法改正が来るタイミングで、情報はどう流れる?
最初のテーマは、法改正が起きたときの情報の流れです。城田さんは、会計も人事労務も扱うバックオフィスSaaSにいた経験から、税周りの制度は頻繁に変わり、事前に告知されるものと直前に決まるものでタイムラインが分かれると振り返ります。
現役でHRSaaSのCSを続ける瀧田さんは、開発側にとって一番重要なのは「いつ法改正が決定してリリースされるか」だと話します。半年前や1年前に分かれば準備期間があるけれど、来月から急に変わると言われると回収が間に合わないと言います。
具体例として瀧田さんが挙げたのが、昨年の年末調整のタイミングで、車のガソリン代の非課税枠が直前に変わったケースです。どの会社もシステム開発が間に合っていなかったのではと振り返ります。
(法改正が)直前で言えば、お客様からもこれって対応されるんですか、御社のサービスでみたいな。で、対応する場合、いつから対応してくれますか、と。
瀧田さんによると、余裕があればその期間や仕様を伝え、システムでやりきれる部分とやりきれない部分を棲み分けるのがベストな流れです。ここまではシステムで、ここからは業務でやってもらう、という線引きをして備えるわけです。
城田さんが「事前にキャッチアップできる場合、先回りして顧客の制度やフローを整える会話をするのか」と尋ねると、瀧田さんは、施行されるまでは待つと答えます。途中で仕様が変わる可能性があるからです。
こういう時に備えて、こういうパターンがあるよっていうのは備えておいてください、っていう話にとどめることは我々は多いかなっていうところですね。
さらに瀧田さんは、国から出される法改正の内容はグレーゾーンで分かりにくい場合があると指摘します。専門家ではないので、外部の社労士や顧問の社労士に確認してもらい、そのパターンに自社が対応できるかを話すそうです。
制度の背景を理解して、選択肢を提示する
続いて、社労士でありプロダクトデザインやCSも経験した佐怒賀さんに、この領域で一番難しいポイントを聞きます。佐怒賀さんは、法改正自体は「あれをやってはダメ」「こうしてください」というルールなので、要件定義はルールさえあればそこまで難しくないと言います。
難しいのはむしろ、そこから先の伝え方です。佐怒賀さんは、法改正が顧客に与えるインパクトは「その結果、何をしなきゃいけなくなったのか」にあると話します。
だからこそ佐怒賀さんは、制度の背景を調べたり、分からなければ行政に照会したうえで、この会社ならAをBに、別の会社ならAをCに変えればいいと想定して案内すると言います。瀧田さんと働いていたときは、こうした内容の勉強会もやっていたそうです。
城田さんは、CS全員が法や制度を100%理解しているわけではない中で、社内浸透が重要だと応じます。佐怒賀さんによると、当時の会社はアンテナを張っているメンバーが多く、自分でキャッチアップして質問しに来る人が多かったといいます。
それはさすがに僕も社労士なんで、先にパッて返せるようにしとかないといけない、っていう緊張感みたいなのはありました。
城田さんは、人事労務の支援をしていたとき、隣に社労士がいてくれたらと何度も思ったと共感します。労働基準法のように解釈の幅が広い領域では、グレーな設定を言い切りにくく、顧客に安心感を与えるのが難しいからです。
ここでHRTech未経験の大脇さんが、素人目線でそこまでCSが対応するのは大きな付加価値だと感想を述べます。システムを入れているだけなのに、法改正までキャッチアップしてくれるのは、本来こちら側でやるべきことなのではと顧客なら思うかもしれない、という視点です。
城田さんは、独立して会計ソフトを使い始めたときの不安を例に挙げます。間違ってはいけない期日とルールがある中で、「うちの場合はどうか」が分からないのが一番不安だと語り、「これで大丈夫なんですよね」と言える安心感こそ付加価値だとまとめます。
CSがやること、社労士がやること、その境界線
3つ目のテーマは、CSがやった方がいいことと、社労士がやった方がいいことの切り分けです。城田さんは、前回のVol.7でも「役務範囲の線引きはあるようでない」という話が出たと振り返ります。
佐怒賀さんの答えは、背景を正しく理解していればCSが伝えてもいいし社労士が伝えてもいい、というイエスから始まります。境界線があまりないという前提に立つと、やってはいけないことは別にあると言います。
佐怒賀さんは、自分たちの立ち位置は「判断する材料をどれだけ提供できるか」だと言います。城田さんも、「これが最適解なので設定しておいてください」とやってしまうと、それが正しくなかったときに責任を負えるのか、という問題があると応じます。
城田さんが「選択できるほど情報に明るくない顧客はどう促すのか」と尋ねると、佐怒賀さんは、その顧客にとって大事なことの優先順位を見ると答えます。工数を減らしたいのか、何よりも正しく適法にしたいのか、その優先順位で案内の仕方を変えるそうです。
(提案の)最終的な出口のコントロール、その出口をちょっと調整するみたいなのはあるのかなと思います。
佐怒賀さんは、背中を押してほしい顧客もいると付け加えます。城田さんは、顧客の優先順位に合わせた選択肢を提示してくれるのは大きな価値だと共感します。
瀧田さんは、社労士とCSがセットで動いていたときの役割分担を説明します。社労士が顧客の制度ややりたいことのベースを作り、その具体的な実現をCSが担うという分け方です。
さらに瀧田さんは、制度を作り直す目的には、顧客の会社が良くなることに加え、自社サービスの価値を最大化させることもあると話します。だからサービスでできないことをベースに制度を組むのではなく、できる範囲で組んでもらうようアドバイスしていたそうです。
佐怒賀さんは、SaaSは最大公約数のものしか作れないと補足します。自社独自のやり方に固執すると、どのシステムを入れてもエクセル処理が残り、結局タイムカードの方が楽だったという世界になりかねない、というわけです。
どのシステムを入れてもエクセル処理が残り、結局タイムカードの方が楽だったとなりやすい
安定的に回り、より良くなったと思ってもらいやすい
大脇さんも、HR以外の領域で同じ壁があると話します。紙の点検作業をタブレット化しようとすると、承認者にハンコをもらうためにコピー機まで印刷しに行くことになり、そもそも動線を変えないとペーパーレスができないと言います。物理のオペレーションを変えるのはなかなかハードだと城田さんも応じます。
顧客に社労士がいるとき、どう巻き込む?
4つ目のテーマは、顧客側に顧問社労士がいる場合の巻き込み方です。城田さんが、巻き込むべきタイミングや気にしなくていいタイミングの切り分けを尋ねます。
瀧田さんは、タイミングよりも「その社労士がどういう役割になっているか」を一番気にすると答えます。契約のもとに成り立つ関係なので、任せている範囲によっては、そもそも呼ばなくていいケースもあると言います。給与計算や制度設計が大きく変わるなら呼んで改善案を上げる、という判断です。
城田さんも、企業によって顧問社労士の位置づけは違うと同意します。給与計算の代行だけのケース、労務知識をベースに人事コンサルをするケース、グレーな線引きの相談相手として保険的にいるケースなど、役割はさまざまだと整理します。
瀧田さんが一番呼びたいのは、制度のベースを作った人や、実務を代行している人です。ただし実務代行をサービスに置き換えると契約を切られるリスクもあり、あえて業務をブラックボックス化させている社労士もいると聞いた、と難しさに触れます。
ここで城田さんは、社労士の独占業務 ── 法律で有資格者だけに認められた業務のこと。社労士の独占業務は、税理士と比べると範囲が限られると言われますは税理士と比べて少ないため、システムで給与計算が楽になると代行の仕事がなくなりうる、というバランスに踏み込みます。社労士としてどう付加価値を出すのか、佐怒賀さんに尋ねます。
佐怒賀さんは、独立を考えていたタイミングでHRTechが急成長していたため、「知らないと食われて終わる」と思い、いったんSaaSの会社に入ったと明かします。中に入ると、いろいろなことがポチポチで終わる世界に驚いたそうです。
(HRTechが)これ多分知らないと食われて終わる、みたいな。
その経験から佐怒賀さんは、書類書きや給与計算のポチポチ作業は最終的にだいぶ減るだろうと見ています。一方で、なぜこの給与計算の方法なのかといった背景に入り込むことや、人は感情の生き物なので起こりうるトラブルを予防することに、これからの価値があると考えています。
佐怒賀さんは、自分の名刺の裏に「人事労務の予防医」と書いていると紹介します。問題がそもそも起きないことがベストなので、未然に防ぐこと、そして企業の性質や代表が進みたい方向を労務の軸で整備することが付加価値になる、という考え方です。
佐怒賀さんは、こうした領域は将来AIに取って代わられる部分かもしれないけれど、今の段階ではSaaSやAIでは難しいと補足します。スタートアップはまず利益に資金を投下し、バックオフィスがおろそかになりがちなので、その支援にもやり方があると話します。
HRtech出身の社労士から、CSへの助言
最後のテーマは、社労士でありプロダクトデザインやCSも経験した佐怒賀さんから、CSへの助言です。城田さんが、どんなCSが付加価値が高いと思うかを尋ねます。
佐怒賀さんの助言の1つ目は、瀧田さんの話にもあった「役割をちゃんと理解する」ことです。背中を押してほしい顧客なら押してあげた方がいい、というように、演じる役割を見極めることが土台になります。
2つ目は、専門家になる必要はないけれど、なぜこの法律やルールがあるのかを知っておくことです。背景が分かると「だから会社はこうした方が綺麗に回る」と提案しやすくなり、その引き出しが増えるほどCSとしての幅が広がると言います。
城田さんは、給与の締め日や支給日には企業のカラーが出ると具体例を挙げます。支給日が30日になっている会社が、ベンチャー時代にキャッシュがギリギリになるのを防ぎたかった名残だったりと、背景を聞くと会社の歴史が見えてきて面白いと語ります。
瀧田さんは、CSはお客様から必然的に求められるので、聞かれる以上インプットせざるを得ない立場だと話します。アウトプットが求められるからこそ、強制的にインプットする状況に置かれているというわけです。
ここで佐怒賀さんが、人事労務のSaaSを提供している会社の中に社労士がいないことが多いのでは、と問いかけると、瀧田さんも城田さんも「多い」と応じます。外部にショットで意見を聞くことはあっても、社内にずっといるケースは本当にないそうです。
瀧田さんは、専門性が分かれると会話が噛み合わない問題を指摘します。制度に詳しいが システムに詳しくない人と、システムに詳しいが制度や実務に詳しくない人。この間をつなぐ人がいないと、いいものが作れないと言います。
営業の際に使うような機能比較には丸はいっぱいつくけど、いざ使ってみるとめちゃくちゃ使いにくい、みたいなケースに陥ることはある。
だからこそ瀧田さんは、制度もシステムもそれぞれ80点くらい取れる橋渡し役のCSが真ん中に入るケースがよくあると話します。実現できない正論だけを振りかざされても現場は動かない、というのが城田さんの受け止めです。
城田さんは、法に関わるからこそ難しい一方で、法があるからこそガードレールが守れるやりやすさもあると整理します。自由度の高いプロダクトを担当する大脇さんも、個社最適になっていく部分はどうしても出るので、法がスタンダードを作りやすくする面はいいところかもしれないと応じます。
最後に城田さんは、AIでUI・UXが進化するほど、むしろ個社最適に寄っていく気がすると展望します。社労士もCSも、顧客の課題を詳細まで汲み取り、それをどう実現するかという能力が今後いっそう求められそうだと締めくくりました。
まとめ
法改正への対応は、リリースのタイミングを起点に、システムでやる範囲と業務でやる範囲を棲み分けるところから始まります。そのうえで、制度の背景を理解して選択肢を提示し、判断は顧客から奪わない。制度とシステムの間をつなぐ橋渡し役としてのCSの価値が、繰り返し語られた回でした。
- 法改正はリリース時期が最重要で、直前決定だと開発が間に合わない。システムでやる範囲と業務でやる範囲を棲み分けて備える
- 法律を丸暗記するのではなく、制度の背景を理解して「この会社ならこう変えればいい」と選択肢を提示する
- CSも社労士も、判断材料を提供する立場。顧客から判断を奪わず、優先順位に合わせて出口を調整する
- 顧客側に社労士がいる場合は、タイミングより「その社労士の役割」を見て巻き込み方を決める
- 制度もシステムもそれぞれ80点くらい取れる橋渡し役のCSが、噛み合わない専門家同士の間で価値を発揮する






