AIに資料を任せすぎていないか?
やましょーさんは、AIで資料を作ること自体はよく使っているといいます。一方で、周囲を見て「全部AIに作らせすぎではないか」と憤りに近い危機感を持っていると話しました。
AIがなかった時代は、パワーポイントと向き合い、伝えたいこと、必要なデータ、グラフでの表現と、いくつもの工程を自分でこなしていました。今はグラフの自動作成やHTML形式での生成が当たり前になり、Claudeのスライド作成も使えます。
やましょーさんは、資料の目的は相手に期待するアクションを取ってもらうことだと整理します。そのため、構成や必要な材料集めを自分でせずにAI任せにした資料は、プレゼンを聞いても何を言いたいのか分かりにくいと感じています。
パワーポイントで試行錯誤しながら、伝えたいこと・データ・グラフ化を自分で進める
AIが構成まで含めて資料を自動生成し、編集せずとも要求に近いものが出てくる
全部AIに作らせすぎじゃねえかっていう、ちょっと危惧しているというか、人間がやるべきところはちゃんとやれよっていう、憤りに近いものを感じてるんです。
手紙を書くつもりで資料を作れるか?
やましょーさんは、資料を読み上げるだけの発表が増えたことに危機感を持っています。そこで、昔の手紙のように、相手がどうすれば喜ぶかを考えながら資料を作るべきだと提案します。
手紙ってそういうふうに書いてたなって思うんですよ。それと同じぐらいの気持ちで資料ぐらい作った方がいいんじゃないかなって思うんです。
すぅさんもこれに同意しました。Xでは、ターゲットとテーマを与えただけで何十枚ものスライドが出てきたという投稿をよく目にするそうです。
綺麗な資料ができるのはいいんですけど、ターゲットとテーマを与えただけで何十枚のスライドが出てきましたみたいな。マジで価値ないだろみたいなところもあります。
変にアニメーションが組み込まれたHTMLスライドについても、すぅさんは実務で使わないことが多いと指摘しました。見栄え重視では、スライド本来の目的は達成できないという考えです。
見栄え優先の失敗談から見えるものは?
やましょーさんは、大学1年生の授業のプレゼンで、アニメーションにこだわりすぎて中身が空っぽのまま当日を迎えた黒歴史を思い出しました。かっこいい動きを使うために発表内容を変え、わけの分からないストーリーになったといいます。
すぅさんも、今でもスライドの中身より先にテンプレートを格好よくしたくなることがあると話します。自分で試行錯誤してアニメーションを作るのは、ある種のクリエイティブとして悪くないとも述べました。
今はそれすらないじゃん。アニメーションに何も意味付けもないし、それが多いのがやっぱ気にはなるし、意味ないなと思ったりしてる。
スライド1枚で30分話す資料とは?
やましょーさんは、極端な例として、お世話になった起業家の話を挙げます。10年前ほどのことで、白地に大きく「3」とだけ書いたスライド1枚を使い、30分ほど話し続けたそうです。
情報を削り、そこに情熱を込めて話す。スライドは自分が伝えたいことの補助にすぎず、主従を逆転させてはいけないというのが、やましょーさんの考えです。
これに対してすぅさんは、プレゼンならそれで良いと応じます。ただ、プロジェクト内ではスライドが成果物にもなるため、それだけ読んでも分かる精度や量が求められると話しました。
中身を分からないまま発表する人が増えている?
すぅさんは、そうは言っても中身のない人が多いと指摘します。中身を分かっていない状態でプレゼンしている人が目立つという見立てです。
やましょーさんも、質問しても答えが返ってこず、「持ち帰って検討します」と言われた後にAIの回答が返ってくる例を挙げました。それではチャッピー(ChatGPT)に直接聞くのと変わらない状態で、まずいと考えています。
AIは仕上げに使い、構成は人が考える?
すぅさんは、スライド作りの9割ほどにAIを使っています。ただし、その前段の台本づくりでは、自分の言いたいことをAIと対話しながら整理し、スライドは最後のアウトプットの一つとして落とし込んでいます。
AIがフリーに構成考えると、あんまそれって下手くそだなとまだ全然思うから。
すぅさんは、顧客がどんな疑問を持っているかを踏まえて、どの順番で何を伝えるかを組み立てることを重視しています。AIの構成案は何度も叩き直しているそうです。
やましょーさんも、AIは自分の頭の中をそのままトレースできるわけではないと話します。自分から出さなければ、正しいかどうか分からないままAI任せの内容を相手に出すことになるため、主導権は保ちたいと語りました。
対話
AIと対話しながら、言いたいことを整理する
構成
伝える順番や顧客の疑問を意識して構成を固める
叩き直し
AIの構成案を何度も直す
出力
最後にスライドというアウトプットに落とし込む
スライドを作らず、ドキュメントで済ませる?
すぅさんは、ここ2か月ほどスライドを作っていないと明かします。Confluenceなどのページに整理して出すだけで足りることが多く、スライドである必要を感じなくなったそうです。
やましょーさんも、ドキュメントとして整理されていればどちらでもよいと応じました。チームによって、スライドを大量に作る、Notionだけで完結する、ドキュメントすら作らないなど、文化の差があると話します。
あくまでもアウトプットの形の一つでしかないんでね。
ポン出しでも意味のある議論はできるか?
すぅさんは、中身へのこだわりがない、X界隈のポン出しのスライドは気に食わないと話します。
やましょーさんは、ポン出しをそのまま出すなら、そこから意味のある議論や示唆を出す覚悟を持ってほしいと述べました。ストーリーが作り込まれていれば、テンプレートが地味でも動きが多くても構わないという立場です。
自分がどうしたいのか、何を喋りたいのか、どう思ってほしいのか、何を覚えてほしいのかを突き詰めて考えていく。その先にスライドがあるっていう。
やましょーさんも、テンプレートやアニメーションの誘惑には負けそうになると認めています。すぅさんも同じ気持ちだと応じました。
すぅさんは、最近はHTMLで作る例も増えているが、どんなツールを使っても根本的なビジネス力がなければ価値のない出力になると結論づけます。
台本はどう作る?2人の作り方の違い
やましょーさんは、プレゼンする自分を想像し、必要な流れや各スライドで話す内容を台本に落とします。いわばバックキャストで組み立てる方法です。
すぅさんは音声入力でまず自分でプレゼンし、それを台本化して、過不足をAIで補う方法を取っています。頭の中にあるものをそのまま出して形にしていく、積み上げ型です。
音声入力でも、スライドの解説のようなプロンプトをAIに教える形で入力する。完成形から逆算して組み立てる
自分がプレゼンするつもりで話し、その台本をAIで過不足調整する。頭の中にあるものを積み上げる
すぅさんは、この方法でなければ自分で話せなくなるといいます。言いたいことが見えにくいときは、いったん処理を回し、詰まった箇所でAIと対話して詰めていくそうです。
やましょーさんは、そこで話せるならスライドがなくても済むと気づき、理解や伝わり方の確認にもなると感心しました。すぅさんは、日々歩きながら考えたことを出力するだけなので意外と早いと話します。
フルオーガニックで作るのはどんなとき?
ここで2人は、リスナーにもスライド制作のフローを聞きたいと呼びかけます。やましょーさんは、強いトーンで言ってしまったため、反対意見も含めて遠慮なくコメントしてほしいと話しました。
やましょーさんが、AIを使わずPowerPointから作る人の話も聞きたいと言うと、すぅさんは一部でそうしていると明かします。サービス説明資料や営業資料は、デザインにこだわるため全部自分で作っており、機会は年に数回ほどだそうです。
プロンプトとかでキャッチボールしている時間の分、自分で手を動かしながら違和感をどんどん追求していった方が、自分の中で納得感上がるみたいなとこありますからね。
やましょーさんは、たまにはフルオーガニックにも挑戦してみてはという問いかけで、この回を締めくくりました。
まとめ
AIでスライドを作ること自体を否定せず、構成や伝えたいことを考える部分は人が担うべきだというのが、2人の共通認識でした。スライドは目的ではなく、相手に伝えるための補助ツールです。
- 資料の目的は、相手に期待するアクションを取ってもらうこと
- 見栄え重視のポン出しスライドは、中身に魂がないと価値が出にくい
- 構成はAIに任せきりにせず、人が主導権を持って組み立てる
- スライドにこだわらず、ドキュメントで済ませる選択肢もある
- 2人の台本作りは、バックキャスト型と音声入力による積み上げ型で違いがある







