なぜ「Zero to One」は10年経っても読まれるのか
今回の名著再読で取り上げるのは、ピーター・ティールの「Zero to One」です。清沢さんは、スタートアップやIT界隈でバイブル的に読まれてきた本だと紹介します。
出版は2014年ごろで、ちょうど10年ちょっと前の本です。ただ、浜田さんは今読んでも面白いと話します。
もう10年前なんだと思いますけどね。でも今読んでも面白いですよね。
著者のピーター・ティールについて、浜田さんはシリコンバレーを代表する存在だと説明します。PayPalとPalantir ── ビッグデータ解析を手がけるアメリカのソフトウェア企業。ピーター・ティールが共同創業しました。社名は指輪物語に登場する遠くを見通す石に由来しますを立ち上げ、Founders FundとしてFacebookの初期投資家にもなった人物です。
さらにティールは、トランプ大統領が当選した当初から多額の献金をしていたと浜田さんは触れます。清沢さんは、ティールをPayPalマフィア ── PayPalの創業や初期に関わり、その後それぞれ有力企業を立ち上げた起業家・投資家たちの総称。イーロン・マスクらが代表例ですの代表格だと位置づけます。
浜田さんは、PayPalからイーロン・マスク、LinkedIn、Yelp、Quoraなど、アメリカのユニコーン企業が数多く生まれたと説明します。
アメリカのほんとユニコーン企業、めちゃくちゃたくさんPayPalから出てきたんです。
近年のティールは、海上に国家を作ろうとするシーステディングのような構想にも関わっていると清沢さんは話します。二人は、起業家を超えて国家を作ろうという思想が出てきていると評します。
「賛成する人がほとんどいない真実」という問い
清沢さんが印象的だと挙げたのは、第1章にある問いです。賛成する人がほとんどいない大切な真実は何だろうかという問いが、この本の主題になっていると話します。
この問いの狙いを、清沢さんは、誰も気づいていない課題を見つけ、そもそもライバルが存在しないところで勝つことだと整理します。それがティールの発想の起点だと言います。
むしろ誰も気づいてない真実を探せっていう感じで。
浜田さんは、この主張を「Zero to One」より前に出た「リーンスタートアップ」と対比します。リーンにPDCAを回すという考え方ではそこそこのスタートアップはできても、世界を変えるスタートアップはそこからは生まれない、というのがこの本のメッセージだと解釈します。
浜田さんは、誰も気づいていないところに事業を作り、独占を築いたものだけが本当に価値のあるスタートアップになる、というのがティールの主張だと言います。シリコンバレーの常識の逆を行く発言だと評します。
リーンにPDCAを回して改善を重ねる。そこそこのスタートアップはできる
誰も気づいていない真実を探し、独占を築く。世界を変えるスタートアップを狙う
この発想の背景には、ティール自身の原体験があります。1999年ごろに立ち上げたPayPalは、今でこそ決済プラットフォームとして一般的ですが、当時は非常に新しい試みでした。
僕たちはドルに代わる新たなインターネット通貨を作ろうとしていた。
浜田さんは、PayPalは結果的にドルの送金になったが、既存の銀行法によらずにお金を動かせるという発想自体が普通の人には思いつかないものだったと話します。
当時のインターネット環境について、浜田さんは具体的に補足します。Windows 95やNetscape Navigator ── 1990年代に広く使われた初期のウェブブラウザ。インターネット普及の立役者の一つですが普及していた一方で、モバイルはまだ広がっていませんでした。
その中でPayPalは、PalmPilot ── 1990年代後半に普及した携帯情報端末(PDA)。iPhoneより10年ほど前に、手のひらサイズの情報機器として使われました同士で資金をやり取りできるものとして始まったと浜田さんは説明します。ただ、PalmPilotの利用者はシリコンバレーに偏っていました。
もうメールで送れたらよくない?っていうのがPayPalのきっかけですよね。
競争せずに勝つという原則
浜田さんは、ティールの原則が「競争するな」という点にあると整理します。清沢さんは、これを孫子の兵法と重ねます。
浜田さんは、孫子の考え方も競争には基本的にいいことがないという発想だと説明します。Aという国がBに勝っても、その間にAが弱り、Cに寝首をかかれる、という発想です。
競争って基本的にはいいことないっていう発想で。
浜田さんは、孫子は競争を避け、相手が油断している時に一発で仕留められる時だけ競争しろと言っていると話します。ティールの発想もそれに近いと言います。
清沢さんは、ティールの発想は既存市場に参入するのではなく、正しい市場のカテゴリーを自ら作っていくものかと問います。浜田さんは、独占が何より大事だから市場に入るのは最後でもいい、という言い方をしている点が面白いと応じます。
独占が何より大事だから、実は市場に入るのは最後でもいいっていう言い方とかしてるんですよね。
「ディスラプトするな」と最後に参入する優位
第5章では、ティールは「ディスラプトするな」とも書いていると浜田さんは紹介します。シリコンバレーがディスラプトを掲げる中で、逆のことを言っている点が面白いと話します。
浜田さんは、本当のディスラプターだったNapster ── 1990年代末に登場した音楽ファイル共有サービス。著作権を侵害するとされ、大きな法的問題になりましたの創業者ショーン・パーカーが逮捕・破産した例を挙げます。一方でPayPalは、ディスラプトしそうでいて、実際には既存の金融システムにしっかり入り込んでいったと言います。
ディスラプトってかっこいいけど、大体失敗するよみたいなことも書いてありますね。
清沢さんは、Uberのケースを引きます。創業者はディスラプトを語るビジョナリー的な発信をしつつ、足元では既存のエコシステムと連携し、信頼を作りながら市場をリードしていったと整理します。
浜田さんは、Uberも最初はハイヤーのように免許を持つドライバーを狙っており、競合のLyftが個人ドライバーを入れていったことで、Uberも追随した経緯があると補足します。最初からディスラプトに突き進んだわけではないと言います。
ここで話は、最初に参入するより最後に参入する方が有利だという「ラストムーバー・アドバンテージ」に移ります。清沢さんは、Googleも検索エンジンとしては後発だったと指摘します。
浜田さんは、Yahooのようなディレクトリ型は分類をたどって情報にたどり着く方式だったのに対し、Googleはページランク ── Googleの検索アルゴリズム。どれだけ多くのページから参照されているかでページの価値を判断する仕組みですで全体を検索できるエンジンを作り、圧倒的に価値を高めたと説明します。
さらに浜田さんは、タイミングの重要性を強調します。仮に2年早く始めていれば、そもそも検索対象となるウェブページが少なく、Yahooで探す方が良い状態だっただろうと言います。
その一番いいタイミングがどこか、みたいなのの方が最初に入るか最後に入るかより重要であるみたいな。
清沢さんは、これを市場の状況を俯瞰し、波を逃さないタイミングで参入する発想だとまとめます。浜田さんは、人より少しだけ早く波が立つところに行く必要があると応じます。
遠くのうねりを捉えるみたいな能力がすごい問われるようなって感じがしますよね。
波はいつ来るかわからない、だから備える
波を捉える話に関連して、清沢さんは以前のビルワンの柴野さんの回に触れます。大きな会社でも、電子帳簿保存の波が来るという見立てをしていたと振り返ります。
浜田さんは、それでも波がいつ来るかはわからないと話します。ビルワンの電帳法 ── 電子帳簿保存法の略。帳簿や書類を電子データで保存することについて定めた法律です対応が加速したのはコロナで紙の取り扱いが難しくなったからで、コロナがなければ法改正はもっと遅かっただろうと言います。
何が急に社会変化を促すかわからないから、なんかそれにすら備えておく必要があるみたいなところですよね。
清沢さんは、この観点をimmedioに引きつけて質問します。今の市場環境で意識している大きな波はあるかと尋ねます。
浜田さんは、多くの人はまだ賛成しないが自分たちが信じている真実として、電話でアポを取る時代は終わるという見立てを挙げます。こちらの都合で知らない番号から電話するやり方は長く続かない、というのが大きな賭けだと言います。
その上で浜田さんは、AIの普及で増えるものと減るものが分かれると話します。AIが作った中身のないメールや電話が増えれば、メールや電話そのものの価値が下がり、その分ウェブサイトや資料といったコンテンツの重要性が上がると見立てています。
ニッチで勝つ、その先に1000億円の市場を見る
清沢さんは、immedioが入り口として選んだのはニッチで小さい市場に見えると指摘し、起業当時に意識した点を尋ねます。浜田さんは、ニッチで勝つことをかなり意識していたと答えます。
その背景には、Delight Ventures ── DeNA系のベンチャーキャピタル。スタートアップスタジオの形で起業を支援していますによるスタートアップスタジオの支援があったと浜田さんは話します。そこで課された問いは明確で、しかし難しいものでした。
人がお金を払ってくれる課題をしっかり探せ。ただし、その先には、企業価値で1000億円以上になる未来が待ってなければならない。
浜田さんは、「電話がつながっていない」というピンポイントな課題が1000億円規模になり得ると考えた理由を、具体的な試算で説明します。
日本のBtoB広告市場は1兆〜2兆円規模あり、1件1万円から2万円ほどでリードを獲得していると浜田さんは言います。資料請求から商談化する率が20%だとすると、8割が無駄になっている計算になります。
この商談化率が20%から25%に上がれば、無駄が8割から75%に減り、広告費の5%分を取り返せると浜田さんは説明します。それが数千億円分に相当し、最終的に3桁から4桁億円の市場になり得ると試算したと言います。
清沢さんは、定量的な試算と、目の前のペインや大きな流れをバランスよく見ながら考えていたのかと確認します。浜田さんは、その通りだと応じます。
なぜ誰も「隠れた真実」を探さないのか
第8章「なぜ誰も隠れた真実を探さないのか」も面白いと清沢さんは挙げます。例として、Airbnbを取り上げます。
清沢さんは、Airbnbができる前は、旅行者はホテルに高い部屋代を払う以外の選択肢がなく、空き部屋を持つオーナーもそれを貸し出せなかったと説明します。しかし本能的な欲求で見れば、貸し部屋にも十分需要があった、その隙間を突いたのがAirbnbだと言います。
浜田さんは、Airbnbの発想の具体的な場面を描きます。サウスバイサウスウエストというテキサス州オースティンの大型カンファレンス時にホテルが高騰する一方、市内には空いている部屋が数百あるという状況に着目したと言います。
浜田さんは、Uberも同じ構造だと続けます。タクシーがつかまらない瞬間に、市内の駐車場には何万台もの車があり、ドライブできる人も何千人もいる、という組み合わせに着目したと説明します。
清沢さんは、隠れた真実の見つけ方について、自然に対する真実と人間に関する真実は違うと本にある点を紹介します。意外と人間についての真実が重要だと思われていないところに、ビジネスチャンスがあると整理します。
哲学から出発したティールの世界観
浜田さんは、隠れた真実の見つけ方の記述が、ファウストの話や哲学好きな雰囲気にあふれていると話します。清沢さんは、ワーグナーやトールキンの指輪物語への言及も出てくると応じます。
清沢さんは、Palantirという社名が指輪物語に由来していると紹介します。ティールが指輪物語を好み、登場人物やアイテムの名前を引用したものだと言います。
清沢さんは、ティールがもともと哲学から法学に進んだ人物だと補足します。スタンフォードで哲学を学び、その後スタンフォードのロースクールに進んだと説明します。
浜田さんは、その経歴が本の世界観に表れていると感じると話します。清沢さんも、教養寄りの学びが彼の根本的なビジネス哲学に影響しているのではないかと見ています。
創業時の「誰をバスに乗せるか」
第9章では、ティールの法則としてチームの話が出てきます。浜田さんは、その中心が「創業時がぐちゃぐちゃなスタートアップは後で直せない」という点だと紹介します。
浜田さんは、この章でティールが強いポジションを取っていると話します。スタートアップにコンサルタントもパートタイムもいらない、リモートも避けるべきだ、雇うならフルタイムか雇わないかの二者択一だと言い切っていると紹介します。
清沢さんは、それくらいの強度がなければチームで難しいことを成し遂げられない、という趣旨だと受け止めます。
浜田さんは、この主張が今また一周して現実味を帯びていると指摘します。シリコンバレーには、朝9時から夜9時まで週6日働く「996」と呼ばれる働き方の会社が増えているといいます。
一周して、やっぱりスタートアップってこの強度で働くしかないよねみたいなのが結構アメリカに来てるなっていう感じはします。
報酬についても本には具体的な記述があると二人は話します。清沢さんは、CEOの年収は15万ドルを超えてはならないと書かれている点を紹介します。
一方で、上場企業のCEOでは桁違いの報酬を得る人も多いと浜田さんは補足します。上場していない会社でも、利益が数十億円出ていれば、社長にはその成果に見合う数億円が出るケースはあると言います。
似た仲間とホットスポットが生む熱量
最後に話題は、PayPalマフィアのようなネットワークに移ります。清沢さんは、企業文化や仕事を超えて、卒業したメンバーが新しいビジネスで世の中を変えていく現象だと整理します。
浜田さんは、伝説ラジオというポッドキャストで聞いた幕末の話を引きます。萩に行くと、高杉晋作と桂小五郎の実家が半径数百メートルにあり、鹿児島でも西郷隆盛と大久保利通の家は300メートルしか離れていないという話です。
浜田さんは、一箇所に強烈なホットスポットができると、周りの人も巻き込まれ、そこにいなければ普通の人生を送っていた人が英雄になっていくと解釈します。渋谷のビットバレーや2000年前後のシリコンバレーも同じだと言います。
清沢さんは、福利厚生はほぼ意味がなく、誰と何を成していくかがその会社にいる理由やモチベーションになるという趣旨だと受け止めます。
浜田さんは、PayPal共同創業者のマックス・レヴチンが、初期の社員にはできるだけ似通った人間を集めるべきだと述べている点を紹介します。今のダイバーシティ重視とは逆に見えるが、あくまで初期の話で、似た人が同じ方向にうわっと動くことでしかブレイクスルーは起きない、という主張だと解釈します。
独占をつくるのは「いいプロダクト」より「販売」
浜田さんは、まだ取り上げたい章として販売を挙げます。ティールは、いいプロダクトを作るよりめちゃくちゃ売れと主張していると言います。
いいプロダクトがあって販売がイマイチな会社が独占することはないが、プロダクトがボチボチでも販売に死ぬほど強ければ独占することはあるみたいな。
浜田さんは、これもシリコンバレーの一般論と逆の主張で面白いと話します。清沢さんは、販売はプロダクトと同じくらい大切だと本にある点を紹介し、どんなに価値あるプロダクトでも、販路と優秀な営業がいなければ事業は立ち上がらないと整理します。
その好例として、二人はSalesforceを挙げます。浜田さんは、このポッドキャストの第1回で取り上げた創業者マーク・ベニオフを、プロダクトの天才というよりマーケの天才だったと評します。
浜田さんは、Salesforceより先にSiebelがあったにもかかわらずSalesforceが1位になったのは、いち早くクラウドをやったことに加え、マーケがより上手かったからだと見立てます。
浜田さんは、PayPal自身の原体験も販売重視につながっていると話します。eBayに頼ったり、一人招待したら10ドルあげるという施策で伸びたりした経験です。
結局なんかどれだけ技術が優れてても、最後それをやりきったかどうかでしか勝負決まらないみたいな。
独占だけが利益を生む、その意味
浜田さんは、この本の要点を、前回のPDMの話と結びつけて整理します。前回はゼロイチ、イチジュウ、ジュウヒャクという段階を扱ったが、ゼロイチはただのユーザーインタビューの先にあるものではないのかもしれないと振り返ります。
人が気づいていないとか、気づいていても言語化してない真実を見つけるっていうこと。
浜田さんは、その真実を見つけた後、勝負はプロダクト化ではなく販売にあり、独占できた場合にしか利益は生じないという流れだと整理します。
なぜ独占が最重要と書かれているのか、浜田さんはティールの投資成績から説明します。Facebookで上げた利益が他のすべての会社の合計より大きく、Facebookを除けばPalantirで上げた利益が残りすべてより大きかったといいます。
浜田さんは、資本市場は全ての損を取り返すほど大きな当たりを求めており、それを実現するには、人が気づいていない真実に気づき、圧倒的な販売力で独占を築く以外にないというのがこの本の主張だとまとめます。
真実を見つける
人が気づいていない、あるいは言語化されていない真実に気づく
販売でやりきる
プロダクト化ではなく、圧倒的な販売力で市場を取る
独占を築く
独占できた場合にしか利益は生じない
大きな当たり
資本市場が求める、すべての損を取り返す当たりになる
清沢さんは、目先の改善ではなく、行動原理の根本を見抜く問いを持つことが大事だと受け止めます。実際にできるかは難しいが、その問いを持つこと自体に意味があると話します。
ドン・キホーテに見る「Zero to One」の実践
浜田さんは、極端な例として、コンビニやマクドナルドの前に捨ててあるゴミを売れないか、というくらいまで考えないとブレイクスルーは起きないと表現します。
清沢さんは、その発想の実例として、ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんの著書「運」を挙げます。当時、店内に商品を陳列しまくるのは悪手とされていたのに、それを突き詰めた結果、ドン・キホーテならではの空間が生まれ、大きく伸びたと紹介します。
浜田さんは、各店舗に発注や陳列を任せる仕組みも、コンビニのように本部が分析して配送する小売業の流行りとは逆だと指摘します。だからこそ一番儲かる会社になったと言います。
浜田さんは、著書「運」も超理論的だと評します。当たる確率は一定だからこそ、波に乗れる時に乗り、乗れない時の損を最小化する、という感覚の本だと解釈します。
3000回サイコロを振った時、勝てる確率を増やすにはどうするかみたいな感覚の本ですよね。
まとめ
「Zero to One」の再読を通じて、二人は0>1期のスタートアップに本当に求められることを、Airbnbやドン・キホーテなどの実例とともに読み解きました。誰も気づいていない真実を見つけ、販売でやりきって独占を築くという一連の流れが、この本の核として浮かび上がりました。
- 賛成する人が少ない大切な真実を探すことが、世界を変えるスタートアップの起点になる
- 競争を避け、独占を築くことを最優先する。参入は最後でもよく、タイミングこそが重要
- いいプロダクトより、圧倒的な販売力が独占をつくる。プロダクトと販売は同じくらい大切
- 創業時のチームは後から直せない。強い強度と、同じ方向に動ける似た仲間が要る
- 独占できた場合にしか利益は生じず、それが資本市場の求める大きな当たりになる







