クリエイティブディレクター交代が経済ニュースになる違和感
番組冒頭、MCの中島静香さんが1通のメッセージを紹介します。ラジオネーム「オマージュ」さんからの投稿でした。
最近クリエイティブディレクター(CD)の交代が、ビジネス系のニューストップに来ることが増えていて、正直不思議に思っています。
昔はもっと職人的な、ファッション業界内部の話だった気がするんですが、なんでこんなに大騒ぎになるんでしょうか。
投稿者は、ファッションの話のはずなのに、株価や経営戦略といった別の文脈で語られていて追いつけなくなってきた、とも書き添えていました。
保呂田さんは、自身がファッション業界で直接仕事をしているわけではないと前置きしつつ、日本の食品の海外輸出を通して海外のトップシェフと話す中で、ファッションとも強く結びつく場面があると感じてきた、と語ります。
中島さんは、CDの交代は記事では見かけるものの、それが「ビジネスニュース」として扱われるという点には、あまり目を向けていなかったと打ち明けます。
ブランディングって本来、ブランドが前にあって、クリエイティブディレクターみたいな人の話って裏方の話だから。
F1の移籍騒動をブランドの視点で読み解く
片山さんが例えとしてF1を持ち出そうとすると、保呂田さんがすかさず制止します。前回のF1回の投稿が炎上した経緯があったためです。
フェラーリとトヨタの文脈を、売上規模でブランドの強さって決まらないよね、という話をスレッズに投稿したら、「お前それトヨタが負けてるってことか」みたいな感じで書かれて。
片山さんは、売上規模がブランドの強さと同じではないから「フェラーリすごいよね」という趣旨だったのに、トヨタを下げていると受け取られてしまった、と釈明します。
そのうえで、今回はF1の例えを軽めにする約束をしつつ、片山さん自身がドライバーの移籍を例に説明を始めます。
ルイスハミルトンっていうドライバーが、何連勝もずっとしてた人が、突然メルセデスからフェラーリに移籍しましたと。
片山さんは、この移籍がスポーツニュースだけでなく経済ニュースにもなる理由を、スポンサー契約やグッズの売上、チームのブランドイメージ、レース設計の思想が、すべてハミルトンという個人に紐付いているからだと整理します。
さらに片山さんは、野球のドジャース・大谷翔平さんの経済効果にも触れ、スポーツだけじゃない、ファッションだけじゃない、経済と強く結びついているという点を強調しました。
ブランディングは何のためにやるのか
片山さんは、そもそもブランディングは何のためにやるのか、という原点に話を戻します。
ブランディングって何のためにやるの?って言ったら、その商品の価値を向上させて、単価が上がってもしっかり買ってくれる人たちを納得させるためにあるもんじゃないですか。
片山さんは、ブランドだからこそ価格で比較されず、そのブランドを愛する人が商品を買ってくれる、それがブランドの根幹だと語ります。そしてCD交代の話も、まさにこの構造に合致すると指摘しました。
ブランドに対する愛着が、クリエイティブディレクターを通したところで、しっかり情報としてユーザーに伝達されてきた今の世の中だからこそ。
この視点を受けて中島さんは、メルセデスからハミルトンが移籍しても、両ブランドそれぞれにファンがいて続いていく、という意味かと確認します。
片山さんは、ブランディングの観点では、ハミルトンが「いなくなった」メルセデス側にも効果があると答えます。ファンからの「今後どうなるの?」という注目を集められ、その後の動き次第でブランド価値を高める可能性もあるからです。
ハミルトン離脱後のメルセデスに起きたこと
では、ハミルトンが抜けたメルセデスには実際に誰が来たのか。ランディング保呂田さんの問いに、片山さんが答えます。
キミ・アントネッリっていう若手が、2025年から入ってて。この前、(世界)最年少で優勝してるんですよ。
片山さんによれば、この若手はシーズンの序盤で2回優勝し、世界最年少優勝という話題も加わったといいます。ハミルトンが抜けた後にもかかわらず、メルセデスは今年好調だと語ります。
中島さんは、一度は心配したファンも、若手の勝利によって「まだまだいけるぞ」と再び盛り上がれるはずだと受け止めます。
正直初年(初年度)はちょっと沈んでた、メルセデスはね。でも今年はすごい。もうメルセデス、多分独走で優勝していくんですよ。
片山さんの断言に、保呂田さんと中島さんは笑いつつ、F1の話は分かりづらいと感じたと率直に漏らします。そこで話題はいよいよファッションへと移っていきます。
パリコレとF1に共通する「わかる人にはわかる」構造
保呂田さんは、ファッションの話に移しても自分にとっては分かりづらいと言い、パリコレの映像を初めて見た人が何を思うかを想像します。
めちゃくちゃ奇抜な洋服を着てランウェイを歩く大会にしか見えないんですよ。誰が一番奇抜な洋服作るんだい?みたいな。
保呂田さんは、これをF1の車と重ねます。居住性の悪そうな車を見て「買おうかな」とはならないのと同じで、ファンでない人には価値が伝わりにくい、というのです。
F1のファンの人たちは「いや、あれがいいんや」ってなるかもしれないし、ファッション好きな人たちは「見る人が見ればわかるぞ、この素材はすごい」とか。
コレクションを実際に見ているという中島さんは、自分の楽しみ方を説明します。流行を追うのではなく、新しい観点や色・生地の組み合わせを、自分の中にパーツとして取り入れていくといいます。
今年の色は誰が決めているのか
保呂田さんは、ファッションで色がとても重要だと語り、「今年のカラーはこれ」というのを誰が決めているのかと問いかけます。
あれ、決めてる人がいるんですよ。
中島さんは、それがまさに冒頭に出てきたクリエイティブディレクターだと説明します。ブランドに就任したCDが、その感性を取り入れて新しい作品を発表していくのだといいます。
この組み合わせでいきましょうねとか、この着崩し方でいきましょうねみたいな感じは、結構発信していると思うんですよね。
中島さんは、CDがコレクションでやっていることは、これから世界が向かう方向性を見せることであり、その中で自分のブランドはこうだと示すことだと整理します。
保呂田さんは、これを会社に置き換えます。トッププレーヤー個人というより、経営にまで口を出せる立場の人物がそれだけの力を持っている、と考えると、F1で言えば「ドライバーより監督が変わった」感覚に近いのではないか、と結びつけました。
CDのファンがブランドを動かす時代
中島さんは、クリエイティブディレクターにも今やファンがついていると指摘します。
保呂田さんは、情報がここまで世の中に出てきたからこそ起きる現象だと応じます。スポーツ選手がそうであるように、ファッションでも同じことが起きているのではないか、という流れです。
わかりやすい例として挙がったのが、ファレル・ウィリアムスのルイ・ヴィトン就任でした。衝撃的なニュースになったと中島さんは振り返ります。
その人(ファレル)がみたいな。今でもよくわかってないですもん。なんであの帽子の人がルイ・ヴィトン。
中島さんは、ルイ・ヴィトンとファレルがタッグを組んで何を出すのか、という興味は、ルイ・ヴィトンのファンでない人にも広がったはずだと語ります。
それこそファレルの音楽が好きだっていう人が、あのコレクションの動画なんかを見たはず。そしてきっとファレルのファンは、ルイ・ヴィトンの服を買ったはずです。
体型で諦めたブランドと、ファレル効果への期待
保呂田さんは、モード系への憧れはあるものの、筋肉質な体型で服が入らないと自虐まじりに語り、10代の頃のルイ・ヴィトンでの体験を明かします。
(革のロングコートを)これを買わせてくださいって言って着てみたら、これ1点ですって言われて着てみたところ、パッツパツで。全然入らないってなって。
その後はルイ・ヴィトンに行くのをやめようと思ったという保呂田さんですが、ファレルの就任で気持ちが少し変わったと言います。同じミュージシャンとして、今後は自分も行けるようになるかもしれない、というわけです。
この個人の実感を、片山さんはブランディングの話に引き戻します。もともと西洋のものだった領域に黒人のクリエイティブディレクターが入る、という大きな変化が起きている点を指摘しました。
ファレルがまとう文脈がルイ・ヴィトンに接着する
中島さんは、今年のグラミー賞でのファレルのパフォーマンスを例に挙げます。ブラックミュージックのルーツであるゴスペルを従えたステージで、よく見ると出演者の黒い衣装にルイ・ヴィトンのモノグラムが入っていたといいます。
中島さんは、ソングライティングを手がけるファレルが楽曲に込める社会へのメッセージが、ルイ・ヴィトンの新作にも反映されていくのではないか、と読み取ります。
ファレルがまとっているこの人脈、人格、ペルソナみたいな部分が、ルイ・ヴィトンに接着したから。
片山さんは、黒人文化の誇りやヒップホップとラグジュアリーの融合、境界線を壊す存在といったファレルの文脈が、ルイ・ヴィトンの歴史と格式に継ぎ接ぎされたイメージだと表現します。
この動きは、ルイ・ヴィトンがF1のサーキット広告に出るなど、スポーツ寄りの方向へ広がっていることとも重なる、と片山さんは付け加えました。
国や時代で変わるラグジュアリーのとらえ方
保呂田さんは、高級ブランドへの考え方が、伝統的なハイブランドから多方向へ広がっていると感じていると話します。お金持ちのアメリカ人と旅行した際に着ていたのが、ヨガ由来のブランドだったことなどを例に挙げます。
さらに保呂田さんは、地域による自慢の仕方の違いにも触れます。ある層は「いくらかけたか」を誇り、アジアでは「いいものを安く買った」ことを喜ぶ傾向がある、という見立てです。
アジア人は「私のこのジャケット、何十万なのに10万円で買ったのよ」って。いいものを安く買った自慢みたいな。
この違いから保呂田さんは、アジアに対してのブランディングと、ヨーロッパに対してのブランディングは全然違うと指摘します。同じ商品でも、届け方は市場によって変わるという視点です。
保呂田さんはユニクロを引き合いに出し、コレクションをやらないユニクロは機能的価値、ハイブランドは情緒的価値やコミュニティ的な価値だと整理します。
中島さんは、これは時代の要素も大きいと補足します。かつて「シャネラー」という言葉が流行った頃は、身につけること自体がステータスや流行の満足感だった、と振り返りました。
CD交代は世界観そのものが変わること
片山さんは、話を投稿の核心に戻します。今回問われているのは、CDが変わることでなぜここまで大きなニュースになるのか、という点です。
片山さんは、それがデザインが変わるだけの話ではなく、世界観ごとガラッと変わり、それが経済的にどう影響するのか、という話だと整理します。
何を作ってるのかっていうよりも、なぜ作ってるのか。デザインの裏側にある物語に、人々は共感したい。
だからこそファレルの世界観が入ることでお金の動き方が大きく変わり、注目が集まるのだと片山さんは語ります。世界観が「人」に紐付いている構図です。
その逆のパターンとして挙げたのが、グッチのミケーレの退任でした。彼の世界観を支持するファンが多かったぶん、離脱が「物語の終焉」として受け止められた、と説明します。
自分がこれまで投資してきた物語が終わっちゃった、みたいな感覚があって。
ブランドは人に依存してはいけない、でも人なしでは語れない
中島さんは、CDが離れた後、残ったブランドが期待されるか落胆されるかで、人々の持つイメージが変わると受け止めます。片山さんは、これは冒頭のハミルトン離脱後のメルセデスの話と全く同じだと指摘します。
そのうえで中島さんは、本来は一人が抜けただけで会社が不安定になるのは避けたいはずだ、と本質に踏み込みます。
属人化しないようにするのがブランディングなので。
片山さんも、会社経営でも属人性をなくしてシステム化するのが正解だと同意します。ところが、と話は反転します。
だけど、例えばガンダムの中に、やっぱりアムロ・レイがいてなんぼじゃないですか。
ブランドは人に依存してはいけない。でも、人なしでは語れない。属人化を避けるべきなのに、象徴となる人物なしには物語が成立しない、という矛盾がここに浮かび上がります。
現代アートに似た「一本取られた」の価値
番組終盤の「中島ノート」で、中島さんはコンテキスト(文脈)という言葉を軸に、ブランド自体にあってほしい価値が人に依存している状況への不安を率直に語ります。
ファッションってそんな不安定な、ハイブランドってそんな不安定なブランディングしてたっけ?みたいな。
保呂田さんは、これを現代アートになぞらえます。誰もやったことのない一手をやられた「一本取られたな」という感覚が評価される点が、ファッションにも近いというのです。
一本取られたなってなるような、大喜利的な笑いが起こるような、その全く同じアハ体験を、現代アートの市場は求められていて、ファッションの世界もそれに近い。
そして、その「一本」を打てる存在こそがクリエイティブディレクター的な立場の人ではないか、と保呂田さんは結びます。片山さんは、それは彼らが持つ真正性、オーセンティシティのことだと言い添えました。
今まで裏方の話だったのに、今の現代はそれが、情報社会なので前に出てきて、一般の人たちもザワザワって言えるようになった世界。
保呂田さんは、これこそオマージュさんが問いたかったことではないか、と投稿へ立ち返ります。かつてのサッカーで監督が知られていなかった時代から、今や「森保ジャパン」と呼ばれるように、監督やディレクターが前面に出る時代への変化だ、というのです。
ファッションもF1もサッカーも同じ構造だった
中島さんは、ファッションを軸にと思っていたのに、フェラーリ、F1、サッカーと話が広がったことを振り返り、各業界が同じ方向性でブランディングを成り立たせているのかと問いかけます。
ファッションもF1もスポーツも、全部ブランディングに紐付いて発展していってるっていうことは確かなので。
保呂田さんは、良い問いかけだったとしてオマージュさんに感謝を伝えます。3人は、また別の話題でも盛り上がりたいと締めくくり、メッセージを呼びかけて回を終えました。
まとめ
クリエイティブディレクターの交代が経済ニュースになるのは、ブランドの世界観がその人物に紐付き、お金の動き方まで変わるからでした。ファッションもF1もサッカーも、人に熱狂が集まる構造は共通していますが、だからこそ「人に依存しない強さ」という宿題も残ります。
- CDやスター選手の移籍が経済ニュースになるのは、ブランド価値が個人に紐付いているから
- ブランディングの本質は、価格比較されずに愛される状態をつくること
- CD交代はデザインの変更ではなく、世界観そのものの入れ替わり
- 属人化を避けるのがブランディングの理想だが、象徴となる人物なしには物語が成立しない
- ブランドは特定の誰かが抜けても揺るがない強さを持てているか、が問われる






