4本目の収録で挑む「チャーンとサイレントチャーン」
番組は、カスタマーサクセスの知見をドメインごとに掘り下げていくポッドキャストです。今回はHRテック編の第5回として、HR SaaSのチャーン理由とサイレントチャーンを4人で語り合います。
MCはEtty代表でコミュニティ「Startup CS Base」を主催する城田さん、サブMCはCSの立ち上げからマネジメントを経て今年からPMMに挑戦する大脇さんです。
ゲストは、HRテックのSaaS企業でCSやマネージャー、事業開発を経験し、今は独立してCSの業務設計やキャリア支援を手がける綾部さん。もう一人は、新卒から8年間ずっとCSに携わり、現在はエンタープライズのオンボーディング部門でマネージャーを務める瀧田さんです。
実はこの日は4本目の収録で、冒頭を撮り直したこともあり、全員が少しお疲れモード。そんな空気を先に共有しつつ、本編がスタートしました。
先に期待調整しときましょう。
今回のテーマは大きく3つ。HR SaaS特有のチャーン理由、サイレントチャーンの定義と検知シグナル、そしてCSはどこまで予防・検知すべきか、という流れです。
前提として、HR SaaSは人事労務や給与といった基幹システム ── 業務の土台となり、止められないシステム。人事労務や給与計算などが該当し、日常的に使われ続けるのが特徴です的な要素と、タレントマネジメントのような価値創出型の要素が組み合わさっています。だからこそ解約が起きるタイミングにも独特の特性がある、と城田さんは整理します。
担当者変更が招く「方針のリセット」
最初のテーマは、HR SaaS特有のチャーン理由です。城田さんがタレントマネジメント系SaaSでのトップを尋ねると、綾部さんは迷いなく1位を挙げました。
一位はやっぱり担当者の方の変更ですね。
綾部さんによると、担当者が変わると方針がガラッと変わり、求められる要件も変化します。その結果「今のシステムではできない」となって解約につながるケースが多く、止められないチャーンの筆頭だといいます。
背景には、評価スタイルが人事責任者に一任されている構造があります。その人の指向性で設計するものが変わるため、「そんな機能はいらない、コスト削減したい」という判断になることもあるそうです。
ここで綾部さんが重要なアクションとして挙げたのが、方針が変わったときにいかに早く握り直すか、という点です。
これまではこういう目的で導入されていて、今後どうしていきたいか、っていうロードマップを握り直すのが重要になってくる。
文脈が引き継がれることが何より大事ですよね。
そうですね。あんまり引き継がれないことの方が多かったりするので。
担当者変更に加えて、綾部さんはもう一つの理由として「さらに高度な分析をしたい」という機能不足も挙げます。ただしタレントマネジメント系は各社の機能が揃ってきたため、以前より少なくなってきた印象だといいます。
インフラ化で解約を下げる「ベンダー側の発想」
同じ問いに対し、瀧田さんも担当者変更を大きな理由として挙げつつ、ベンダー側の発想からチャーンの構造を語ります。
どれだけインフラ化させてリプレースコストは高いような状態にさせて、チャーンを下げるかっていうものを考えている。
瀧田さんは、より多くのプロダクトを早くオンボーディングして使ってもらうほどチャーンは低い、という前提で動いていると説明します。逆に、機能不足や先方のリソース・経営状況で優先順位が下がると、オンボーディングが進まず解約リスクが高まります。
城田さんは、これをマルチプロダクト ── 複数の製品を組み合わせて提供する戦略。単一製品では他社に劣っても、統合した価値では優位に立てることがありますの価値提供とつなげます。単一製品では他社比較で劣っても、複数を統合した価値なら勝てる、という得意な土俵に持っていけるかがカギだといいます。
一方で瀧田さんは、その価値が伝わりきらない現実も指摘します。実務担当者は機能差分でしか見ておらず、使うほど導入時の思想や記憶は薄れ、目の前の業務が楽になるかどうかが重視されていくからです。
そもそもうちの思想はこういう思想で、それをあなたたちは目指してましたよね。なんでここで抜けるとそこからまた離れますよ、っていうアプローチをしていく。
いい体験をした担当者が転職すれば、次の会社でリプレース先に選ばれることもあれば、その逆もある。人に依存するがゆえの難しさが、あらためて浮かび上がりました。
使われているのに突然消える「サイレントチャーン」
2つ目のテーマはサイレントチャーン ── 利用状況やヘルススコア上は問題がないのに、予兆なく起きてしまう解約。検知が難しく、多くのCSが頭を悩ませますです。大脇さんが「HRテックならではのパターンと事前検知の方法」を尋ねると、瀧田さんはまず結果としての移行理由を挙げます。
結果的にどういう移行でってなると、やっぱり一番多いのは担当者、決済者の変更ですよね。
瀧田さんによると、ヘルススコアで活用状況を見ていれば「使えていないから解約されそう」はある程度検知できます。本当に難しいのは、スコア上はすべて使えているのに解約されるケースだといいます。
勤怠給与計算って回さないことないから、ログに現れないから難しいですよね。
これは城田さんの発言ですが、瀧田さんも「利用頻度が落ちている時点でもう終わっている」と応じます。すでに乗り換えられており、そこから打つ手はほぼないというのが現実です。
結局もう利用頻度が落ちてるっていうことはもう終わってるんですよ。他にもう乗り換えられてるんで。
そこで瀧田さんが取り組むのが、契約からの経過時間を踏まえた見方です。同じ「まだ使えていない」でも、契約2ヶ月と10ヶ月では意味が違うため、いつまでにオンボーディングを完了させないと解約リスクが上がるか、をデータで押さえています。
期限を超えた場合は、サクセス側のメンバーも入ってスケジュールを握り直し、プロジェクトを仕切り直してリスタートさせる、という防ぎ方をしているそうです。
決裁者と未来をすり合わせる「四半期の対話」
使われているのに解約されるサイレントチャーンに対し、瀧田さんはヘルススコアの工夫と、決裁者との定期的な対話を組み合わせています。
ヘルススコアは活用度合いを3段階に分け、最上位の段階まで引き上げることを一つの目標にしています。加えて、取引金額の大きい顧客には四半期や半期に一度、決裁者に会いに行っているといいます。
決算者の方に会いに行って、今こういうことをやってて、ここを目指してやってるとか、うちの会社としてどういう方向性に拡張していくのか、戦略みたいなところの話をする。
狙いは、自社の方向性に一緒に乗って盛り上げてくれるパートナーにしていくこと。ログに現れにくいHR SaaSだからこそ、未来のすり合わせが検知の代わりになります。
海外の事例として、瀧田さんはほぼ全員がLinkedInを使う前提で、そのデータをヘルススコアに同期し担当者変更をキャッチする例を紹介します。ただ日本では同じことは難しい、と城田さんも同意します。
キーマン転職したみたいな。だからサンサンとか使ってそういうのをやろうかなみたいな話は出たんですよ。
城田さんは、名刺管理サービスを使う案も検討したものの、大手には浸透していてもミッドマーケットではバラつきがあり、ROI ── 投資に対して得られる効果や利益の割合。かけたコストに見合うリターンがあるかを判断する指標ですが出るか疑問だった、と振り返ります。
代わりに現実的な手段として挙がったのが、管理者IDの変化を見る方法です。管理者権限が外れたかどうかは、システム上こちらが見られる立場にあります。ただ、そこには気まずさもあると城田さんは言います。
何々さん、もしかしてご退職の方向ですか?みたいなアプローチも微妙だから。
ご退職もそうですし、移動もいい移動と悪い移動がわかんないんで。
契約更新は3ヶ月前では遅い?
3つ目のテーマは、検知したものをどう予防・検知すべきか、です。ヘルススコアやカスタマーマーケティング、コミュニティなどをどう活かすか、各社の工夫を掘り下げます。
綾部さんは、過去のプロダクトで管理者ロールの変更をアラート化し、変わったタイミングでCSに通知が来るようにしていたといいます。担当者変更が解約に直結しやすいからです。
加えて、従業員みんなが使うサービスならではの指標として、主要機能の利用率やログイン率を高・中・低で定義し、低のお客さんにアプローチしていたそうです。
そのうえで、アラート以外にもっとも効いた仕組みとして綾部さんが挙げたのが、契約更新の意向を早めに取りに行くことでした。
必ず半年経ったタイミングでアプローチをしに行く。半年だと挽回できるんですよね。でもやっぱり三ヶ月とか迫ってると、もう意思決定してたりする。
城田さんも、導入3ヶ月の段階で「このままの進捗でご契約は大丈夫そうですか」と聞くのはタダだと応じます。ただ綾部さんは、その時期はまだ「わからない」という反応が多く、意向が出始めるのは半年ごろだといいます。
瀧田さんも似た取り組みをしていますが、より前倒しで、キックオフの段階から関係者に意識させる方法を取っています。1年契約で更新の意思返答が満了の3ヶ月前のため、プロジェクト全体のスケジュールにその時期を組み込みます。
ここまでに完了してスタートさせておかないと、更新はいただけるかもしれないですけど、説明材料として言いにくいですよね、っていう。
使える状態にしておかないと効果検証も続けにくい。その理由を最初に植え付け、コミットしてもらうのが瀧田さんのやり方です。
目標を握らないことこそ最大のリスク
一連の話を受けて、城田さんはサイレントチャーン対策の核心を言葉にします。お客さんと共通の物差しを持たずに客観的に検知するのは、そもそも至難の業だという指摘です。
ここまでこの水準に行きましょう、という物差しが引けていないと、状況がいいのか悪いのかも判断できません。だからこそキックオフで共通の目標を握ることが重要だ、と城田さんは強調します。
HRドメイン以外でも解約防止に取り組む大脇さんは、自社も基本に忠実だと語ります。もっとも影響する因子はオンボーディングの成功率で、そこで大部分のチャーンリスクが下がるといいます。
スケールの局面では、社数が多いぶんカスタマーマーケティング的な手法にどう寄せていくかが課題です。そのうえで大脇さんも、目標をCSがしっかり握ることの重要性を挙げます。
お支払いいただいているライセンスコストよりもアウトカムの方が上回ったよね、っていうところをいかに早く作るかを握ってます。
HR SaaSの独特の難しさを確認しつつ、いかに早くオンボーディングして利活用を広げられるかは他サービスとも共通する、と城田さんはこの回をまとめました。次回は「CSはどこまでやるべきか」という役務範囲の話が予告されています。
まとめ
HR SaaSのチャーンは担当者変更に象徴される「人」に左右されやすく、ログに現れないサイレントチャーンは検知が難しいテーマです。だからこそ、キックオフで共通の目標を握り、決裁者と未来をすり合わせ、更新意向を早めに確認する、といった予防的なCSの動きが効いてきます。
- HR SaaSのチャーン理由トップは担当者・決裁者の変更で、方針が変わると要件も変わり解約につながりやすい
- 利用頻度が落ちた時点ではすでに乗り換えられていることが多く、サイレントチャーンは事後では打つ手が少ない
- 契約からの経過時間でオンボーディング完了期限を管理し、超えたら仕切り直してリスタートさせる
- 契約更新の意向は3ヶ月前では遅く、半年前やキックオフ段階から握っておくと挽回しやすい
- お客さんと共通の物差し(目標)を握らないこと自体が最大のリスクで、いかに早く利活用を広げるかが共通の勝ち筋




