DSRとは何か?共有フォルダと決定的に違う点
この回のテーマはDSR、つまりデジタルセールスルームです。加藤さんが「聞き馴染みのない方もいるかもしれない」と前置きして、浜田さんに用語解説を依頼するところから本題が始まります。
浜田さんによると、日本でDSRが話題になったのは2、3年前です。マツリカ ── 営業支援ツール「Mazrica」シリーズを提供する日本のSaaS企業。営業のデータ活用やDSR領域のサービスを展開していますと、オープンページオープンページの2社が相次いでサービスを出し、試す会社も増えてきました。
浜田さんは、2社のDSRはある程度定着してきた一方で、難しさも見えてきたと話します。そのうえで、AIの登場によってDSRがどう進化するのかが面白いポイントだと位置づけています。
DSRが変えようとしているのは、商談後の資料のやりとりです。従来は資料を送って終わり、あるいは資料をバラバラに何個も送ったり、Googleドライブに権限をつけて「ここで見てください」と伝えたりするのが一般的でした。
お客様のためのポータルみたいなものがあって、そこに行くと全部資料まとまってるし、議事録も入ってるし、なんならそこでやりとりができるみたいな、新しい体験。
加藤さんが「共有フォルダとの違いはそこか」と確かめると、浜田さんはGoogleドライブやDropbox、Boxを例に挙げます。これらのツールは広く使われていますが、できることは意外にも「セキュアな共有」までだといいます。
でもやっぱりこう、「誰が見たか」とか一番大事じゃないですか。
浜田さんは、DropboxやBoxには資料の閲覧トラッキングが意外とないと指摘します。Dropboxが買収したDocSend ── 資料を共有リンクで送り、誰がどのページをどれだけ見たかを追跡できるサービス。2021年にDropboxが買収しましたのような例はあるものの、誰がどの資料を見たかを取れるようにしたことが、DSRのイノベーションだと説明しています。
資料をセキュアに共有できる。ただし誰がどの資料を見たかは追いにくい
顧客ごとのポータルに資料・議事録・やりとりを集約し、誰が見たかも把握できる
セールスではなく「買い手」を支える?Buyer Enablementという発想
加藤さんは、DSRが資料共有にとどまらず、ベンダーと顧客がコミュニケーションをとる大事な場所になりそうだと受け止めます。浜田さんはここで、DSRの方向性を表す言葉として「バイヤーイネーブルメント」を紹介します。
浜田さんによると、マツリカの中谷さん中谷がDSRを手がける際にnoteで発信していたのが、この考え方です。セールスイネーブルメント ── 営業組織の成果を高めるための仕組みづくり全般。研修、ナレッジ共有、商談の分析などを含みますには文字起こしやロープレなどの手段がありますが、「一番大事なのは買い手ではないか」という問題意識だといいます。
サービス資料だけ送られてもよくわからんし、お互いどういうスケジュールでやっていくみたいなのも、メールで送られても別にトラッキングされるわけでもないし。
買い手の側に立つと、聞きたいことがあるたびに営業担当へ電話するのも面倒です。浜田さんは、資料がすべて入っていて、合意したタイムラインが載っていて、何かあればその場で声をかけられる場所こそ、買い手にとって一番いい体験だと話します。それがDSRの存在意義になっているというのが浜田さんの見立てです。
DSRの成り立ちについて、浜田さんは「はっきりしないところがある」と前置きします。セールスエンゲージメント ── メールや電話など、見込み顧客への営業アプローチを効率化・自動化する領域。OutreachやSalesloftが代表的なツールですならOutreachやSalesloftのような明確なリーダーがいますが、DSRにはAlignedやTrumpetトランペットといった大きな会社はあっても、「これだ」というリーダーがいないからです。
浜田さんの整理では、DSRが出てきたのは2020年代に入ってからです。共有フォルダだけでは物足りない人がDSRを作った流れに加え、セールスイネーブルメントプラットフォームの一機能としても注目されてきました。
セールスイネーブルメントプラットフォームの例として、浜田さんは日本ならナレッジワーク、海外ならSeismicセールスミックやHighspotを挙げます。資料の管理や共有はこれらのツールにとっても重要なため、DSRが2021〜2022年ごろに注目を集めたというイメージだといいます。
共有フォルダの限界
セキュアな共有だけでは物足りない人が、閲覧状況まで追えるDSRを作った
セールスイネーブルメントの拡張
資料管理・共有を重視するプラットフォームが、一機能としてDSRを取り込んだ
2020年代前半に注目
2021〜2022年ごろにカテゴリーとして注目された。ただし明確なリーダーは不在
便利なのに定着しきらない?営業と買い手それぞれの壁
続いて加藤さんは、DSRの役割の変遷について尋ねます。浜田さんはまず、DSRは本当にワークしているのか、誰にとって必要なのかという問いが難しいと話します。
営業担当にとってのDSRは、顧客側で誰が資料を見ているかがわかる点がとても重宝します。一方で、究極的には顧客ごとに部屋を持たなければならず、作る手間が大変だといいます。
営業にとってもなんか便利だけど、本当は全部勝手にやってくんねえかなって思ってるみたいな感じですよね。
買い手にとってのDSRも、便利ではあるものの慣れの壁があります。DropboxやBoxなら誰もが触ったことがあるので「ここに資料が入っています」で済みますが、DSRは初めて見る人も多く、使いこなしにくいと浜田さんは指摘します。
(DSRは)「何この空間」みたいな感じで、なんか慣れないみたいなところがあって。
浜田さんによると、DSRが本来目指していたのは、購買に多くの人が関わる時代に、バイインググループ ── 企業が製品やサービスを購入する際に、意思決定に関わる複数の関係者の集まり。現場担当、上長、情報システム部門、購買部門などが含まれますの全員が簡単に資料を取れる場になることでした。しかし思うようにそうなっていないのが課題だといいます。
誰が資料を見ているかわかるのは重宝する。ただ顧客ごとに部屋を作るのが大変
便利ではあるが、見慣れない空間で使いこなしにくい
加藤さんも、社内のステークホルダーへの共有などはまだ思うようにいっていないかもしれないと応じます。浜田さんは自社サービスのimmedio Boxを例に、その難しさを具体的に語ります。
immedio Boxには、複数の資料を入れられる「Room」という機能があります。GoogleサイトのようにプチLPを作れたり、顧客側からファイルをアップロードできたりと、機能はいろいろ追加してきたそうです。
それでも、顧客の体験を考えるとなかなか成立しづらいと浜田さんは話します。1つの資料を送る機能でさえ、「相手にいちいちクリックしてもらったりメアドを入れてもらったりするのは避けたいので、ダウンロードボタンをつけられないか」と頼まれることがあるといいます。
社内で上申する時に、「このRoom入ってください」とか、「このリンククリックしてメアド入れてください」とかならない。
マルチプロダクト時代にDSRが再び注目される理由
DSRの難しさを受けて、加藤さんは買い手としての実感から別の可能性を示します。最近は多くの企業がホールプロダクト ── 中核の製品だけでなく、導入支援や周辺機能まで含めて顧客の課題を丸ごと解決する製品の考え方化やマルチプロダクト化を進めていて、営業を受けても結局何ができる会社なのかわからないことが多いといいます。
その時にあの課題ベースでそこの見た時に、あ、ここを解決したいんだけどみたいなあたりが出るとすごくありがたくて。
加藤さんは、こうした課題の絞り込みは1時間の商談では分かりきれないことも多いと話します。浜田さんが「DSRを使いたいのは商談前と商談後のどちらか」と尋ねると、加藤さんは「どちらもあるが、自分の場合は商談後」と答えます。
加藤さんの整理では、商談前は「何でもできる」と言う相手に対してどこの話をしてもらうかを絞る場になります。商談後は、分かりきれなかった部分について「これを解決したかったんだな」と確かめる場になります。
何でもできると言うベンダーに対し、どの話をしてもらうかを絞り込む
1時間で分かりきれなかった部分を、解決したい課題に照らして確かめる
浜田さんも、immedio Boxの使われ方では商談後が中心だと話します。商談後に資料を一通り送っておき、稟議の日程にちゃんと開かれているかを確認したり、初回商談がヒアリングやイントロで終わったときに、顧客が本当に興味を持っている点をあぶり出したりする使い方です。
そのうえで浜田さんは、AIで何でも作れるようになり、マルチプロダクトのメガベンダーが増える傾向は「もう絶対ある」と語ります。営業担当が商談に行っても喋りきれず、興味も測りきれない状況になるからです。
商談前に送っとくとか、商談後に送って、なんかちょっと絞りきれなかったけど、こことここなんじゃないかっていう仮説を検証するみたいなのは、
そういう意味ではなんか結構これからDSRがまたもう一回注目される可能性とかが全然ありそうな感じしますよね。
加藤さんは、情報収集段階では顧客自身も課題がどこにあるかわからず、要望が正しく伝わらないまま商談に臨むことがあると補足します。「そこじゃないんだけどな」と思いながら1時間を過ごすような状況を、DSRが解決する糸口になるのではないかと話しています。
AIエージェントが常駐するDSRとは?Alignedに見る進化
話題は、資料を置く場所だったDSRがAIの時代にどう進化するかへ移ります。浜田さんは、人間が資料を置いて部屋を作るやり方は厳しく、AIに任せて自動で回すことが勝ち筋ではないかと見ています。
その象徴として浜田さんが挙げるのが、Alignedという会社です。DSRには勝ち切ったプレイヤーがあまりいなかったなか、Alignedは今年7月に60ミリオン、日本円で約100億円を調達したといいます。セールステックで最近100億円規模を調達した会社は少ないため、勢いがあると浜田さんは評価しています。
浜田さんによると、Alignedは一応デジタルセールスルームではあるものの、基本的にはAIエージェントベースのDSRです。浜田さん自身は実際に触ったことはないと断ったうえで、想定される体験を説明します。
商談すると、もうそのAlignedのエージェントが議事録を元にして、こうお客様向けのルームを作ってくれるみたいな感じとか。
さらに浜田さんは、顧客向けのルームの中にはエージェントがいて、気になることがあれば聞ける状態になっているのではないかと話します。これまでのDSRにもチャットスペースはありましたが、営業担当がずっと見ているわけではありませんでした。
あの、この間言ってた割引価格の話どうなりました?って言ったら、なんか翌日くらいにあ、(返事が来る)みたいな。
浜田さんは、価格の話はともかく、基本的な質問はエージェントが解決してくれるなら良さそうだと話します。エージェント常駐型のルームになることでDSRが一段上がる、というのが今のトレンドではないかという見立てです。
チャットスペースはあるが、営業担当が常に見ているわけではなく、返事は翌日になることも
ルームにAIエージェントが常駐し、基本的な質問にはその場で答えてくれる
加藤さんも、買い手としての経験から同意します。日中のコアタイムは本業に集中しているため、ツールを調べたりまとめたりするのは業務時間外になりがちで、そのときベンダーにつながらないといいます。
浜田さんは、購買担当者なら平日にツールを比較するのが仕事ですが、インサイドセールスやマーケティングのマネージャーが「これを効率化したい」と考えるのは業務が終わってからだと話します。そのとき電話はできず、メールではラリーが何往復になるかわかりません。
でもじゃあ営業担当(に)時間取ってもらって明日30分話したいかっていうとそうでもないんだよねみたいな時に、
浜田さんは、そもそもDSRという形である必要があるかはわからないとしつつ、売り手がバイヤーのために向き合うAIエージェント、いわばバイヤーズエージェントを用意することには大きな価値がありそうだと話します。
加藤さんは、成果のためにツールは早く入れたいのに、確認事項が多く、人とのやりとりを重ねるほど導入が後ろ倒しになると指摘します。エージェントはそうした遅れも解決できそうだと受け止めています。
アウトバウンドより「インバウンドエージェント」が伸びている?
浜田さんは、immedioでもAIチャットを提供していて、ウェブサイトだけでなく資料の中にも組み込めるようにしていると紹介します。チャット履歴を見ると、資料の中でAIエージェントに質問している人が実際にいて、質問の傾向も見えて面白いといいます。
浜田さんによると、以前のチャットボットには「安い」「解決しない」というイメージがありましたが、今は人間より詳しいレベルになっています。
海外のAI SDR ── AIが見込み顧客の発掘やアポイント獲得など、インサイドセールス担当者(SDR)の業務を担う仕組みやAIインサイドセールスのトレンドを見ると、アウトバウンド系は苦戦していると浜田さんは指摘します。思ったほど成果が出なかったり、メールアドレスやドメインの扱いが大変だったりするためです。
それに比べて、ウェブサイトなどに置くバイヤー向けのエージェント、いわばインバウンドエージェントは増えていると浜田さんは見ています。例として、Salesforceが買収したQualifiedや、HubSpotによるWarmlyの買収を挙げています。
思うほど成果が出ず、メールアドレスやドメインの扱いも大変で苦戦している
ウェブサイトなど顧客接点に置くエージェントが増え、大手による買収も相次ぐ
浜田さんは、多くの会社が顧客接点で動くエージェントへと向かっていると話します。どんな形がよいのか、どこに置くのが一番うまくいくのかについては、今年から来年にかけていろいろな解が出てくるだろうという見立てです。加藤さんは「今すごく面白いフェーズ」と応じています。
日本のDSRはどこで効く?エンタープライズに立ちはだかる稟議の壁
最後に加藤さんは、海外の動きを踏まえて、日本のDSRがどう進化しそうかを尋ねます。浜田さんは、日本ではマツリカがDSRとエージェントの両方を手がけており、AIとDSRを掛け合わせる流れは引き続き続くだろうと答えます。
一方で浜田さんは、誰向けに売るときにDSRがワークするのかという問いを挙げます。日本では、DSRが効くのは引き続きエンタープライズではないのかもしれないといいます。
浜田さんが向いていると見るのは、スタートアップ向け、エンジニア向け、スモールビジネス向けといった、話が早いほうがいい人向けの領域です。いちいち商談を予約せずにDSR上でギリギリまで進め、最後に価格の話になったら営業を呼ぶ体験は成立しそうだと話します。
DSRがあった時、本当にやりたかったのって、なんかそのエンタープライズのバイインググループ全体への目を持つみたいな。これは時間かかんじゃないのっていう感じが若干する
加藤さんが「日本では社内でどう回すかの書式もある」と補足すると、浜田さんは稟議の実態を挙げます。サービス資料を稟議書に添付し、場合によっては印刷までする世界観では、「添付はこのURLから」とはなりにくいといいます。
商談予約なしでDSR上で検討を進め、価格の話で営業を呼ぶ体験が成立しそう
稟議書に資料を添付・印刷する文化があり、バイインググループ全体をDSRでつなぐのは時間がかかりそう
では、エンタープライズではどう使えばよいのか。加藤さんが、キーマンや導入を推進したい人を後押しし、フォローする使い方を挙げると、浜田さんも同意します。社内のチャンピオン1人を個別に支えるツールとしてエージェントを活用する形は、大いにありそうだといいます。
加藤さんは、immedioでもimmedio Boxを提供しているだけに、この領域には今年力を入れていきたいと締めくくっています。
まとめ
DSRは、商談後の資料をまとめて閲覧状況まで追える「デジタル上の商談部屋」として広がりました。ただ、営業にとっては部屋づくりが手間で、買い手にとっては慣れない空間という壁があり、当初目指したバイインググループ全体の場にはなりきれていません。浜田さんと加藤さんは、マルチプロダクト化による再注目と、AIエージェント常駐型への進化に可能性を見ています。
- DSRと共有フォルダの違いは、誰がどの資料を見たかを把握できる点にある
- DSRの方向性は、営業ではなく買い手の意思決定を支える「バイヤーイネーブルメント」
- 部屋づくりの手間と買い手の慣れが、DSRが定着しきらない壁になっている
- Alignedのように、AIエージェントがルームを作り、質問にも答える形がトレンドになりつつある
- 日本のエンタープライズでは稟議文化が壁になるため、社内のチャンピオン1人を支える使い方が有望とされる




