記念すべき第1回ゲスト、館長・杉山誠さん
番組冒頭でMCの猿山未華さんが自己紹介と番組コーナーを紹介し、その後、重機トークのコーナーで最初のゲストを迎えます。
記念すべき第1回ですが、重機愛を語るにふさわしいゲストに来ていただきました。私設博物館・建機ミニチュア博物館館長で重機オペレーターの杉山誠さんです。どうぞよろしくお願いします。
お願いします。杉山誠です。普段は重機に乗りながら、趣味で伊豆でこぢんまり建設機械の博物館をやっています。
静岡県伊豆の国市在住の杉山さん。以前は現場監督として勤務されていましたが、重機オペレーターへの夢を実現するために2024年11月に転職。現在は有限会社前田重工業さんで重機オペレーターをしていらっしゃいます。
推し重機は日車メンクSR264Bということで。
ちょっとマニアックな機械ですね。
いや、いいですね。ご自宅の敷地内に私設博物館・建機ミニチュア博物館を設立し、館長も務めていらっしゃいます。初めて行った時、めっちゃびっくりしました。所狭しと並ぶミニチュア。
今、あの時からまた増えて、(ミニチュアは)2500台ぐらいあります。
よく言われるのがトミカなんですよね。トミカでしょ?みたいな感じで。でも(この台数は)トミカじゃないんですよね。
じゃないですね。トミカはまた別ですね。トミカも500ぐらいあるんですかね。
ザクシス200のトミカって何個買ったんでしたっけ?
えっと、人に頼まれたのもあるんですけど、60個買いました。
多い。(このミニチュアは)スケールモデルですよね。主に50分の1。大体平均1万円とか。
(高いものは)ありますね。30万ぐらいするやつとか。
推し重機メンクSR264Bとの出会い
番組の冒頭で流れたエンジン音は、杉山さんが自ら録音してきた推し重機のものでした。ここではその機械の正体と、出会いのエピソードが語られます。
先ほど流れていたエンジン音は杉山さんに録ってきていただいたということなんですけれども、こちらがなんと推し重機であるメンクSR264B。これはどのような機械なのかを。
メンクっていうのは日本車両が作ってた商品名ですかね。本当はスクレイプドーザーっていうのが本当の名前ですね。土をこう削りながら、お腹にボウルっていうのがあって、そのボウルに土を貯めて走ってって、自分で敷き均してまた帰ってくる。1台で削って運んで均してができる優れものなんです。
どこでどう出会われたのか。
これ(メンク)に出会ったのは、僕、小学校5年生ぐらいかな。やっぱ地元で動いてるのを見て、ああ、将来あれに乗りたいな、できれば家の庭に欲しいな、飾りたいなと思ってて。小学校5年生ぐらいからずっと好きでしたね。
一目惚れみたいな感じなんですね。
一目惚れです。車じゃなく重機に一目惚れ。
でも小学校5年からずっとで、(地元の機械は)2012年ぐらいにもう切られちゃって、売られちゃって、いなくなっちゃったんですけど。
その後に、あのエンジン音を録っていただいたメンクとはどのように出会ったんですか?
これは2018年ぐらいから、やっぱマニアの人から、これ実は茨城県に3台あったんです、このSR264Bが。そこにあるよって聞いて、そこの社長さんにもう手紙を書いて。そしたら電話がかかってきて、どうぞ見に来てくださいと。
で、見に行って、よくよくこれ欲しいんですけどって(言ったら)、どうぞ持ってってください、売りますよって言われて。それで買うきっかけになったんですけど。
それを僕の大先輩というか、土田館長と一緒に見に行ったわけです。別の日にまた見に行ったら土田館長も欲しくなっちゃって、3台のうちの2台を僕と土田館長で買って帰ってきた。
あ、館長と一緒に買いに行ってたんですね。
(メンクは)2175年生(1975年製)なので、もう50年ぐらい経ってる機械ですね。
いや、50年前どんな日本だったかっていう。
そうですね、日本を作ってきてくれた建設機械ですからね。大事にしたいと思いますね。
2500台のミニチュアと博物館設立のきっかけ
杉山さんはご自宅の敷地内に建機ミニチュア博物館を設立しています。ここでは、ミニチュア収集の歴史と博物館づくりのきっかけが語られます。
建機ミニチュア博物館っていう、ご自宅の敷地内に、プレハブ小屋に博物館を作ってらっしゃって。しかもメーカーごとにキレイに分けられたり。あれの博物館を作ろうって思ったきっかけとか。
ミニチュアは小さい頃おもちゃ屋さんで親に買ってもらったんですけど、それはみんな砂場遊びとかして壊しちゃってほとんど残ってなくて。高校3年生くらいでアルバイトを始めて、そのお金をみんなミニカーにつぎ込んで、そこから集め始めて。
大学、東京に来たんですけど、東京でそういう専門のお店がいっぱいあって、そこでも買うようになって、大学を卒業する時でも百何十台ってあって。その後就職して、またどんどん増えてって。
僕、お酒とかタバコとかギャンブルをしないので、どんどん貯まって、全部ミニカーにつぎ込んで。自宅の自分の部屋に一回作ってみたんですけど、1年も経たないうちにいっぱいになっちゃって。博物館がある土地は、祖母が畑をしてたんですけど年でやらないってなって。おばあちゃんちょうだい、ここの土地貸してって言ったら、いいよ、何やるの?って。博物館作ろうと思ってって。
で、現場事務所でよく使ってるプレハブを、中古で買ってきて、あそこに建てたんですけど。
どんどん入れるとこが増えたもんで。
どんどんかかってて。で、2500台。
でも博物館を作ろうと思ったのは、初めて土田が働く自動車博物館の土田館長のところに行って。うわ、すごいな、これ目指したいなと思って作ったんです。
やっぱ館長の影響。
影響でかいんですよ。今でも刺激を受けてますね。
じゃあその2500台のうち、思い入れのある3台を挙げるとすると。
思い入れのある3台ですか。難しいな。どれもどれも可愛いというか。でもほんと、アルバイトして初めてもらったバイト代で買ったミニチュアが、ジョアルの32分の1のPC450っていう小松のバッコがあったんですけど、それ初めて買って、一番付けるとしたらそれですかね。
結婚式のやつありましたよね。
結婚式の時に土田館長がプレゼントしてくれたんですけど、ちゃんとした似顔絵のプレートも付いてて、それをクレーンでつってるやつでしたね。僕の名前と奥さんの名前が貼ってある。それもあります。
あとはフルスクラッチでEX700っていうものすごいでかい、10分の1ぐらいのもあるんですけど、それは兵庫の方が作って、それを譲り受けたんですけど。
え、10分の1。
10分の1ですね。なんで、すごいでかいですよ。1メーターちょっとあるです。
もう普通の人の家が埋まります。博物館があるから置ける。
(EX700は)宅急便じゃ送られなくて、わざわざ兵庫から持ってきて置いてってくれたんです。
杉山さんは、市販されていない機種はフルスクラッチ、つまりゼロから自作しているといいます。
なんか普通に涼しい顔して、ああ、それ作りましたとか言われてびっくりしたんですよね。会社の売店に売ってるやつかなって思うじゃないですか。それ作りましたって普通に言ってて。
そうですね、ないものは作る。なのでメーカーさんとしてはもうちょっと作ってくれるとありがたい。
40歳を機に叶えた重機オペレーターへの転身
杉山さんは2024年11月に、現場監督から重機オペレーターへ転職しました。ここでは、その転身のきっかけと、乗る楽しさが語られます。
去年の11月に、重機ファンダムの活動でショッピングモールのイオンタウン富士見野で重機ファン感謝祭ってイベントをやった時に、杉山さん手伝いで来てくださっていて。そこで実はオペレーターになりました。
そうですね。転職しました。
現場監督だったのがオペレーターになってて、すごいびっくりしたんですよね。あれってどういうきっかけで。
前田重工業の社長とは2年ぐらい前から、博物館を作ってて社長がそこを見たいっていうのでつながってきたんですけど。現場監督をやってて、そろそろ僕41なんですけど、40を機に何か違うことをやろう、好きなことをやろうと思って、やっぱオペレーターだなと。
どこの重機屋さんにしようかなと思ってた時に、ポッと社長の顔が浮かんで、県内でもでかいし、そこにしようかなって。社長に相談したら、もういいよ、いつでもいいよって。去年の11月からオペレーターとして転職した。
きっと小さい時からずっと重機が大好きで。
父親が現場監督をしてて、しょっちゅう現場に連れてってもらって、重機と触れ合う子供時代だったんで、もうずっとですね。その時からオペレーターになりたいと思ってたんですけど、どういうわけか現場監督の方の道に行って。
きっと現場監督やられてる時も重機ちょいちょい乗ってますよね。
いつかはオペレーターになりたいから、ちょっとでも練習しようとか、(昼休みに)乗ってましたね。
一年経ってどうでしたか?
一年経って、っていうか、もう一日一日がすぐ終わっちゃうんですよ。今まで現場監督をやってた頃は一日長いなと思ってたんですけど、一日すぐ終わっちゃいます。朝8時からエンジンかけて、さあ仕事しようってやるともう昼になってる。飯食って、さあ午後に乗るぞって言うともう夕方になってる。本当にすぐ終わっちゃう。幸せな時間ですね。
しかも前伺った時よりも乗ってる機械のサイズでかくなってますよね。
今まで現場監督をやってた時はせいぜいコンマ7、ザクシスで言うと200とかそんなもんだったんですけど、今350、1.4立米とか。
350、まあまあでかいですよね。街中の工事とかでもそんな見ることない。
1.4のザクシス350に乗ってから、例えばザクシス200とかコンマ7クラスに乗ると、あれ、なんかちっちゃいな。もう感覚がおかしくなるっていうか。
なんか仕事しててよかったなって思ったことってありますか?
本当に重機に乗れる、自分の好きな重機に乗れるっていうのはよかったなと思うんですね。(土を)ならしたり、掘ったり、あと重ダンプHM400で40トン積みアーティキュレートに積んでみたり。そんなのできないなと思って。
ミニチュアで想像して遊んでいたのが、今。
もう1分の1で、できる。
しかもお金をいただきながら。
そうですね。お金もらっていいのかな。お金もらって、またミニカーを買うんですけど。
これって私だけ?重機あるある
続いてのコーナーは「これって私だけ?重機あるある」。ゲストが感じる重機にまつわるあるあるを聞いていきます。
杉山さんが思う重機にまつわるあるあるはありますか?
例えば車を運転してて、あ、重機やっとったっていうと、本当に珍しい機械だとUターンして追いかけて行っちゃうんですよ。あと旅行に行って重機を見つけてすぐ車を止めて、奥さんが隣に乗ってるのに写真を撮りに行っちゃったり。これ多分みんなあると思うんですけど、どうですかね。
いや、わかりますね。しかも遠征した時なんて。
特に行ったことない土地に行った時に珍しいのを見つけると、もうすぐ車を止めて写真を撮り。
今しか見れない。重機ってその日、その現場、その瞬間にしかないものも結構あるんで、逃したら本当にもう一生見られないみたいな。ありますよね。私は関東で育ってるので、雪国に行くとこのパラダイスは何なんだって思って。
除雪車とか。僕も温暖な静岡なんで雪なんか降らないもんで、除雪仕様のホイールローダーとかグレーダーとか見ると写真を撮っちゃいますね。
海外に行った時もなんか見ちゃったりとかしますね。
確かに海外、僕も新婚旅行でスペインとフランスに行ったんですけど、そこでちょっと失敗談みたいなのもあって。奥さんはどこかで記念写真を撮りたかったらしいんですけど、僕は全く見たことない重機があって、どんどん歩いて行って重機の写真を撮りに行っちゃって、それですごく不機嫌になっちゃったことが。
本来なら奥さんファーストであるべき新婚旅行。
重機ファーストになっちゃって、重機の写真を撮りに行っちゃって、めっちゃ怒られた記憶があります。
私と重機どっちが大事なの?
そんな感じですね。
その後ちゃんと仲直りは。
しました。
よかったです。じゃなければ博物館できてないですよね。みんな重機ファン気をつけてねっていう。
推し部位はお尻、映える標準機の魅力
重機あるあるは、ミニチュアの飾り方や、意外な「推し部位」の話へ広がっていきます。
去年、推し重機とか推し部位どこですか?って聞きまくるっていうのをやってて。私の最初の想像だとアタッチメントとか、変身するとこかなと思ってたら、意外とみんなお尻、お尻言ってて。しかもお尻も好きな角度があると。斜め下から見るとか、超小旋回よりも標準ので出てる方が好きとかあります。
あるですね。小旋回よりやっぱり標準機の方がいいかな。
バランス取ってますみたいな。お尻。
重機に乗ってる側としたら、小旋回の方がお尻を気にしなくて乗りやすいんですけど、写真を撮るとかだったらやっぱり。
映えますよね。
映えるですね。小旋回じゃなくて標準機ですね。
もうすぐ年末ありますけど、ミニチュアもやっぱ大掃除とかされたり。
やっぱ埃を落として、最後ちょっとちゃんと並べて。
好きな角度に。お休みポーズちゃんと取って。それを思うと、やっぱあの重機カフェのジオラマは素敵ですよね。
あの規模は多分ないと思うんですね。これも僕が作ったんですけど、初めてですね、あの大きさを作ったのは。ジオラマの大きさで言うと、長さで4メーター、幅で1.5メーターぐらいです。
なんかいろんなシーンが再現されてるじゃないですか。ここ解体屋さんかなみたいな。あれ杉山さんがお一人で作られたんですか?
土台は他の社員の方も作ったんですけど、仕上げは1週間ちょっとで、社長に重機に乗らなくていいからジオラマ作ってって。
あ、もう社長が重機好きなんですね。重機乗らなくていいからジオラマしろ。
ミニチュアの扱い方と、収集の裏側
ミニチュアのメンテナンスや保管、そして収集の裏側についても話が及びます。
ミニチュアをメンテナンスする時とか、遊んだりする時に、なんかここ気をつけてねとか、そういったとこってありますか?
結構細かいですかね。アンテナが付いてたり、そういうとこはあんまり触らない。あとバケットとかも無理くり硬くても開かない方がいいです。開くとシリンダーがダメになっちゃうかな。
確かにあのアンテナよく折れる。
アンテナ折れてどっか行っちゃうとか、あとミラーが取れてどっか行っちゃう。リアリティを追求してくれてるのは嬉しいんですけど。
ちなみに買った後は箱から出す派ですか?
箱から出しますね。出してガラスケースに飾っておくんですけど、ちょっと飾りきれなくなってきて、ぎゅうぎゅう詰めで今出てるんですけど。
ちなみに箱はどこに?
箱は博物館に置けないので、実家の自分の部屋に置いて。それも結構いっぱいいっぱいですね。実家の使ってない客間を侵食し始めて、改造用に何個か買うミニチュアとか、ダブってるのだけでも300あるかもしれないですね。
箱しかない部屋が。
あるですね。
建設機械がメーカーによって色が違うっていうのを、それすら知られてないっていうことを最近いろんな方に言われて、知らなかったって言われて。あとミニチュアをこれって売り物なんですか?って言われることもありますね。逆にどこでこれを集めてるの?みたいな。
今インターネットとか普及してるから。僕が集め始めた頃ってやっぱインターネットがそこまでなかったんで、お店に行ったりして。
お店はどういうとこ行ってました?
東京だとケンクラフトさんとか、あと秋葉原に今なくなっちゃったんですけど、マックコレクションさんっていうちょっとマニアックなお店があって、そこでよく買ってました。あとはメーカーさんの営業所とかで売ってたり、展示会で売ってたり。
ちっちゃい時から親について展示会行って。
買ってもらったり。親の勤めてる会社のおじさんがプレゼントにくれたり。あとは地元に小松のテクノセンターっていうのがあるので、そこへ行って買ってもらったり。
地元にそういうのがあったら最高な重機活動ができる少年時代を過ごせますね。
その周りの方も一緒にミニチュアをプレゼントしたりみたいなところもすごいいいなって思いました。そして今の杉山さんがいると。こんな大人ができますよっていうので、周りに重機が好きな子供たちがいたら、ミニチュアやいろんなものをプレゼントしてあげましょうっていうのが今回の学びでした。
緊張のエンディング、ファンサのすすめ
あっという間に時間が過ぎ、エンディングです。ずっと重機のことだけを語り続けたゲストの感想で締めくくられます。
今回ゲストでお話をしていただいて、杉山さんいかがでしたか?
緊張しました。こんな経験したことないので。
しかもずっと重機のことだけを語ると。
緊張を乗り越えて、わざわざ東京まで来ていただいてありがとうございました。世の中にもっと重機ファンが増えるんじゃなかろうかと信じていますので、杉山さんのような大人を作るためにも、周りに重機が好きなお子様がいたらぜひファンサをしてあげてくださいという。
というわけでお相手は猿山未華でした。今日のゲストは私設博物館・建機ミニチュア博物館館長で重機オペレーターの杉山誠さんでした。杉山さん、ありがとうございました。
ありがとうございました。
まとめ
この回では、杉山誠さんの重機愛が人生をどう動かしてきたかが対話で語られました。小学5年生でのメンクへの一目惚れから、2500台を超えるミニチュア収集と博物館設立、そして40歳を機に叶えた重機オペレーターへの転身まで、「好き」が形になっていく軌跡がたどられました。市販されていない機種は自作し、ミニチュアで想像した世界を今は1分の1で実現しているという言葉が印象的でした。
- 杉山さんは小学5年生でメンクSR264Bに一目惚れし、それが人生を貫く推し重機になった
- 高校時代から集めたミニチュアは2500台を超え、土田館長への憧れから博物館設立に至った
- 40歳を機に現場監督から重機オペレーターへ転職し、ミニチュアで遊んだ世界を1分の1で実現している
- 市販されていない機種はフルスクラッチで自作し、周囲のプレゼントが重機好きの子供を育てるという学びも語られた






