ABMとは何か?The Modelの「逆」から理解する
今回のGrowth Radioから、理解がふわっとしがちなマーケティング用語を掘り下げる新シリーズが始まりました。第1回のテーマは、BtoBマーケに関わる人なら一度は聞いたことがあるであろうABMです。
ABMはアカウントベースドマーケティング ── Account Based Marketingの略。狙った特定企業を起点にマーケティングと営業を展開する、BtoBの戦略的アプローチの略で、清沢さんはこれを「特定企業を狙い撃ちして行っていくBtoBマーケティング戦略」と説明します。施策というより、戦略レベルの話だという整理です。
浜田さん自身も、Sansanに入るまではBtoB営業の経験がなく、ABMの理解には苦労したと振り返ります。マーケティングオートメーションも知らない状態でABMという言葉に出会ったといいます。
当時入って、そのABMについて同じチームの人に1時間くらい教えてもらったんですけど、教えてもらっても全然わかんなかったです。
浜田さんは、ABMがわかりにくい理由を「The Modelの逆だから」だと説明します。The Modelがわかっていないと、ABMは理解しづらいという指摘です。
The Modelは、太いファネルにリードを大量に入れ、そこから絞り込んでいくモデルです。これに対してABMは、狙ったアカウントを起点に、そこからターゲットするリードを広げていく、いわば逆向きの発想になります。
浜田さんは、サイルの栗原さんによる言葉の使い分けも紹介します。The Model型のファネルをリードベースドマーケティング ── まずリードを大量に集め、そこから絞り込んでいく従来型のBtoBマーケティング。ABMと対比される考え方と呼び、狙ったアカウントから広げていくのがアカウントベースドマーケティングだ、という整理です。
太いファネルにリードを大量に入れ、絞り込んでいく。数十万社を対象にできるホリゾンタルSaaS向き
狙ったアカウントを起点に、そこからターゲットするリードを広げていく。数百〜数千社に絞る
なぜ「1社当たり数千のリード」になるのか
ABMは狙う企業を数社から数百社に絞りますが、浜田さんは「1社とは限らない」と補足します。ターゲット企業を数社から数百社くらいに絞り、そこから何社取るかという、個別化された戦いになるといいます。
ABMが成立する前提として、浜田さんは1社当たりの契約金額の大きさを挙げます。ターゲットが数百社しかいなくても事業が成り立つのは、1社当たりの金額が大きい、いわゆるエンタープライズ営業だからです。
一社当たりの契約金額が大きいのがやっぱ原則で、一社平均1000万、年間1000万円もらえますみたいな感じで、いわゆるエンタープライズ営業になってくる。
エンタープライズ営業では、キーマン1人と話して受注するということがあり得ない、と浜田さんは言います。実際に使う部署だけでなく、情シスやコーポレートにも話を通す必要があるためです。
そこで、ターゲット企業が決まったら、次にやるのは各社の中で落とすべき人たちをマップ化することです。アメリカではこれをバイインググループ ── 1つの企業の中で購買の意思決定に関わる人々の集まり。エコノミックバイヤーや各種のディシジョンメーカーなど、複数の役割で構成されると呼び、だいたい5〜10人でこういう役割がいる、と整理されているといいます。
浜田さんは具体的な数字で説明します。ターゲットが500社だとしても、1社当たり8ポジションを落とす必要があるなら、それだけで4000接点を作らなければならない、という計算になります。
つまりABMは、限られた企業から、むしろ狙うべきリード数が広がっていくという構造を持ちます。幅広く網を張るリードジェネレーションとは対極的に、特定企業の特定役職者を狙っていくアプローチです。
SaaSの高度化が生んだABMという流れ
なぜABMが誕生したのか。清沢さんは、BtoB購買の複雑化と意思決定プロセスの長期化を背景として挙げます。1人ではなく複数の人にリーチしなければならなくなった、という変化です。
浜田さんは、購買が複雑化しただけでなく、SaaSそのものの進化も要因だと補足します。会計やCRMのように何十万社でも使える基幹的なプロダクトが出尽くすと、次はよりニッチだが価値の高いサービスが登場するという流れです。
なんかめちゃくちゃ価値が高いみたいなサービスが出てくるわけですよね。例えば日本だったらLoglassみたいな、経営企画の人が釣れるみたいな。
こうした高付加価値なサービスは、どうしてもエンタープライズ営業になり、複数の人に会って複雑な購買に対処する必要が出てきます。ソフトウェア自体が高度化し、売り方もそちらへ進化した結果として、ABMが伸びてきたと浜田さんは見ています。
清沢さんも、広範囲で使われるホリゾンタルなSaaSは一定出尽くし、特定領域の深い課題を解決するサービスが伸びてきたことで、ABMがより注目されるようになったのではないかと話します。
そのモデルケースとして、二人はナレッジワークを挙げます。全社で数百社しか狙わないと徹底し、やらない領域を明確にした上で、インサイドセールス・マーケ・営業を連携させている点が、良い事例だといいます。
ターゲットを絞る「怖さ」と組織への波及
実際にABMに取り組む際、最初の一歩となるのがターゲット企業の選定です。よくあるのが、ティア1、ティア2のようにセグメントを分けるティア設計だと清沢さんは言います。
ティア分けの基準として、浜田さんはICP ── ideal customer profileの略。自社の商品・サービスが最もフィットする理想的な顧客像。ターゲット選定の基準になるを挙げます。同じ大企業でも、拠点数や製品ラインが多く自社プロダクトで解決できる領域が広いところをティア1、業態が少し合わないところをティア2とする、といった分け方です。もっとも、ナレッジワークのようにティア1しか狙わない考え方もあり、方法は様々だといいます。
ここで浜田さんが強調するのが、ターゲットを絞る意思決定の難しさです。ナレッジワークの田口さんの記事を引きながら、「怖いけどターゲットをどれだけ絞るかが大事だ」という趣旨を紹介しつつ、この意思決定は現場ではしづらいと指摘します。
もうこの500社しか狙えませんっても、でも毎四半期ごと10社受注しなきゃいけないでしょ、みたいな。母数500で足りる?とかってめっちゃ不安になりますよね。
だからこそABMのキックは、レベニューに責任を持つ事業部長レベルの人が決めることになる、と二人は整理します。
さらに浜田さんは、ABMをやると人も変わっていく必要があると言います。エンタープライズに売れる人、エンタープライズのCSやマーケ、BDRができる人は、通常の社員育成の延長線上にいない場合も多いためです。
その波及は採用基準や組織設計にとどまりません。浜田さんは、年収や評価制度・報酬制度にまで及ぶと指摘し、ナレッジワークの浅野さんが営業に何千万まで出すと発言してざわついた例を挙げます。
日本のABMで打てる手と、イベントという武器
ターゲットとティアが決まると、次は個別化された施策に落とし込みます。清沢さんは、特定のウェビナーやホワイトペーパー、カンファレンスやゴルフといったオフライン接点を挙げます。
もっとも、ここが一番悩ましいところだと浜田さんは言います。ターゲットと欲しい接点が決まった後、どうやってその人にたどり着くかが問題になるためです。
アメリカでは打てる手が大きい、と浜田さんは説明します。Zoom.info ── 企業や担当者のメールアドレス・電話番号などの情報を提供する、アメリカの営業向けデータサービスを契約すれば担当者に直接メールできますし、LinkedInで企業単位のターゲティング広告も可能です。コロナ前にはIPアドレスで会社を特定し、その企業向けにコンテンツを出し替えることもできていたといいます。
一方で、これらはどれも日本では難しいと浜田さんは指摘します。日本で代表的なのは、役員クラスへのお手紙のアプローチです。四季報などで名前を調べて役員宛に手紙を書き、秘書までたどり着いて「読んでいただけましたか」と電話する、という地道な手法です。
そのお手紙だけでは足りないときに何をやるか。ここが、ABMをやっている人みんなの頭を悩ませているところだと浜田さんは話します。
清沢さんは、Sansan新卒1年目の頃、入社半年でエンタープライズのインサイドセールスチーム立ち上げにアサインされた経験を振り返ります。営業と人選し、ターゲット企業を決め、Salesforceのリードを洗い出して施策に落としていったといいます。
当時はVIPセミナーという、プリンスホテルとかで落合陽一さんを呼んだりして、そこに集客していくのを地道にやってました。
結論として、マーケ観点でABMを回すとき、一番できるのはイベントだと浜田さんは言います。クローズドイベントに招待という形でお招きし、段階を踏むのが有効だといいます。
結構地味ですけど、なんだかんだでそれが一番コスパいいみたいなところはありますね。
マーケと営業をつなぐ、ISのアカウントマッピング
ABMでは、通常のようにマーケがやったものを営業が受け取るのではなく、マーケと営業が机を並べる勢いで動く必要があると浜田さんは言います。営業が取りたいアカウントに対し、キーマンやブロッカーに会えるイベントや仕掛けをマーケが考える、という協働の形です。
その中で清沢さんが重要だと話すのが、ABMにおけるインサイドセールスの役割です。ISがハブとなり、マーケと営業をつなぎながら接点を作り、商談の価値につなげていくといいます。
ISの腕の見せ所として浜田さんが挙げるのがアカウントマッピング ── ターゲット企業内の意思決定者や関係者の役割・関係性を図に整理する手法。キーマンやブロッカーを可視化するです。狙う企業に対し、後ろから背中を押してくれるチャンピオン ── 決裁権はなくても、社内で導入を応援し推進してくれるキーパーソン。エンタープライズ営業で重視されるは誰か、ブロックしそうなコーポレート部門はどこかを整理します。
浜田さんは、事業部や子会社が多い企業では、社内の人間関係まで掴む必要があると言います。同期関係や出世争いといった情報まで踏まえ、「この人を落とせば芋づるで進む」という筋道を見つけていくのです。
清沢さんは、企業を立体的・俯瞰的に見る大切さに触れます。目の前の相手のアポだけでなく、横の部門はどうかを見ながら、営業と連携して違う角度からアプローチする、という発想です。
その一例として、大企業を狙う際にまず子会社を落としに行く話が紹介されます。子会社で導入が決まれば事例になって進みやすくなる上、子会社の社長が本店から出向していて、戻ると本部長になるケースも多いためです。
清沢さんはシンガポール勤務時代の経験も重ねます。シンガポール拠点にいた人が本社で昇進していくことが多く、国内の営業と連携しておくことが重要だと実感したといいます。
時間軸との戦い|ランドアンドエクスパンドで耐える
ABMの難しさとして、清沢さんはROIの振り返りを挙げます。日々が地道なため、成果の可視化が難しいのではないかという問いです。
これに対し浜田さんは、ROI自体はむしろ合いやすいと答えます。ゴルフでも1接点あたり10万〜20万程度で、結局ペイすることが多いというのです。本当の論点は別にあると言います。
その長期の投資に対して経営が耐えられるかみたいなのが、やっぱりリアルな論点なのかなって思うんですよね。
ABMの初期は、ターゲット500社に対して接点が600人しかない、あと3000人必要だ、といった状況になりがちです。そこから受注がポンポン入るのは2年後という世界であり、その長期投資に経営が耐えられるかが問われます。
清沢さんは、Salesforceのエンタープライズセールスに聞いた話を紹介します。エンプラの立ち上げは1年では無理で、少なくとも2年、長ければ5年のスパンで見ているといいます。
その鍵となるのがランドアンドエクスパンド ── まず一部門など小さく導入し(ランド)、実績をもとに社内へ拡大していく(エクスパンド)エンタープライズ営業の定石です。最初は一部門で導入してキーマンを捕まえ、そこから拡大していく発想です。
浜田さんも、いきなり全社導入を狙うと2年かかる一方、最大契約の1〜2割の規模でも一部門で取れれば売上が立ち、実績から伸ばせると強調します。いきなりティア1の全社導入を狙わず、クイックウィンを作ってから売上を作っていくことが重要だといいます。
清沢さんも、関連会社や一部門が導入しただけでキーマンからつないでもらえる例が現場にあるとし、時間軸が長いからこそ足元で実績を作りながらスケールさせることが大切だとまとめます。
AI時代にABMはどう変わるのか
最後のテーマは、AI駆動のビジネスが進む中でABMがどう変わるかです。浜田さんは、データがリッチになる中で、バイイングシグナル ── 顧客が購買に近づいていることを示す兆候。Salesforceのインテントなど、行動や状況の変化から読み取るを捉える動きが進むと見ています。
アメリカで最もよく使われるシグナルは転職情報だと浜田さんは言います。LinkedInでキーマンが転職すれば、既存契約のチャーンリスクであると同時に、転職先で使ってもらえるチャンスにもなるためです。
ただし浜田さんは、AIで置き換えやすいのはThe Modelやリードベースのマーケティング型だと考えています。大量のリードに一律の説明で売れるものはAIと相性が良い一方、ABMはAIで置き換えにくいという見立てです。
清沢さんが「むしろ人間の介在価値がより求められる」と受けると、浜田さんもパーソナライズを前提とするABMではその通りだと同意します。
浜田さんが象徴的に挙げるのが、チャンピオンの見極めです。Sano時代、エンプラ営業のエースに売り方を尋ねると「チャンピオンを探す」と返ってきたといいます。しかしチャンピオンは肩書きで決まらず、会ってみないとわからないと言います。
これもなんかAIが、この人チャンピオンであって特定してくれるかっていうのは、全然そんな感じしなくて。
清沢さんは、それは嗅覚や過去の経験、第六感的なものだと言います。会話のテンポや社内事情への通じ方から、単におしゃべりなだけの人と本物のチャンピオンを見極める。友好的でもボールを持ちたがらない人を見抜けるかが分かれ目だといいます。
清沢さんは、Sansanでミッドマーケットの営業をしていた頃の場面を紹介します。1000名弱の企業でなかなか進まない案件で、説明会後、上長が覇気のありそうな副社長にすぐ名刺を渡し、そこから話が動いたといいます。
「え、なんでわかったんですか?」って聞いたら、「いや、もうわかるやろ。俺もうずっとスカウターしてるから」みたいな。
浜田さんは、エンプラ営業の育成の難しさにも触れます。できる人は感覚でわかってしまうため、他の人に言語化して伝えられないことが多いといいます。そのセンスを育てる、あるいはセンスある人を見抜くこと自体が難しいという課題です。
清沢さんは、進まないと判断したときの切り替えの早さも挙げます。あるタイミングでチャンピオンをCCに入れて相手を動かすといった動きは再現性が難しく、動物的な感覚に近いといいます。だからこそABMは、AIには簡単に置き換えられない、人間だからこそできる価値が残る領域だと二人は結びます。
まとめ
ABMは、The Modelとは逆に狙った企業を起点に接点を広げていく、戦略レベルのBtoBアプローチです。ターゲットを絞る怖さや長い時間軸と向き合いながら、マーケ・IS・営業が一体で動き、AI時代にも人間の嗅覚が価値を持つ領域だと語られました。
- ABMは特定企業を狙い撃つ戦略で、The Model(リードベースドマーケティング)の逆の発想として理解できる
- 1社当たりの契約金額が大きいエンタープライズ営業が前提で、1社の中の複数のキーマンをマップ化して攻める
- ターゲットを絞る意思決定は経営レベルにインパクトを与え、採用・評価・報酬制度まで波及する
- 日本ではお手紙やクローズドイベントが主な打ち手で、ISのアカウントマッピングがマーケと営業をつなぐ
- 成果は2〜5年の長期戦になるため、ランドアンドエクスパンドでクイックウィンを重ねて経営が耐えられるようにする







