「開発経験がない人はなんちゃってPM」にイラッとした理由
すぅさんは仕事でさまざまなPMと話す機会が多いそうです。あるとき、相手から「なんちゃってPMみたいな人っていますよね」という話を振られました。
すぅさんがその「なんちゃってPM」の意味を聞いてみると、相手はシステム開発をしたことがない人のことをそう呼んでいたといいます。
まあ俺のことかなと見ながら思いながら。
すぅさんは、相手が自分のスキルを知っていたわけではないと受け止めています。それでも、同じように考える人は多いのだろうと感じ、半分は怒りながら、半分は世の中の認識を広げたいと思ったと話しています。
すぅさんも、PMがシステム開発のプロジェクトでよく使われる役割名なので、「PMイコール開発を管理する人」と考える気持ちはわかるといいます。ただ、プロジェクトはシステム開発に限りません。
すぅさんが挙げたのは、商品開発、店舗の立ち上げ、社内の規約やポリシーの変更といった例です。こうした開発と関係ないプロジェクトは山ほどあり、むしろほとんどのプロジェクトにはシステム開発がないというのがすぅさんの見立てです。
ほとんどのプロジェクトってシステム開発ないと思うんですね。
すぅさんはもう一つの課題として、実際にプロジェクトを回している人たちが、自分がPMだと認識していないケースが多い点を挙げます。みんなが「自分もPMをやっている」と自覚すれば、学びややり方をシェアし合えて面白いはずだと考えています。
ピラミッドから結婚式まで、PMは昔からある役割
やましょーさんも、PMと自覚せずにPMの仕事をしている人はたくさんいると応じます。プロジェクトを企画して進める人がプロジェクトマネージャーだとすれば、役職名がPMでなくても実質的にはPMだと考えられる、という整理です。
すぅさんは、プロジェクトマネジメントの起源がエジプトのピラミッド建設にあるとよく言われる話を持ち出します。仕事に限らず、結婚式の準備も1つのプロジェクトだといいます。
やましょーさんはこれを受けて、ピラミッドの現場監督やウェディングプランナーのように、名前を変えてプロジェクトマネジメントをしている役割があると話します。
だからといってプロジェクトマネージャーは開発をする仕事なんだみたいな話じゃないですからね。
PMはシステム開発のプロジェクトを管理する人で、開発経験がない人は「なんちゃってPM」
商品開発、店舗の立ち上げ、規約変更、結婚式、ピラミッド建設まで、プロジェクトを企画して進める人はみなPM
すぅさんは、誰もがプロジェクトを回しているなかで、開発経験がない人はPMができないと考えるのは浅はかだと感じ、イラッとしたと振り返ります。やましょーさんが「珍しいですね」と言うと、すぅさんは「割とキレるよ」と返し、もっとこうあったらいいという思いが原動力になると話しました。
開発経験がないPMへの悪いイメージはどこから来るのか?
やましょーさんは、「なんちゃってPM」と言った人の発言に、開発できない人をもぐり扱いするようなプライドを感じたといいます。そのうえで、その人がどんな人だったのかをすぅさんに尋ねました。
すぅさんによると、その人自身の仕事はシステム開発に絞られていて、エンジニアを少しかじってからPMになった経緯がありました。そこから来るプライドがあるのではないか、とすぅさんは推測しています。
一方で、すぅさんはエンジニア経験がないとわからないことが多いのも事実だと認めます。開発を知らないPMは机上の空論で話したり、「そこわからないので、お任せしてもいいですか」とエンジニアに丸投げしたりしがちで、そうした姿が悪いイメージにつながっているのではないかと話します。
めっちゃできる人って多分マジで何でも何してもできるというか、すぐにその領域キャッチアップしてやったりするって人たちいるんで。
すぅさんは、相手がどんな背景からそう思ったのかはわからないとしたうえで、もう少し広い視野で見る人が増えたらいいと語っています。
何でもできるスーパーPMは目指すべきか?
やましょーさんは、たまにいる「スーパーPM」の姿を描きます。ビジネスも得意で、自分で開発もでき、モックアップやデザインもデザイナーに頼らずセンスよく作れてしまう。それでもPMというポジションにいることで、専門家が価値を出せる場を作っている人です。
すぅさんは、個人的にはPMはそのスーパーPMを目指したほうがいいと考えています。理由は、PMが意思決定をしなければならない役割だからです。
多分全領域に対して知見とか判断できるようにしておかないといけないとなってくると、なんか結果そうなるんじゃないかっていう。
すぅさんは、全領域をレビューできる力さえあれば、今はAIを使ってかなりのことができてしまうとも話します。スーパーPM型の人には、AIでさらにブーストがかかるという見方です。
やましょーさんは、AIによって誰でも「聞けばわかる」「見ればわかる」状態まで引き上げられるようになったと応じます。基礎知識は誰もが持てるようになった分、「自分はこうしたい、なぜならこうだ」という部分にようやく個性が現れる時代になった、という整理です。
すぅさんも、問われるのは意思決定できる力があるかどうかだと同意します。最終的に何を目指しているかが明確なら、これまでの知識は実はあまり使わなくなるかもしれない、とすぅさんは話しています。
開発やデザインなど各領域の知識の差が、PMの力の差になりやすい
知識はAIで誰でも引き上げられ、何を目指しどう意思決定するかとレビュー力で差がつく
開発経験の差はAIで薄まっていくのか?
やましょーさんは、開発をしていないPMが「なんちゃってPM」なのだとしたら、今後そういう人は大きく減るのではないかと話します。自分の知識の範囲でAIを使って開発している人はすでに多く、そこで開発の基礎体力が身につくなら、なんちゃってPMは消えていくのでは、という楽天的な見方です。
すぅさんは、コードまで見に行けるに越したことはないとしつつ、トップエンジニアたちも実際にはコードを細かく見ていないと話します。見ているのは、動いたかどうかや、自分がインプットした設計思想に沿っているかどうかだといいます。
ものが作れるっていうよりかは、作った先に何を提供するかみたいなところがちゃんとあるしないといけないなって感じはしますね。
すぅさんによると、トップエンジニアほど「開発できるかどうかはどっちでもいい」というスタンスの人が多い印象だそうです。
非エンジニアが作ったシステムのセキュリティは本当に怖いのか?
すぅさんが例に挙げたのはセキュリティです。セキュリティを知らない非エンジニアが作ったシステムは怖い、という意見はよく聞きます。すぅさん自身も、自分で作ったものは怖いと感じているそうです。
じゃあ普通のエンジニア経験がある、2、3年ぐらいあるような、3年か5年かある人が作ったシステム怖くないのかっていうと、同じ、結構同じなんじゃないかなと思ったりするんですよね。
すぅさんの考えでは、そもそもセキュリティに詳しいエンジニアはかなり少数です。それなら、Opus 4.5オーパス五点五などのAIモデルに複数回しっかりレビューさせたほうが、少しエンジニアリングができる人が作ったものより脆弱性が少ない可能性もある、と話しています。
ただし、すぅさんは今の時点では経験の差は確実にあり、経験はあったほうがいいに決まっていると断っています。そのうえで、その差はどんどん縮まっていくと見ています。
やましょーさんはこれを受けて、意思決定やレビューの目線、人とのコミュニケーションがみんなに求められるなら、PMのエッセンスがすべての人に標準搭載される「ホワイトワーカー全PM時代」が来るかもしれないと話しました。
言われたことをやる仕事がなくなる世界は幸せか?
「全PM時代」という話に対して、すぅさんは、それが果たして幸せな世界なのかと疑問を投げかけます。言われたことをやる仕事は、AIでいいとなってしまうからです。
だって言われたことをやらないことばっかり人間に求められてくるときつい。正直きついなっていう。
やましょーさんが「ディストピアみを感じます」と返すと、すぅさんも同意します。すぅさんは新しいAIモデルが出るたびにワクワクする一方で、同じくらいの絶望感も常に感じているといいます。
やましょーさんは、聞いた話として、コードを書くことが何より好きなエンジニアの例を紹介します。AI時代になって、自分でコードを書く立場から、AIが書いたコードをプルリク ── プルリクエストの略。コードの変更を取り込む前に、他の人にレビューと承認を依頼する仕組みのことですでひたすら確認する立場になり、「俺の楽しみを返せ」と言っているそうです。
やましょーさんは、エンジニアの仕事の美味しいところをAIに取られてしまったようなもので、時代とともに仕事が変わるとはこういうことなのだと感じたと話します。
エンジニアが楽しいのは作る過程か、できあがったものか?
すぅさんは、そのエンジニアが楽しんでいるのは「書く」という行為そのものなのか、書いてできあがったものなのかと問いかけます。エンジニアは結局ものづくりが好きな人が多いのではないか、という見方です。
やましょーさんは、レゴブロックを組み立てる感覚に近いのではないかと答えます。完成したときの達成感もありますが、パーツをはめながら使い方を工夫したり、うまくいかない原因を探してトライアンドエラーを繰り返したりする過程そのものに面白さがあり、その分だけ完成の感動が大きくなる、という解釈です。
すぅさんは、そういう人もいるのかと納得しつつ、すぐに実現できることが楽しい人もいるので、エンジニアも人それぞれだとまとめます。
やましょーさんは、PMにも同じようなタイプの違いがありそうだと話します。議論の結論が出せればいい人もいれば、いろいろな選択肢や考え方がその場で交わされる議論そのものに面白さを感じる人もいる、という対比です。
レゴのように組み立てながら工夫し、トライアンドエラーを繰り返すこと自体が面白い
作りたいものがすぐ実現できることが楽しい
すぅさんは、書くこと自体が好きなエンジニアは、きっとエンジニアとして一生生き残るだろうと話しています。
開発の大変さを知ったPMが抱く申し訳なさ
すぅさんは、今はAIに指示すれば一気にコードができあがるのに、それを自力で打っていたエンジニアには「リスペクトしかない」と語ります。
すぅさんによると、AIを使っても開発は難しいそうです。ふわっとした要件で作ってみると、多くは「これじゃない」ものができあがります。それを人間同士のコミュニケーションだけでやっていたと思うと、すごさを実感するといいます。
特に自分が新卒とかの時って(エンジニアに)項目一個追加するだけじゃねえかよっていう。なんか、なんでそれでなんか4ヶ月もかかるんですか?みたいな。
すぅさんは、新卒時代のそうした発言を若気の至りだったと振り返り、今はめちゃくちゃ申し訳ないと感じているそうです。AIに項目追加を頼むと、単体テストや一気通貫のテストまで自動でやってくれます。それを以前は人間が当たり前にやっていたと思うと、ありがたさを改めて感じるといいます。
やましょーさんも、この話で若いころの失敗がフラッシュバックしたと笑います。できると思ってクライアントに言ってしまった、といった経験です。
食わず嫌いしない「何でも屋」のPMが信頼される
すぅさんは、今のPMは開発の中身にちゃんと触れるべきだと考えています。AIがいる分、気軽に聞けるうえに、自分でやってみてわかる大変さも多いからです。
それがやっぱりやってる人たち、PMはどんどん信頼もされてきて。なんかいいプロジェクト推進できるかなと思います。
やましょーさんも、先輩たちを見てきた経験から同じことを感じているといいます。評価されるPMは、苦手なことややったことがないことでも食わず嫌いせずに試し、「素人目線ですが、ここはこういう体験のほうが嬉しい」とやんちゃにコミュニケーションできる人だそうです。
やましょーさんによると、そうしたPMはその場ではエンジニアから「そこはめちゃくちゃ大変なんだよ」と怒られることもあります。それでも、後になるほど議論がしやすくなり、結果としてPMの評価が上がりやすいといいます。
やってみる
苦手でも未経験でも自分で触れ、素人目線の意見を伝える
ぶつかる
その場ではエンジニアに大変さを指摘されることもある
議論しやすくなる
互いの理解が進み、話が通じやすくなる
評価が上がる
信頼され、プロジェクトを推進しやすくなる
すぅさんは、PMはいわゆる何でも屋にちゃんとなったほうがいいと話し、これから何でも屋が最強だと言い切ります。一人で何でもできてしまう時代だから、というのがその理由です。
いや、これから何でも屋が最強よ。
器用貧乏を自認するやましょーさんも、そこを目指していきたいと応じました。
最後に二人は、リスナーからのお便りを募集していると呼びかけました。話してほしいテーマや質問は、コメント欄や概要欄のGoogleフォームから匿名で送れるそうです。
まとめ
開発経験のないPMを「なんちゃってPM」と呼ぶ声への違和感から始まった今回の話は、PMの仕事の広さを確認したうえで、AIによってエンジニアとPMの境界が薄まっていく未来へと進みました。そのなかで二人が共通して重視したのは、意思決定する力と、食わず嫌いせずに自分で触れてみる姿勢です。
- プロジェクトはシステム開発に限らず、商品開発や店舗の立ち上げ、結婚式までさまざまで、自覚のないPMも多い
- AIで知識の差は縮まり、PMの個性や価値は「何を目指し、どう意思決定するか」に表れる
- 開発経験の差は今はあるものの薄まりつつあり、エンジニアとPMの線引き自体が揺らいでいく
- AIで開発の難しさに触れると、エンジニアへのリスペクトと理解が深まる
- 苦手でも自分で作ってみる「何でも屋」のPMほど、議論がしやすくなり信頼される


