そもそもMBOとは何か。TOBとの違いを整理する
今回のGrowth Radioが取り上げるのは、ラクスルが発表したMBOです。上場SaaSの成長戦略をIR資料から読み解くシリーズの第5回にあたります。
浜田さんは、ラクスルといえば社長の永見さんへのストックオプションが話題になっていたと振り返ります。成長に応じて報酬が上がる仕組みを付与し、上場市場で頑張っていくのかと見られていた会社でした。
MBO自体はユーザベースさんとか顔ナビさんとかトレンドではあったものの、(ラクスルは)桁が一つ大きいくらいのが来たので、割とびっくりしましたよね。
今回のMBOは1200億円規模で、ゴールドマン・サックスが関わっています。清沢さんはまず、MBOとは何かを浜田さんに尋ねます。
マネジメントってまさしく経営陣で、バイアウトっていうのは買収っていうとこですね。経営陣による買収みたいなところです。
浜田さんは、MBOが使われる典型的な場面を説明します。上場企業が非上場化するとき、経営陣がスポンサーと呼ばれる資金の出し手を探し、金融機関と一緒に上場市場から株を全部買い上げるやり方です。スポンサー ── MBOで資金を出す投資家や金融機関のこと。経営陣だけでは巨額の買収資金を用意できないため、ファンドなどが資金の出し手として組む
MBOをすると株式が非公開になり、上場廃止になります。今回のケースでは、松本さんと永見さんがMBOに関わっているといいます。
清沢さんは、MBOと近い概念であるTOBとの違いを尋ねます。浜田さんは、両者が指す対象そのものが違うと整理します。
MBOはまあ誰が買うかで、TOBはどうやって買うかみたいなものなんですよ。TOBはテイクオーバービットって言って、買い付けっていうことですね。
浜田さんによれば、TOBには敵対的なものと友好的なものがあります。今回のラクスルのケースは、社内に第三者委員会を立てて議論した結果、松本さん、永見さん、ゴールドマン・サックスによる買収がよいと表明されたため、ある意味友好的なTOBにあたるといいます。第三者委員会 ── 買収において、経営陣の利益と一般株主の利益が対立しないよう、独立した立場で条件の妥当性を検討する委員会。MBOでは公正さを担保するために設けられることが多い
敵対的なTOBの具体例として、浜田さんはマキノフライスやフジテレビをめぐる動きを挙げます。株価が安い会社をファンドなどが買いに来るケースです。
敵対的TOBってそんなに成功しない。むしろちゃんと事前に経営陣と握ってる、こういう友好的TOBの方はむしろ大体成立するっていう感じですね。
誰が買うかを示す言葉。経営陣が資金の出し手と組んで自社株を買い上げる
どうやって買うかを示す言葉。市場外での株の買い付け。敵対的・友好的の別がある
上場のメリットは薄れているのか。非上場化を選ぶ3つの理由
清沢さんは、上場はスタートアップにとって企業価値を上げる手段の一つなのに、なぜあえて上場後に廃止するのかと問いかけます。浜田さんは複数の要素があるとして、順に説明します。
1つ目は、上場に伴う制約です。上場すると四半期ごとの決算があり、着地予想を出す必要があるため、それに合わせた経営が求められます。将来はよいと思えても利益がすぐ出るかわからない投資が、難しくなるといいます。
2つ目が、ラクスル特有の課題として挙げられる、コングロマリットディスカウントです。複数の事業を持つ会社は、上場株市場で評価されづらいという問題です。コングロマリットディスカウント ── 複数の異なる事業を抱える企業が、事業を単独で持つ場合の合計より低く評価されてしまう現象。投資家が事業を選んで持ちたいと考えるために起きる
ラクスルは印刷系の本業のほかに、ハコベルやノバセルといったマーケティングの事業を持っています。浜田さんは、上場株の投資家がここで何を思うかを説明します。
いわゆるポートフォリオって言って、どの事業を持つかは自分が決めたいと。できればラクスルの印刷事業とノバセルの広告事業は別々にしてほしいと。
浜田さんによれば、複数の事業が一つになっていると片方だけ買うことができません。そのため、印刷は欲しいが広告は自分の投資方針と違う、という投資家が入らず、同じ利益を出していても株価の評価が下がりがちになります。
3つ目が、資金調達の位置づけの変化です。かつては上場すれば資金調達ができて攻められるという発想でしたが、浜田さんは今はそうでもないと指摘します。
その背景の一つが、上場企業が新株を発行して資金調達しようとすると嫌がられる、という市場の受け止め方です。理由は、増資が自社株を高いと考えているサインと見なされるためだといいます。
M&Aしようと思って増資します、株売りますって言うと、なんで、おたく株高いと思ってんの?って言われちゃうみたいな。
もう一つの背景が、非上場の会社に資金を提供する側の変化です。今回のゴールドマン・サックスや、ユーザベースやHRBrainを手がけたカーライル、EQTのようなファンドに流れるお金が増え続けているといいます。カーライル ── 世界的なプライベート・エクイティ・ファンド。非上場企業や上場企業の買収に投資する。日本でもユーザベースの非上場化などに関わった
上場してることのメリットって、その資金へのアクセスだったものが、別に上場してなくてもお金出してくれる人たくさんいるけどみたいな状態になってしまっている。
浜田さんは、この資本市場の変化がラクスルのMBOにつながっているのではないかとまとめます。
上場に伴う制約
四半期決算と着地予想が求められ、すぐ利益が出ない攻めの投資がしにくい
コングロマリットディスカウント
複数事業を持つと投資家が事業を選べず、株価が評価されづらい
資金調達の位置づけ変化
上場しなくても資金を出すファンドが増え、上場の資金メリットが薄れた
増資はなぜ嫌われるのか。株価への自信が伝わる仕組み
清沢さんは、増資すると株価が高いと思っていると見なされる仕組みについて、素人質問として掘り下げます。浜田さんは、資金調達の2つの手段から説明します。
浜田さんによれば、お金を調達するときは、株を新しく発行して売るか、銀行から借りるかのどちらかが大きな選択肢です。銀行から借りる分には、株主は一銭も出さずに会社のお金が増えるため、基本的には得をします。
銀行から借りるって選択肢もあるのに株を発行するっていうことは、一株あたりの株価に自信があるわけですよね。
浜田さんは、自社の株価が安いと思っていれば新株を発行したくないと説明します。安く売ることになるからです。逆に、一株が高く評価されていると感じているからこそ、株を発行して調達しようとなります。
株を新しく発行して売ってお金を集めるってことは、自分の株価結構いい感じに評価されてるなっていう経営者の見方が反映されるわけですよね。
そのため、上場企業では増資が好まれないことが多いといいます。
清沢さんは株式分割との関係を尋ねますが、浜田さんはこれは別の話だと整理します。株式分割は時価総額が上がって一株が高くなり、個人投資家が買いづらくなったときに使う手だといいます。株式分割 ── 1株を複数の株に分けること。一株あたりの価格が下がって買いやすくなり、流動性が高まる。既存株主の持ち株数が増えるだけで、資金調達とは関係しない
浜田さんは、一株100万円を4分割すれば25万円になって買いやすくなり、流動性が上がって株価が上がる仕組みだと説明します。既存株主に株を割り当てるだけなので、今回のバイアウトとは関係のない話です。具体例として、清沢さんは任天堂の株式分割に触れます。
コングロマリットとして伸びる事業と、市場評価のずれ
清沢さんは、資金調達の手段がいくつもある中で、あえて公開市場で集めるより、非上場化して四半期の決算説明コストや短期的な数字の発表から離れ、柔軟に動けるのではないかと理解を示します。
清沢さんは、ラクスルが新規事業の立ち上げを垂直に立ち上げる職人技のような印象があると評します。祖業のラクスル以外にも、ノバセルや情シス領域、段ボールワンなどを手がけていると挙げます。
清沢さんは、ラクスルが物流や段ボール、ECに近い領域まで押さえ、コングロマリットとして事業は大きく伸びている一方、市場から見るとコングロマリットディスカウントの形で投資が難しいという構図を整理します。浜田さんも同意します。
MBOはトレンドになったのか。SaaSバブル後の資本市場
清沢さんは、カーライルが関わったMBOや、ユーザベース、顔ナビの上場廃止を挙げ、非上場化がスタートアップの一つのオプションになってきているのかと問います。
SaaSバブルが弾けた後、結構そのSaaSの株価が下がった中で、割とこう一回その資本市場、上場から非上場化する会社が増えてます。
浜田さんは、非上場化している間に成長させたり筋肉質にしたりして、再上場したときの時価総額を以前より数倍上にしたい狙いがあるのではないかと見ています。
もう一つが、投資家の構成を変える狙いです。浜田さんは、時価総額が100億円前後だと流動性が低く、売買されない株は海外の大手投資家が買えないと説明します。流動性 ── 株がどれだけ活発に売買されているかの度合い。流動性が低いと、買っても売りたいときに売れない懸念があり、大手投資家が敬遠しやすい
この株買ってもいいけど、売れるの?みたいな。みんな売買しないよねって。
浜田さんは、そうした状態だと株価が不安定になりがちだと指摘します。個人投資家が利益を見て売り買いを繰り返すためです。
一回非上場化して、ちょっと株価の水準と株主構成をやり直そうみたいなことを考えている、あるいは実行したSaaSの会社さんっていうのは結構多い。
清沢さんは、SaaSバブルという市場トレンドの変化に伴い、どう市場から再評価してもらうか、そのために一度非上場化してポートフォリオを組み直す意思決定なのだと理解を示します。
株価はどう決まったのか。プレミアムと1円単位の交渉
清沢さんは、ラクスルがなぜMBOをしたのかについて、株価の推移や市場評価をファクトベースで話したいと切り出します。
浜田さんは、コロナ禍のDXバブルでラクスルの株価が今の3〜4倍にあたる3000円ほどの水準だった時期があると振り返ります。その後の金利上昇で株価が下がってきたといいます。
業績はどんどん毎年こう2割みたいに伸びてるんですけど、株価が一切動かないみたいな、なんかそういう状態が起きてたんですよね。
浜田さんは、これは明らかにディスカウントされている状態であり、安すぎて株での資金調達もしたくなくなり、できることが少ないという判断につながったと見ています。
浜田さんによれば、経緯は細かく発表されています。マネジメント陣がMBOをしたいという意向で、ゴールドマンを含む複数の機関投資家に連絡して提案を募り、最も内容がよかったゴールドマンと数回の交渉を経て今回の内容になったといいます。
めちゃくちゃ細かいことが、実は60ページくらいのドキュメントがありまして、そこに出てますね。
清沢さんは、MBOの条件と構造、プレミアム価格や株主構成に話を進めます。浜田さんは、永見さんと松本さんで10%以上を持っていたところ、残りの約8割を全部買い集める話だと説明します。
浜田さんは、市場で1200円のものを1200円で売ってくださいと言っても株主は応じないと説明します。そこで、今の株価に対して上乗せするプレミアムをつける形になります。プレミアム ── MBOやTOBで、買収側が現在の株価に上乗せして提示する価格の上乗せ分。株主に売却を促すために付ける。今回は3〜4割が目安として語られている
浜田さんによれば、株価は第三者によって算定されています。同業他社との比較、過去1年ほどの値動き、そしてディスカウントキャッシュフローの3つの観点です。ディスカウントキャッシュフロー ── 事業計画に基づく将来のキャッシュフローを、現在の価値に割り引いて企業価値を算出する手法。将来が有望と見込むほど評価額は高くなる
浜田さんは、将来が有望だという計画に基づくディスカウントキャッシュフローが、今回の1700円ほどの水準を正当化していくと説明します。そのうえで、具体的な交渉経緯を挙げます。
十二月一日千六百七十五円、十二月五日千七百円、十二月九日千七百十円みたいな、本当にもう1円単位の削り合いをしながら、最後この千七百十円で妥結した。
浜田さんは、この1710円は当時の株価より4割ほど高く、株主は応募したほうが得になると説明します。最後まで持ち続けた株主は、スクイーズアウトによって半ば強制的に退場させられることもあるといいます。スクイーズアウト ── 買収側が株の大半を握った後、残った少数株主に対価を渡して強制的に株を手放させる手続き。買収を完了させ、非上場化するために使われる
珍しい半々の株主構成。ゴールドマンが取ったリスク
清沢さんは、この60ページ超の資料が、ラクスルのIRページにある「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ」というPDFだと紹介します。かなり濃厚でリアルな内容だといいます。
清沢さんは、通常のMBOではファンドが過半数を握るケースも少なくないと指摘します。浜田さんは、MBOによくあるパターンを2つ挙げます。
1つ目は、社長が元々3〜4割持っている中小規模の会社で、社長が残りを全部買い、銀行などがローンで支援する形です。この場合、社長が100%を持つことになります。2つ目は、社長が事業を降りたくてファンドに全部売り、ファンドが100%を持つ形です。
浜田さんは、今回のラクスルはこのどちらとも違うと指摘します。
今回のはちょっと面白くて、まあミックスであると。松本さん、永見さんが50パーセントを持ち、ゴールドマンが50パーセントを持つみたいな感じになっている。
清沢さんは、この半々の構成に、ゴールドマン・サックスが松本さんと永見さんの経営力や今後のビジョンにかけている意思も見えるのかと尋ねます。
浜田さんは、それに加えて金額が大きいため、ただの貸し付けだけでは回らず、ゴールドマンもリスクを取らざるを得ない構図だと説明します。
社長が全株を持つ、またはファンドが全株を持つ、どちらか一方に寄る形が多い
松本さん・永見さんが50%、ゴールドマンが50%を持つ、珍しい半々の構成
上場は本当にゴールなのか。起業家への学び
清沢さんは、非公開株になることでラクスルがどう成長を描くのかを尋ねます。浜田さんは、M&Aや新規事業を今まで以上に進めるという積極投資の姿勢だと読み取ります。具体的な買収先までは書かれていないといいます。
清沢さんは、ラクスルが元々M&Aを積極的にやってきた企業であり、それを加速していくのが大枠のビジョンではないかとまとめます。
清沢さんは、immedioもエクイティファイナンスで投資を受けながらIPOも視野に成長する立場だとして、スタートアップの起業家への学びを浜田さんに尋ねます。
やっぱりやってみると思った以上に市場の目が厳しくて、攻めのアクションができないってことを結構書かれてる方もいるなっていうふうに思っていて。
一方で、浜田さんはVCから資金が入れば何らかのエグジットを目指すしかないとも指摘します。その中で、まず上場し、その後にバイアウトしていく選択肢もあるといいます。エグジット ── 投資家や創業者が、株式売却や上場によって投資資金を回収すること。VCが入ると、上場や買収などの形で回収機会を作ることが前提になる
浜田さんは、古い例としてPayPalが上場直後にeBayに買収されたケースを挙げます。上場すると良くも悪くも値段がつき、プレミアムをつければ買いやすくなるためだといいます。
一回上場してから非上場化する。で、そこでまた成長するみたいなのも全然あるのかなっていう中で、どういう選択肢がいいのかっていうのは結構早めに考えた方がいい。
清沢さんは、非上場だと想定のバリュエーションになりやすいため、一度公開市場で値付けされてから、どのオプションで成長を描くかを考えられるのではないかと応じます。浜田さんは、アメリカではSlackのSalesforceによる買収など、一度上場してからのパターンが多いと補足します。
清沢さんは、日本市場でもラクスルがこうした道を作っていくことを含め、今後のスタートアップの資金の流れがどうなるかは要注目だとまとめます。
まとめ
ラクスルの1200億円規模のMBOは、上場のメリットが薄れ、非上場化が現実的な選択肢になった資本市場の変化を映しています。コングロマリットディスカウントや流動性の課題、そして起業家にとって上場がゴールなのかという問いまで、IR資料から具体的に読み解ける回でした。
- MBOは誰が買うか、TOBはどうやって買うかを指す言葉で、今回は友好的なTOBにあたる
- 非上場化の背景には、四半期決算の制約、コングロマリットディスカウント、上場の資金メリットの低下がある
- 増資は自社株を高いと見なすサインと受け止められるため、上場企業では好まれにくい
- 買収価格は第三者算定とプレミアムをもとに、1円単位の交渉を経て1710円で妥結した
- 上場をゴールとせず、上場後の非上場化も含めてどの選択肢を取るかを早めに考える視点が語られた





