野球の話ではない、阪神を題材にしたブランド論
番組の第38回は「阪神ファンはなぜ負けた夜も幸せそうなのか」というタイトルですが、片山光祐さんによれば、これは野球の勝敗を語る回ではありません。
狙いは、阪神タイガースという球団を題材にしたスポーツビジネスのブランド論です。特徴が大きい球団として、巨人ではなく阪神が選ばれています。
そう、スポーツビジネスのブランド論として掘り下げていきたいなっていうので、ちょっとたまたま阪神が多分特徴が大きい球団だと思うので。
片山さんは、巨人と阪神のブランドの違いを飲料に例えます。強さや権威を代表するのが巨人、対抗する立場が阪神という見立てです。
多分巨人はコカコーラで、阪神はペプシみたいなところはちょっとあると思う。
ちなみに片山さん自身は阪神ファンではなく、オリックスファンだと明かします。父親が近鉄バファローズの仕事をしていた流れで、近鉄からオリックスへと応援を続けてきたそうです。
強くないチームに人生をかける不思議
片山さんがまず投げかけるのは、ブランド論からすると引っかかる問いです。今の阪神は強いものの、もともとは長い暗黒時代を過ごしてきました。
通常のビジネスでは、良い商品・強い商品が売れるのが王道です。しかし阪神は、弱かった時代からファンに愛され続けてきました。
もともとってむちゃくちゃ弱くて、ずっと暗黒時代だったじゃないですか、阪神って。強くないブランドに人生かけるって、ブランド論からするとちょっとあれ?ってならない?
巨人ファンも阪神ファンも、試合に負ければ悔しいはずです。それでも両者の様子は違うと、出演者たちは語ります。
巨人ファンのおじさんも大概負けるとすっごい怒ってるよ。でも阪神ファンは怒ってないから。
負けた夜も阪神ファンがどこか幸せそうに見えるのは、ブツブツ言いながらも「明日も応援する」という前提が崩れないからだ、という見立てが示されます。
ニューヨークで松井稼頭央に自分を重ねた日々
なぜ弱いチームを応援するのか。片山さんは、自身のニューヨーク時代の実体験から語り始めます。アメリカ在住時に応援していたのは、ヤンキースではなくニューヨーク・メッツでした。
当時の片山さんは孤独で、仕事もうまくいかず、自分の暗黒期だったと振り返ります。仕事を忘れたくて、意図的にはまれるものを探していたそうです。
そこにメッツへ入団してきたのが、パ・リーグ出身の松井稼頭央選手でした。最初の打席で先頭打者ホームランを打ち、片山さんは大いに注目します。
ところが松井稼頭央選手は、そこから結果の出ない苦しい時期に入っていきました。片山さんは、その姿に当時の自分を強く重ねたと語ります。
どっちかって僕も仕事ではホームランを打つけど三振タイプだったんですよ。あの人も目立つ仕事するけど、めっちゃ苦しんではるな、叩かれまくってるなというので、めっちゃ投影しちゃって。
この体験は、強いから応援するのではなく、一緒に苦しみながら並走する感覚だったと片山さんは整理します。
感情移入、並走に近い感じかな。一緒に走ってる感がすごい。勝手に。
大阪商人の反骨精神と反巨人スピリット
片山さんは、この「弱くても応援する」感覚を、自分だけでなく関西人全般のものではないかと展開します。
話は歴史にさかのぼります。豊臣秀吉の時代に中心だった大阪は、1615年の大坂夏の陣を経て、権力が江戸へ移っていきました。
それでも、政治では負けても経済と文化では負けたくない、という大阪商人のマインドが残ったと片山さんは言います。大阪は商人が自ら金を出して作った街で、橋なども自分たちで築いたという文脈が引かれます。
大阪っていう街、そもそも商人が金出して作っていった街だから、政府が金出してないんですよ。
戦後、巨人が東京のメディアで大きく報じられるなか、関西では「それなら阪神」という流れが生まれた、という見立てです。
反巨人、反東京、反権威みたいな。
保呂田直行さんは、東京側から見ると、これは単なる地域の地元愛だと思っていたと反応します。地元だからチームを応援する、という理解です。
大阪のチームだから、みんなで大阪で阪神を応援しよう、広島の人だから広島カープを応援しようみたいな。その地域ローカル性でそういう風になってるんだと勝手に東京もは思ってました。
地元愛はどのチームにもあるものの、阪神の場合はひときわ強く、反権威のスピリットが重なっているという整理になりました。
応援ではなく「所属」しに行く甲子園
ここから話はビジネス論につながります。片山さんは、阪神ファンの心理を、以前も番組で扱った「コミュニティに所属する」ブランディングの文脈に近いと位置づけます。
過去回で語られた、機能的価値・情緒的価値、そしてコミュニティ的な価値という段階のうち、コミュニティまで到達すると最強のブランディングになる、という話が下敷きになっています。
片山さんは、甲子園に行く体験そのものが、コミュニティに入っていく儀式のようなものだと表現します。スタンドの独特の雰囲気を感じながら、自分がその一員になっていく感覚です。
スタンドに入って、独特の雰囲気を感じながら、自分がそのコミュニティに入っていくよねみたいな。
この視点に立つと、阪神ファンは単に応援しているのではなく、コミュニティに所属しに行っている、という言い換えができます。
所属しに行くっていう体験を彼らはしているっていうね。
一員である以上、勝っても負けても応援しないわけがない、という関係が成り立ちます。応援ではなく所属という捉え方が、負けた夜も離れないファン心理の核になっています。
比較表から降りる、企業のファン化
片山さんは、このコミュニティ化こそが阪神ファンの真骨頂であり、企業ブランディングにも応用できると語ります。コミュニティ化が進むと、他社との「比較表」から降りられるという考え方です。
そうなるともう前から話してるけれども、比較表から降りていくじゃないですか。
比較から降りるとは、価格や機能のスペック比較で選ばれる土俵から抜け出すということです。企業に対するファン化を頑張って進めることが大事だと、片山さんは強調します。
中島静香さんは、これを企業に当てはめて言い換えます。株価が落ちても、トップが入れ替わっても、ブランドそのものを応援してもらえる企業は強い、という整理です。
さらに阪神の場合は、祖父・父・自分と世代をまたいでファンが継承されていく点も特徴だと語られます。
おじいさん、お父さん、自分みたいな、継承していっちゃうんですよね、ブランドのこのファンってね。
保呂田さんは、この継承のあり方が株主に似ていると指摘します。損益だけでなく、応援したいから株を持ち続ける人がいる、という重なりです。
単純に応援しているから株を保有し続ける、それこそおじいちゃんの代から三代持ってるとかよく聞くし。
中島さんは、実生活の例として、保育園のお迎えで会う友人が3歳の子どもとユニフォームを着て甲子園に通う様子を挙げ、応援が日常になっていると話します。
完璧を演出しないことが生む共感
片山さんは、もう一つの重要な視点として、阪神が教えてくれるのは「完璧を演出しないこと」だと語ります。
通常はサービスもチームも、強いことが善とされ、それゆえに応援されると考えられます。片山さんは、巨人はこの文脈に近いと見ています。
一方で阪神は、弱さもさらけ出し、苦しみも共有します。そうすることで、ファンが自分事として感じ始めるという流れです。
保呂田さんは、この考え方をプロセスマーケティングに近いと補足します。強い時も弱い時も全部見せることで、ファンが応援を続けられるという指摘です。
片山さんは、松井稼頭央選手が叩かれる姿に自分を重ねた体験を、この完璧じゃないからこそファン度が増す感覚の実例として再び持ち出します。
中島さんは、久しぶりの優勝となった星野監督時代を例に挙げ、苦しい時代を一緒に過ごしてきた感覚がファンに共有されていたと振り返ります。
居場所になるブランドと、取り繕わない強さ
保呂田さんは、東京にいた同級生のゴリゴリの阪神ファンの話を紹介します。学校が終わると電車で甲子園まで通い、応援団に加わっていたそうです。
向こうに行くと、あの、同じファンの人たちが本当にウェルカムしてくれて、よくしてくれるから、もう僕はあそこを離れられないって言ってました。
その場所がファンにとっての居場所になっている、という点が確認されます。ただし中島さんは、これを企業がビジネスとして意図的につくれるものなのかと疑問も投げかけます。
番組後半の「ナカジマノート」では、中島さん自身の体験と重ねられます。ラジオでは嘘はバレると考え、わからないことはわからないと言い、自分を取り繕わないと語ります。
そのうえで中島さんは、取り繕わずかっこもつけられない自分でも応援してくれる人こそ、強い味方だと話します。
片山さんは、本質的には「作らなくていい」ということだとまとめます。阪神ファンも、作り込まれてそうなったのではなく、自然にそうなっていったという整理です。
だから阪神ファンも作り込まれてそうなったわけじゃないですもんね。
最後に片山さんは、スポーツブランディングをまた別の回で扱いたいと述べ、阪神の良さが他チームや野球業界全体の盛り上がりにも波及していくかもしれない、という展望で締めくくられました。
まとめ
阪神ファンが負けた夜も幸せそうなのは、強さで選んでいるからではなく、コミュニティに所属し、弱さも含めて並走してきたからだ、という回でした。機能や価格の比較から降り、応援され続けるブランドの条件が、阪神を題材に語られています。
- この回は野球の勝敗ではなく、阪神を題材にしたスポーツビジネスのブランド論として語られている
- 弱かった時代から愛される阪神は、強い商品が売れるという王道とは別の原理で成り立っている
- 片山さんはニューヨークで松井稼頭央選手に自分を重ね、応援は感情移入というより並走だと整理した
- 甲子園に行く体験は「応援」ではなく「所属」であり、コミュニティ化が比較表から降りる強いブランドを生む
- 完璧を演出せず弱さや苦しみを共有することが、顧客に自分事として感じさせ、応援され続ける関係につながる




