デザインより先に宗教と文化を調べる理由
保呂田さんは、海外向けのブランドやパッケージを作るとき、デザインより先にその国の宗教や文化を調べるといいます。中島さんは「デザインより先に?」と驚きます。
日本人でいる僕らが自然に感じているものって、意外と宗教とか文化に深く関係してくるものが多いなと思っていて。
保呂田さんが例に挙げたのは、クリスマスに食べるケンタッキーフライドチキンや、お正月の初詣です。日本人が当たり前に感じている習慣にも、文化的な背景があるという指摘です。
保呂田さんがこの話を持ち込んだのは、海外向けの仕事をしているなかで、相手の文化を理解したうえで戦略を立てれば解決できる問題や、相手に喜んでもらえることがあると感じているからです。番組では以前、日本のチューハイがアメリカで受けなかった話も出ていました。
ブランドも僕らはこれがええって思うで終わらずに、相手にはなんでええって思われるか、思ってもらえるかまでちょっと考えていった方がいいよねっていう、そんな話かな。
片山さんの整理に対し、保呂田さんは、相手がなぜ「いい」と思うのかを理解したうえで作るかどうかで、作るものがだいぶ変わってくると応じます。
黄金比と白銀比、美しさの感覚は世界共通か
デザインの話の入り口として、保呂田さんは黄金比 ── 約1対1.618の比率。古代から美しい比率とされ、建築や美術、デザインの分野で広く参照されてきましたを挙げます。花びらの数や蜂の巣の広がり方など、自然界のさまざまな場所にこのバランスがあると言われているそうです。
中島さんは「天津飯あんかけの黄金比しか考えたことなかった」と笑いを誘いつつ、黄金比が約1対1.618という数字で表されることに驚きます。
保呂田さんによると、ルネサンス期には『神聖比例論 ── ルネサンス期の数学者ルカ・パチョーリによる書物。黄金比などの比例を扱い、レオナルド・ダ・ヴィンチが図版を手がけたことで知られます』という本まで出ており、挿絵を描いたのはレオナルド・ダ・ヴィンチだったといいます。
でもほら、神様が作ったバランスみたいな感じで、思いっきり宗教絡んでるじゃないですか。
中島さんが「日本にもそういう比率はあるのか」と尋ねると、保呂田さんは白銀比 ── 約1対1.414の比率。日本では「大和比」とも呼ばれ、建築や工芸などで古くから使われてきたとされますを紹介します。神社の鳥居などもこのバランスでできており、宮大工が使う金尺という物差しの裏側にはこの比率の目盛りが入っているそうです。
約1対1.618。花びらや蜂の巣など自然界に多いとされ、ルネサンス期には『神聖比例論』で論じられた
約1対1.414。鳥居などに見られ、尺貫法の時代から宮大工の金尺に目盛りが刻まれてきた
保呂田さんは、日本らしい家屋を見て日本人が落ち着くと感じるのは、この白銀比のバランスによることが多いとも言われていると話します。センスで選んだつもりのものでも、日本人として受け継いできた感覚が「いい」と思わせているのかもしれない、という見方です。
片山さんは、作り手が「きれいにできた」と思うことと、相手に「ええな」と伝わることは分けて考えた方がいいと整理します。こちらは高級に見せたつもりでも、相手には近寄りがたく見えるかもしれません。比率や色を選ぶ前に、背景を知っておく必要があるということです。
「グローバルスタンダード」は西洋のご当地ルール?
中島さんは、文化と宗教は密接に結びついているのではないかと投げかけます。保呂田さんは、黄金比の話で「神聖」という言葉が出たように、西洋の考え方の土台にはキリスト教があることが多いと答えます。
保呂田さんによれば、真面目に働くことはいいことだという感覚自体がキリスト教的だとされています。マックス・ウェーバー ── ドイツの社会学者。著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、宗教的な倫理観が近代資本主義の形成に影響したと論じましたという学者が、キリスト教の考え方が今の資本主義の働き方につながったという本まで出しているそうです。
保呂田さんは、聖書で神が世界を作ったあとに休んだことから、西洋では日曜日を休みにする人が多いと話します。ドイツでは日曜日にどこの店も開いていないといいます。
僕らがビジネスの世界でグローバルスタンダードなんて言っちゃってるようなものも、よく考えると、これって西洋のご当地ルールですよねっていうことすごく多くないですか?
片山さんは、ブランドを考えるときに「説明しなくても伝わるだろう」と思っている前提も、一度確かめた方がいいと続けます。中島さんは、美しさの定義もそれぞれ違うのだと受け止めます。
クリスマスにKFCを食べるのは日本だけ?
保呂田さんは、冒頭で触れたクリスマスのケンタッキーフライドチキンに話を戻します。日本人が当たり前のようにパーティーバーレルを買いに行く感覚も、実は日本だけのものだといいます。
アメリカでクリスマスにケンタッキーを食べるかと聞かれた片山さんは「食べない」と即答し、七面鳥ではないかと答えます。ただ保呂田さんによると、アメリカの七面鳥はサンクスギビングの料理で、ヨーロッパにはありません。カトリックではクリスマスイブに魚を、クリスマスには家族でハムを食べるような文化もあるそうです。
日本でクリスマスにケンタッキーが定着したのは、キャンペーンがきっかけでした。保呂田さんによれば、ケンタッキーフライドチキン日本1号店の店長が、1974年に「クリスマスにはケンタッキー」というキャンペーンを打ったといいます。中島さんは、コカ・コーラのサンタクロースやバレンタインのチョコレートと同じだと反応します。
コンビニで予約を受け付けるショートケーキ型のクリスマスケーキも、日本だけのものだそうです。ヨーロッパのブッシュ・ド・ノエルやシュトーレンも、ドイツなど一部の土地のご当地のケーキだと保呂田さんは説明します。
保呂田さんはさらに、12月25日はキリストの誕生を祝う日とされているものの、キリストの誕生日そのものではないという話にも触れます。由来には諸説あり、ブランドの文脈で大事なのは、行事がその土地の暮らしの中でどう受け入れられているかだと話をまとめます。
アメリカ人がクリスマスに中華料理を食べるわけ
保呂田さんは、最近アメリカでケンタッキーの話題になったとき、アメリカ人がクリスマスに何を食べるのかを聞いたといいます。中島さんの「七面鳥」という予想は、サンクスギビングで食べているため外れでした。
答えはチャイニーズフードのテイクアウトです。
保呂田さんによると、その始まりはニューヨークのある地域にあります。そこにはユダヤ教の人と中国人が多く住んでいました。キリスト教の人たちが休むクリスマスには、開いている店がありません。キリストの生誕を祝わないユダヤ人は家族で休み、同じく関係のない中国人は店を開けて働いていたそうです。
店が閉まる
キリスト教の人が多いアメリカでは、クリスマスに多くの店が休む
中華料理店が開いている
キリストの生誕と関係のない中国人は働きたかった
ユダヤ人が買いに行く
休みを家族で過ごしたいユダヤ人が、中華料理をテイクアウトして食べた
全米の風物詩へ
今では一般のアメリカ人にも、クリスマスの中華料理が広がった
保呂田さんは、恵方巻きがコンビニで全国的に売られるようになったのと同じように、クリスマスの中華料理も全米に広がったと説明します。クリスマスの中華料理店の売り上げは、通常より50%アップとも言われるそうです。
中島さんは、こうした背景がわかっていれば、中華料理店のブランディングも変わってくると受け止めます。
フィレオフィッシュは金曜日の「肉離れ」から生まれた
中島さんがイタリアのクリスマスイブの魚について尋ねると、保呂田さんは、カトリックでは毎週金曜日や祝いの前日に肉を控える習慣があったと説明します。キリストが亡くなったのが金曜日だったことに由来するそうです。
マクドナルドのフィレオフィッシュができたのってそれ(金曜日に肉を控える習慣)に関係してるんですよ。
保呂田さんによると、カトリック信者が多いアメリカのシンシナティで、金曜日になるとハンバーガーが売れずに困っていたオーナーが考えたのがフィレオフィッシュでした。同じ時期、創業者のレイ・クロック ── マクドナルドをフランチャイズで世界的チェーンに育てた実業家。マクドナルド兄弟から経営権を買い取ったことで知られますはパイナップルを挟んだ「フラバーガー」を用意して勝負させ、結果はフィレオフィッシュの圧勝だったそうです。
番組では、金曜日に売れない理由がわからなければ値下げを考えたかもしれない、という声も出ます。なぜ売れないのかを掘り下げて背景を理解すると、商売の仕方そのものが変わるという指摘です。
保呂田さんは、日本でも肉を食べ始めたのは明治ごろからで、かつては四つ足のものを食べなかったと続けます。さらに宗教ごとの食の違いにも話を広げます。
| 宗教・地域 | 食の特徴 | 番組で挙がった例 |
|---|---|---|
| カトリック | 金曜日や祝いの前日に肉を控える | クリスマスイブの魚、フィレオフィッシュ |
| イスラム教 | 豚肉を食べない、お酒を飲まない | ハラル |
| ヒンドゥー教(インド) | 牛を大切にする | インドのマクドナルドには牛肉のバーガーがない |
| 仏教国 | 牛より豚が好まれることがある | 豚のバーガーの方が売れることがある |
片山さんは、マクドナルドは国によってメニューが違うので、海外旅行の楽しみの一つでもあると話します。
イスラム圏向けパッケージで日本らしさをどう出すか
中島さんは、冒頭の話に戻り、海外向けパッケージを作るときに実際どんなことをしたのかを保呂田さんに尋ねます。保呂田さんが挙げたのは、イスラム圏向けのパッケージデザインの事例です。
保呂田さんによると、イスラム教の経典には偶像崇拝 ── 神や聖なるものを像や絵として表し、拝むこと。イスラム教ではこれが禁じられ、宗教美術でも人物や動物の描写を避ける傾向がありますを禁じる部分があるため、イスラム教国で売られている商品には偶像らしいキャラクターがあまり載っていないといいます。日本なら牛のマークやキャラクターを載せるような場面でも、それが使えません。
逆に言えば、相手の文化だけを受け入れたらそれはいいのかって言ったらそうでもないので、日本らしさも表現してって言われている中、
日本国内にそういうイスラムの文化と密接に交わる交差点はないかなって探した時、日本にも幾何学模様とかあるじゃないかと。
保呂田さんは、麻の葉、千鳥格子、青海波 ── 半円を重ねて波を表した日本の伝統文様。穏やかな波が広がる様子から、平穏な暮らしへの願いが込められているとされますなど、パターンになる和柄を使いました。さらにイスラムの文化に敬意を表して緑色を選び、現地の人から素晴らしいデザインだと言われたそうです。
イスラムのモスクには幾何学的なステンドグラスなどが多く、幾何学模様は両者に共通する要素でした。保呂田さんは、日本らしさに加えて高級感も感じてもらうため、現地で売られている高級品を徹底的にリサーチしたうえで作ったといいます。
日本でよくあるキャラクターやマークを載せる発想では、現地の文化に合わない
和柄の幾何学模様と緑色で、日本らしさと現地への敬意を両立させる
番組では、相手に合わせるだけでは自分たちらしさが薄れてしまうことにも触れます。保呂田さんは、向こうに通じるものが日本の中にあったことが大発見だったと振り返ります。
相手を知る、価値を決める、届く形にする
ここまでの話を受けて、片山さんが海外に商品を持っていくときの考え方を3つに抽象化します。
1つ目の例として中島さんは「金曜日は肉を控える、魚ならOK」というフィレオフィッシュの話を挙げます。2つ目はイスラム圏向けパッケージのように、現地をそのまま映すだけではないという話につながります。
この三つがつながると、なぜこのデザインなんですか?なぜこの商品なんですか?に理由を持って答えれるんじゃないかなっていうふうに話を聞いて思ったよ。
締めくくりの「ナカジマノート」で中島さんは、自分が「いい」と思うものが日本人としての感覚から来るのか、HIPHOP好きのような別のルーツから来るのかを考えることが重要だと話します。そのうえで3つの視点で考えておけば、セールストークにも説得力が出るといいます。
中島さんは、相手の「好きのふるさと」を知っていくことからブランドのベースづくりが始まるとし、それは意外と楽しい作業なのではないかと感じたそうです。
保呂田さんは、日本はさまざまな国の文化を取り入れて自分たちのものにしてきた国だと話します。一方で外には一神教を強く信仰する人たちもいるため、そこを理解して話す必要があり、日本国内でも相手の考え方を想像することが大事だと語ります。片山さんはそれを「自分と相手をどうつなぐか」だとまとめます。
まとめ
この回のポジラボは、クリスマスの食卓やフィレオフィッシュ、黄金比と白銀比といった身近な例を通じて、「当たり前」や「なんとなくいい」の背景に文化・宗教・歴史があることを示しました。海外ブランディングでは、相手に合わせるだけでなく、相手を知ったうえで自分たちの価値との共通点を見つけ、伝わる形にすることが大切だと語られています。
- 黄金比と白銀比のように、美しさの感覚にも文化や宗教の背景がある
- クリスマスのKFCやアメリカの中華料理のように、行事の習慣はその土地ごとに生まれる
- フィレオフィッシュは、金曜日に肉を控えるカトリックの習慣を理解したことから生まれた
- イスラム圏向けパッケージでは、和柄の幾何学模様という共通項が日本らしさと敬意を両立させた
- 相手を知る、自分たちの価値を決める、届く形にするという3つがつながると、商品やデザインの理由を語れる



