なぜHR SaaSは個社対応が必要になるのか
HR SaaSはSlackやZoomのような業種を問わないサービスと違って、企業ごとの制度に合わせた個社対応が求められがちです。瀧田さんは、その理由をまず「制度そのものが会社ごとに違うこと」に見ています。
瀧田さんによると、HRドメインでは法律が最低限のラインを決めているものの、その上には天井がないのがポイントです。
会社としてはその法律を最低限クリアしていれば、それより上に関しては天井がないので、すごくいくとこまで行ってしまう。
つまり、会社ごとにユニークな休暇制度や独自の働き方があると、それをシステムに落とし込めるかどうかがそのまま「やるか、やらないか」の判断になり、個社対応が発生しやすくなるという話です。
城田さんは、自身が支援してきたSMB ── Small and Medium Business。中小企業を指す言葉。SaaS業界では顧客の企業規模を分ける区分としてよく使われます領域では、むしろ制度の下限をどうコントロールするかを意識していたと振り返ります。
上、ホワイトになっていけばなるほど、ある意味天井が決まらないから、それに合わせるにはどうしたらいいんだろうみたいなポイントが出てくるって感じなんですね。
綾部さんが手がけてきたタレマネ ── タレントマネジメント。従業員のスキルや評価、配置などの情報を一元管理し、人材活用に生かす仕組みや領域のことの領域は、さらに個別性が強いといいます。自社システムやExcelからのリプレースが多く、独自の評価係数や評価ウエイトを再現できないと、そもそも導入が決まらないのだそうです。
それを再現できないと導入が決まらないっていうのが大前提であったりするので、やっぱりそこができることが重要になってくる。
その結果、個社ごとに必要な機能を次々と開発することになり、綾部さんは「どんどんユーザビリティが悪くなっていってしまう」のがあるあるだと話します。
CSからPMMに移った大脇さんは、これをプロダクト戦略の問題として捉えます。どこまでをベストプラクティスとして型化し、どこから余白を残すかが戦略上必要になるという指摘です。
そもそもそのベスプラを入れたいっていうモチベーションで入れてるのか、その自社のものに合わせて欲しいってモチベーションで入れてるのか、その辺もなんか違いになってきそうだなと思いました。
城田さんは、この最初の期待値調整を誤ると「フルカスタマイズします」という話になってしまうと応じます。綾部さんの実感では、自社のやり方に合わせてほしいという後者のモチベーションで導入する顧客が多かったそうです。
CSがどんどん作り込んでしまう構造
2つ目のテーマは、CSがなぜ青天井に作り込んでしまうのか、という構造の話です。プロダクトへの機能要望はリソース問題で断りやすい一方、CS側でリソースを捻り出せば対応できてしまう問題があると城田さんは整理します。
綾部さんは、プロダクトでできないことをCSがやってしまう場面は当時からあったと認めます。
プロダクトできないことはちょっとCSでやってしまうみたいなところは、結構やっぱ当時からはあって。
(それは)業務代行みたいなことをしていたっていうのはあるあるでしたかね。
一方で綾部さんは、やらない線引きも決めていました。評価制度の構築のような抽象度の高い領域はスコープから外し、従業員の個人データの登録はセキュリティ観点から代行しなかったといいます。
そこはスコープから外して、もう有償でお金もらってやりますよっていうのも両方やってました。
瀧田さんも基本方針は同じで、設定代行や業務代行はしないと話します。短期的には顧客に感謝される「お土産」になっても、長期では別の負担が生まれるからです。
瀧田さんが一番気にしているのは、法律に関わるサービスならではのリスクだといいます。CS側が手を加えて何か誤ってしまえば、自社の問題になってしまうという懸念です。
こういったサービス、法律に関わるサービスを扱っているので、自分たちがそういう手を加えてしまった時に、何か誤ってしまったら、こちらがやっぱり問題にもなってしまいます。
もう1つの理由が、顧客に自走してほしいという思想です。CSが代わりにやりすぎると、顧客が自分たちで使いこなす体験が損なわれてしまうという指摘です。
お客さんが自分たちでそもそも入れたかったことが自分たちの中で完結しないっていうのは、ユーザー体験的にはあまり良くない。
城田さんは、やりすぎると顧客側でPDCA ── Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返して業務を改善していく考え方。ここでは顧客が自分たちで運用を回せるかどうかを指していますを回せなくなる側面もあり、そこをどう制御するかが重要なポイントになると受けます。
大脇さんも、以前担当していた自由度の高いプロダクトで同じ線引きをしていたと話します。設定代行はしないことを、オンボーディング資料の最初に明記していたそうです。
設定代行とかしませんっていうのも、最初のオンボーディング資料の一丁目一番地から書いていて。
そのうえで、もし顧客が依頼したい場合は、有償で代行できるパートナー企業へエスカレーションする形にしていたといいます。やらないことを明確にして、それをやるなら有償という線を最初から示しておくのが共通の姿勢でした。
境界線をどこに引くか
3つ目のテーマは、境界線をどこに引くかです。設定代行のような工数の線引きはしやすい一方、支援範囲の中で顧客のやりたいことが実現できるのにリソースの問題で難しい、といったケースがあると城田さんは投げかけます。
城田さんは、CSでやるのか、営業でやるのか、開発への要望として持っていくのか、そして有償のプロフェッショナルサービスとしてどこまで提供するのか、という切り分けを論点に挙げます。
綾部さんの領域では、プロダクトで完結しないことを求められた場合を有償の線としていました。具体的には1on1のやり方を教える研修や、評価制度の構築などです。
プロダクトで完結しないことですね。ここは有償化してたんです。
ただし綾部さんは、最初からいきなり有償化したわけではないと補足します。特定の企業に無料で試してもらい、価値提供ができると確かめたうえで有償に移していったという流れです。
最初は無償で正直やってしまっていたっていうのはありますね。
瀧田さんの領域では、労務相談や就業規則の改定相談、給与計算代行やBPO ── Business Process Outsourcing。企業の業務プロセスの一部を外部の専門会社に委託すること。ここでは給与計算など人事労務の実務を外部に任せるケースを指しますといった依頼がよくあるといいます。これらを自社で抱える場合もあれば、パートナーに流す場合もあるそうです。
瀧田さんの会社の方針は、プロダクトで完結すること以外はパートナーに流すという形です。社労士や業務代行ベンダーとの提携を広げ、何かあればそこへ流して3者や両者で補完する体制にしていると話します。
うちのサービスとしてはもうプロダクトで完結すること以外はもうパートナーに流すっていう形です。
城田さんは、プロフェッショナルサービスを提供する人を育成・採用するとなると、自社にも採用育成コストがかかってしまう、と背景を補います。
大脇さんの以前のプロダクトは業種を問わない自由度の高いものだったため、線引きの切り口が違いました。業界ごとではなく、技術的なスキルレベルで線を引いていたといいます。
CSでJavaScriptの知識をつけていこうとかではなくて、そういう領域になっていったら、もうプロにお任せみたいな、そういう線引きでしたね。
つまり、プログラミング知識がなくても現場で使えるのがプロダクトの特性で、より高いカスタマイズ性や他システムとの連携など技術が必要な領域になったらパートナーに任せる、という切り分けです。
同じ「有償の線引き」でも、ドメインが決まっているHR SaaSは制度や研修の領域で、業界を問わないプロダクトは技術の領域で線が引かれるという対比が浮かび上がりました。
ドメインが決まっているため、評価制度の構築や1on1研修、労務相談など制度面が有償の領域になる
自由度が高いため、カスタマイズや他システム連携など技術的なスキルレベルで線が引かれる
まとめ
HR SaaSは制度や規模によって個社対応が必要になりやすく、放っておくとCSの作り込みが青天井になりがちです。だからこそ、やらない範囲と有償でもらう範囲を最初に決め、境界線を会社戦略として引いておくことが大事だと話されました。
- HR SaaSは会社ごとの制度に天井がなく、個社対応が発生しやすい構造がある
- CSがやりすぎるとリスク増大や顧客の自走を妨げる問題につながる
- 設定代行はしないなど、やらない範囲を最初に明示しておくことが重要
- プロダクトで完結しない領域は有償化やパートナーへのエスカレーションで対応する
- 境界線の切り口はドメインの制度面か技術面かで変わり、会社戦略として決める必要がある




