VC福岡で感じた「資本市場」への論点シフト
今回のGrowth Radioは、清沢さんが先週参加した福岡でのVCイベントの振り返りから始まります。浜田さんにとっては4回目の参加でした。
浜田さんは、前回はほぼすべてがAIをテーマにしていたのに対し、今回は少し論点が移っていたと振り返ります。
今回もちろんAIの話はたくさんあるんですけど、多かったのは結構その資金調達、資本市場、M&Aみたいな話で。AIで市場のルールが本当に変わってしまった。
浜田さんによると、AIによって市場のルールが変わった結果、起業家が誰からどんな形でお金を集めるかという話題が増えていたといいます。新規事業やマルチプロダクトより、事業をそもそも何のためにやるのかという根本的なテーマも目立ったと話します。
『Zero to IPO』後半のリーダーシップ論――創業者の矛盾する確信
ここから本題の名著再読に入ります。取り上げるのは、Okta ── アメリカのクラウド型ID管理サービスを提供するSaaS企業。企業向けの認証・アクセス管理で知られ、ニューヨーク証券取引所に上場していますの創業者が書いた起業プレイブック『Zero to IPO』です。前回は第1章から第6章まで、今回は第7章から第12章までを扱います。
第7章のテーマはリーダーシップです。浜田さんは、この章でよく語られる創業者の矛盾を核心だと指摘します。
自分しか世界を変えられないって思い込み続ける一方で、自分だけじゃできないってことを認識しなきゃいけない。
つまり、世界を変えられるという圧倒的な確信を持ちながら、同時にそれが会社のスケールを妨げないよう、自分一人ではできないと認めることが求められる、という話です。
時間をどう使うか――会議・メール・意思決定の具体的な方法論
第7章には、リーダーが自分の時間をどう使うかについて、かなり具体的な方法論が書かれているといいます。出る会議と出ない会議を全部決める、CCしか入っていないメールは基本的に無視する、といった内容です。
浜田さんは、これをドラッカー ── 20世紀を代表する経営学者ピーター・ドラッカー。マネジメントの体系化で知られ、経営者向けの著作が数多く読まれていますの考え方と重ねます。人がどうやっても手に入れられない唯一の資産は時間であり、その時間をどう使うかが具体的に書かれている、という理解です。
関連して、勝敗を決める場面での判断力についても語られます。本の中では、起業家は勝負を決めるクラッチシューターにたとえられているといいます。
スタートアップやってると、年20回で結構多いんですけど、月に1、2回くらい本当に大事なものがある。そこを見極めて、そこで勝負するのが大事だよねと。
浜田さんは、大きなディールや資金調達こそがその「本当に大事なもの」だと話します。
戦略的な判断は週末に――浜田さんの意思決定の工夫
清沢さんが、重要な意思決定をどう見極めているかを尋ねます。スピーディーに判断すべきものと、じっくり考えるべきものが混在するなかで、という問いです。
これはちゃんと考えるべきっていうものは、全部週末に送ってます。
浜田さんは、じっくり考えるべきタスクを週末に回す運用をしていると説明します。水曜の朝などに考える時間をブロックしているものの、予定が被せられることも多く、結局は土日に考えることになるといいます。
その対象になるのは、製品の方向性、資金調達、組織の動かし方などです。いろいろなシナリオを考えたり、AIと壁打ちしたりする必要があるものは、その場では判断しないようにしていると話します。
社内を歩き回るリーダー――寺田さん、小泉さんに共通する現場感
浜田さんは、リーダーが会社の状態を見極めるための行動として、本にある「社長は意識的によく社内を歩き回る」という記述を挙げます。
その例として、Sansanに入社したとき、寺田さんが入り口に座っていて驚いたエピソードを語ります。上場直前まで、社員全員が寺田さんの前を通るような配置だったといいます。
さらに浜田さんは、メルカリの小泉さんも同じことをしていたと聞くと話します。会社の中のどこに負があるかを見つけ出し、そこに顔を出して修正していく、という現場感です。
経営者は本当いい空気を作ることが仕事っておっしゃっていて、とにかくオフィスを歩き回って、いい空気のところはどんどん増やしていく。
清沢さんは、小泉さんの講演でも、空気が悪そうなところは浄化していくという話があったと補足します。
対立をあえて公にする――斬新なリーダーシップのTips
浜田さんが特に面白いと感じたのは、「対立をはっきりさせる」というTipsです。VCのA16Z ── アンドリーセン・ホロウィッツ。マーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツが創業したアメリカの著名なベンチャーキャピタルで、二人とも元起業家ですの考え方として紹介されているといいます。
誰と誰がどう考えて対立しているかを、社内であえてあぶり出して論点を明らかにする、という手法です。
浜田さんは、これをブリッジウォーター ── レイ・ダリオが創業したアメリカの世界最大級のヘッジファンド。徹底した透明性と記録の文化で知られていますを率いるレイ・ダリオの例と重ねます。誰が何を考え、どこで対立しているかをすべて記録に残すことで、発言責任が生じ、最後に誰が正しかったかもわかるといいます。
スタートアップって、どっかで問題が起きて、それをできるだけ覆い隠そうとしがちなんですけど、実はそれを日の光に当ててしまった方がいい。
清沢さんは、ユーザーベースの梅田さんが対話やコミュニケーションを重視している点とも重なると応じます。
仕事を手放す不安と、権限移譲の「半年から9カ月前」ルール
リーダーが大事な判断に集中するには、それ以外を人に任せる必要があります。本には、自分の仕事が回らなくなる時期を見越して、その半年から9カ月前に代わりの人材を探し始める、という具体的な記述があるといいます。
浜田さんは、起業家がもともと死ぬほど働いているため、仕事が手元から減ることに不安や寂しさを感じがちだと指摘します。全部任せたらやることがなくなるのでは、という心配です。
もうちょっとでもやばくなりそうだったら、どんどん次をやっとって、半年から9カ月後にその人が入った頃には、もう次の仕事絶対生まれてるから。
清沢さんは「半年から9カ月前」という時期の絶妙さに触れます。浜田さんも、1年前でも3カ月前でもないところにリアルな経験がにじむと応じます。
第8章「成長」――完成は完璧に勝る
第8章のテーマは成長、グロースです。浜田さんはまず「完成は完璧に勝る」という考え方を挙げます。これはFacebook ── マーク・ザッカーバーグが創業したSNS。現在の社名はMeta。初期の急成長期に独自の開発文化を掲げていましたが初期の急成長期に掲げていた姿勢だといいます。
当初のスローガンは"move fast and break things"、つまり「速く動いて壊せ」というもので、バグが出てもいいから進めるという姿勢が圧倒的な成長につながったと浜田さんは説明します。
ゼロイチとか1、10くらいの時には、完全にもうスピード感の方が大事だよねと。完璧を求めすぎるのは、スタートアップのグロースにおいてはあんまり良くない。
清沢さんは、immedioに転職したときの最大のギャップがまさにここだったと振り返ります。丁寧になりすぎず、まずクイックにアウトプットするやり方に慣れが必要だったといいます。
顧客にプロダクトを具体化させる――ロードマップと顧客要望のバランス
成長の章では、プロダクトについても語られます。浜田さんはWorkday ── アメリカの人事・財務向けクラウドソフトウェア企業。大企業向けのSaaSとして知られていますの社長の言葉として、「時系列でロードマップを見ると、特定の顧客と結びついていない機能など一つもない」という趣旨の記述を紹介します。
ロードマップがプロダクトマネージャーや経営者から一方的に降りてくるのではなく、顧客に「これなら使いますか、買いますか」と確かめながら作るべきだ、という考え方です。
浜田さんは、SaaSは本来カスタマイズしない商売なので、顧客に動かされることへの気持ち悪さがPdMには必ずあると認めつつ、一周回って本当に顧客が必要なものを作るほうが成長につながると話します。
あるお客さんのペインは、他のお客さんのペインであることがほとんどなので、やっぱりそれが結局一番成長につながる。
一方で、immedioでは完全に顧客要望ベースだったところから、プロダクトを大きく進化させる必要も出てきているといいます。顧客が増えると要望の幅も広がり、要望だけで作ると雑多になってしまうためです。
そこで現在は、中期的に3カ月から半年で向き合うロードマップと、要望ベースで1カ月分ほどをガンガン作るスプリントとを分けて運用していると説明します。
清沢さんは、人材業界の顧客からもらった要望を他のSaaS企業に展開すると喜ばれた例として、曜日別の相談上限数の機能を挙げます。特にゼロイチ期は、顧客の声を成長源にしながら作っていくのがいいのではないか、とまとめます。
第9章「大失敗」――許されざる唯一の罪は資金を切らすこと
第9章のテーマは大失敗、原題ではCrashing and burningです。ビジネスにおける唯一の許されざる罪として挙げられているのが、資金を切らすことだと浜田さんは説明します。
浜田さんは、先輩経営者たちの資金繰りにまつわるエピソードを紹介します。ミクシィ以前の会社を経営していた朝倉さんは、資金繰りの心配で朝起きたら歯が欠けていたという話をよくしているといいます。
さらに、エアトリ創業者の吉村さんが創業初期に、金券を買って数日後に代金を払い、金券を売って現金を先に得ることで数日分の資金をつないでいた、という話も挙げます。手数料は取られるものの、その分の時間を稼げるという工夫です。
キャッシュイズキングという言葉もあるように、やっぱりお金が一番の生命線というか。
浜田さんは、会社のお金の使い方は個人の生活水準に似ていると話します。一度六本木のオフィスに移ると新橋や神田には戻りにくいように、いかにキャッシュを守り、中長期でも回る会社にするかが重要だと述べます。
誰も認めたくないが、PMFは儚い
第9章ではプロダクトマーケットフィットにも触れられています。本には「プロダクトマーケットフィットは儚いが、誰もそうは言わない」という趣旨の記述があるといいます。
浜田さんは、PMF達成と言うとレベルが一段上がったように語られがちだが、実際のPMFは非常に短いものだと指摘します。
その例として、SansanでコントラクトOneのヘッドを務める尾花さんのnoteを紹介します。Sansanはほぼ毎年タグラインを変えており、プロダクトが全部変わるわけではないものの、打ち出し方や注力する機能は毎年変わっているといいます。
マーケットが変わっていく前提でPMFも変えていく、つまりプロダクトも変えていく必要がある。
清沢さんも、PMFは達成と言い切れない要素が多く、ずれていくものだと同意します。浜田さんは、ポール・グラハム ── 著名なスタートアップアクセラレーターYコンビネーターの共同創業者。起業論に関する多くのエッセイで知られていますの定義どおりにPMFしているものはあまりないと述べ、常に動き続けるしかPMFし続ける方法はないと話します。
第10章「自己管理」――起業はマラソン、エイドに立ち寄る
第10章のテーマは自己管理、原題ではManaging yourselfです。起業したばかりだと全ての時間を会社に捧げなければと思いがちだが、友達と話すなどして自分をうまく守る必要がある、と書かれているといいます。
浜田さんは、起業はマラソン、それもサブスリーのマラソンだという話に触れつつ、マラソンである以上、たまにエイドに立ち寄らないと持たないとまとめます。
清沢さんは、対照的な二つの経営者スタイルを紹介します。HubSpotのCEOはポッドキャストで「日曜は絶対パソコンを開かない」と語り、部下にも週末はメールを返さないと伝え、家族との時間でデジタルデトックスをしているといいます。
(Uberの社長は)ウィークエンドであってもメールをすぐに返さないとプッシュアウトする、と。
一方で、清沢さんが朝見たUberのCEOは、週末でもメールを即返さない人材は辞めさせる、というほどハードなモードを求めていたといいます。浜田さんは、以前話した戦地のモードのようなものかもしれないと応じます。
エベレスト登山のマインドセット――今の自分を認める
自己管理の章で引用されている文章として、「スタートアップを築き上げるのはエベレストを登るようなものだ」という一節が紹介されます。
浜田さんは、頂上に行きたがるあまり、キャンプ3やキャンプ4までたどり着いた登山家である自分を評価できなくなる危うさを説明します。今の到達点を認めることが、次に進む勢いを生むという考え方です。
いつまでも自分はエベレストに登頂したこともない起業家であるって思い続けると、逆に厳しいよ、みたいな。
浜田さんは、ユニコーン ── 評価額が10億ドルを超える未上場のスタートアップを指す言葉やT2D3といった基準を達成していないから存在価値がない、と思い込むのは逆に良くないと述べます。
清沢さんが、ストイックな浜田さん自身の自己評価を尋ねると、浜田さんは十分できていないと率直に答えます。ユニコーン以前に、PMFの話のように動き続けていないと時代に取り残されると思っているため、気を休められていないところがあるといいます。
清沢さんは、Sansanが上場したときの寺田さんのセレモニーの例を挙げます。「上場したけど世界を変えられていない」という趣旨の話があり、目線が高いほど今できていないことに目が向くのだと振り返ります。だからこそ、ここまで来たというステップを自分で認知しないと次に進みづらくなる、と締めます。
第12章「IPO」――上場は片道切符ではない
取締役会の第11章はテクニカルなため飛ばし、最後に第12章のIPOに進みます。上場のメリットとして、注目度が上がる、新しい顧客ができる、資金調達が効率的になる、といった点が挙げられているといいます。
一方でデメリットも多く書かれています。四半期ごとの終わりのない仕事が課される、株式市場のおもちゃにされる、といった記述です。
浜田さんは、これがまさに冒頭で触れたVCイベントのテーマとも重なると話します。初期はベンチャーキャピタルに支えてもらい、その後に上場、という一本道はもはや当たり前ではないといいます。
上場しないでM&Aされることもあれば、上場した後も非公開化することもある。プライベートからパブリックになるのは、片道のものでは全然ない。
浜田さんは、会社のフェーズやありようによって適切な株主は変わると説明します。かつて言われた「上場ゴール」という言葉に対し、今はむしろ苦役の始まりという温度感すらあり、Oktaの本にもすでにそのニュアンスが書かれていると指摘します。
今の市況とIPO――増えるMBOという選択肢
清沢さんが、今の市況で上場をどう考えるかを尋ねます。浜田さんは、株式市場から調達できるようになるメリットは大きいとしつつ、足元の市況ではないと答えます。
その根拠として、昨年の上場が40社ほどと過去最少だったという話を挙げます。一方でM&Aが活発かというとそうでもなく、非常に難しい状況だといいます。
浜田さんは、グロースを超えたレイトアーリーの会社はもはや利益を出す方向にしていると説明します。海外ユニコーン解説で扱うような会社も、多くは黒字になっているとみています。
3パターンそれぞれある中で、IPOみたいなものの比率は、昔より減っていくんだろうな。
清沢さんが、VCのファンド期限がある場合の出口について尋ねると、浜田さんはMBO ── マネジメント・バイアウト。経営陣が自社の株式や事業を買い取ること。銀行やファンドから資金を調達して行われますという選択肢を挙げます。経営者が利益や事業を担保に銀行から借り入れて株主の株を買い取る形や、ファンドをスポンサーにつけて同様のことをする形が増えているといいます。
こうした形で、上場以外の方法でVCの株を買い取り、VCがエグジットする流れが広がっているとまとめられます。
まとめ
Okta創業者の『Zero to IPO』後半は、リーダーシップから自己管理、IPOまで、起業家が直面する現実を具体的な方法論とともに描いた一冊です。浜田さんと清沢さんは、日本のスタートアップの実例を重ねながら、そのエッセンスを読み解きました。
- リーダーは「自分にしかできない」という確信と「自分だけではできない」という認識を両立させる必要がある。
- 戦略的な判断はその場でせず、週末など時間を確保できる場でじっくり考える。
- 権限移譲は、仕事が回らなくなる半年から9カ月前に次の人材を探し始める。
- PMFは儚く、マーケットの変化に合わせてプロダクトを変え続けるしか維持する方法はない。
- IPOはもはや片道切符ではなく、M&AやMBOなど出口の選択肢が広がっている。







