寝坊した経営者と、MCが入って変わった収録の空気
この回は、いつもの3人での収録ですが、冒頭からアクシデントの話で始まります。保呂田さんが寝坊し、収録時間にスタジオへ間に合わなかったのです。
お二人、皆さん申し訳ございませんでした。遅刻して寝坊して収録の時間にスタジオ間に合いませんでした。
保呂田さんのスタッフが何度電話してもつながらず、平野さんと片山さんはその様子を画面越しに見守っていたと言います。
だって千葉に今住んでるって聞いてて、スタジオまで(車で)来てるっていう話をしてたから。事故ってるんちゃうかっていう心配がすごいあったから。
大変申し訳ございませんでした。こんな公開でね、遅刻を謝る経営者ってなかなかいないと思うんですけど。
この回から、平野さんがMCとして場を回す役割で加わりました。以前はスタジオに40代の男性3人だけで、片山さんがMCをしながら話し手も兼ねていたと言います。
一番初めの収録の時って、僕がMCしながら喋りたいことも喋って、(保呂田さんが)アドリブでガンガン言ってくるから、なんとなく整理しながら番組成立するようにって喋ってた。
平野さんが加わったことで、片山さんは話し手に専念できるようになったと振り返ります。役割が分かれたことの効果を、保呂田さんも実感したようです。
やっぱ役割ってありますよね。MCの役割、話し手の役割、その役割の中でヒラノさんポジションって大事なんだなっていうのは痛烈に感じた。
片山さんは、訓練された声が番組に入るだけで音声全体の質が底上げされると話しました。
しっかりとトレーニングされた声が番組に入るっていうことだけで、番組としてのクオリティが上がる。タイムライン上にいい声の面積が増えるっていうのは、底上げがすごいされている。
同じ言葉なのに噛み合わない。「意味のズレ」という入り口
本題に入る前に、片山さんが保呂田さんへ問いを投げます。同じ言葉を使っているのに、相手の受け取り方がずれていると感じる瞬間についてです。
保呂田さんは、かつてアメリカのバンドに在籍して来日していた頃のエピソードを挙げました。神戸のライブで、外に出てファンとコミュニケーションを取っていたところ、高校生のお客さんから怒られたと言います。
神戸にいた高校生のお客さんから、「ちゃんと話して」ってなんかめっちゃ怒られたんですよ。
保呂田さんは「日本語で喋っているのがいけないのか」と考え、英語に切り替えました。ところが、それも意図とはずれていたのです。
(英語に切り替えたら)当時一緒に来ていた大阪のバンドから、「なおちゃんあれちゃうで、関西弁で喋ってって意味やで」って言われた。
関西弁の人たちからすれば、日本人の顔をしたバンドメンバーが標準語で話すのは違和感があり、「関西に来たら関西弁で」という意味だったといいます。保呂田さんはそれに気づかず、ひたすら英語で話し続けてしまいました。
この話について、平野さんは別の解釈もありうると指摘します。「ちゃんと話して」は「もっと一人と長く話して」という意味かもしれない、というものです。同じ言葉が、文脈次第でいくつもの意味に読まれることを示す例になりました。
片山さんは、これを仕事の場面にも重ねます。映像制作で「伝わることにこだわって細部まで演出する」と真面目に説明すると、顧客の頭の中で意味が勝手に変換されると言います。
(細部にこだわると説明すると)お客さんの頭の中では、「あ、高いやつや」って自動翻訳される。
本当は、お金をかけずにこだわれる部分やイマジネーションの話をしているのに、高級機材でピカピカに仕上げるイメージとして伝わってしまう。片山さんは、これこそが「ズレの正体」だと整理します。
片山さんは、同じことが企業ブランディングでも起きていると話し、ここからが今回のテーマだと切り出しました。前編ではブランドで意味がズレる構造を、後編ではDJとしての平野さんを題材に、個人の職業ブランディングを掘り下げていく構成だと予告します。
サマンサタバサに起きた「意味の立ち位置」の変化
わかりやすい例として最初に挙がったのが、サマンサタバサです。片山さんは、このブランドを「渋谷の空気そのもの」だったと表現します。
(サマンサは)渋谷の空気そのものやったんちゃうかなっていうふうに思ってまして。
巻き髪、ムートンブーツ、109でのプリクラ、アイコンとしてのモデル起用。さらにパリス・ヒルトンやビヨンセといった海外セレブを起用し、10代後半から20代の女性のモテアイテムとして流行したと片山さんは振り返ります。サマンサタバサ ── 1994年創業の日本のファッションブランド。バッグやアクセサリーで、2000年代に若い女性を中心に人気を集めた。
その勢いは数字にも表れていました。
当時、片山さんと保呂田さんはアメリカにいましたが、帰国したときの印象を保呂田さんはこう語ります。
一帰国した時とか、日本の空気感を見て、全員サマンサのバッグ持ってるなっていう感覚だった。
俺も東京生まれで東京育ちだけど、青山から渋谷に抜ける246っていうこの道で、めちゃくちゃよくこの巨大な看板を見かけましたもん。
片山さんは、バッグを持つこと自体が「世界観の一員になる記号」として強い意味を持っていたと分析します。これは番組で以前扱った「自己実現フェーズ」、つまりバッグを持つことが自分自身の表現になる段階まで到達していたということです。
ところが2010年代以降、時代の文脈が変わると、同じデザインでも違う意味として読まれ始めます。ライフスタイルの変化やファストファッションの台頭で、サマンサ自体も連続赤字に陥りました。
その後、2024年にコナカの傘下に入って上場を廃止し、現在は「リボーン計画」として再建中だといいます。サステナビリティや多様なスタイルを取り入れ、日本の職人技術を生かした高品質路線で復活を目指していると片山さんは説明します。
平野さんは「確かに最近あまり見かけない」と実感を口にします。片山さんは、これはサマンサが悪くなったという話ではないと強調しました。
アバクロの「非日常への入り口」が、多様性の時代にどう読まれたか
もう一つの例が、アバクロンビー&フィッチです。片山さんは、白人でマッチョ、セクシーというイメージが強い文脈だったと振り返ります。店に入った瞬間に強い香りがし、薄暗い店内で音楽が鳴る、非日常を演出する空間だったといいます。アバクロンビー&フィッチ ── アメリカ発のカジュアル衣料ブランド。薄暗い店内や強い香り、モデル起用など独特の店舗演出で知られた。
ただし保呂田さんは、アメリカと日本で受け入れられ方が違ったと指摘します。
アメリカってね、大学生ブランドみたいのが定着してたから。あの高校生はホリスター、大学になったらアバクロみたいなのが結構はっきりしてた。
もともとは大学生の日常ブランドに近かったものが、日本進出のあたりから「高級なアメリカンカジュアル」として受け取られるようになったのではないか、という見立てです。片山さんは、アバクロがニューヨーク5番街に出店したころから、白人マッチョのクラブ的なイメージが強まり、それがそのまま日本に来たと補足します。
平野さんは、アバクロを知ってはいるものの店に入ったことがないと話します。理由は、入りづらさや近寄りがたさでした。
(アバクロは)あんまりなんていうの、「皆さんおいで」みたいな感じじゃなかったよね。店構えっていうか、そのなんか雰囲気が。
ニューヨークの5番街の店舗とかだったら、上半身裸のマッチョが2人でこう門番じゃないけど立ってるっていう感じ。
この非日常性が、当時は憧れとして機能していました。しかし片山さんは、時代が多様性を重んじる方向へ変わったことで、その意味がずれてきたと説明します。
白人モデル、マッチョセクシーが、特定の体型や人種を理想化するっていう文脈に変わっちゃったので、それが世の中的にはクエスチョンな時代になってきた。
サマンサもアバクロも、ブランドが提供する機能そのものが変わったわけではありません。変わったのは、それを受け取る側の意味づけだった、という点で2つの例は共通しています。
ラジオというメディアに起きている「役割の変化」
同じ構造を、片山さんはメディア、特にFMラジオに当てはめます。かつてラジオは、流行の入り口であり、新しい音楽も情報もラジオから知るという時代が長く続いていました。
しかし今は、若い世代がYouTubeやTikTok、Spotifyなど、スマホで新しいものに出会う時代になっています。片山さんは、そのなかでラジオの意味も変わってきているのではないかと話します。
これは別にラジオが終わったとかしょぼくなったっていう話じゃなくて、現代では入り口が増えて、役割がちょっとずつ変わってきてる。
平野さんは、情報の入り口としての優位性が薄れてきていることを、当事者として実感していると語ります。
情報の入り口っていう意味合いでいくと、独占性というよりは優位性みたいなものが薄くなってきてるなっていうのはやっぱ正直感じます。
この流れを聞いて、保呂田さんが今回の話の筋をつかみます。サマンサの話だけでは意図が見えにくかったものが、ラジオの話で腑に落ちたと言います。
CBBEモデルで見る、ブランド価値が積み上がる4段階
ここで片山さんは、前回説明しきれなかったというフレームワークを改めて持ち出します。CBBEモデルです。
CBBEはCustomer Based Brand Equityって言って、日本語で言うと顧客ベースのブランド資産。
片山さんによれば、これはブランドの価値が顧客の頭の中にどう積み上がっているかを分析するフレームです。ブランドを作る側の視点ではなく、受け手が今どう受け取っているかを見るための道具だといいます。
難しい説明に平野さんがついていけないと訴えると、片山さんは一言で言い直します。お客さんが感じる意味の積み重ねがブランドを作る、という話だといいます。
片山さんは、これを恋愛にたとえて4段階の階段で説明します。1段目は「認知」で、「この人よく見るな」と存在は知っているが中身は知らない段階です。
2段目は「意味」で、「落ち着いてそう」「仕事きっちりしてそう」と、どんな人かのイメージができてくる段階だといいます。
3段目は「反応」で、好きか苦手かの感情が動き出す段階です。「一緒にいると楽しい」「安心する」、あるいは「距離を置きたい」といった判断が生まれます。
4段目は「共感」で、相手そのものだけでなく、相手といる自分まで好きになっている状態だと片山さんは説明します。ここまで来ると簡単には離れない関係になる、というわけです。
恋愛の例が続くと、保呂田さんと平野さんが「ブランディングの番組であって恋愛相談ではない」とツッコミを入れます。ただ、たとえとしては腑に落ちたと2人とも認めています。
この4段階をブランドに当てはめると、1段目は名前を知っているか、2段目はどんな商品・イメージか、3段目は好きか信頼できるか、4段目は「このブランドを選ぶ自分が好き」と思えるかになります。
片山さんは、サマンサもアバクロも2段目の「意味」が時代の文脈で書き換わったことで、3段目・4段目の好きや共感まで揺れてしまったと整理します。
だから2段目ってめちゃめちゃ大事ね。と思いますよ。
平野さんを題材に。DJという職業ブランドへの橋渡し
CBBEモデルは企業ブランドだけでなく、職業ブランドにも同じように当てはまると片山さんは言います。今回はラジオDJを例にしますが、どの職業にも通じる話だとしています。
ラジオDJに4段階を当てはめると、1段目の認知はDJ名や番組名を聞いたことがあるか。2段目の意味は、かつては「音楽の案内役」「曲を紹介してくれる人」でした。
しかし今は、その意味が広がっていると片山さんは指摘します。
今はどっちかっていうと、音楽を紹介するだけではなくて、世界観を翻訳してくれる人であったり、居場所を作ってくれる人みたいなところも付加されていってる。
平野さんも、DJに求められるパーソナリティの比重が大きくなってきていると感じると応じます。3段目の反応は「声の温度が好き」「話し方が心地いい」、4段目の共感は「この番組が自分の居場所」「この番組と一日が始まる」といった状態です。
この職業ブランドの視点こそが、後編で平野さん自身を題材に深掘りされる部分になります。保呂田さんは、今回の話の狙いをこう言葉にしました。
(サマンサやアバクロという)大きいところから話がスタートして、片山さんとしては個人ブランディング、平野智さんのこの話につなげると同時に、個人としてブランディングをしている人たちにちゃんとお話を届けていきたい。
片山さんは、AIやSNS、デジタルでのコミュニケーションが増える時代には、フリーランスだけでなく会社員にとっても「個の見せ方」が重要になると話します。
後編では、平野さんが聞かれる側に回り、DJとしての自身の見せ方をCBBEモデルと結びつけていく展開が予告されて、前編は締めくくられました。
まとめ
ブランドは機能ではなく「意味」で選ばれ、その意味は個人の辞書とその場の文脈で勝手に翻訳されます。サマンサ、アバクロ、ラジオはいずれも、機能そのものではなく受け手の意味づけが時代とともに変わった例として整理されました。
- 同じ言葉でも、受け手の辞書と文脈で意味は勝手に翻訳され、それがズレの正体になる
- サマンサタバサもアバクロも、ブランドが悪くなったのではなく「意味の立ち位置」が変わった
- ラジオもブランドも、提供する機能は同じでも、時代によって受け取られ方が変化している
- CBBEモデルは認知・意味・反応・共感の4段階で、価値がどこまで積み上がっているかを見る
- 時代の文脈で2段目の「意味」が書き換わると、好きや共感まで揺れる。個人の職業ブランドも同じ





