スマホがあるのに高級時計を買う人がいるのはなぜか
番組の実験室らしく、この回は「縁遠い世界」に見える高級時計から始まります。きっかけは、片山さんの関西学院大学MBA時代の恩師である玉田俊平さんのSNS投稿でした。
その投稿は、Apple Watchに移行してもう3機種目になり、機能にハマって手放せなくなった、というものでした。憧れの時計はあるものの、手に入れても「お前それいつつけるんだ」と自問すると答えが出ない、という内容です。
せいぜい結婚式に招かれた時ぐらいやなみたいな感じの話をしてて。
片山さんは、この投稿を高級時計の話に入るちょうどいいタイミングだと感じたと言います。そこで根本的な疑問を投げかけます。
スマホ見たら時間わかるのに、何千万何百万する時計を買う人っていうのもいるじゃないですか。
MCの中島さんの第一印象はシンプルで、買うのはお金持ちだから、という感覚でした。一方、保呂田さんは体に何かをつけること自体が苦手で、アクセサリーも時計もつけないと話します。
高級時計は「投資」なのか「アクセサリー」なのか
保呂田さんは時計をしないものの、アメリカ人の友人などが高級時計を買う話は聞いたことがあると言います。その理由は身につけるためというより、投資や投機に近いものでした。
(高級時計は)価値が落ちないから、これに変えておくみたいな。違った形の貯蓄みたいなイメージ。
中島さんはそれを「金を買う時みたいな」感覚だと受け止めます。つまり、身につけるものというより資産という理解です。ここで保呂田さんは、機能面ならスマホやApple Watchで十分ではないかと、恩師と同じ疑問に共感します。
自信がなかったから時計を買った、という片山さんの告白
片山さんは、自身も昔は時計に興味がなかったと振り返ります。ニューヨークで20代を過ごした頃、周りの日本人コミュニティでパネライという高級時計が流行っていても、横目で見ているだけだったそうです。
転機は10年ほど前でした。会社を継ぎ経営を担う立場になった30代半ば、片山さんは自分にその器があるのか自信が持てずにいました。そのときに買ったのがブライトリングというブランドの時計でした。
俺ってそういう器かなみたいな気持ちが常にあった時に、自信がなかったから(時計を)買ったっていう感じで。
つまり時計は、自分の価値を増幅させ、時計に見合った男になりたいという気持ちの表れでした。片山さんは、時計に自分を引っ張り上げてもらおうとしていたのだと当時を解釈します。
中島さんも、独立のタイミングでいい時計を買う知人が周りに意外といると話します。値段の大小はさておき、時計に自分を支える意味を見出す人は少なくないようです。
着物着たら背筋が伸びる。みたいな。
これはアクセサリーというより、情緒価値に近いものだと片山さんは整理します。身につけることで自分のブランド価値を上げてもらうという感覚です。
正規店で買えないロレックスと「ロレックスマラソン」
話はロレックスへ移ります。片山さんは、SNSでも定価より高く売れる、正規店では買えないといった話題をよく見ると指摘します。
そこで語られたのが「ロレックスマラソン」という言葉です。正規店を訪ねても在庫がなく、次の店、また次の店と巡り歩くことから、そう呼ばれています。
要は正規店にここ行きました。ないよね?次のロレックスの店行く?ないよね。次の店行く。
毎日のように店へ通い、今日入荷したかを確かめ続けて、ようやく買えるか買えないか。しかも入荷しても買えるとは限らず、店側は「人を見ている」と言います。
その理由の一つが、転売目的かどうかの見極めです。定価以上で売られたり転売のために買われたりすることを、ブランドとしては避けたいためです。もう一つは、数を絞って市場に流すことでブランド価値を守るという狙いだと片山さんは説明します。
時計は3種類に分けられる、そしてロレックスの意外な位置づけ
ロレックスの「誰につけてもらうか」という話に入る前に、片山さんは時計をざっくり3種類に整理します。
Apple WatchやガーミンやCASIOなど、機能価値を重視した便利な時計
GUCCIやDIESEL、ダニエルウェリントンなど、服の延長でアクセサリー感覚でつける時計
そして3つ目が、最低でも数十万、高いものでは何百万円もする高級時計です。中島さんに高級時計のイメージを尋ねると、思い浮かぶ名前はロレックスでした。
ところが片山さんは、ロレックスは高級時計界では高級時計ではないと言います。もともとは耐久性の高さなど機能価値で評価されていたブランドだからです。
(ロレックスは)高級時計の中のエントリーモデルみたいな。
いわゆる高級時計の頂点として片山さんが挙げたのは、パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンという3ブランドです。何千万円もし、アート寄りの存在として語られます。
クォーツショックが時計を「情緒価値」へ押し出した
なぜロレックスは機能価値のブランドから成功者の象徴へ変わったのか。片山さんはその背景に、スイス時計業界が一度は信義を欠いた出来事があったと語ります。
きっかけはSEIKOが世に出したクォーツ時計です。精度が高く安価なクォーツの登場で、片山さんいわく「時計界が死んだ」状態になりました。
写真機ができた時にアートが死んだって(言われるのと同じですね)。
この危機に対し、ロレックスは高級路線へシフトし、価値の置きどころを機能から象徴的価値へと移していきました。機能を身につけるのではなく、ストーリーを身につける方向への転換です。
耐久性や精度など、機能価値で評価される実用寄りのブランド
成功者のシンボルとして情緒価値・象徴的価値を担うブランド
便利かどうかでつけていた時計が、価値が上がるにつれてアートやファッションとして扱われ、身につける理由そのものが変わっていった、と中島さんはまとめます。
長友選手のウブロ、山本由伸選手のリシャール・ミル
象徴的価値を分かりやすく示すのが、有名人やスポーツ選手が高級時計をつける事例です。片山さんはまず、長友選手が愛用することで知られるウブロを挙げます。
長友選手がアスリートとしての成功を記号として表現し、それが広がることで「ウブロは成功者のシンボル」という新しい文脈が生まれた、と片山さんは説明します。ロレックスに続く新カテゴリーの成功者の象徴です。
もう一つの小ネタが、ドジャースの山本由伸選手とリシャール・ミルです。片山さんが行きつけの美容師から聞いた話で、その美容師の客にリシャール・ミルの販売員がいるのだと言います。
その販売員が山本選手との会食に呼ばれ、ダメもとで世界に50本しかない時計を勧めたところ、返ってきた言葉が印象的でした。
ほんだら、その時の山本選手の返事が、「僕でいいんですか?」っていう返事やったらしくて。
値段を尋ねるのではなく「僕でいいんですか」と返す。これは、リシャール・ミルに選ばれた自分、という感覚で受け止めているからだと片山さんは読み解きます。
保呂田さんは逆の効果も指摘します。あの山本選手がそこまで敬意を払うブランドなのか、というイメージが世間に生まれ、それがさらにリシャール・ミルの価値を押し上げる、という構図です。
時計で人を測る「ヒエラルキー」と、それが苦手な人たち
片山さんは、時計が自己表現の手段になる背景として、男性はビジネスシーンで女性ほどアクセサリーをつけられない事情を挙げます。そのなかで数少ない表現手段が高級時計だ、という見方です。
一方で保呂田さんは、時計で人を測ることには抵抗を示します。
俺は仕事せいって思いますよ。高級時計でその人測りたくないなって。
片山さんによれば、ウォールストリート界隈には時計でその人のランクを判断する「ウォッチヒエラルキー」のような感覚が実際にあるそうです。
中島さんは、それがママ友の世界にもあると打ち明けます。お迎えのときに誰がどこのバッグを持ってきたか、どこのコートを着ていたかを見ている人がいる、という話です。身につけるもので人を見る構造は、特別な世界に限りません。
Apple Watchは「時計レースから降りる」選択肢になった
保呂田さんは、この序列そのものから外れる選択肢としてApple Watchを位置づけます。以前、収録エンジニアの藤原プロデューサーへ誕生日にApple Watchを贈った経験を語ります。
見た目が渋い藤原さんがApple Watchをつければ、高級時計より引きが強いのではないか。あえて高級時計のヒエラルキーの外で攻める、というブランディングを意図したのだと言います。
(藤原が)高級時計じゃなくてApple Watch選択できる人なのねっていう、ちょっとブランディングをかましたのを思い出しました。
片山さんは、これは世の中の流れとも一致すると応じます。Apple Watchのおかげで、高級時計レースから降りたかった人が降りられるようになったという指摘です。
さらに健康志向の高まりを背景に、運動するときは機能的なApple Watch、仕事のときは機械式の高級時計と使い分ける「上級者」も出てきていると片山さんは付け加えます。
古着やバンドTシャツにも通じる「文脈への課金」
片山さんは、この回のヒントは中小企業のブランディングにも通じると話します。ロレックスを目指すのか、リシャール・ミルを目指すのか、あるいはApple Watchを目指すのか。自分たちの商材をどの文脈に乗せるかは選べる、という発想です。
その象徴が、死にかけたスイス時計の起死回生でした。機械式時計は時間を計る精度でクォーツに勝てない。だからそこで勝負しないと決め、文脈で価値を作ることに活路を見出したのです。
最後の「ナカジマノート」で、中島さんはこの構造が古着にも当てはまると語ります。ボロボロのシャツに価値を感じない人には無価値でも、ルーツや文脈を理解すれば額が出せる、という話です。
古着って(略)、今やTシャツがボロボロのTシャツが1枚30万円でとかっていうようなマーケットもあって。
片山さんは、20数年前のGREEN DAYのTシャツが400万円という例も挙げます。バンドTシャツの価値が上がっている現象について、中島さんは人が文脈にお金を払うのだと受け止めます。
(それは)まさにブランディングだと思いますよ。そこは価値をいかに醸成していくのかっていうね、肝の部分だと思いますわ。
中島さん自身も、ラグジュアリーな会場でのMCに選ばれるときは、タイトで光沢のある衣装や大人っぽい話し始めが求められると感じると言います。その時々のニーズに合わせて自分をブランディングし直す必要がある、という気づきで締めくくられました。
まとめ
時間を計る道具だった時計は、クォーツショックを機に機能から情緒価値へと軸足を移し、いまや身につける人の自信やアイデンティティを語るブランディングツールになっています。ロレックスの序列も、山本由伸選手のリシャール・ミルも、古着のバンドTシャツも、共通するのは「文脈に人がお金を払う」という構造でした。
- 高級時計は実用品時計・ファッション時計・高級時計の3つに整理でき、ロレックスは元々は機能価値寄りのブランドだった
- クォーツショックを機に、スイス時計は機能ではなく象徴的価値・情緒価値で勝負する道を選んだ
- 山本由伸選手の「僕でいいんですか」に象徴されるように、高級時計は「選ばれた自分」を語る記号として機能する
- Apple Watchは高級時計のヒエラルキーから降りる選択肢となり、それ自体が一つのブランディングになりうる
- 古着やバンドTシャツと同じく、人は機能ではなく文脈やストーリーに価値を見出して対価を払う






