出して、これがやったら寝れるみたいなタスクリストを(作った)。
もらったプリントは見かけた人が写真を撮って共有チャンネル(Slack)に上げる、予定はその場で共有カレンダーに入れる、といった運用も徹底。この1〜2分の仕事が後の仕事を助ける、とばたこさんは言います。
その1分2分の仕事が、後の仕事を助けますんで。
仕組み化とバスケース、ばたこ家の運用レベル
被害を受けるのは結局子どもだから、と2人は話します。小学生になった上の子でも、しれっと手紙で連絡が来るので、親が最終チェックをしないとかわいそうなことになるといいます。
ばたこ家の仕組み化はさらに徹底していて、1か月分のレシピと毎週末の買い物リストを決め、属人化しないようにしているそう。調味料も銘柄まで写真とnotionで残し、「醤油買ってきて」で誰でも買えるようにしています。
調味料の銘柄とか全部書いて写真撮ってnotionに残して、醤油買ってきてって言ったらそれを見て買えるようにしました。
ここでヒヤマさんが仕事で使われる「バスケース」という概念を紹介します。メンバーが何人バスに轢かれたら業務が破綻するかを示す指標で、1人しかできない仕事はバスケース1で危ない、という考え方です。
ばたこ家は、家事育児がほぼバスケース2で、飛び入りで母親が入ってきても回せるものもあるとのこと。ばたこさんの夫は、最初はポンコツ寄りでも仕組み化に乗ってくれたそうです。
その理由をばたこさんはこう分析します。夫はスタンスとスキルは持っていたけれど、それをつなぐ具体的な方法がわからずポンコツになっていた、というのです。
察してとかが苦手で、わかるでしょっていうフォーマットが嫌だから、一から十まで全部決めることによって共同作業になった。
心その1:すべての土台は「圧倒的当事者意識」
ここから「心」=スタンスの話へ。ヒヤマさんの結論はシンプルで、圧倒的当事者意識、これに尽きるというものです。「やってくれるだろう」という受け身は絶対にダメだと言い切ります。
仕事でもお互いの間に落ちるボールがあるように、育児家事にも死ぬほどあり、それを拾えるのは「俺かお前しかいない」という2択。だからこそ、当事者意識の高い2人で拾い合うのが大前提だといいます。
もう受け身は絶対ダメ。これに尽きます。
ばたこさんが「ゆうたさんは基本拾ってるの?」と問うと、ヒヤマさんは気づけるところは拾っているつもりでも、気づけないものもある、と正直に答えます。
ゆうたさんは基本、落ちてるボールを拾ってるの?
ばたこ さんからの質問
気づけるところは拾っているつもりだが、気づけないものもある。だからこそ当事者意識の高い2人で拾い合うのが大前提だと考えている。
心その2:当事者意識の男女差はどこから生まれるのか
気づけないことに男女差はあるのか、という話になります。ヒヤマさんは、持っている情報や視界の違いではないかと考えます。育休中の自分は離乳食や予防接種のスケジュールが頭に入っている一方、妻は上の子の体調に気づきやすい、と持ち場の違いを説明します。
ここでヒヤマさんが思い出したのが、ドラマ「東京女子図鑑」の一場面。豊洲のタワマンで暮らす主人公が、育児家事をしない夫にブチ切れて言うセリフが刺さったといいます。
自分がやらないということは相手にやらせるということ。これをどれだけ気づいて拾えるかに尽きる、とヒヤマさんは話します。仕事はできるのに家ではポンコツな人は、家における当事者意識がないのだろうと言います。
ヒヤマさんは、自分の父親が家では典型的な指示待ちだったと明かします。言われたことはやるけれど言われないとやれない。そんな父を反面教師にしているからこそ、当事者意識の大切さを改めて感じるのかもしれない、と振り返ります。
指示待ちじゃあ指示する側が辛いよね。なんか自立できてない部下がいるわけでしょ。
夫婦のフォーメーションが、共同創業体制なのか上司部下の関係なのかで大きく変わる、とヒヤマさん。指示する側は「お前も動きや」と爆発しがちだといいます。
なぜ女性のほうが当事者意識を先に持ちやすいのか。ヒヤマさんは、妊娠で体の変化が先に来る女性に対し、男性は体の変化がなく、父性は時系列で後から来るという話を紹介します。
女性の方がやっぱり特に子育てに関しては当事者意識が強くなっていて、男性は後天的ないしは後発的にそれを追いかけるケースが多そうな気がする。
ばたこさんは、モチベーションの差にも注目します。家事育児はお金が入らず成果もわかりにくい。仕事は評価されたい、ちやほやされたいといった外的報酬があるが、家事にはそれが弱いと2人は納得します。
家事育児ってさ、お金入んないじゃん。モチベーションの差はありそう。
育児の報酬は子どもの成長でしかない。だから遊びの企画はやるけれど、家事は報酬が弱いからやらない、という現象にヒヤマさんは強く共感します。片付けのように、やってもマイナスを帳消しにするだけの仕事はしんどいのです。
汚い・ちゃんとしていない状態が許せない。マイナスが嫌だという葛藤がモチベーションになっている。
片付けても翌朝また散らかると思うと、掃除・片付けにはあまり当事者意識が持てない。
ばたこさんは、自分は「マイナスが嫌なタイプ」で、洗濯されていない状態や汚い状態が許せないからやると話します。一方で夫にとって家事は「フレームワーク(するものだという役割)」でしかないと分析しました。
心その3:「この人と結婚していいの?」から得た示唆
当事者意識以外に大事なのがチームワークや協調性。相手がどう感じているかを包み隠さず伝え合うべきだ、とばたこさんは言います。この阿吽の呼吸をどうゲットするか、が次の論点です。
ヒヤマさんは、結婚前に奥さんと一緒に読んだ「この人と結婚していいの?」という本を紹介します。海外の結婚・離婚カウンセラーが書いた、男女の考え方の違いなどを扱った本だそうです。
この本から得た示唆の一つが、どんなに仲が良くても妻は他人であること。他人である以上わかり合おうとしない限りわからないので、モヤることは伝えない限り解決しようがない、と考えたそうです。
ヒヤマさんは、この番組を2回やるたびに自分の夫婦関係を見直すきっかけが増えすぎて、やりたいことが渋滞していると笑います。多くの人にもそう思ってもらえるといい、と話しました。
体:シンプルだけど一番大事、体力という土台
最後は「体」=体力です。シンプルだけどめちゃくちゃ大事、と2人。ばたこさんは今、仕事も忙しく5時間睡眠がやっとで、体力の衰えを感じているといいます。
子どもは決まった時間に起きるし、夜には仕事の心配事も来る。時間がない中でやりくりするには、体力がないと本当にしんどい、とばたこさんは話します。
体力が10あって10個のことしかできませんよりも、体力100あって100個のことできますの方が、育児家事もできるもんね。
子どもは体力が増えていくのに大人は基本的に衰えていく。ばたこさんは、体が疲れたときは糖質ではなく肉に向かうようにしていると話し、ヒヤマ家も鮭や卵などタンパク質を意識していると応じます。
体力ないとちょっと余裕なくなって、カリカリしちゃうよね。
体力がないと心も整わない。疲れたときは子どもに優しくできない、というのは2人の実感です。SNSでは段取りやマインドの話は見ても、体力の話はあまり見ないよね、という気づきも共有されました。
育休で上がった育児力、まだ苦手な離乳食
ヒヤマさんに育休を取ってからの成長を聞くと、最初はむずかったけれど、6か月経った今は確実に上がっていると答えます。新卒1年目の気持ちで日々の業務に向かっているそうです。
特に、上の子と下の子を同時に回す段取りは「ぷよぷよの連鎖を組む感じ」に近いといいます。お迎え前に離乳食を準備し、上の子を風呂に入れている間に妻と下の子の離乳食を連携する、といったパズルです。
仕事やったら結構できてる自負あったんやけど、育児やったらそれぞれのタスクの前後の解像度が低いんかな。
仕事ではできていた段取りも、育児だとタスクの前後の見通しが甘くてうまくいかなかったそう。そこは妻のほうができていたので、寝かしつけ後の大人時間で振り返りながらテキパキこなせるようになったといいます。
一方、予防接種などは「逃すと二人目が生命の危機にさらされる」というプレッシャーから、仕事より保守的にスケジュールを引いているとのこと。今一番できないのは離乳食で、経験値不足を感じているそうです。
試行錯誤がまだ足りてないんで、経験値不足を感じてる。
離乳食は自分でやりたい欲求があり、妻がニヤニヤしながら見守ってくれている状態だとヒヤマさん。ばたこさんは「じゃあ育成中、研修中なんですね」と笑いました。
当事者意識は「持たざるを得ない環境」から生まれる
体力づくりの実践では、ばたこ家はベビーカーを使わず、基本は歩きか抱っこだそう。ディズニーでも下の子を全抱っこ・歩きでこなしたといい、日々の積み重ねしかないと話します。
ヒヤマさんも育休を取ってから地味に続けていることがあり、上の子を幼稚園に送った後、下の子を抱っこ紐で抱えたまま11階の自宅までエレベーターを使わず階段で上がっているそうです。
最初めっちゃハアハア言いながら、まさに(子どもが)だんだん重くなるから今もハアハア言ってる。
体力がないと心も整わない、という話に戻り、ばたこさんは重要な指摘をします。心は当事者意識を持つ以前に、持たざるを得ない環境にしていくことが我が家のやり方だった、と。
ヒヤマさんも、「育休をやるから俺が全部リードする」と一旦ポジションを取ったことで後に引けなくなったと明かします。先にポジションを取ってスタンスを引けなくするのは有効だった、というわけです。
先にポジションを取ってしまって、スタンスをもう引けなくするっていうのは結構有効やった。
世の中のお母さんも、旦那が育っていない中で「私がやるしかない」と追い込まれ、結果的に肝っ玉母ちゃんが生まれ続けているのだろう、と2人。男性は心の養われ方が一歩後退するぶん、能動的にマインドセットを整える必要がありそうだと話します。
原体験と価値観のすり合わせ、そしてコミュニケーション
家庭像は原体験に引っ張られる、という話に。ヒヤマさんの奥さんは母親が専業主婦だったため、家に母親がいる魅力を体験していて、育児をできるだけ自分でやりたいという価値観を持っているそうです。
一方ヒヤマさんは共働き家庭で育ち、親の帰りが遅くても「それでも育ってるしな」と感じるため、そこは価値観が違うといいます。原体験が価値観に紐づき、自分の出力につながるのです。
家庭像も、原体験に結構引っ張られることない?
ばたこさんは、父親が食事のマナーに厳しく、ご飯に味噌汁をかけるのは絶対NGだったという原体験を紹介します。夫の家庭ではそれがありだったそうで、細かい違いが夫婦間にあると子どもが戸惑うといいます。
この日、下の子がご飯を牛乳につけて食べようとしたとき、ばたこさんは強い嫌悪感を抱いたそう。あとで振り返って、幼い頃に自分が怒られた経験が理由だと気づき、夫婦で腑に落ちたといいます。
なんかうち、ちっちゃい頃あれめっちゃ怒られたわみたいな。あ、なるほどねみたいな。
だからこそ都度すり合わせが必要で、夫婦のコミュニケーション能力がとても重要だ、というのが2人の共通見解です。ヒヤマさんは「これだけで1時間いける」と話し、次回以降のテーマになりそうな余韻を残しました。
まとめ
仕事ができる人は育児家事もできるのか。2人がたどり着いたのは、スキル(技)だけでなく、当事者意識やコミュニケーションといった心、そして土台となる体力の3つ、つまり「心技体」がそろって初めて仕事も育児家事もできる、という結論でした。
- 育児は不確実性の塊で、短期・中長期のタスクを並列でこなす「仕事そのもの」。段取り・仮説検証・報連相といった仕事のスキルは家庭にも転用できる
- スキルを活かすには、察してに頼らず仕組み化・見える化し、属人化を減らすこと(バスケースを上げる)が効く
- すべての土台は「圧倒的当事者意識」。当事者意識は持とうと思うより、先にポジションを取って持たざるを得ない環境をつくると生まれやすい
- 家事へのモチベーションや家庭像は原体験に引っ張られるため、価値観のすり合わせと夫婦のコミュニケーションが欠かせない
- 見落とされがちだが体力は最重要の土台。体力がないと心も整わず、子どもにも優しくできなくなる




