キャッチボールの目的は「ボールの受け渡し」じゃない
この回は、みやさんがキャッチボールの話から始めます。キャッチボールの目的は、確実にボールを相手へ渡す「伝達」ではない、という切り口です。
もし伝達が目的なら、取り逃さないように相手のところまで走っていって「はい」と手渡す選択肢もあり得る、とみやさんは言います。でも、キャッチボールはそういうものではないですよね。
投げずに相手に伝達が目的だったら、確実に相手にミスなく取り逃しとかがないように、その人のところまで走っていって、はいって渡すっていうことも選択肢としてはあり得る。でもそういうことではないでしょ。
基本はお互いに投げて受け取る、その前提があるけれど、実は暴投したり取り逃したりするかもしれない。その危うさがあるからこそ面白い、というのがみやさんの見方です。
ただの投げ合いの繰り返しに見えて、実は「違いを伴った反復」なんだ、とみやさんは説明します。どんな投げ方かわからないし、ちょっと取れないかもぐらいのいたずら心が混じることもある。そこがキャッチボールの面白さだと話します。
生まれて初めての「傍聴」は議会だった
話は変わって、みやさんはこの日、生まれて初めて傍聴をした体験を語ります。もともとは裁判の傍聴に興味があったそうですが、この日行ったのは議会の傍聴でした。
特別な目的があったわけではなく、たまたま休みで、議会の傍聴ができると知って面白そうだったから、というのがきっかけです。午後は北柏のまちライブラリーでイベントがある予定だったので、午前中だけ傍聴に行ったそうです。
結果として面白かった、とみやさん。3番目の方までの質問しか聞けなかったものの、そこで話す人や来ている人の中に、半年前には想像もしなかったような知り合いがいて、あいさつを交わしたりしたと振り返ります。
(傍聴の場で)やっぱり何人かお話したり、お久しぶりでみたいな感じの方もいらっしゃるわけですよ。めっちゃ面白かったなと思って。
議会の質問通告は「読み合うだけ」なのか
みやさんは、議会の質問も「予定調和じゃない」ところが面白かったと話します。質問は事前に通告する形で、それに答える流れになっているそうです。
もし事前通告どおりの質問と、用意した答えをただ読み合うだけの場だったら、もっとつまらないんじゃないか、とみやさんは考えます。ただ、どこまでがそうなのかは実際にはわからない、とも付け加えています。
ここでみやさんは、オードリーの漫才を例に出します。どこまでが台本で、どこからがそうじゃないのかという、その混ざり具合に面白さを感じるという話です。
漫才見ててさ、この漫才ってどこまで台本なの?って思う時ない?俺はオードリーの漫才大好きだから、それを見ててすごい思う時とかあった。
発表の場だから整えられている部分はあるにしても、完全にそれだけじゃない部分がある。だからこそ面白いんだろう、とみやさんは傍聴の印象を語ります。
知り合いの質問だと、つい「贔屓目」になる
傍聴に行こうと思った大きな理由の一人が、この日たまたま質問に立っていたそうです。狙って合わせたのではなく、本当にタイミングが良かっただけだ、とみやさんは強調します。
どの質問も面白いところがあったとしつつ、少し話をさせてもらった人の質問には、やっぱり贔屓目が入ってしまう、とみやさんは正直に話します。
うわ、このもうめちゃくちゃいい流れといい質問するなってやっぱ思っちゃうんだよね。
支持する政党や団体があるわけではないけれど、聞いた中で一番面白かった、とみやさん。良かったですと本人に伝えられて良かった、とも話しています。
そして、当たり前だけれど、みんな頑張ってやってるんだな、と感じたと言います。自分がどうこう言う話ではないけれど、聞けて良かった、という素直な感想です。
ターザンロープの質問で「自分ごと」になった
話の流れとは別に、みやさんが驚いた質問がありました。下妻のある公園の遊具についての質問で、現在休止している遊具はターザンロープだけ、という答弁が出たそうです。
実はみやさんは、少し前に何人かで夜の散歩をしたときに、そのターザンロープが今はないことに気づいていたそうです。答弁を聞いて「あのターザンロープだ」とつながったと話します。
あのターザンロープだと思って。これないんだよね、今って。あのターザンロープだわって思ってさ。
その一連の質問が、みやさんにとってはめちゃくちゃ面白かったそうです。引っ越してきたばかりの下妻市民でも、住民さんと一緒に歩いた経験があったからこそ、話がつながったと振り返ります。
それが最初のほうの質問だったので、自分ごと度が一段と増して、傍聴へのギアが入った、とみやさん。政治のことは触れるのが難しいから具体的には言わないけれど、面白かった、とまとめています。
集めなかったのに人が現れた東野圭吾のイベント
午前中の傍聴を12時まで見て、午後はみやさんは北柏へ移動します。まちライブラリーで開かれた、東野圭吾さんのおすすめを紹介し合うイベントに参加するためです。
このイベントについて、みやさんは無理に人を集めようとはしなかったそうです。雨も降っていたし、集まらないだろうと思っていたと言います。
ところが、時間ちょうどにコバさんが現れてくれたそうです。午後休を取って来る可能性はあると思っていたけれど、そこまで確信していたわけではなかった、とみやさんは話します。
ここでみやさんは、冒頭のキャッチボールの話に戻ります。お互いにボールは投げているけれど、取れるかどうかはわからない。伝達が目的なら「返せや」「来いや」となるけれど、そうじゃないところが面白い、という話です。
伝達が目的のことだったら、いや返せやとか来いやみたいな話になるけど、そうじゃないんだよね、やっぱり。
東野圭吾で盛り上がり、脱線もした時間
イベントでは、東野圭吾さんの話で盛り上がったそうです。トクブックスでみやさんが棚に並べた本も、コバさんが買ってくれたと言います。
話題に出た作品として、みやさんは秘密、白夜行、名探偵の掟、夜明けの街でなどを挙げます。特に「夜明けの街で」の話で盛り上がってしまい、脱線しすぎたと本人も認めています。
ちょっとね、夜明けの街での話で盛り上がっちゃったっていうことがありました。
内容には触れないけれど、面白かった、いい時間をありがとうございました、というのがみやさんの感想です。脱線しすぎてごめんなさい、という一言も添えています。
ちなみに、メインで紹介しようと思っていた本は、先にまちライブラリーへ寄贈してしまってその場になかったそうです。始まってから思い出した、というちょっとした落ちも語られています。
気象予報士のコバさんが持つ「引き出しの多さ」
みやさんは、コバさんのことを「準備している人」だと感じたと話します。いつでも何かができるように用意している、その引き出しの多さに感心したそうです。
コバさんは気象予報士の資格を持っていて、天気に関することをスッとやってしまう、とみやさん。そのための準備を、たまたま持っている時があるのだと言います。
いつやるとかじゃなくても、こんなのありますけどどうですか?って、本当にフラッとやり合うとか、すごいできちゃいそうというか、やってるしね。
今日イベントに来るかどうかもわからなかったのに、そのフットワークで現れる。それがすごいと、みやさんは繰り返し語ります。実際に見てもらうのが一番いい、とも話しています。
のんびりさんと絵本、そして与謝野晶子
さらに、のんびりさんも現れたそうです。のんびりさんは午前中はいつもいるけれど、この日はリモートの仕事を早く切り上げて来てくれた、とみやさんは話します。
みやさんは、前回のんびりさんに見せられなかった絵本を勝手に持ってきていたそうです。今回はそれを見せることができて、うれしかったと振り返ります。
逆にのんびりさんは、以前インスタで上げていた与謝野晶子の絵本を見せてくれたそうです。みやさんは興味を持ちながら忘れていたので「危ない危ない」と思ったと言います。
その絵本は、言葉を与謝野晶子が書き、そこに後から絵がついたものでした。1994年ごろの初版で、与謝野晶子が亡くなったはるか後に絵がついている、という点にみやさんは不思議さを感じます。
それをあの創造した肉体はすでに滅びてるのにも関わらず、言葉としては残っていて、それに絵を当てる。面白いね。
トクブックスの棚を入れ替え、夏の企画を終える
イベントのあと、みやさんは下妻に戻り、トクブックスの棚を入れ替えたそうです。しばらく放置していた棚を変えて、ZINEフェスで出した最新版の自分のZINEも置いたと言います。
「もう少しだけ夏でいさせて」という表示企画をやっていたそうですが、涼しくなってきたので終わりにして、通常の店に戻したと話します。
新しい棚には、特にテーマなしで本を置いたそうです。星新一の作品も少しだけ入れたと言います。ボッコちゃんやようこそ地球さんのような有名な短編集ではないものを選んだそうです。
みやさんは、星新一が生誕100周年だと知り、東野圭吾より読んでいる率が高い星新一こそフェアにすべきだったかも、と今更ながら思ったと話します。ただ、ほとんど読んでいるからこそ、自分の棚から抜きたくなくなってしまう、という葛藤も語っています。
「もうちょっと」が残る一日は幸せだ
みやさんは、三鷹ブックスやカルミア書店の本、ヲヒアの本などにも触れます。ヲヒアの本は、深いと聞いていたけれど、やっぱり読んでみないとわからないものだと感じたそうです。
ヲヒアの本って思ってたけど、確かにそんな、なんか深いなっていうのをおっしゃってて。確かにそう聞いた気がするんだけど、やっぱ読んでみないとわかんないもんだなと思って。
一日を振り返って、みやさんは「もうちょっとこれ話せたらよかったな」という思いが残ったと言います。でも、その「もうちょっと」が残ることこそがいいんだ、というのがこの回の着地点です。
満足しきる時間があってもいいけれど、次はこれをしよう、これをこうしようと思える。そこまで含めて良い一日だったと、みやさんはこの休日を締めくくります。
まとめ
キャッチボールの目的は「確実な伝達」ではなく、予定通りにいかない危うさにこそ面白さがある。この比喩を軸に、みやさんは議会の傍聴、東野圭吾のイベント、人との思いがけない出会いを振り返り、「もうちょっと」が残る休日の幸せを語りました。
- キャッチボールの面白さは、伝達の確実さではなく、予定調和にならない危うさにある
- 初めての議会傍聴では、知り合いとの出会いや、質問通告のやり取りの妙が面白さになった
- ターザンロープの質問で、住民と歩いた経験がつながり、傍聴が一気に「自分ごと」になった
- 集めようとしなくても人が現れる、東野圭吾のイベントもキャッチボールのような時間だった
- 「もうちょっと話したかった」が残ることこそ、次への意欲になる良い一日の証だとみやさんは語る


