大阪の街はなぜNYキャップだらけなのか?
話のきっかけは、片山さんが大阪の街を歩いていて気づいたことです。ニューエラ ── アメリカの帽子ブランド。メジャーリーグ公式キャップを手がけ、野球帽「59FIFTY」がストリートファッションでも定番になっていますのキャップをかぶっている人が多く、その中でもヤンキースの「NY」ロゴが目立っていたといいます。
NY多すぎひん?ってなって。最近ちょっとね、大谷翔平選手のおかげでドジャースのLAも増えたけど。
片山さんの体感では、大阪でニューエラをかぶっている人の8〜9割がヤンキースのキャップです。ただし、これはあくまで通勤経路で見た印象で、統計ではありません。
ドジャースの「LA」キャップが増えたのは大谷翔平選手の影響だと説明がつきます。中島さんは、NYキャップが多い理由はそれとは違いそうだと指摘しました。
片山さんは「この人たちは全員ヤンキースファンなのか、絶対にそんなことはない」と考えました。そこで家に帰り、「なんでNYを選ぶんやろ、ブランドとして見たら面白くない?」と妻に聞いたそうです。
そんないちいち考えてへんし。かっこいいから被ってるだけや。以上。終わり。うるさいって言われて。
中島さんが「5秒で今日の企画は終わりました」と返し、スタジオは笑いに包まれます。それでも片山さんは、みんながかっこいいと感じている、その「かっこいい」の正体を探りたいと話を続けました。
ファンでもないのにかぶる人は世界中にいる
中島さんがまず確認したのは、大阪の8〜9割という数字の根拠です。片山さんは完全に体感だと認めたうえで、裏付けを探したといいます。しかしニューエラは、都市別や球団別の販売数を公表していませんでした。
一方で、NYキャップが多いと感じるのは大阪だけではありませんでした。オレゴンやカリフォルニアでもNYキャップをよく見かけ、ロンドンでも売られていたという話が出ます。
マイアミでLAのキャップをかぶった人を見かけたという話も出ました。ただしこの人は、ドジャースの試合を見に来たファンでした。今回のテーマとは文脈が違うとして、話はすぐに本題へ戻ります。
決定的な例として挙がったのがブラジルです。ブラジルはサッカーの国なのに、ヤンキースのNYキャップをかぶる人がとても多く、しかも何のキャップか知らない人もいるといいます。
で、あの、何のキャップか分かってないっていうね。
NYマークの源流は警察のメダルとティファニー
片山さんは以前、フジテレビ『めざましテレビ』の中で、『トリビアの泉』のようなニューヨーク版のコーナーを担当していました。NYのロゴがいつからあるのかは、そのときに取り上げたネタだそうです。
中島さんは「ヤンキースができたとき」と答えました。しかし実際の起源は、ヤンキースがまだ存在していなかった時代にあります。ニューヨーク市警が勇敢な警察官をたたえるために贈った「Medal of Valor」というメダルに、NとYを重ねた意匠が使われていたのです。
警察のメダルって野球全然関係なくないですか?
さらに、このメダルのデザインに関わったのは、ジュエリーブランドのティファニーでした。片山さんは、今のヤンキースのロゴをティファニーが作ったと言うのは言い過ぎだと断ったうえで、今につながるNYの意匠の源流をティファニーが手がけたと説明しています。
その後、ヤンキースの前身であるニューヨーク・ハイランダーズが、NとYを重ねたマークをユニフォームに採用しました。
だから世界中で売れるファッションロゴを作ろうって言って会議室で生まれたNYじゃないんですよ。
ロゴに意味が「貯金」される100年の積み重ね
片山さんによると、ヤンキースのNYロゴには、その後とてつもない歴史が積み重なっていきます。ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、ディマジオ、ジーター、アーロン・ジャッジ、そして保呂田さんが挙げた松井秀喜選手。こうした選手たちが、NYのユニフォームを着てきました。
ワールドシリーズの優勝回数はメジャーリーグ最多で、2位を大きく引き離しています。片山さんによると、フォーブスの評価でも、ヤンキースの球団価値はメジャーリーグでトップです。
こうした歴史の中で、NYロゴには「強さ」「伝統」「スター」「勝者」「ニューヨーク」といったイメージが少しずつ積み上がっていきました。
ロゴに意味が貯金されていくみたいな感覚やと思ってて。
片山さんは、以前の回で話した「ロゴを隠しても形だけでわかる」というテーマとも地続きだと話します。人は形そのものより、形の後に積もったものを見ている、という考え方です。
ただし中島さんは、ここまではあくまで強い野球チームの話だと指摘します。野球を見ない人やファンではない人までかぶる理由には、まだつながっていません。
スパイク・リーの赤いキャップが野球の外へ連れ出した
NYロゴが野球の外に出たきっかけとして、片山さんは映画監督のスパイク・リー ── ニューヨーク出身のアメリカの映画監督。『ドゥ・ザ・ライト・シング』などで知られ、熱心なニューヨークのスポーツファンとしても有名ですを挙げます。スパイク・リーはニューエラに、赤いヤンキースのキャップを作ってほしいと頼んだといいます。
ヤンキースの定番カラーは、紺と白です。それでもスパイク・リーは、自分のスタイルとして赤がほしかったのです。そして赤いNYキャップをかぶって、ワールドシリーズを観戦しに行きました。
だからそれまでヤンキースファンやからNYを被るっていうのが、自分のスタイルを表現するためにNYを被るっていうように変わっていって。
その後、NYキャップはヒップホップやストリートの世界に入っていきます。ジェイ・Zが、ニューヨークを背負うアーティストとしてNYキャップをかぶり始めました。保呂田さんはこれを、ヒップホップ文化が得意とするレペゼン ── 「represent(代表する)」から来たヒップホップのスラング。出身地や所属するコミュニティを背負って表現することを指しますだと表現しています。
こうしてNYキャップは、「ニューヨーク・ヤンキース」ではなく「ニューヨーク」そのものを意味するようになりました。そこへ「ヒップホップ」「ストリート」「アメリカ」「なんかかっこいい」といった意味が、次々に足されていったといいます。
ヤンキースファンだからNYキャップをかぶる
自分のスタイルやニューヨークらしさを表現するためにNYキャップをかぶる
片山さんが「今日一番大事なところ」と強調したのは、NYキャップが広まったのはヤンキースの設計によるものではない、という点です。スパイク・リー、アーティスト、ファッション、若者と、他人が使ったことで意味が広がったのです。
ブラジルの9割とMoMAコラボが示すもの
ブラジルでの広がりについては、具体的なデータもあります。2023年にニューヨーク・タイムズがブラジルでこの現象を取材したところ、リオのニューエラの店では、売れるキャップ10個のうち9個がヤンキースだったそうです。
保呂田さんが「大阪人はブラジル人的ということ?」とつなげて笑いを誘います。片山さんは、大阪の体感もあながち外れていなかったと面白がりました。
片山さんはさらに、MoMA ── ニューヨーク近代美術館。現代アートの代表的な美術館で、ミュージアムショップのデザイン商品でも知られています、ニューエラ、ヤンキースのトリプルコラボのキャップがあることも紹介しました。キャップの横にMoMAの文字が入ったものがあるそうです。
ヤンキースの帽子については、片山さんの立場も少し複雑です。片山さんはメッツファンなので、ヤンキースは「ライバルの帽子」にあたります。それでも、ファッションとしてNYキャップを持っていると明かしました。
この話を聞いて、中島さんの気持ちにも変化がありました。以前は、ファンでもないのにかぶると文脈をわかっていない人に見えると思っていたそうです。
これだけ、アートとか音楽とかと結びついた上でファッションとして楽しめるならば、私被ってもいいかなって。
保呂田さんは中島さんに、スパイク・リーのように、あえて定番ではない色のNYキャップを自己表現としてかぶる方法を提案しました。片山さんからは、ニューエラにはオリジナルキャップを作れるサービスがあり、周年に会社のキャップを作りたいと考えた時期もあったという話も出ます。
あなたの会社にとっての「ヤンキースキャップ」は何か?
中島さんがいつものように投げかけたのは、「自分たちごとにするなら?」という問いです。中小企業には、ヤンキースのような優勝歴も100年の歴史もありません。
片山さんの答えは、ヤンキースがNYを流行らせようとしたわけではない、という点から始まります。本業をどう売るかだけでなく、まだ自社を知らない人が最初に触りたくなるものは何かを考えてみる、という提案です。
あなたの会社にとってのヤンキースキャップって何かなっていうことを考えてほしいっていう。
「比喩的すぎる」という反応を受けて、片山さんは例を挙げていきます。飲食店なら看板になる一品、製造業なら本業の技術を使った商品などです。ただし看板メニューそのものではなく、サイドで作っているもののほうがいいといいます。
保呂田さんが挙げたのは、ステンレスの町工場が焚き火台を作り、キャンプ好きの間で売れた例です。技術力は高いのに下請けばかりだった会社が、オリジナル商品で新しい客層に届きました。
一番売りたい本業や主力商品を、そのまま知らない人に売り込む
サイドの商品や発信で、まず「なんか好き」と思ってもらう接点をつくる
中島さんは、BtoBの中小企業がBtoCの自社ブランドに挑戦する例が増えていると補足しました。自治体とコラボしたり、自治体がデザイナーとつないだりする動きもあり、取り組みやすくなっているかもしれないと話しています。
片山さんは、ポッドキャストもその一例だと考えています。現場ではおまけだと思われているものが、意外と伸びるかもしれません。いきなり本業を売るのではなく、まず声と人柄から知ってもらう入口になる、という考えです。
この今やってる番組自体もみんなそれぞれ本業があるじゃないですか。で、これがもしかしたら僕らにとってのヤンキースキャップになるかもしれないし。
中島さんにとっては、ポッドキャスト制作の仕事からMCの仕事につながる可能性があります。保呂田さんは、出演者自身がキャラクターとして人気を得たり、経営者が突然司会に呼ばれたりすることもあるかもしれないと話しました。
妻の「かっこいいから」は150年かけて生まれた一言だった
最後の「中島ノート」で中島さんが取り上げたのは、冒頭で片山さんの妻が言った「かっこいいから被ってるだけ、以上」という言葉です。紐解いてみると、結局はその答えが正解だったといいます。
中島さんは、「なんか好き」には理由がないといけないと思っていたそうです。しかし今回の話を通して、その感覚を大事にしてもいいと感じたといいます。前回取り上げた、日本人が白銀比を美しいと感じる話にも通じるものがある、と振り返りました。
中島さんによると、ブランディングする側は「なんか好き」の正体を考える必要があります。一方で選ぶ側は、「なんか好き」という理由のまま楽しんでいいのです。
まとめ
ヤンキースのNYロゴは、会議室で設計されたファッションアイコンではありませんでした。警察のメダルから始まり、球団の歴史に積み上がり、スパイク・リーやジェイ・Z、若者たちに使われる中で意味を足され、「なんかかっこいい」へと育っていきました。この流れは、中小企業が本業以外の入口をつくるヒントにもなります。
- NYの意匠の源流は、ヤンキース誕生前のニューヨーク市警のメダルにあり、ティファニーが関わっていた
- 優勝や名選手の歴史が、ロゴに「強さ」や「伝統」の意味を貯金していった
- スパイク・リーの赤いキャップやジェイ・Zのレペゼンによって、NYは野球を超えて自己表現の象徴になった
- ブランドは企業の狙いを超えて、使う人によって育てられることがある
- 自社にとっての「ヤンキースキャップ」、つまり知らない人が最初に触れたくなる本丸以外の入口を探してみる価値がある







