小六から中一、二人が振り返る2003〜2004年
今回は「Back to 平成ヒップホップ」のコーナー。二人が日本語ラップを軸に、1年ずつ日本のカルチャーを振り返る企画です。
ただし最近は2年ペースで進んでいて、今回は2003年から2004年を扱います。
え、じゃあ小六から中一?
小六から中一、12歳から13歳になる年です。
用意した年表を見ながら、ジャーゲはまず映画の話に触れます。『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞のアニメ映画賞を受賞した年でもありました。
ジャーゲは、家族で最後に映画館へ行ったのがこの作品だったと振り返ります。入れ替え制が定着する前の、映画館にずっといられた時代の記憶です。
俺最後に家族で映画館行ったの、千と千尋の神隠しか。
話はかつての映画館の二本立てにも及びます。『ミュウツーの逆襲』のような重いテーマの後に、ポップな『ピカチュウのなつやすみ』が続く上映です。
あれでピチュー出てるのめっちゃワクワクして。
当時の世相についても、鳥インフルエンザやオレオレ詐欺が話題にのぼります。二人はニュースで繰り返し流れた養鶏場の映像を覚えていました。
怖かった記憶あるもん。普通のインフルエンザじゃないんやみたいな。
iPodのシルエットCMが、MVとラジオへの入口になった
年表からiPodの話題へ。KOPERUは、シルエットだけで見せるあのCMのかっこよさを語ります。
iPodのCMめっちゃかっこよくなかった?
イケてたよな。あのシルエットだけのやつ。
KOPERUは、そのCMを自身のMVでサンプリングしたと明かします。最初は何を表しているのか、すぐには分からなかったといいます。
なんなのか最初あんまり理解できてなかった。
一方ジャーゲにとって、iPodはラジオとの出会いにつながっていました。この番組と同じポッドキャストが、当時からあったと振り返ります。
iPodのおかげで僕はラジオに出会いましたね。
当時、爆笑問題や伊集院光が出演するTBSラジオ「JUNK」の枠は、東京でしか放送を聴けませんでした。そこでジャーゲは、ポッドキャストで配信されるワンコーナーだけを聴いて、はがきを送っていたといいます。
この第1期はがき職人時代はいっぱい送ってた時期が。
ただしポッドキャストにはすぐ飽きて、次第に音楽中心になっていったとも語ります。FM802のようなローカルのFM局で、音楽ばかり聴く日々です。
ジャーゲはこの時期を、音楽とポッドキャストとの出会いの年だったと位置づけます。
テレビの話では、『トリビアの泉』が挙がります。二人は、いまの『水曜日のダウンタウン』のように「見ていないといけない番組」だったと振り返ります。
メロンパン見ると安心するもんな、俺らの世代。
携帯で音楽を聴いた着メロ・着うたの時代
この頃の音楽は着メロや着うたが中心でした。KOPERUは、携帯で音楽を聴けた時代だったと振り返ります。
着メロ、着うたの時代やからさ。携帯で音楽も聴けたから。
auのLISMOのCMに使われた曲が大ヒットするなど、CMと音楽が強く結びついていました。YUIやMr.Childrenの「くるみ」が携帯から鳴っていた記憶が語られます。
ジャーゲは、配信されていない曲を自分で打ち込んで着メロを作る人がいたことにも触れ、懐かしがっていました。
リップ、ソウルドアウト、KREVA…クラシックが並ぶ日本語ラップ
年表の日本語ラップの欄を見て、二人は思わず声をあげます。並んでいるのは名盤ばかりでした。
フリーイスね、日本語ラップね。激アツやん。
RIP SLYMEの「TIME TO GO」、SOUL'd OUT、KICK THE CAN CREWの「マジックナンバー」、そしてMSCの「マタドール」まで、クラシックが並びます。
クラシックだらけやな。
KOPERUが特に思い出すのが、KICK THE CAN CREWの「ジャンガル」のMVです。二人は、映像が巻き戻るような演出を鮮明に覚えていました。
菱田さんが道頓堀から降りようとしてるのを、降りる前と来たりで巻き戻し状態になって。
警察官がいてさ、これ本物どっち?みたいな。めっちゃ見てたわ。
2004年には新人としてKREVAが登場し、般若の作品なども生まれています。KOPERUは、この年にRHYMESTERの「ダーティサイエンス」収録の「グレイゾーン」があった一方で、「幻」も生まれていたことに驚きます。
Dさんってやっぱエグいな。グレイゾーン出しながらこれやってんの、幻。
さらにRIP SLYMEが昭和記念公園で初の野外ライブを行うなど、記録的な出来事もあった年でした。
KICK THE CAN CREWが韓国発売の第1号になった話
KOPERUが年表から拾ったのが、KICK THE CAN CREWの「GOOD MUSIC」を日韓同時発売したという記録です。
当時、韓国では日本の映画や邦楽に制限が設けられていました。それが2004年1月1日に全面的に開放され、この作品が韓国発売の第1号になったといいます。
全面的に開放され、この作品が韓国発売の第1号作品となった。
KOPERUは、映画の第1号は北野武監督の『花火』だったと聞いた話も紹介します。韓国ノワールとの相性の良さから、二人は納得します。
ここからKOPERUは、国境を越えて聴かれ、観られることの意味へと話を広げます。
以前は、韓国の人はYouTubeやネットでどうにかして観たり聴いたりするしかなかったといいます。ジャーゲは、いまも北野武監督の『血と骨』にドイツ語字幕がついた違法動画が出回っている状況に触れました。
K DUB SHINEとデブラージ、そして仕事で会った時の記憶
この時期の日本語ラップには、有名なビーフもありました。K DUB SHINEとデブラージのやり取りです。
ジャーゲは当時、2ちゃんねるに張り付いてこの応酬を追っていたと振り返ります。ディス曲の中に掲示板をディスするような要素が入るなど、いまのSNSと地続きに感じられたといいます。
今のXじゃないけど、なんかそういう地続きになってんだなと思わされるような。
ジャーゲには、K DUB SHINEと仕事で会った思い出があります。サブ作家として若手だった頃、メインの作家が体調を崩し、ゲスト回の打ち合わせを任されたのでした。
よりによってK DUB SHINEさんゲスト回で、二人っきりで打ち合わせした。
曲に詳しいことを話すと、K DUB SHINE本人がリクエストに応じてくれたといいます。ジャーゲにとって嬉しい記憶として残っています。
じゃあちょっと新しめですけど「俺は俺」とかいいですか?って。いいよいいよ、てか詳しいねって言ってくれて。
最近のSNSでの発信には思うところもあると漏らしつつ、ジャーゲは仕事で会った時はいい人だったと繰り返します。KOPERUは、その時の記憶こそが正しいのだとフォローします。
その時の記憶が一番正しいから。思えてる時が一番輝かしい。
特撮やアニメから「離れていく」成長のリアル
話題はアニメや特撮へ。KOPERUは、番組作家の趣味が反映された充実したラインナップだと笑います。
仮面ライダー555などの名前が挙がりますが、二人はこの辺りから特撮を見なくなったと振り返ります。
弟が見てたなぐらいやな。
離れていくのよ。
『アストロボーイ・鉄腕アトム』のように、手塚プロダクションの名作が現代にアニメ化されて騒がれたことも話題にのぼります。
さらに、この頃からアニメのオープニングに邦楽が本格的に使われ始めたと指摘します。曲だけは知っている、という関わり方が生まれていきます。
この辺ぐらいから、がっつりとその邦楽があのオープニングになったりとか。
キャラバンハートにメイドインワリオ、ゲームで語る記憶
ゲームの話になると、二人のトーンが一段と上がります。売上ランキングの年表を見ながら、クラシックなタイトルが次々に挙がりました。
特に『ドラゴンクエストモンスターズ キャラバンハート』は、二人とも「一番やっていたかも」と口を揃えます。
キャラバンハートなんてアホほどやったもん。
KOPERUは『メイドインワリオ』を、ゲーム性そのものが革命的だったと評価します。小さなゲームを大量に詰め込む発想です。
この時代にこのゲーム性が開発されてんねん。やばいよ。
ジャーゲにとってのゲームの記憶は、『ドラゴンクエストVIII』と結びついています。ゲーム機を買うハードルが高かった中、ドラクエ好きの父親が本体ごと買ってくれたのだといいます。
そのドラクエ8が、クラスメイトとの会話をつないでくれました。ジャーゲは同級生の住田くんと、毎日進捗を話していたと振り返ります。
ゲームがね、つないでくれたんだよ。
『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン』のように、この時期にすでにリメイクという形が存在していたことにも二人は驚きます。20年以上前の作品が、いまなお語り継がれています。
20年以上前やからな、これ。いや、恐ろしいで。
最後に二人は、ここまでは誰もが通らざるを得なかったコンテンツが多い時代だと総括します。これ以降は、それぞれ通っていないものが増えてくるとも予想します。
ここら辺は通らざるを得ないみたいなのが多いと思うから。
次回からは、より記憶が鮮明な年齢に近づくため、1年ごとに振り返っていく予定だと告げてコーナーを締めました。
まとめ
2003〜2004年は、日本語ラップの名盤が並び、iPodや着うた、ゲームやアニメが二人の少年時代の記憶と重なる時代でした。カルチャーを通して、成長の実感や思い出が語られた回です。
- KICK THE CAN CREWの「GOOD MUSIC」は、韓国での日本音楽開放後の発売第1号だったという記録が紹介された
- RIP SLYMEやKREVA、MSCなど、日本語ラップのクラシックが集中した時期として振り返られた
- iPodやポッドキャスト、着メロ・着うたなど、音楽との出会い方が変わっていく過渡期だった
- 『ドラゴンクエストVIII』や『キャラバンハート』が、二人にとって友人や家族との思い出と結びついていた
- 特撮やアニメから離れ、自分の身の回りのカルチャーで遊ぶようになる成長の分岐点でもあった






