そもそも起業家になるべきか、Oktaの創業者が問う本
今回のGrowth Radioは、名著再読シリーズとして「Zero to IPO」を取り上げます。数年前にアメリカでベストセラーになった本で、日本版の和訳には朝倉さん ── シニフィアン共同代表の朝倉祐介さん。スタートアップ経営に関する発信や、ポッドキャスト「アニマルスピリッツ」で知られていますの解説も載っています。
この本を清沢さんに勧めたのは、ニューヨークに住む友人でした。アメリカのエグゼクティブがみんな読んでいるおすすめだと聞き、和訳が出る前に原典を買って読んだといいます。
結構分厚い絵本みたいな、ガチガチのハードの本なんですけど、読みやすくて非常にいい内容です。
著者はフレデリック・ケレスト ── セキュリティSaaS企業Oktaの共同創業者。スタンフォード出身で、Salesforceの初期メンバーとして営業も経験しています。Salesforceの初期メンバーを経て、リーマンショック前後にOktaを立ち上げた人物です。
この本の特徴は、自伝的な要素が薄く、読者が真似できるプレイブックとして書かれている点にあります。マーク・ベニオフの「クラウド誕生」に近い、骨太な内容だと清沢さんは評します。
ハードシングスみたいな厳しいことだけを書いたわけじゃなくて、もうちょっと手前側から割とちゃんとIPOまで後半に書いてるっていう感じですよね。
本は全13章構成で、この回では前半にあたる第1章から第6章までを扱います。第1章のテーマは「起業家になるべきか」という問いです。
起業家に必要な資質とは何か
浜田さんが第1章で印象的だったのは、起業家の資質として挙げられる「エネルギーと推進力」でした。起業は短距離走ではなくマラソンだと本には書かれています。
浜田さんは起業当初、DeNA ── モバイルゲームなどを手がける企業。ベンチャー投資を行うDelight Venturesを持ち、immedioも創業期に支援を受けていますグループのVCから同じことを言われたといいます。長い戦いだから、自分が続けられる形でやりなさいという助言でした。
ただし本の表現は、単に「長いから無理をするな」ではありません。会社設立とは、1キロ4分20秒のペースで走り続けるマラソンだと書かれています。
長いからって色々走ったらどこにも行かないから、長いけど気合で走んなきゃいけないみたいな。
もう1つの資質が「回復力」です。本はナップスター ── 音楽ファイル共有サービス。創業者のショーン・パーカーはのちにFacebookの初代社長を務めましたの創業者ショーン・パーカーの言葉を引いています。
これ読んだら誰も起業しないやろ。
清沢さんは3年前にimmedioに入った当時を振り返り、ゼロイチ期の厳しさに触れます。プロダクトも顧客もない状態で、スピードを落とさず走り続ける必要があったといいます。
起業家はリスクテイカーではなくリスクを計算する人
浜田さんがもう1つ挙げたのが、創業者の資質に関する調査結果です。本には、マッキンゼーなどが行ったとされる調査が紹介されています。
一般に創業者はリスクを好む人という印象がありますが、実際にはリスクを計算する能力が高い人が起業家だと本は指摘します。リスクは、正体がわかっていれば取り得るものだという考え方です。
意外にリスクを計算する能力が高い。何でもかんでもリスクを取るんじゃなくて、ちゃんとどんなリスクか分かってる人が起業家なんですよ。
浜田さんは、別のポッドキャストで聞いたソフトバンクの孫さんの話を重ねます。孫さんが資本市場に信頼されるのは、失敗したときの引き際が早く、泥沼にはまらないからだといいます。
清沢さんも、クラシルを運営する堀江さんの講演で同じく孫さんの話を聞いたと補足します。張った勝負に固執せず、潔く引ける冷静さが、リスクを計算し尽くす姿勢につながっているという見立てです。
プレッシャー下で輝ける「クラッチプレーヤー」の共通点
3つ目の特徴として、浜田さんは「プレッシャー下でのパフォーマンス」を挙げます。優れた経営者は、大きなプレッシャーの中でも力を発揮できる人だという指摘です。
浜田さんは、株主のDNXが開いたカンファレンスで、オリンピックのアスリートの話を聞いた経験を重ねます。超一流のアスリートは、勝負が決まる瞬間でも普段と同じ顔をしているといいます。
バスケのステフ・カリーとかのオリンピックの勝ち負け決まる時のフリースローとかスリーポイントとか、もう一切緊張の感じもなくて、ただただ無表情に決めるみたいな。
こうした選手を、アメリカではクラッチプレーヤー ── ここ一番の重要な場面で確実に結果を出す選手を指すスポーツ用語。プレッシャーのかかる状況で力を発揮する人を意味しますと呼びます。起業家にも同じ資質が求められると本は説きます。
浜田さんはスマートHRの宮田さんの例にも触れ、プレッシャーがなく物事が平穏に運ぶ状態を「つまらなすぎる」と感じる、根っからの起業家像を紹介します。会社が傾く場面で強くなれる人が強いという見立てです。
浜田さん自身がプレッシャーとどう向き合うかを問われると、2つの姿勢を挙げました。1つは状況を客観視すること、もう1つは家族を養う土台を確保しておくことです。
この判断超でかいけど、判断ミスった時に自分と家族は死ぬことはないっていう。
本にも、起業は5年から10年、趣味も副業もなしで走り続けることだが、家族だけは別だと書かれています。家族は逆に支えになるという考え方です。
アイデアは囲い込まず、観葉植物のように扱う
第2章のテーマはアイデアです。本ではアイデアそのものより、解決すべきペインに重きが置かれています。浜田さんが面白いと感じたのは「観葉植物のようにアイデアを扱う」という比喩でした。
アイデアは思いついた瞬間、自分だけが気づいたように感じますが、たいてい同じことを考えている人はいます。だからこそ、囲い込まずにいろいろな人へぶつけていくほうがよいと本は説きます。
起業しようと決めてアイデアを思いついた時に、なんかパクられるんじゃないかと思って囲い込んじゃう人がいるんですけど、大体それは失敗するよねみたいな。
浜田さんは、アイデアを人に当てる価値を具体例で説明します。同じアイデアを実行した人はいなくても、近いアングルで挑戦した人が「そこで引っかかった」と教えてくれるからです。
immedioのアイデアを検証したときは、20〜30人ほどに話を聞いたといいます。当時Delight Ventures ── DeNAグループのベンチャーキャピタル。immedioは創業期にこのVCと協働してアイデア検証を進めましたと一緒に取り組み、紹介を通じてペインの確からしさを確かめました。
さらにウェブ調査も行い、日本のインサイドセールスの人数などを調べつつ、「こういうツールがあったら使いたいか」を尋ねました。7〜8割が使いたいと答え、コンセプトとして手応えがあったといいます。
無償POCから有償化へ、そしてピボット前提の思考
清沢さんは、お金を払う価値があると認めてもらう壁について尋ねます。immedioは無償のPOCから始め、そのまま有償化した顧客もいたといいます。
鍵になったのは数字でした。無償POCで商談化率が何パーセント上がったかを取っていたため、リターンの一部を対価としていただく交渉が成り立ったといいます。POC ── Proof of Conceptの略。本格導入の前に効果や実現性を試す検証のこと。SaaSでは無償で試用してもらう形が多くあります
無償POCで商談化率が何パー上がったって数字を取っていたので、その数字があれば、次のところでちゃんとこのだけ数字上がったらこのくらいリターンあるから。
清沢さんは、アイデアを実行に移すまでの壁についても質問します。「俺も考えた」「それいける?」といった声がある中で、どう領域を決めたのかという問いです。
浜田さんの答えは、ある程度ピボット前提で考えることでした。立ち止まる時間が一番もったいないという判断です。
アイデアの賞味期限って大体短いんですよ。なので早めにやってダメだったら次行くでいいかなと思っていた。
この姿勢の課題は、TAMの広がりを検証しきる前に始めてしまう点にあります。それでも、こねくり回してから作るより、まず作って始めるほうがよいというのが浜田さんの考えです。TAM ── Total Addressable Marketの略。ある事業が獲得しうる市場全体の規模を指します
実際immedioは、最初のプロダクトだけでは弾が限定的だったため、現在は3つ目のプロダクトを展開し、4つ目も出る予定です。出してフィードバックを得るうちに、周辺の課題が見えてくるといいます。
共同創業者はいた方がいい、株は平等に分ける
第3章はチームです。本は起業を一人でやろうとしているなら考え直すよう促します。「1ほど孤独な数字はない」という表現です。
アメリカでは、Y Combinator ── シリコンバレーの著名なスタートアップ育成機関。原則として共同創業者がいるチームでないと受け入れないことで知られますが原則として共同創業者のいるチームしか受け入れないなど、共同創業者を重視する文化が強いといいます。ただし本は、妥協はしてはいけないと釘を刺します。
絶対コファウンダーいた方がいいよねっていうことを書いてある。ただ、当たり前のことだが、これは適任がいればの話である。
日本と違うと浜田さんが感じたのは、共同創業者の株を原則平等に分けるという考え方です。日本では意見が割れるのを避け、一人のリーダーに株を多く持たせる発想が強いといいます。
一方でアメリカでは平等に分配しても、抜けていく人からは株を返してもらう形で、最後に残った人へ株が集まる仕組みになっているといいます。共同創業者の重視度や平等主義が、日本との違いとして語られました。
清沢さんは、大きく伸びたアメリカのスタートアップには強い共同創業者がいる例が多いと補足します。GoogleのラリーページとセルゲイブリンやSalesforceのパーカーハリスなどです。
一方で、Airbnbは3人いても圧倒的にブライアン・チェスキーが中心、Coinbaseはもう一人の共同創業者がいないなど、最終的な形は様々だという整理もなされました。Sansanも5人で創業し、現在3人が残っています。
最初のメンバーはアスリート型のマインドを持つ人を
チームを作る最初期、5〜10人ほどの段階についても本は触れています。浜田さんがハイライトしたのは、メンバーもアスリートにしようという考え方でした。
ここでいうアスリートとは、体育会出身という意味ではありません。自分に向き合い、上達を続けられるアスリート型のマインドセットを持つ人を、マネージャークラスでも採用すべきだという指摘です。
本当の体育会を探すっていうんじゃなくて、アスリート型のマインドセットを持っている人を、そのメンバー、マネージャークラスでも雇っていく必要がありますよね。
immedioの初期はエンジニア採用が中心でした。浜田さんが意識したのは、信頼関係とスキルセットの2点だといいます。前職の同僚で気心が知れているかどうかが重要でした。
VCは会社ではなく「どのパートナーと話すか」がすべて
第4章は資金調達です。エクイティで資金を得るにはVCとの付き合い方が重要になります。浜田さんが特に面白いと感じたのは「どのパートナーと話すか」が最も大事だという指摘でした。
VCは実際には会社ではなく、それぞれ出資先を持つパートナーの集まりだと本は説きます。ある担当者がだめそうだからと同じVCの別の担当者に行くのは、通用しないという話です。
起業家からすると、あ、セコイアと思ってるんですけど、セコイアの中の人はもう完全に別々であるみたいな、個人商店であるみたいな話とかも書いてあって。
お金には色があり、どのVCの誰から調達するかで得られる支援やブランドが決まると本は説きます。ファンド単位ではなく、人単位で見る必要があるという考え方です。
ピッチについて浜田さんが意識するのは、長くしすぎないことです。アメリカのピッチのテンプレートには10ページほどの短いものが多いといいます。
重要なエッセンスだけを伝え、詳細はアペンディックスに回すことで、話が曲がりにくくなります。アーリー期は投資家との時間が30分ほどのこともあり、5分でピッチを終えられるのが理想だといいます。
エレベーターピッチほどじゃないけども、本当にエッセンスだけ伝えるみたいなのはありますね。
清沢さんは、immedioのシード期の資料がめちゃくちゃシンプルだったと振り返ります。情報を削ぎ、レーザーフォーカスしたプロダクトとして見せることが大事だといいます。本にはフォントサイズ16以下は使わないといった細かいティップスもあります。
「売れるまでは何も起こらない」0→1営業の実際
第5章は営業です。本は「売れるまでは何も起こらないのだ」と説き、まず売れと促します。浜田さんはこの章を、非常にリアルだと評します。
印象的なのは、Oktaがまだ初期でブランドがなかった頃のエピソードです。ある良い会社に売れた理由を尋ねると、二度も足を運んで来てくれたからだと言われたといいます。
まだブランドも事例もない中で、難しい中でどうやって買ってもらうかっていうと、もうなんか自分を売るしかないみたいな感じ。
最初の売り上げは、まだブランドも事例もない中で「自分を売る」ことから始まるという考え方です。サポートも開発もするから自分から買ってほしい、と会いに行く世界観だと浜田さんは表現します。
清沢さんは、BtoBでも結局は人から物を買う以上、この本質はゼロイチでも変わらないと応じます。
値引きは悪か、顧客に「花を持たせる」交渉術
営業の売り方に関して、本には「プライドは思いのほか大きい」という指摘があります。値引きをすべきでないという一般論に対する、興味深い反論です。
グローバルな会社には、価値を毀損しないために絶対値引きしないという方針もあります。しかしOktaの創業者は、顧客には「自分が交渉したおかげで安くなった」と感じたい思いがあると説きます。
浜田さんは、ケレストが前の会社で売れなかったときのエピソードを紹介します。理由を尋ねると「値引きも何もなかったじゃん」と言われ、後付けの機能を1つ無料にすると提案したところ売れたといいます。
特にスタートアップって最初はもうお客さんにもリスク取ってもらうんで、なんかやっぱりこう、相手にある程度花持たせながら勝ちに行くみたいなところは必要だよな。
清沢さんは、顧客に「いい買い物をした」と思ってもらうところから始めたほうがよいと整理します。全部の価値を吐き出させてやると身構える顧客と、特別な値引きをしてもらったから協力しようと思う顧客とでは、その後の関係が大きく変わるからです。
浜田さんは、これによって協力関係の構造ができると応じます。価格交渉に柔軟に応じることが、その後のパートナーシップの土台になるという考え方です。
最初の数社はハイタッチでやりきる
営業章の後半では、事業の立ち上げ方が語られます。プロダクトを作るとすぐリリースしたくなりますが、本は最初の5社ほどで成果が出るまで、派手なリリースやローンチパーティーはしないほうがよいと説きます。
実際に使ってもらうまで、どこが課題かはわかりません。数社が成功し活用が深まる顧客ができるまでは、変なマーケティングをしないほうがよいという指摘です。
清沢さんは、創業当初はバグがあればプログラマーが電話対応までしたというエピソードに触れます。最初の数社はファウンダーも全力を込めてスーパーハイタッチでやりきることが大事だという学びです。
企業文化は上から落とさず、社員に委ねる
前半のラストは第6章、カルチャーです。本は組織の文化を社員に委ねることの重要性を説きます。浜田さんは、これが前職Sansanで行っていたことと同じだと感じたといいます。
Sansanには「型議論」という仕組みがあり、年に一回や二年に一回、全社員でバリューの見直しを行うといいます。そこで上がったアイデアをもとに、バリューがアップデートされていくそうです。
ミッションやバリューは経営陣が「こうありたい」と落とすものになりがちですが、社員に判断を任せたほうが強くなると浜田さんは説きます。任されることで社員の意識も変わってくるといいます。
できるだけミッションとかバリューとかを上から落とすものではなくて、現場から広まっていくものにした方がいい。
拡張的知能感を持つ人を採り、失敗を称える組織へ
清沢さんが次に挙げたのは、拡張的知能感 ── 能力は努力で伸ばせるという考え方。心理学者キャロル・ドゥエックのスタンフォードの研究で知られ、グロースマインドセットとも呼ばれますと固定的知能感という対比です。カルチャーづくりでどんな人を採るかに関わる論点です。
うまくやることを適切に行えるかを気にし、失敗を嫌う傾向がある
新しいことに挑戦し、問題を解決して乗り越えるものとして捉える
問題が起きたとき、固定的知能感の人は「失敗した」と困りますが、拡張的知能感の人は「これをどう乗り越えるか」と捉えます。特に初期は、こうしたチャレンジ精神のある人を採用しないと組織はうまくいかないと本は説きます。
浜田さんは、マイクロソフトのサティア・ナデラが掲げたグロースマインドセットに近いと補足します。清沢さん自身も、大変なことが起きたとき「来た来た」とドラマのように捉え、奮い立たせられるといいます。
これをどう最後クライマックスに持っていくかみたいな感じすると奮い立たせられるし、なんか面白いなというところ。
浜田さんも、インシデントを「お祭り」に例えます。エンジニアとCSと経営が一緒に向き合える会社でありたいという思いです。清沢さんは、そうした場面で火事場力が発揮される感覚に共感します。
リスクを取れる組織をつくるには、そもそも起業家精神のある人を雇うことだと本は説きます。少なくとも社員が100人ほどになるまでは、という条件付きです。
百人くらいまではなんかもう強い子が暴れ回る組織の方がいいっていう感じ。
浜田さんは、マネーフォワードの竹田さんの話も重ねます。50人から100人ほどはまだ強い個人の力で乗り切り、100人から組織づくりだという整理です。
最後に本は、失敗を処罰せず学びの機会とし、むしろ挑戦した人を称える文化づくりを説きます。そうした文化の中で輝ける人を採用していくことが重要だという、学びの多い章だと浜田さんは締めくくります。
清沢さんは、40人規模のimmedioにも、全員が会社をつくっていくというマインドの人が多いと語ります。そうありたいという言葉で、前半のまとめを閉じました。次回は後半の第7章から取り上げる予定です。
まとめ
Okta創業者フレデリック・ケレストの「Zero to IPO」前半6章を、immedioの経営経験と照らしながら読み解きました。起業家の資質から0→1営業、企業文化まで、真似できるプレイブックとしての示唆が並びます。
- 起業家はリスクテイカーではなく、リスクを計算し引き際を見極められる人である
- プレッシャー下で輝ける「クラッチプレーヤー」の資質が、優れた経営者には共通する
- アイデアは囲い込まず人にぶつけ、ピボット前提でまず作って始めるほうがよい
- 0→1営業は「自分を売る」ことから始まり、顧客に花を持たせる柔軟さが協力関係を生む
- 企業文化は上から落とさず社員に委ね、挑戦を称え失敗を学びとする組織が強い







