6倍・3倍・2倍で伸びた4年間、その裏で何が起きていたのか
浜田さんはまず、Bill OneのARR推移を数字で整理します。2021年5月に2億円へ到達したあと、翌年5月は14億円、次が38億円、2024年5月は77億円という伸びでした。
浜田さんはこの推移を「6倍、3倍、2倍」と表現します。スタートが2億円で、そこからT2、D3を上回るペースで伸び続けた、異常な速度だったと振り返ります。
この4年間の裏で何が起きていたのか。前回の最後に触れた「法律もいろいろ変わっていく」という話を起点に、最初の波である電子帳簿保存法から掘り下げていきます。
第一の波「電帳法」がBill Oneの思想を後押しした
最初の波は電子帳簿保存法、通称電帳法でした。柴野さんは、もともと請求書は紙で保存しなければならないという原則があった中で、この法律が電子保存を認め、対象を大きく広げたものだと説明します。
柴野さんによると、電帳法自体は昔からある法律でした。ただ実務には根付いておらず、かつては電帳法 ── 請求書などの帳簿書類を電子データで保存することを認める法律。金額が小さいものだけ電子で可といった時期があり、実務では使いづらいものでしたの下で、金額が5万円以下なら電子保存してよいといったルールだったと記憶をたどります。
この金額基準について、柴野さんは経理担当の立場から強い違和感を語ります。
これもう僕がもし経理やってたら、これもう発狂するんですよね
(請求書が)5万以下だから電子で保存しよう、これは10万円なんで紙だ、とか、そんなことやる人、多分この世に存在しないんじゃないかな
その使いづらかったルールが、リモートワークというコロナの流れの中でどんどん緩和されていきました。柴野さんは、コロナ後の追い風で条件が緩み、多くの企業が電子保存に踏み出しやすくなったと振り返ります。
この動きが、請求書を受け取る端から電子でよいというBill Oneの思想と強くマッチしました。柴野さんは、後ろ側からの法改正が追い風になり、サービスの発想が生きたと話します。
一方で電子受領にはタイムスタンプなど満たすべき基準もありました。浜田さんは、電帳法をやるかやらないか、やるなら何が必要かで、当時の会社はかなりバタバタしていたと当時を振り返ります。
「Bill Oneなら電帳法対応してますので」っていう、魔法の言葉として刺さっていった
電帳法ウェビナーに500人、「緩和は読んでいた」という手応え
浜田さんは当時の熱気を、具体的なエピソードで振り返ります。緊急事態宣言が出たり出なかったりする頃、柴野さんが電帳法の最新解説をするウェビナーを開くと、500人規模の登録が集まったといいます。
(当時)電帳法を話題に話してるの、僕と、そういう税理士先生しかいなかったんじゃないかな
浜田さんは、会計士である柴野さんがいたことで、Bill Oneが電帳法対応のフロントランナーになれたと評します。そのうえで、これはコロナが法改正を招いた予測不能な大波だったのか、と問いかけます。
これに対して柴野さんは、電帳法の展開はある程度読んでいたとアピールします。緩和の歴史をたどっていたため、使われていない金額基準は変わるだろうと考えていたといいます。
電帳法はもっと緩和するとずっと思ってました
(電子の請求書管理は)非常に相性がいいだろうとはずっと思ってました
全社を巻き込んだクロスセルと「市場を変えている」熱狂
浜田さんは、この時期のBill Oneが独立した事業部になっていたことを確認します。営業もインサイドセールスもマーケも独立し、最初はインサイドセールス部の中にSansanとBill Oneが同居していた頃とは体制が変わっていました。
人員については、Sansan事業部からの異動より採用のほうが多かったと柴野さんは話します。それでもこのペースは採用だけでは足りず、人を動かせたことが大きかったと浜田さんは指摘します。
柴野さんは、これはSansanという大きな会社だからこそ成し得たことで、経営層の意思決定を含め、規模の利が出たと振り返ります。
浜田さんが6倍7倍の伸びの時期の社内の様子を尋ねると、柴野さんは「お祭りみたいな感じ」だったと答えます。新しいサービスを届けられる裾野がどんどん広がっていたからです。
浜田さんは、エンタープライズ営業が大きな広告代理店や銀行グループを開拓し、モメンタムがすごかったと振り返ります。柴野さんは、リモートワークから法律の話になると大企業もそれを無視できず、Sansanとのクロスセルが本格的に効いてきたと語ります。
浜田さんによると、当時はSansanの営業部が紹介するだけでも成績になる評価制度があり、ゴリゴリと紹介が来ていました。Bill One側の営業は、一日8アポをこなすような状況だったといいます。
大きな組織が一つになった時のパワーって、例えばこういうことが起きるかな
第二の波「インボイス制度」がチェック業務を生んだ
電帳法が2021年の山だとすると、次の波がインボイス制度でした。Bill Oneは2022年2月にインボイス制度への対応をプレスリリースしています。
柴野さんはインボイス制度を、請求書に事業者の登録番号 ── インボイス制度で、適格請求書を発行できる事業者に国税庁が付与する番号。請求書にこの番号と消費税額を記載する必要がありますや消費税額を明確に記載することを求める制度だと、かみくだいて説明します。
なぜこの制度が必要になったのか。柴野さんは、軽減税率の8%など複数税率があり、日本の消費税がいくらなのか分かりづらくなっていた点を挙げます。
さらに海外との比較にも触れます。消費税とインボイス制度はセットになっているのが通常だが、日本は消費税はあってもインボイス制度が入っていない、ちぐはぐな状態だったと説明します。
浜田さんは、これまで仕入れの差分から推測に近い形で計算できていたものが、税率も違うため一つひとつ記録する仕組みへ変わったと整理します。
このインボイス制度は柴野さんも読んでいたのか。浜田さんの問いに、柴野さんは正直に答えます。
これはですね、読んでたって言いたいですけど、読んでなかったです
柴野さんは、インボイス制度によってチェックすべきことが大きく増えた点に注目します。経理にとっては純粋に業務が増えるだけであり、忙しい中でどうこなすのかという課題に、システムがフィットしたと語ります。
電帳法とインボイス、どちらが大きな波だったのか
浜田さんは、電帳法とインボイス制度のどちらがBill Oneにとって大きな波だったのかを尋ねます。柴野さんはどちらも大きかったとしつつ、法律との相性がよいのは電帳法だと答えます。
やっぱ電子で保存してなんぼなんで
浜田さんも、電帳法はBill Oneというサービスそのものが法律に肯定された世界だったと同意します。
この時期の競合環境について、柴野さんは激化していたと振り返ります。2020年には市場そのものがなかったのに対し、2022年になると請求書受領サービスとして多くの会社が参入したといいます。
具体名として、柴野さんはバクラクとTokiumを挙げます。浜田さんは、経費をやっていたTokiumが請求書側に入ってくるなど、競争が激しくなった時期だったと補足します。
経費ではなく請求書を尖らせ続けた理由
強い競合が出てくる中でも、Bill Oneは6倍の次に3倍と伸び続けました。浜田さんが勝ちきれた背景を問うと、柴野さんは請求書を扱うか経費を扱うかの違いを最初から決めていたと答えます。
柴野さんは、営業などビジネスサイドの人は領収書と請求書を同じものと思いがちだが、経理からすると明確に違うと強調します。
最大の違いは支払いのタイミングです。柴野さんによると、請求書は後で払うものでまだお金が出ていっておらず、領収書はすでに支払ってお金が出ているものだといいます。
この違いから、会社は後で払わなければならないものを厳しくチェックすると柴野さんは説明します。金額のインパクトも請求書のほうが大きく、業務体制をしっかり組む必要があるからです。
一方で領収書は金額も小さく、従業員の立て替えのような話になります。柴野さんは、業務のプロセスも、経理の中でいつその業務をするかも全く違うと語ります。
これから払うもの。お金はまだ出ておらず、高額になりやすいため会社は厳しくチェックする
すでに払ったもの。金額は小さく、従業員の立て替えのように扱われることが多い
だからこそ、請求書と領収書でシステムが分かれていても経理担当は違和感を持たないと柴野さんは言います。浜田さんも、領収書はむしろ勤怠や人事側に近い話だと納得します。請求書に尖りきることが、Bill Oneが勝ちきれた理由でした。
顧客起点で始まった請求書発行のマルチプロダクト化
2022年7月、Bill Oneは請求書発行へと進み、マルチプロダクト化していきます。浜田さんがその理由を尋ねると、柴野さんはインボイス制度の延長線上にある顧客の要望だったと答えます。
柴野さんによると、インボイス対応を特命として受けた部門や会社が増えていました。請求書を受け取るBill Oneがインボイス対応していても、発行側の機能がなければ商談から落ちてしまうといいます。
(発行の機能がないと)もう丸パツで商談から落ちちゃうんですよね
発行もインボイス管理という整合性が取れるため、マルチプロダクトとして踏み切ったと柴野さんは説明します。浜田さんは、Bill Oneで勝ちきるために発行の領域が必要だった、顧客起点の判断だと整理します。
なぜ次は「経費」ではなく「カード」だったのか
浜田さんは、マルチプロダクトの歴史を整理します。2020年4月に請求書のBill Oneが出て、2022年7月に発行をアナウンス、そして2023年5月にカードへ進みました。
浜田さんは、次はレシートかと思いきやカードだったことに驚いたと話します。なぜカードだったのか。柴野さんはまず、領収書とは全く違うから領収書はやらないという前提を改めて示します。
理由は、請求書の中にカード払いが増えていたことです。柴野さんは、GoogleやFacebookなどの広告がクレジットカード登録で費用を落としていく典型例だと挙げます。
こうした広告費はビジネス上の大きな意思決定を伴う金額です。柴野さんは、大きな金額を管理するBill Oneでそこが片手落ちになっており、カードとの相性がよいと考えてマルチプロダクトを始めたと語ります。
もっとも、カードができると利用者は自然と経費でも使いたくなります。柴野さんは、そこに固執してもしょうがないと考え、カードを請求書の一部ではなく経費として整理し、2024年ごろに経費ブランドとして展開し直したと振り返ります。
マルチプロダクトの意思決定は誰がどう決めるのか
浜田さんは、いつどこへ進むかという事業にとってクリティカルな意思決定を、誰がどう決めているのかを尋ねます。柴野さんは、最終的には会社の判断だとしつつ、自身の考えを明かします。
柴野さんによると、顧客の声のボリュームが出てきたタイミングで、これをやるべきだという声がいろいろな方向から上がってくるといいます。だからこそ選択と集中ができたと語ります。
象徴的なのが領収書でした。請求書がある程度成熟すると、領収書もやりたいという営業担当が大勢いたといいます。それでも柴野さんは頑なに断り続けました。
だけど僕は頑なに領収書やらないって
ただし柴野さんは、時代が経てばやってよい時が来るとも考えていました。領収書は時期の問題として、後に始まっていったといいます。
現場の声の集め方について、柴野さんはVOCをSlackで集めたり、シンプルに営業へ声をかけたりしていたと話します。営業側からも「この機能が欲しい」と要望が来る、双方向のやり取りだったといいます。
浜田さんも初期のBill Oneを振り返ります。営業部長が「この機能がここまでに実装できればこの案件でMRRが取れます」と言い、PdMが「やる」と即断する、ゴリゴリの現場だったといいます。
即時の意思決定と開発パズルをその時やってたのすごい覚えてます
PMMからPdMへ、役割はどう変わったのか
柴野さんは途中でPMMからPdMへ役割を変えています。時期はリリースから3年ほど経った2023年ごろでした。
背景には市場の変化がありました。柴野さんは、法改正で市場ニーズを捕まえていく動きが激しかった時期が一通り終わり、プロダクトをもう少し成熟させる段階に入ったため、よりPdM ── プロダクトマネージャー。何を作るかという仕様まで踏み込み、開発チームと連携して製品を磨く役割としてプロダクト側に入ったと説明します。
浜田さんは、市場の最先端を捉えてサービスを定義するPMMの役割から、コアな業務への連携や機能を深めるPdMの重要性が上がる局面へ移ったと整理します。
業務内容の違いについて、柴野さんは大きくは変わらないと答えます。Why・Whatやプロダクトロードマップを考える点は同じで、変わったのは仕様の落とし込みまで自分が入るようになった点だといいます。
(以前は)アホみたいに「これ欲しい」って言えば、なんかいい感じのを作ってくれて
開発チームとの向き合い方も、柴野さんはスムーズだったと振り返ります。当時のSansanはHowはエンジニアと線を引いており、PdMはWhy・Whatに答えるという役割分担が明確だったからです。
Howはエンジニアだと。どうやって作るかはエンジニアに任せる
柴野さんは、自分が変にHowに口を出すと、もっとよい作りができるのにという話になりかねないと語ります。お互いよい意味で初心者だったため、区分けがきれいにできたといいます。
浜田さんは、ユーザーストーリーとユーザーペインを解像度高く語れれば、あとは任せろというエンジニアがBill Oneにいたのだと受け止めます。
BizDev・PMM・PdM、3つを経て一番向いていた役割
浜田さんは、BizDev、PMM、PdMの3つを経験して、どれが一番自分に向いていたかを柴野さんに尋ねます。柴野さんは迷いつつ、PdMかなと答えます。
理由はものづくりそのものだといいます。柴野さんは、BizDevやPMMで関わるアライアンス周りは難しく、政治や交渉力が入ってくると語ります。
(アライアンスは)いい意味で腹を割ったり、ちょっと隠したりとか、あの辺のところはなかなか大人の仕事だな
アライアンスは、会計ソフトとのシステム連携も、銀行と組んで売ってもらう話も含みます。柴野さんは、可能性は広がるが自分でグリップして進めるのは難しいと感じていたといいます。
一方でPdMは、良くも悪くもちゃんと物を作っている手触り感があると柴野さんは話します。
波が去った後、営業の意識改革で凪を乗り越える
4年間の推移をあらためて確認します。1年目2億円、2年目14億円、3年目38億円、4年目77億円と伸び、5年で110億円に到達しました。浜田さんは、この中で戦い方が変わった瞬間があったかを尋ねます。
柴野さんは明確にあったと答えます。まず一つが、法律改正の波が減ったことです。法改正があると各社が準備のために受注してくれますが、それが終わると受注も止まってしまうといいます。
そのため、T2、D3で言えば3年目・4年目にあたる2023〜24年ごろは、売り方を新しく考え直す必要が出てきました。浜田さんも、追い風が終わって戦い方を変える苦しさは他社でも語られていると重ねます。
追い風が凪になった局面で、どうモメンタムを作り直すのか。柴野さんの答えは一つでした。
柴野さんによると、法改正の最中は「電帳法対応してます」「インボイス対応してます」という魔法の言葉で顧客が満足していました。しかしそれは機能を紹介して終わりで、ソリューション営業ではなかったといいます。
手段でしかなかった法対応が目的になっていた時代から、改めてBill Oneを使う目的は何かへとシフトする必要がありました。柴野さんは、これがタグラインの話につながると語ります。
(Bill Oneは)月次決算を加速。経理のあるべき姿をBill Oneが叶えるんだよっていうシフトチェンジ
柴野さんは、営業トークやスクリプトも含めてこのシフトチェンジを行ったことがすべてだったと振り返ります。
売れなくなっちゃったのは、法改正しか言ってなかった営業だったので、そこをテコ入れした
「電帳法・インボイス対応してます」という機能紹介で受注できた
「月次決算を加速する」という目的からソリューションを語る営業へ
浜田さんは、こうしてタグラインを変えながら戦い方を変えたことが、圧倒的な成長を成し遂げた要因だとまとめます。
まとめ
Bill Oneの爆速成長は、電帳法とインボイス制度という2つの追い風だけで生まれたものではありませんでした。法改正を読み、Sansanの規模を生かしたクロスセルで熱狂を作り、顧客起点でマルチプロダクト化を進め、そして波が去った後は営業の意識改革で凪を乗り越えた──その積み重ねが、4年でARR2億円から110億円という結果につながっています。
- 電帳法とインボイス制度の法改正が追い風となり、Bill Oneの「受領から電子で」という思想が市場にフィットした
- Sansanという大きな組織のクロスセルと評価制度が、大企業への広がりと社内の熱狂を生んだ
- 請求書と領収書は経理にとって別物であり、請求書に尖りきったことが競合との差別化になった
- マルチプロダクト(発行・カード)は顧客が欲しいかどうかを起点に、選択と集中しながら広げた
- 法改正の波が去った後は、機能紹介から「月次決算の加速」という目的訴求へと営業を変え、成長を続けた






